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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第三章 ただ幸せな結末へと向かって
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エピローグ

 


 待っている間中、ずっと愛想を振りまいておいた。ちょこんとお座りして首を傾げてみたり、侍女達にも好評な、前足で顔を洗う“くしくし”を披露するたび、歓声が上がった。さらに、お澄ましした表情で両開きの扉を見上げていたら、おもむろに扉が白く光った。さっきまで、黄金色のりんごを実らせていた木が、またたくまに白い花を咲かせる。風が吹いて、白いりんごの花びらがひらひらと、上から舞い落ちてきた。騎士二人もいつの間にか、麗しい乙女と恋人らしき男性に変わっている。見惚れていれば、がこんと、音を立てて扉が開く。背後の人々が、期待に満ちた溜め息をもらした。


「さぁ、どうぞ。お義姉様」

「ありがとう、ヴィー!」

「兄上がお待ちかねですよ、義姉上」


 白いりんごの花で出来た花冠と、金色を帯びた白いふわふわのチュールドレスを着たオリヴィアに、白いりんごの花の耳飾りをつけ、真っ白なスーツを着たノエル殿下が扉を開けてくれた。くすんだ赤いバージンロードへ一歩、足を踏み出せば、あまりの壮麗さに言葉を失う。銀色と青に彩られた豪華なシャンデリアが、いくつも吊り下げられていた。息を呑むほど高い天井には、芸術品にしか見えない青の薔薇、銀の枝葉、神話の女神と美しい乙女達、白い花を咲かせたりんごの木の彫刻が並んでいる。


 はるか上の方には青と銀のステンドグラスが張られ、そこから繊細で眩しい、銀と青の光が降り注いでいた。両側にはずらりと、植物が這ったかのようなデザインの木製ベンチが並べられている。動くことも忘れ、圧倒されてしまった。荘厳にして、壮麗。この世のありとあらゆる美しさを凝縮させたら、こんな感じの大聖堂になるのかもしれない。そう思わせるほど、銀と青、熟したりんごのような赤色とブラウン、それらを輝かせている神聖な陽射しが本当に美しかった。


「おめでとう、アルフレッド」

「おめでとう」


 どこからともなく不思議な声が聞こえてきて、見上げてみると、豪華な銀と青のシャンデリアに人外者達が腰かけていた。圧倒されていて、気が付かなかった。みんな、銀のドレスや深い青のスーツを着て、優雅に拍手している。私を以前、過去に連れて行ってくれた人外者のイライアスもいた。笑顔でひらひらと、手を振ってくれる。手を振る代わりに、両耳をぱたぱたと動かしてみれば、誰かが「まあ、可愛らしい」と呟いた。


「ロッティ、おいで」

「アルフレッド様!」


 銀の枝葉と深い青色の布で飾り立てられた祭壇の前に、白と金の軍服姿のアルフレッド様が佇んでいた。さっきはしていなかった、真っ白なマントを羽織っている。こちらを見つめる青い瞳は優しくとろけていて、口元には幸せそうな微笑みが浮かんでいた。胸が弾む。そうだ、私。アルフレッド様の花嫁なんだ。今日からアルフレッド様と夫婦になる。


 厳かに歩き出そうとしたけど、失敗しちゃった。とてとてと、ご機嫌で弾むように歩き出せば、白いベールがたなびいて、銀と青の光に染まってゆく。彫刻で飾り立てられた壮麗な天井から、ひらり、ひらりと、銀と青の花びらが舞い落ちてくる。人外者がそれぞれ、木かごを持ってふりまいていた。そんな中を、虹色の光を帯びた白いトレーンを引き摺りながら歩いて、アルフレッド様の下へ向かう。私が傍までやって来ると、微笑みながら、静かにひざまずいた。


