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1話・暗殺者に襲われまして(1)

 苦しい。息がしにくい。口を開いても、酸素があまり入ってこない。

 息苦しくて、意識が浮上する。


 ふわふわとした感覚のまま、瞼を押し上げて、目の前に広がる光景に、ぱちくりと瞬きを繰り返す。


 背中にはびっくりするくらいふかふかの感触。

 でも息が苦しい。首を抑えられている。目の前に広がるのは――真っ赤な朱色。


 ああ、違う。これは、髪だ。そして、目だ。


 わたしの目の前には、幼い女の子がいた。多分七、八歳らいの女の子。

 肩口で切りそろえられた髪は驚くほど綺麗な朱色で、わたしを射抜く瞳も透き通るような綺麗な赤。


 その手に光るナイフは現実感がなくて、夢をみていると思った私は、危機感の欠片もなく、にこりと笑った。


「きれいな髪と目だね」


 首を抑えられていたから、声はかすれていたけれど、目の前の女の子には聞こえていたらしい。


 わたしの言葉は、きっととても場違いな言葉だったのだろう。


 目の前の、わたしの首を右手で抑えて、左手で鋭利に輝くナイフを振り上げていた女の子がぎょっとした顔をした。

 わたしはそっと手を伸ばす。記憶にあるものよりずっと短い手を。


「どうしたの、泣かないで」


 ぼろり、ぼろり。頬にあたる温かな雨。目の前の女の子の涙。


 そっと女の子の頬を撫でると、女の子は無表情の中流していた涙にやっと気づいたのか、驚いた表情で、私の首を抑えていた手で頬を触り、目を見開くと、後ろに飛び退った。


 けほり、軽く咳をして体を起こす。薄暗い室内、なぜか天涯付きの馬鹿みたいに広いベッドで、私は目の前の女の子と二人きり。

 どういう状況なんだろうとぼんやり考えて、気づく。


 わたし、学校に行こうとして、靴を履いてて……? 寝落ちした……?


 ああ、じゃあこれは夢か。寝落ちした後に見てる夢。夢の中で夢と自覚できるタイプのやつだ。


 それにしても不思議な夢だなぁ。でもまぁ、夢だとしても、目の前で泣く女の子を放っておけない。


「だいじょうぶ?」


 私がそっと伸ばした手は叩き落された。でも、女の子はまだぼろぼろと涙を流しながら、ゆっくりと口を開く。


「のんきなお姫様。殺されるってわからないの?」

「え? わたし、ころされるの?」


 思わず変な声が出た。わたしは夢の中で殺されるの? それとも夢の中だから殺されるの?


 まったく状況がわからない。


 夢って深層心理が反映されるっていいながらよくわからない内容のことが多いけど、あれかな、今日の夢はクーの死にショックを受けた深層心理の反映でよくわからないことになっているのかな。


 でもまぁ、考えても仕方ない。目の前の女の子を泣き止ませる方が先決だ。


 いくら夢でも、目の前で女の子が泣いているのは看過できない。

 それが、可愛い――わたしの好みにドストライクな赤毛っ子だったらなおさらだ!


「どこかいたいの?」


 とんでもなく大きいベッドの足元の方でわたしを睨んでいる女の子にわたしがもう一度手を伸ばすと、今度は拒絶されなかった。

 指先が触れた肌がとても冷えていて、わたしはびっくりしてしまった。


「体が冷たいよ! 温めないと風邪をひいちゃう! 一緒にベッドで温まろう! あ、お名前は?」


 ふと、そういえば目の前の女の子の手を引いてベッドに潜ろうとして、名前も知らないことに気付いた。

 わたしが尋ねると、女の子はすっかり敵意を失くした様子で、眉を寄せて。


「なまえは……ない」

「え? それは困らない? 名前がないと不便だよ」

「……」

「それなら、わたしが名前をつけてあげる! 起きた頃には考えておくから、一緒に寝よう」


 ベッドに潜って肌触り抜群のシーツをかぶる。

 女の子の体の上をぽんぽんと優しく叩くと、女の子は戸惑った表情をしていた。でも、わたし、じつは、すっごく眠くて。


「おやすみなさぁい」


 そのまま、すこんと眠りに落ちた。走馬灯の中で寝たら、次はどうなるのかなぁ、とか考えながら。


 * * *


 翌日、隣ですやすやと眠る赤毛の女の子を見て、わたしは真顔になった。


(や! ら! か! し! た!)


