2.ようやく子ウサギに触れた!!
「わ~、可愛い! 可愛い、可愛い、可愛い……!!」
もうそれしか出てこない。ぱっちりと開いたつぶらなグリーンの瞳に、自分の髪の毛とよく似た、濃いブラウンのふわふわな毛並みに垂れた両耳。手のひらサイズだった。まるでぬいぐるみのようだった! 二週間ほど経ってからようやく、シャーロットが我が子を抱っこさせてくれた。
夜、いつものように小屋の中を覗き込み、「ロッティ、人間に戻ってるかな? ああ、戻ってないね。おやすみ……」と言ってみたところ、ようやく、不満そうな顔でのそのそと這い出てきて、子ウサギを連れて来てくれた。思わず、近くにいた一羽を抱き上げてしまったが、今、足先には子ウサギが二羽、寄り添って眠っている。ウサギは薄明薄暮性だが、獣人なので関係ないらしく、私達と同じ昼行性らしい。
「あああああっ、可愛い~! パパだよ~! ロッティ、ありがとう!」
「はいっ、もうおしまいです!」
「そんな!? あっ、きゅうきゅう鳴いてる! 可哀相だから、可哀相だから!!」
彼女が強引にくわえて、私の手のひらから奪い取っていったからか、子ウサギがきゅうきゅうと鳴き出した。可哀相だ! でも、軽はずみに抱っこした私が悪かったんだろうか……。何も言えずに、我が子の温もりが残っている両手を震わせていると、シャーロットが子ウサギを床におろし、「ふんしゅっ!」と鼻を鳴らしながら、胸を張った。ああ、まだウサギから人に戻っていないぞ……。
「一羽につき、一回だけの抱っこを許可します」
「あっ、はい。でも、父親……」
「さぁ、みんな! おうちに帰りますよ~、ついておいで!」
「分かった!! ごめん、悪かった! 一回だけ、一回だけでいいから抱っこさせてください!」
険しい表情で胸を張っているシャーロットにすがりつけば、眉間にシワを寄せ、くいっと、顎で子ウサギ達を指し示した。ああ、良かった。許可がおりた……。急いで、さっきとは違う毛色の子を抱っこする。その子は他の二羽よりも体が小さくて、青い、つぶらな瞳をしていた。可愛い……。毛は少しだけ黒が混じっている、濃いブラウンだ。
「は~、可愛い。そうだ、男の子と女の子の名前、両方考えてみたんだけど……」
「抱っこ、もう終わりですか?」
「えっ? いや、まだ、まだだ、もうちょっとだけ! もうちょっとだけごめん、抱っこさせてくれ……我が子だから! 我が子だから!!」
「あと三十秒……」
「嘘だろう!? ああああっ、可愛さを味わっておかなくては!」
シャーロットがグリーンの瞳を細め、「い~ち、に~い、さぁ~ん……」と数え出す。ああ、怖い! 寝室が暗いからか、余計に怖い! 暗闇の中で彼女の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。慌てて、我が子に目を落とす。男の子か、女の子かよく分からないが、小さくて、さっきよりも毛が柔らかいような気がした。何となくだが、女の子のような気がする。その子は手のひらの上でふしゅふしゅと鼻先を動かし、くつろいでいた。か、可愛い……。毛が湿度を帯びていて、熱くて、柔らかい。手に“命”を持っているという感じがして、涙が滲み出てきた。
「女の子だったら……シェイラ。シェイラにしようかと思っているんだ」
「ろ~く、なぁ~な」
「待ってくれ、待ってくれ! この子は女の子か!? それだけでも教えてくれ、ロッティ! 分からないんだ!」
「女の子です。罰として時間を減らします。あとじゅ~う、きゅ~う」
「ロッティ!? 罰ってなに!? ああっ、もう、シェイラでいいかな!?」
「どうぞ。はぁ~ち、なぁ~な」
「シェイラ~、ごめんよ~! パパだよ!! 愛してる! ママが許してくれたらいいんだけどなぁ」
「きゅっ?」
「きゃっ、きゃわいい……!!」
彼女に嫌がられそうだと思ったが、耐え切れず、ふわふわな頭にキスする。案の定、シャーロットに「もうおしまいです!!」と叫ばれ、足に体当たりされた。ぼふんと、毛の塊が当たってきた。久々の触れ合いで嬉しかったが、ばれないよう、「痛いな~、ロッティ~!」と痛がるふりをしつつ、そっと床におろした。すぐさま、自分の娘が汚い変質者に撫でくり回されたと言わんばかりに、必死にんべんべと、頭を毛づくろいし出す。悲しかったが、眼福だった。シャーロットが懸命に子ウサギを毛づくろいしてる……。でも、ドレスを着ていないし、目も合わせてくれないから、完全にウサギの親子に見えるなぁ。
(はっ、そうだ! ロッティが毛づくろいに夢中になっている隙に……!!)