「ロッティ、待っていたよ。……世界中、どこを探したってこれだけ可愛いウサギちゃんはいないなと思うぐらい、可愛くて光り輝いていた」

「あっ、ありがとうございます……!! あの、じゃあ、元の姿に戻りますね?」

「うん、おいで」


 アルフレッド様が立ち上がって、私に手を差し伸べる。お尻をふるるっと振ってから、ぽんっと元の姿に戻れば、ドレスが変わっていった。とたんに小さな歓声が上がる。二の腕を覆っている花柄のパフスリーブと、ほんのり胸元が出ているハートネックに、ふわふわで真っ白なシフォンスカート。二人で選んだドレスは可憐なんだけど、大聖堂の青い光を浴びると、神々しくて美しいものに見えた。白い手袋をはめたアルフレッド様の手に、手を重ねれば、この上なく眩しいものを見るような目つきで私のことを見つめ、嬉しそうに微笑む。


「ああ、綺麗だ……。やっぱりそれにして良かったよ。セクシーなものにしなくて正解だ」

「ふふ、根に持ってらっしゃる?」

「少しね」


 アルフレッド様がおどけて肩をすくめながら、ポケットから小箱を取り出す。その小箱は白くて、エオストール王家の紋章が描かれていた。初代の女王と人外者の王が手を取り合っているシルエットと、素朴な野花。華美なデザインじゃないんだけど、はっと目を惹くような綺麗さだった。吸い寄せられ、凝視していると、おもむろに小箱を開けた。


 そこには金の結婚指輪が二つ、おさめられている。シンプルなものじゃなくて、私が好きなダンデライオンの指輪。どこかに引っかけないように工夫されているのか、つけたらまるで、ダンデライオンを指に巻いているかのように見える、華奢で控えめなデザインだった。驚いて見上げれば、ひっそりと、悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべる。


「……一生大事にする。たとえ、私のことを君が愛さなくなったとしても」

「大事にしますよ。あと、信じられないかもしれないけど、一生好きでいます! 大丈夫です!!」


 ついつい、声を張り上げてしまった。大聖堂内に動揺が走る。アルフレッド様が嬉しそうな笑みを浮かべ、私の薬指にダンデライオンの指輪をはめてくださった。それを感動しながら見つめたあと、私も小箱から指輪を取る。アルフレッド様がすかさず、片方だけ手袋を外して、優雅に折りたたんでから、ポケットの中へしまう。左手を取り、ゆっくりと金のダンデライオンの指輪をはめながら、アルフレッド様にしか聞こえない声でささやく。


「もう、もう、誰にも傷付けさせません。私が、私がアルフレッド様のことを絶対に守ります。一生大事に愛します……」

「ありがとう、ロッティ。君はね、太陽みたいな存在なんだ」

「えっ?」

「まるで太陽を手にした気分なんだ。今なら、何だって出来そうな気がする」


 その言葉通り、もう手は震えていなかった。出会ってすぐの頃を彷彿とさせる、色めいた微笑みを浮かべている。硬直していると、私の腰に手を回し、祭壇へと促した。祭壇の傍らには、白いひげを生やした、優しそうな司祭様が佇んでいる。この大聖堂の番人であるかのように、銀と青の司祭服に身を包んでいた。


「じゃあ、サインしようか。ロッティ」

「あっ、は、はい……」


 アルフレッド様が先に、羽根ペンでサインをする。もしも、ここでスペルミスしたらどうするんだろう? 書き直しって出来るのかな……と思いつつも、サインした。ほっとすることに、綺麗に書けた。司祭様がそれを確認し、満足そうに頷いたのち、結婚が成立したと宣言する。そして助祭から花束を受け取り、アルフレッド様に手渡す。


「ご結婚、おめでとうございます。アルフレッド殿下。どうか、お二人の行く末が明るいものでありますように」

「ありがとう。……ロッティ」

「はい! 花束っ、花束っ!」


 わくわくしながら待っていると、愛おしそうに微笑み、そっと手渡してくださった。ほのかなピンク色の薔薇、甘い香りの白百合、黄色と白のガーベラ、小さな白い花を沢山つけたカスミ草、青いラナンキュラスにひまわり……色んな種類の花がいっぱい詰まっていて、春らしい可愛らしさが全面に出ていた。それを腕に抱え、微笑みながら見上げる。アルフレッド様が唾を飲み込みながらも、王子様らしい微笑みを浮かべ、私に向き直った。


「ロッティ、目を閉じてくれないか?」

「はい! ふふっ」


 アルフレッド様が緊張しながら、私の両肩に手を添える。誓いのキスは特別で、いつもとは違う緊張感が漂った。気配が近付いてきて、ほんの少しだけ、くちびるが触れ合う。参列者から感嘆の溜め息がもれた。まぶたを開けてみると、頬を赤く染めたアルフレッド様が笑い、私のことを見下ろしていた。