 夜中のわたしは寝ぼけていたらしい。いま、わたしの中には二つの記憶がある。


 一ノ瀬星来として生きた、現代の記憶。

 それから、ライラ・フォン・アラベリアとして生を受けた、五年の記憶。


 ここは現代とは似ても似つかない、剣と魔法のファンタジーの世界。

 王族とか貴族が普通にいる世界で、ライラは公爵家の一人娘として生まれた。


 ゆくゆくは王族に連なるだれかと結婚して、王族に名を連ねることが生まれながらに決定されている。

 五歳でも自身の未来が王族だとライラは理解していた。


 だから、物心ついたかどうかも怪しいころから始まっていた様々な教育に必死に食いついた。

 ただ、ライラはとても大人しい性格で、そのうえ人見知りも激しくて、両親が五歳の誕生日に「そろそろ婚約者を決めよう」といったのが、とにかく憂鬱だったらしい。


 なお、ライラの誕生日は昨日である。


 昨日までのライラは大人しくて引きこもりがちな言われたことを言われたとおりにこなすお人形のような公爵家のお嬢様だった。


 でも、今は違う。


 わたしという異物が混じって、意識は十六歳のそれになった。

 十六歳の私は結構頑固だし、意地汚いし、我儘だ。


 殺されかけたことがきっかけになったのか、五歳のライラの中に、十六歳の『私』が混ざったらしい。


 ぶっちゃけると、異世界転生系の小説とか漫画で死ぬほどみたやつだ。まさか自分の身に降りかかるなんて、誰が思うだろう。


 というかにわかには信じられない、


 一方で、五歳から一気に十六歳まで年を取った感覚は混乱をもたらした。

 それ以上に、一つの体に二つの記憶がある状態が、なんかもう頭が痛い。

 ガンガンする。寝不足の時やインフルエンザで高熱を出して寝込んだときよりひどい頭痛だ。玄関で寝落ちした時より頭痛が酷くなっている。


 わたしが頭を抱えていると、隣でもぞもぞと女の子が動いた。

 いまなら理解できる。この子は暗殺者だ。

 公爵家の令嬢のライラを殺しに来たんだ。


 夢と勘違いしてなんかすっっっごい間抜けな対応したけど!


 起きてきた女の子がわたしのことをじっとみている。い、居心地が悪い。

 でも、それはそれとして、いまさら態度を変えるのもなぁ。


 メイドも起こしに来ていない早朝だし、騒げば人はくるだろうけど、そうしたらこの子は……そこまで考えてわたしは腹を括った。


 女は度胸! 度胸があれば大抵のことはどうにかなるって前世の親友も言ってた!!


「どうしたの?」


 とりあえず何事もないように声をかける。

 女の子はわたしから視線をそらして、もじもじとしだした。

 お、そうしているとすっごくかわいい。

 元からかわいい顔立ちをしているだけに、暗殺者ということを忘れそうだ。


「な、なまえ……」

「え?」

「おきたら、なまえを、くれるって」


 あー! いいました! いいましたね?!

 そしてめちゃくちゃ期待されている! 名前、名前、かぁ。

 うーん。


「セイラはどう?!」

「せいら……?」

「わたしの前の名前なのよ!」


 ああああああ、いらんことまでいった! でももう撤回できない! ならごり押すしかない!


「まえ?」

「名前が二つあったの。お得よね。だから、一つ譲ってあげる。大切な名前なの。大切に使ってね」


 にこにこと、五歳にして叩き込まれている令嬢スマイルで笑うと、たったいまセイラと名付けた女の子はもごもごと口を動かして、それから、控えめに頬を染めた。


「セイラ……」


 めちゃくちゃ喜んでくれてますね?!

 ありがとう、嬉しいよ!

 あとは君――セイラちゃんのことをお父様とお母様になんて説明するかですね!!


 まかり間違って素直に暗殺者なんて言えば、セイラが殺されるのは目に見えている。両親を欺くいい訳が必要だ。


 うーん、うーん、と頭を悩ませて。よし! とわたしは決めた。


「セイラ! ついてきて!」

「?」

「お庭で二度寝よ!」

「?」


 セイラは頭に疑問符をたくさんつけていたけど、セイラの手を引いてベッドから降りて、庭に繋がる窓を開ける。そこから外に出て、朝特有の肌寒さにくしゃみを一つ。


 セイラと手をつないで、きょろきょろとあたりを見回す。

 昨日までの公爵令嬢ライラにとっては当たり前の光景も、現代の意識が混じった『わたし』には少し物珍しい。


 昨日までのライラお気に入りの花園ではなく、朝の陽ざしがやんわりと当たっている木陰を選択。


 セイラと手をつないで、木陰にいき、腰を下ろす。


「いい、セイラ。あなたはわたしを助けたの」

「どういうこと?」

「わたしの家に迷い込んだあなたは庭で寝ているわたしをみつけて、朝まで傍にいてくれた。いいわね?」

「……うん」


 セイラは戸惑いながらも頷いてくれた。わたしはにこりと笑って、ごろんと芝生に横になる。

 今までのライラにとってありえない行動だ。


「セイラ、人が来たら起こして。わたしはもう少し寝るわ。頭が痛いのよね……」


 セイラの反応を待たず、わたしはそのまま二度寝した。

 寝汚いとか言わないで! 眠いのは本当だし、頭もすごく痛いの!!

 だっていま、十六年プラス五年の二人分の記憶の統合を行っているから!!

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