慌てて、最後の一羽を抱っこする。びっくりさせてしまったのか、「きゅうきゅう」と鳴き始めた。可愛い、申し訳ない……。優しく手のひらを持ち上げ、顔を近づける。最後の一羽は薄い茶色の毛皮に、青い瞳を持っていた。可愛い、自分の瞳と同じ色を持った子が二羽もいる……。ようやく、父親になったという実感が湧いてきた。
「パパだよ~! 可愛いなぁ。ああっと、ロッティ? この子は男の子かな? それとも女の子かな?」
「男の子です。女の子は一羽だけでした」
「ああ、そうなんだ……。それと、絶対に危害は加えないから、あともう少しだけ抱っこを、」
「じゅ~う、じゅういち、じゅ~に」
「ああああっ、きっちりカウントダウンされてた! 男の子なら、男の子ならロア。そうだ、この子をロアにしよう! さっきの子は、」
「じゅ~さん、じゅ~よん」
「あああああっ!? さっきの子は、さっきの子はアルウィン! いいかな!?」
「どうぞ。またキスをしたら、一週間会わせませんからね?」
「っう、ぐ、ひっく、パパだよ~……ロア、パパだよ~! ああ、可愛い……ううう」
キスしてしまわないよう、少しだけ高く持ち上げ、不思議そうな顔をしている我が子を見つめる。可愛い。ようやく産まれた我が子。でも、シャーロットが近くでカウントダウンをしている……。べそべそと泣きながら、頬擦りをすれば、とたんに激しい歯軋りをし出した。ああ、これもだめだったか。しぶしぶ、顔の近くに持ってきて眺めていると、嬉しそうにきゅうきゅうと鳴き出した。
「パパだって、パパだって分かってる!! 賢い、ロア賢い……!!」
「何となく、きゅうきゅう鳴いているだけだと思いますけど?」
「ロッティ!? あと、いつ人の姿に戻るのかな……?」
「じゅうきゅう、に~じゅ」
「あああああっ……しばらく戻らないんだね? 我が子達に会えないのも淋しいけど、人の姿の君に会えないのも淋しいよ。ゆっくりでいいから、戻ってくれると嬉しいな」
「……」
すっかり敵認定されてしまったのか、険しい顔つきで黙り込んでいる。ああ、彼女にこんな目で見られるのは初めてだなぁ。心が折れる。一緒に行った新婚旅行も、あの春の森でキスしたことも、彼女はすっかり忘れているんだろうか……。心に傷を負って、うなだれていると、ロアが懸命にぺろぺろと手を舐めてくれた。可愛い!
「ロア~!! パパを慰めてくれるんだね!? ありがとう~」
「にじゅうさん、にじゅうよんっ……!!」
そろそろ限界なのか、震えながら数え出した。後ろ髪を引かれるような思いで、そっと静かに、ロアを彼女の下へ返す。仕方無い。傷付ける気はまったく無いが、今の彼女にとって私は敵なんだ。ロアがのそのそと、彼女の胸元へ近寄っていく。当の彼女は面食らった顔をしていて、じっと、私のことを見上げていた。
「ごめんよ、ロッティ。でも、ありがとう。触らせてくれて」
「……はい。もういいんですか?」
「君が辛そうだから。大丈夫、ゆっくり待つよ」
「……」
黙ってお尻を向け、小屋の中へと入っていった。シェイラとアルウィン、それにロアがきゅうきゅうと鳴きながら、彼女を追いかける。ああ、手助けしたい……。可愛い! でも、拳を強く握り締め、ぐっと耐えた。
(ロッティが嫌がってるから!! 大丈夫大丈夫、普通のウサギと違って、獣人は子ウサギでいる時間が長いからまた抱っこ出来る、触れる! お膝の上にも乗せられるっ……!!)