「それじゃあ、行こうか。城に戻ろう、早く」

「はい! ふっ、ふふふふっ」

「わ、笑わないでくれ、頼むから……」


 アルフレッド様にエスコートされながら、バージンロードを歩いて外を目指す。いつの間にか、りんごの花びらが盛られた木かごを持っている参列者達が、一斉に「おめでとうございます!」と言いながら、私達に向かってふりまいてくれた。魔術仕掛けなのか、驚くほど高く舞い上がって、きらきらとした光をふりまいている。


 笑顔で会釈していると、涙ぐんでいる陛下と王妃様が目に飛びこんできた。ブラコンだから、私に弟を取られるのが悔しいのかもしれない。でも、嬉しそうに笑って花びらをまいてくれた。アルフレッド様はにこにこと笑いながら、私を見つめていたから、気付かなかったけど。私もわざわざ言わなかった。そのせいで結婚式のあと、陛下から「気付いていたのに無視した」って難癖をつけられちゃった。言うタイミングを逃しただけだったのにぃ~、陛下ってばもう。


「わぁ、派手だな……」

「ですねえ、すごい」


 皆さんからの祝福に包まれながら、大聖堂を出たとたん、空に真っ赤な炎を吐くドラゴンが飛んでいた。以前、舞踏会で踊ったことがあるリカルド様だった。まろやかなチョコレート色の鱗が、ぎらぎらと陽射しを受けて輝いている。呆然と見上げていたら、鼓膜が震えような咆哮を上げたあと、私達に向かって炎を吐き出した。すかさず両脇に控えていたお兄様と、陛下よりも私に従ってくれるライナス、無愛想だけど、実はもふもふ好きなイーデンが飛び出し、迫り来る炎に向かって手をかかげた。そのとたん、招待客から悲鳴が上がる。目の前で派手に赤黒い炎が散った。顔に熱風が当たる。防げたのに、ライナスが舌打ちした。


「これだからドラゴンは……!! くそっ!」

「どうします? 気絶させましょうか」

「少し待て、イーデン。あれでも一応国賓なんだ。それに敵意は無い。はしゃぎすぎただけだろう」


 上司でもないくせのに、お兄様が偉そうにのたまう。アルフレッド様が不穏な空気を察して、声を張り上げた。


「リカルド! 祝ってくれるのは嬉しいが、人の姿に戻ってくれ! せっかくの美しい花嫁が焦げてしまうぞ!」

「悪いなぁ、アルフレッド。つい」


 愉快そうに炎を吐きながら、笑う。あっという間にドラゴンの大きな体が縮み、鎮火したあとに立ち昇るような、白い煙が辺りを包み込んだ。それが急速に晴れてゆき、一人の男性が現われる。格好良い、赤と黒のスリーピースを着こなしていた。


「おめでとう。アルフレッドにお嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんはやめてください、お嬢ちゃんは……!!」

「これから馬車に乗って、沿道をパレードしながら城へ戻るんだ。良かったら炎を吐かずに、上空を飛んでついてきてくれないか?」

「ああ、もちろん。いいとも。やはり結婚式は派手でなくちゃな!」

「アルフレッド殿下! しかし、それは……」

「すまない、ライナス。それにシリルとイーデン。何かあったら助けてくれないか? 頼む」

「……かしこまりました」

「そう言われると断れませんね。でも、お任せください」

「義弟からの頼みですし、それじゃあ……」

「お兄様、アルフレッド様に向かって偉そうにしないで!!」

「お前こそ、せっかくの結婚式なんだ。一日ぐらい大人しくしておけよ!?」

「ま、まあまあ、まあまあ……。シリルが兄になるのは事実なんだし」


 アルフレッド様にいさめられ、しぶしぶと睨み合うのをやめる。それから大勢の人々に見守られつつ、馬車に乗り込み、王城へと向かった。さっきよりも熱狂的に出迎えて貰った。人の姿で手を振りながら、アルフレッド様と微笑みを交わす。約束通り、炎を吐かずにリカルド様が空を飛んでいた。でも、時折、咆哮を上げてどこかへ炎をぶつける。その度に氷の粒が舞ったから、多分、お兄様達が何とかしたんだと思う。ぱらぱらと、氷の粒が降りしきる中で、アルフレッド様が嬉しそうに微笑んだ。


