20話・隔世遺伝
王城から帰ってきて、わたしは家中の本が仕舞われているちょっとした図書室みたいな状態の書庫に突撃した。
「セイラ、隔世遺伝ってしってるかしら?」
部屋中を埋め尽くす本棚を前に、わたしは唸る。
ついてきてくれたセイラに質問を投げるとセイラは素直に答えてくれた。
「かくせいいでん、ですか? 申し訳ありません、しりません……」
「そうよね。どこかの本に乗っていたらいいんだけどなぁ」
無理だろうなぁ。この時代、遺伝子検査なんて全くないなか「隔世遺伝」の概念だけが都合よくあるはずもないし。
隔世遺伝とは、簡単に説明すれば、祖父や祖母の特徴が両親をすっ飛ばして孫世代に受け継がれることだ。
学校の授業でも習うし、前世ではかなり浸透した考え方だったと思う。
でも、そんなものがないこの世界では、両親の特徴を受け継がなかったクーは、今日みたいな嫌な扱いを受ける。
だったら、と思ったのだ。隔世遺伝の考えを広めて、王家の家系をたどれば銀髪や緑の目の人がいたことを証明できれば少しは悪口も収まるのではないか、と。
甘い考えかもしれない。でも、わたしはわたしにできることをすると決めたのだ。
「セイラ! 王家の方々の絵姿がのこっている本をさがしてくれないかしら?」
「畏まりました」
そうして二人、書庫での大捜索が始まった。
* * *
「……ない、わ!」
書庫を探し続けて、三時間ほど。
疲れたのでセイラと一緒に休憩をとりながら、わたしは頭を抱えた。
王族の人たちの絵姿、なーんにも! 残って! ない!!
なんでこんなにないの?! っていうくらい、きれいさっぱりなにもない!
公爵家だから? 王城の図書室ならあるだろうか。でも、王城の図書室ってわたしが勝手に出入りしていいのかな……。
わたしがうんうん唸っていると、書庫の扉が開かれる。
視線を向ければお父様がいた。
「ライラ、なにをしているんだ」
「ちょっとしらべものを……」
お父様の胡乱気な眼差しに、目を逸らす。わたしが取り出してはセイラが直してくれていたから、散らかってはいないと思うけど。
お父様は書庫に入ってきて、手に携えていた本を本棚に戻しながら、ため息を吐き出した。
「何を調べていた。お父様にいってごらん」
「え、ええっと……王族の方々の絵姿を……」
わたしがもごもごと口にすると、本棚に向き合ったまま、お父様がぽつりとこぼした。
「『隔世遺伝』というやつか? 残念だが、王族の方々の絵姿が乗っている本は全て王家に献上したよ」
「?! お父様、ごぞんじなんですか?!」
まさかのお父様の口からこぼれた単語にわたしが目を見開くと、お父様はやれやれといわんばかりに振り返ってため息をついた。
「クーリスト殿下が生まれた際、カークグリス殿下が提唱された。お前はカークグリス殿下から聞いたのだろう」
「え?! あ、はい! そうです!!」
確かにカークも転生者なら隔世遺伝を知っていてもおかしくない。
というか、知っていないと不自然だ。思い至らなかったことを内心で反省しつつ、元気よくカークから聞いたことにする。
わたしの返事にお父様は疲れたように再びため息を吐き出した。
「王家の血筋をたどれば、銀髪も緑の瞳もいたはずで、そういったものが世代を跨いで子に現れることだ、とカークグリス殿下はおっしゃった。そして、実際に抹消された王家の歴史には銀髪の王も緑の瞳の王妃もいた」
「そうなんですね……!」
やっぱりクーの外見は隔世遺伝だったわけだ。
お父様の言葉に目を輝かせたわたし、けれど、お父様はなぜか厳しい表情を崩さない。
「私は、お前が生まれた時に、なんてことになったのだと後悔したものだ」
「お父様?」
「私の瞳の色がお前に受け継がれて、この子は将来苦労すると思って涙した」
あー……わたしが王族に嫁ぐのが生まれながらに決定されていたから、かな?
視線を伏せたお父様の雰囲気は悲しみがまとわりついている。
王家に嫁ぐ娘が碧眼を受け継がなかった事実は、それだけお父様を打ちのめしたのだろう。
「でも、お父様はわたしをあいしてくれましたわ」
「当たり前だ! お前は私の……大切な娘なのだ」
「嬉しく思います。でも、公爵家で許されることが、王族になると許されない。そんな世界は間違っていると、わたしは思います」
王家への批判のような言葉になったから、ちょっとよろしくなかったかもしれないけど。
でも、隠さないわたしの本音だ。クーが見た目だけで差別される世界なんて、間違っている。
お父様は三度目のため息をついて、わたしに手を伸ばしてきた。大きな手のひらがわたしの頭を撫でる。わたしに愛情いっぱいに触れてくれる、優しい手。
「お父様はな、お前が生まれるまで、王家から嫁いでくれた妻の産む子供は金髪碧眼だと信じ切っていた。だが、実際には違っていた。お父様はお母様の不貞など疑うことすら忌まわしいと思う。だから……愚かなしきたりだと、お前の父になったいまはお父様も思うよ。けれど、クーリスト様が生まれた時はそうではなかった。……お父様は、酷いことを言ったんだよ」
それは、王妃様に? それとも、生まれたばかりのクーに?
あるいは、陛下に進言という形で?
お父様の懺悔に目を見開くわたしのまえで、お父様は悔いるように、自身に対する嘲笑で口元を歪めた。
「謝罪をしても許されないこともある。よく覚えておきなさい、ライラ」
「……はい」
「お前が生まれて、私は考え方を改めた。カークグリス殿下の提唱する隔世遺伝という考え方に理解も示した。お前が王家に嫁いだとき、紫の目の子供産んでも、迫害されないように」
「お父様……」
「ライラ、お父様はいつでもお前の味方だ。だから、お前は胸を張って――銀髪でも、緑の目でも、紫の目でも、子供を愛しなさい」
まだ、幼いお前には少し難しいかもしれないが。
そういって控えめに笑うお父様に、胸が締め付けられる。
わたしは、愛されている。こんなにも。生まれただけで、一人の考え方を変えるほどに。
だから。
「お父様」
「うん?」
「わたしも、お父様がだいすきです」
にっこりと笑って、わたしもまた愛を差し出すのだ。