それから一週間、朝昼晩と、床に這いつくばりながら小屋の中を覗き込んだ。常に威嚇され、時にはシャーロットに伸ばした手を叩き落とされもしたが、「ロア~、シェイラ~、アルウィン~! パパだよ~、傍にいられないけど愛してるよ~!」と声をかけ続けた。我が子達は大抵、身を寄せ合ってじっとしていたり、彼女のおっぱいを飲んだりしていて、こちらを一度も見てくれず、まともに認識して貰えていない感じがしたが、めげずに「パパだよ~!!」と声をかけ続けた。
せめて、パパだと認知して欲しい。八日後、とうとう我慢の限界がきて、泣きながら小屋の奥にいるシャーロットに向かって、マフィンの欠片を差し出しながら、「もう限界だ! 出てきてくれ、頼む! 出てきてくれ、ロッティ!」と頼むと、ようやく出てきてくれた。
「も~、アルフレッド様は寂しがりやさんですねえ!」
「ごめん、ロッティ。出産の時、立ち会わなかったから……!?」
「いいえ、何となくです」
「何となく……!?」
「はい、何となく触られたくなかったんです」
絶望した。何となく……? せめて我が子に危害が及ぶかもしれないからとか、そういう理由であって欲しかったんだが。打ちのめされていると、ソファーに座った私の膝の上で、彼女が「美味し~! さてはキャロットマフィンですね?」と言いながら、もちゃもちゃと食べ始めた。もちろん、子ウサギ達も膝の上に乗っている。温かい、可愛い……。今すぐ抱き上げてキスしまくりたい衝動に駆られたが、ぐっと耐えた。せっかく出てきてくれたのに、言葉も通じるようになったのに、暴走して全部を台無しにしたくはない。
おそるおそる、シャーロットのふわふわな頭に触れてみる。ちょっと嫌だったのか、マフィンを食べながら頭を振って、「ふしゅっ!」と鼻を鳴らした。ああ、まだまだかかりそうだなぁ。時間が。
「ええっと、ロッティ? ロアとシェイラと、アルウィンに触れても大丈夫かな……?」
「ん~」
「どうしてだめなんだろう? それも何となく?」
「んん……」
「絶対に危害は加えないから安心して欲しい。君にも、我が子にも触れないとなると、死にそうだ。最近は食欲が出なくて、食事も喉に通らなくて……」
「だめじゃないですか、ちゃんと食べないと」
「君が人の姿に戻ってくれたら、食べれるような気がするんだが。それか、我が子と一緒だったら……!!」
「ん~、どうしましょう」
「ロッティ、頼む!! 追加でマフィンをあげるから!」
結局、好物のシロツメクサとりんごチップス、草食系の獣人用スコーンをあげたところ、ようやく許してくれた。さぁ、これで心置きなく我が子と触れ合える! さっそく、シャーロットに監視されながらも、膝の上に三羽乗せる。涙がつうと、頬を伝って流れ落ちてきた。
「し、幸せだ……!! ようやく、ようやく、ロア達にもう一度触れた! 可愛いでちゅね~、パパでしゅよ~!!」
「きゅう、きゅうっ」
分かるのか三羽とも、嬉しそうに鳴きながらよじ登ってきた。でも、途中でずれ落ちて、悲しそうに「きゅっ……」と鳴く。可愛くて可愛くて、仕方なかった。両手を使って、今まで触ったことがないと思ってしまうぐらい、ふんにゃりとした柔らかな毛を撫で、笑う。それぞれ、うっとりとした顔をしていた。涙ぐみながら、彼女の方を振り返ってみると、眠たくなってきたのか、両目を閉じている。
「あ~、ロッティ? もう小屋に帰る……?」
「ん~、今日はアルフレッド様と一緒に眠ります」
