0話・プロローグ―愛しの王子様―
『きっと……これが、僕の運命だった』
「いやああああ、そんなこといわないでえええええ!! 私が絶対助けてあげるから……!!」
ゲーム画面に縋りつく勢いでコントローラーを投げ出して、絶叫を上げたのは誰でもない、私、一ノ瀬星来だ。
一昨日が発売日だった「ドロップ オブ ワールド」という王道RPGのゲームの中盤、ゲームの登場キャラのビジュアルが発表されてすぐに「このキャラは絶対推しだ!!」と決めていたキャラが、まさかまさかの途中退場である。
私はもう滂沱の涙を流しながら取り乱しているが、考えて欲しい。キャラクタービジュアルは発売の一年以上前に発表される。
つまり、私は性格もぼんやりとしか分からないこのキャラに一年以上恋をしていたのだ。
そのキャラが物語中盤で途中退場なんてことになったら、誰だってとりみだすし、滂沱の涙だって流すでしょう?!
ちなみに、私の一推しキャラは、銀髪に緑の瞳のイケメン王子だ。
長い銀髪を首の後ろで一括りにして、切れ長で涼やかな瞳がカッコいい!!
今までのゲームの物語で、主人公たちと最初は敵対していた国の王子であること、幼少期から、王になることだけを望まれて、両親に愛されなかったことが明かされている。
そんな私の推しキャラの名前は、クーリスト・エイベル・アスクウィス。
仲間たちと仲良くなった後は「クー」と愛称がついたりする。本人はめちゃくちゃ嫌がっていたが。
名前も王子さまらしくて素敵~!! とメロメロになった記憶も新しい。
ただ、クーリストは代々金髪碧眼の王族の家系の中で、銀髪と新緑の瞳を持って生まれてきた。
そのせいで、母親――王妃は不貞を疑われ、両親の仲は険悪。クーリストは愛されることを知らずに成長した。
そんな彼が、世界を救うための旅に出て、仲間たちと交流を深める間に、愛を知って友情を知って、最後には仲間たちの盾になって、一人命を落とす。
仲間たちが涙を流しながら、彼の死を悼んでいる。私が操作しないから動かない画面を前に、私も涙を隠せない。
ああ、クーリスト……私の王子様……私が、私が傍にいたら、絶対に助けるのに……!
乙女ゲーではないのだが、思考回路がそっち向きなのは、普段から乙女ゲーを好んでプレイしているからだろう。
今回の「ドロップ オブ ワールド」は久々に手に取った乙女ゲーではないRPGだ。
購入の決め手はクーのキャラデザをSNSでたまたまみたことだった。本当に一目惚れだったのだ。
いや、そんな話は今はどうでもいい。
問題は、私はクーリストの離脱したパーティーで本当に世界を救えるのかということだ。
クーリストのいないパーティーなんて、生クリームののってないケーキのようなものだ……。
結局、そこからゲームを進めることはできなくて、直後のセーブポイントでセーブをしてベッドに入ったけれど、その日はクーのことを考えて、悶々として眠れなかった。
* * *
翌朝、起きてリビングに言ったらお母さんに「酷い顔ね。寝れなかったの?」と心配された。
流石にゲームのキャラに想いを馳せていて寝不足だとは言えなくて、適当に笑って誤魔化して、ご飯と味噌汁、焼き鮭に出汁巻卵というザ・日本の朝ご飯という朝ご飯を食べる。いつもと同じ味だ。心がほっとする。
冷水で顔を洗うと少しだけ目が覚めた。歯ブラシに歯磨き粉をつけ、口に入れる。歯を磨きながら、ぼんやりと洗面台に映る自分の顔を眺めていると、お母さんの言う通り、酷い顔をしていた。
目の下にはクマがあるし、顔色も悪い。ため息を堪えて、口の中をゆすいで、タオルで口元を拭く。
部屋に戻って学校の制服に着替える。鈍い頭痛を訴える頭を無視して、制服に袖を通す。教科書が詰まったバッグを手に取って、部屋を出る。
「星来、急いで。お母さん遅刻しちゃう」
玄関に腰を下ろして靴を履いていると、お母さんが玄関の扉を開けて急かしてくる。私は痛みを訴える頭を自覚しながら、のろのろと靴を履く。身体がだるいのだ。
「お母さん、先に出ていいよ。ちゃんと学校行くから」
「そう? じゃあお母さん出るけど、鍵はちゃんと閉めてね」
「はーい」
お母さんらしい注意を受ける。間延びした声で返事をするとせかせかと急いだ様子で玄関から出ていった。お仕事大変なんだろうな、とぼんやりと思う。共働きなのは昔からなので、玄関の施錠くらい慣れたものだ。
「ふああ」
欠伸を噛み殺す。ごろんと玄関の床に寝転んだ。学校に行く気はあるけど、少し休憩したかった。頭痛が酷い。
「すこし……だ、け……」
目を閉じる。普段眠りにつくのとはちょっと違う、暗い世界に落ちていく感覚。不思議な感覚だなぁ、と思いつつ、私は意識を手離した。
* * *
「……?」
ふんわりと宙に浮かぶようなふわふわした不思議な感覚がする。ここはどこだろう、薄暗い周囲を見渡す。
ごつごつとした岩が転がっている空間。首を傾げて上を見上げても太陽は見えない。
とりあえず一歩前に踏み出すと、つま先に何かが当たった。なんとなく視線を降ろした私は、転がっているものを見て、悲鳴を飲み込んだ。
「っ?!」
人だ、人が倒れてる。薄暗さに視界が慣れてきて、慌てて周囲を見回すと、そこかしこにたくさんの人が倒れている。
どくどくと心臓が煩い。
ここはどこ、本当に日本なの? そもそも私はどうしてここにいるの?
目を凝らして周囲をもう一度見回すと、不意にきらりと光るものがみえた。気になってさらに見つめると、きらきらと少ない光を反射して輝いていたのは、髪だった。銀の、髪。
「クー……?」
ぽろりと、なぜかその名前が口から零れ落ちた。どうしてだろう、確信がある。慌てて駆け寄った私は、そこに血まみれで壁に背を預けているクーがいた。
「クー! クー!!」
何度呼びかけても、クーは反応しない。顔には血の気がなくて青ざめてて、瞼は固く降ろされている。そっと、頬に触れた手には、人の体温とは思えない冷たい温度が伝わってくる。
「クー……わたしの、おうじさま……」
きっと、クーは死んでいる。
わかっていた。でも、怖くはなかった。だから、そっと両手を伸ばして、クーを抱きしめる。冷たい、固い。でも、クーだ。私の大好きな、私が恋した、王子様。
「私が、必ず」
たすけるから。
静かな決意を口にして、私はクーを強く抱きしめた。
2025/07/13にプロローグを一部加筆修正しました。