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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第一章 本当はか弱い王子様とウサギ令嬢の私
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7.毛皮だけが取り柄の女

 


 い、いいいいい言ってしまったらしい。どうやら私は。好きだとそう。緊張で身を固くして座っていると、隣に座ったシャーロットが笑顔で「はい、あーん」と言って、ケーキを差し出してくる。おそるおそる見てみると、きゅるんとしたグリーンの瞳がこちらを見つめていた。



「あ、の……記憶に無いんだが、その」

「ええ、知っていますよ。殿下は極度に緊張したら、記憶が吹っ飛んでしまうんですよね? 従者の方からお聞きしました!」

「……随分と、その、親しくなっているんだな?」



 ああ、どうしよう。しまった。なんて心が狭い……。



(こんなことで嫉妬するだなんて。二十八の男が。ああ、どうしよう? 絶対呆れられ、)



 顔を背けて悩んでいると、いきなりがっと肩を掴まれ、口の中にフォークを突っ込まれた。戸惑いつつ甘いケーキを咀嚼(そしゃく)していると、彼女がにっこりと微笑む。今日は柔らかな茶髪とよく合った、掠れた薔薇色のドレスを着ている。



「ねぇ、殿下? 殿下はきっと、信じられないって仰るんでしょうけど」

「えっ? あ、ああ……えーっと、つまり、君は今から信じられないようなことを口にすると?」



 そこで何故か彼女が笑う。一気に頬に血が集まった。それから、かたんとテーブルの上にフォークを置く。奥の窓からは、眩しいほどの陽射しが射し込んでいた。



「私、殿下のそんなところが好きです。繊細で、よわよわしてるところ!」

「よわよわしてるところ……」

「でっ、でも、色っぽいところも好きですよ!? こう、がらりと変わる瞬間があって!」

「そう。なら良かった。流石の私も、弱いところが好きだと言われて喜べないからね?」



 ふぉっ……。と思ったが、何の音も出なかった。殿下が海のような青い瞳を細め、私に迫ってくる。吐息がかかるくらいの距離になって、思考が止まった。思わず、手を伸ばして胸元をぐっと押し返す。



「あ、あの……? 殿下」

「ようやく君と婚約者になれて嬉しいよ、シャーロット嬢。いいや、シャーロット。ロッティ」



 あああああっ、声がものすごく甘くてすごい! 



(これが、これが殿下の婚約者モードっ……!!)



 垂れ耳を震わせつつ、じっと見上げていると、何故かいきなり真顔になった。こ、怖い。それに心なしか、青い瞳がいつもより仄暗い。



(あれ? でも、昨日も確かこんな目をしていて)



 思い詰めたような青い瞳を見上げていると、そのままゆっくりと近付いてきた。途端に、心臓がどきどきとうるさく鳴り出す。殿下が私の手を優しく絡め取って、また昨日のように深くキスをしてきた。ああ、もうだめだ! ウサギの姿に変身してしまうかもしれない……!!



「もっ、ももも申し訳ありません! その、」

「だめかな? 物足りないんだけどなぁ……」

「うさ、ウサギの姿にそのっ! なってしまうかもしれないので!!」



 至近距離でくすりと笑い、青い瞳を細める。あっ、ああ、完璧に色っぽい殿下になっちゃってる……。



「いいよ、なって。毛皮がある君も素敵だし?」

「あの、でも」

「どこまで何をしたら、君はウサギちゃんになっちゃうのかな……」



 するりと、私の腰に手を回してきた。また一層、心臓がどきりと跳ね上がる。でも、耐えないと。耐えないと。



「あの、あの、私、そろそろ心臓も限界で」

「慣れようか。大丈夫、すぐに慣れるだろうから……」

「ふぉっ? ふぉ、ふぉっ!?」

「っふ、くくくくく……!!」

「で、殿下……」



 私からそっと離れて、口元を覆う。肩を小刻みに揺らして笑ってらした。



(ああっ、ああ、もう、私ったらもう!!)



 緊張して、つい訳が分からなくなってしまって。両手をぎゅっと握り締めて俯いていると、「あー、おかしい」と言って笑い、息を整える。



「あの、殿下……?」

「悪い。つい、可愛らしくて……続きをしても? ロッティ」



 愉快そうに笑いながらも、私の髪を持ち上げてキスをする。ああ、どうしよう。息が止まってしまいそうだ。頬に熱が集まる。黙って頷くと、「ロッティ」とびっくりするぐらい、甘く囁いて。