「えっ!? じゃあ、ロア達は? どうする?」
「アルフレッド様も一緒ですよ。パパですからね!」
「ん!?」
娘のシェイラをパジャマのポケットへ入れてから、残りの二羽を腕に抱え、そーっと歩く。すると、構って欲しい気持ちが爆発してしまったのか、シャーロットが「私は!? 私は!?」と言いながら、びょんびょん、足に飛びついてきた。
「ご、ごめん。待ってくれ。ベッドに今、ロア達を置くから!」
「さっきに私を抱っこするべきなのでは……?」
「う、うん。ごめん、気付かなくて。嫌がられるかなと思って」
「もう大丈夫です! そんな気分は終わりましたから」
「そっか~……。良かったよ、終わって」
ま、まあ、何はともあれ、ほっとした。今日からまた、いつも通りの日常が戻ってくる。いや、戻ってこなかったら怖いからやめよう。そう考えるのは。また明日起きたら、彼女がウサギに戻ってる、触らせて貰えない、噛まれる、威嚇される、無視される、手を叩き落とされる、我が子にも触らせて貰えない、抱っこを嫌がられる……。ぬか喜びしないよう、ネガティブな想像ばかりして、シャーロットを抱き上げ、ベッドの上へおろした。満足そうにぶふんと息を吐いて、くつろぎ始める。
「寒いからね。申し訳ない、ちょっとだけのいて欲しいな……」
「はぁ~い」
「ごめんよ、ロッティ。この子達を毛布の中に入れてあげたくて」
「大丈夫ですよ、別に」
一羽ずつ両手で抱き上げ、枕元に置く。そのあと毛布へ潜り込んで、彼女と子ウサギ達を優しく抱き寄せ、毛布の中に入れる。が、それで落ち着くはずなく、もぞもぞと、子ウサギ達は毛布の中を探検し出した。足元に到達したら、慌てて抱き寄せて、脇の下に詰める。しかし、また暴れ出して、回収しての繰り返し。彼女は眠たかったからか、いつものように左脇の下に潜り込んで、私が動くたび、不満そうにぶうぶうと鳴いた。
「ごめんよ~、ロッティ! ああ、ほら、そっちに行ったら落ちちゃうよ? アルウィン、パパのところへ帰っておいで~。だめだよ、ほら、シェイラも! みんな、もうねんねする時間だよ~」
落ち着いたかと思えば、また動き出したので回収。それを二時間ほど続けたのち、ようやく眠たくなってきたのか、子ウサギ達の動きが鈍くなってきた。
「あ、もう寝るかな……? おやすみ、ロア、シェイラ、アルウィン」
結局、眠たそうにきゅうきゅうと鳴きながら、私の首周りに集まった。温かい、可愛い……。ふわふわだ。極上の就寝用マフラーだ。幸せだ! しかし、まぶたが重たくなってきた頃、幸せじゃないことに気が付く。脇の下にはぐっすり眠っているシャーロット、首の周りには子ウサギ達。
「ね、寝返りが打てない……!!」
どうしよう? 朝起きて、下敷きにしてしまっていた我が子が冷たくなっていたら! 嫌な想像ばかりして、うとうとしては踏み潰していやしないかと、焦って首の周りの我が子を撫でる。一晩中、一睡も出来なかった。でも、触れない期間が長かったので、苦痛には思わなかった。しかし、げっそりと頬が痩せこけ、目の下にくまが出来た私を見て、怒った兄上が出産したてで、まだ気が立っているシャーロットと喧嘩を繰り広げてしまい、余計に疲れた。でも、こういうのも悪くは無いなと思う。一人じゃない証拠だ。良かった……。それに、彼女もようやく人の姿に戻って、話しかけてくれるようになったし。またいつも通りの日常が戻ってきてくれた。