「……悪い。これから、色々と苦労をかけるかもしれないが」

「い、いいえ。そんな」

「それでも、その……よかったら私の傍にいてくれ。君が傍にいてくれると、色々と頑張れそうなんだ。文字通り死ぬまで」



 驚いて見上げてみると、淋しそうな微笑みをそっと浮かべてらした。王族としての義務は一生付き纏う。一生、誰の目から逃れることも叶わない。



「殿下。いいえ、アルフレッド様」

「……うん。どうしたの?」

「私、貴方の味方になります。唯一無二の。で、ですからその……」

「ありがとう、ロッティ。あの日あの時、君と出会えて本当によかったよ」



 優しく両腕を広げて、ぎゅっと抱き締めてくれた。そうだ、この御方の傍にいよう。本当は女性に慣れていなくて、よわよわで、繊細で、自己肯定感が低い御方で。でも。



「いつもいつも、本当にお疲れ様です……すごいと思います、殿下は。毎日ご公務を頑張ってらして」

「ありがとう……っふ、何年ぶりかな? そうやって褒められるのは」

「私、私も頑張りますね……淑女教育にも力を入れますね!」

「ああ、そうだ。妃教育のことなんだけど」

「妃教育のこと……」



 お勉強は苦手なんです、殿下。そんな意味を込めてじっと見上げていると、苦笑して「ひとまずはまぁ、いっか。ドレスも出来上がってないしね?」と言って、私の額にそっと柔らかく、キスを落としてくれた。



「あの……」

「今日はここまでにしようか。私もだ、あー……抑えが利かなくなりそうだし」

「そ、そうなんですね……あの、殿下って実は」

「ん? どうしたの?」

「ふ、ふくよかな方が好きなんですか……?」



 おそるおそる聞いてみると、青い瞳を瞠っていた。それから、おもむろに私の腰周りをしっかりと掴む。ひょえっ……。



「うーん……まぁ、確かにあと五キロほど太ってくれた方が、」

「ご、五キロもですか!? ウサギ、ウサギちゃんになった時、それじゃあ肋骨が触れないぐらい、むちむちぶにぶにになっちゃいますけど!?」

「いいんじゃないかな? 最高だ」

「っふ、ふぁ……」



 ど、どどどどうしよう? 太った方がいいのかも? 怯えて震えていると、すぐさま気が付いて「今が痩せすぎのような気がするし、別に気にしなくてもいい。無理に痩せなくてもいい」と言ってきた。



「で、でも……あの」

「ブラッシング。ブラッシングしようか? そろそろ癒しが欲しくなってきてね」

「えっ? あっ、ああ、はい……」



 そこでどうしてか、胸の奥がちくりと痛み出す。柔らかく、ぷつっと針で刺されたみたい。でも、言われるがままにぽんっとウサギの姿に変身した。それまで着ていたドレスが剥がれ落ちる。



「わっ、わ~……!! 可愛いなぁ、やっぱり! そうだ、新しいラバーブラシを買ってきて。ほら」

「ぽ、ポケットに入れて……?」

「そう。いつでも君の毛皮が梳かせるように。ああ、そうだ。最後はちゃんと、猪毛で艶出しをするからね? お膝においで、シャーロット」

「あ、は、はい……」



 あれ? 両想いにせっかくなったのに、あんまり変わってないかも? 足を動かしてお膝に乗ってみると、「可愛い~!」とはしゃいで、ゆっくりと優しく、私のしっとりした滑らかな毛皮を梳かしてゆく。き、気持ちがいいっ……。



「流石は殿下……お上手ですね! 日に日にブラッシングの腕が上達して」

「練習しているからね、日々」

「えっ!? い、一体どこのウサギでっ!?」

「いや……妹が飼っている猫で。うるさく色々と言ってくるから、練習になるかなぁと思って」

「な、なるほど……でも、浮気しないでくださいね?」

「猫はよくて、ウサギはだめなんだ……?」

「えーっと、出来れば他のもふもふちゃんはあんまり、その、触って欲しくないです……申し訳ありません、嫉妬深くて」



 ああ、私ったら。さっそく醜い嫉妬心を出して、殿下を束縛するだなんて!



(でも、もやもやする……私だけ、もふもふしていて欲しいなぁ)



 落ち込んでふすふすと鼻を鳴らしていると、後ろからそっと抱き上げて、いきなりふがっと、私の豊かな毛並みに顔を埋め出した。ふぉ、ふおぉ……?



「っか、可愛い!! 大丈夫、そう心配せずとも君が一番だからね!? ロッティ!!」

「は、はい……」

「はー、可愛い。今日は蜂蜜みたいな香りがするね? 可愛いなぁ、本当にもう……」



 ああ、どうしよう? 私の取り柄って毛皮だけ?



(ねぇ、殿下? もしも、私に毛皮が無くても好きになってくれましたか?)



 でも、あの時呼び止めて貰えたのは、この素晴らしい毛皮があったから。



(私はもしかして……自分のこの、美しい毛皮にしがみついている醜い女なのかもしれない。どうしよう? 怖いなぁ)



 ねぇ、殿下。両想いになったはずなのに、まだ不安が消えてくれません。両目を閉じて、その優しい指先にまどろむ。もふもふと丁寧にマッサージをしながらも、私の毛を梳かしてゆく。



(温かい紅茶に入れた、お砂糖みたいに、この不安も消えて無くなってくれるといいのになぁ……)



 とうとう、その日は最後まで言い出せなかった。「殿下、私に毛皮が無くても好きになってくれましたか?」ってそう。怖くて、簡単な一言なのにそれがどうしても言い出せなかった。







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