「幸せだね、ロッティ。良かった、こうして結婚式を迎えることが出来て」

「ですね! ずっとずっと、幸せでいましょうね~」

「ああ。まさか、自分がこんな幸福を手に出来るとは思ってもみなかった……。きっと、母上も喜んでくれているだろう。父上と一緒に」

「はい……。私のお母様も喜んでくれてると思います。花嫁姿、見せたかったなぁ。もふもふが上手な王子様なのって、そう言って、アルフレッド様を紹介したかった」

「ロッティ……。紹介の仕方が、いや、うん。嬉しいよ、ありがとう。墓参りに今度、二人で行こうか」

「はい! 行きましょうか。アルフレッド様のお母様の墓参りにも行きたいです、私」

「行こうか。きっと、声は届くだろうから」


 アルフレッド様が私の肩を抱き寄せ、キスしてくれた。沿道にいた人々が興奮して、歓声を上げる。深いグリーンと青と白の国旗が振られ、風にはためいていた。ああ、なんて素敵な結婚式なんだろう。春の甘い匂いを吸い込めば、胸が弾む。お返しに、アルフレッド様の頬へキスしてみた。


「……愛しています、アルフレッド様。これから二人で色んなことをしましょうね! 旅行にも行きましょうね」


 驚いて硬直したあと、涙ぐみ、嬉しそうに笑う。良かった。過去で見た笑顔よりも幸せそうな笑顔で。


「うん……。でも、まずは新婚旅行だね」

「あっ、忘れてました。そう言えばそうでしたね! 楽しくてつい忘れちゃってました」

「ロッティ……。でも、君らしいと言えば君らしいか。愛しているよ、私も」


 もう一度、肩を抱き寄せてキスしてくれた。やだ、こんなに堂々といちゃいちゃしてたら、あとで陛下に怒られちゃうかも~。にやにやが止まらなかった。笑顔で熱狂している人々に手を振ったあと、アルフレッド様の頬にキスする。何回したって物足りない。アルフレッド様も同じ気持ちだったみたいで、はしゃぎながら、何度も何度も私にキスしてくれた。


「あああああっ、つい、つい……!! 結婚式だからってはしゃぎすぎた! いい年こいて浮かれていると国民に思われたらどうしよう!? いや、税金で派手にパレードしたあげく、いちゃつきやがってって罵られそうだ! 罵られるに違いない、明日にでも手紙が王城に投げ込まれて、」

「落ち着いてください、アルフレッド様! 誰もそんなことはしませんよ!?」

「ロッティ、ウサギ姿になってこっちに来てくれないか? 大体、司祭から花を受け取る時も右足の位置が変だった気がする。いや、手を振っている最中にくしゃみをしそうになったし、立食パーティーでも相手の名前を呼び間違えて気まずい空気になったし、」

「とあっ!」

「おぶ!?」


 夜、結婚式を終えて寝室に引き上げたところ、今日した失敗が頭を駆け巡ってしまったらしく、頭を抱えながら、寝台の上でごろごろ寝転がっていた。仕方ないので、ウサギ姿に戻ってぼふんと、自慢の毛皮を顔に押し付ける。すぐさま「ぶふぅ~……」と深い溜め息を吐いて、私の体を抱えた。ちなみにアルフレッド様がもふもふしやすいよう、ネグリジェを脱いでいる。


「ああ、落ち着く……。最高のもふもふ毛皮だ。今日から毎日、好きな時に好きなだけ楽しめるんだなぁ」

「えっ!? もっ、も~! アルフレッド様ったら、やだ! 大胆なんだから!」

「大胆……? まあいいや。愛してるよ、ロッティ。人の姿も、毛皮も、性格も何もかも全部」


 アルフレッド様が大きなあくびをしながら、私の毛皮に顔を埋めた。嬉しい! でも、お疲れのようだし、このまま朝までずっと、私の毛皮でお慰めするべきかもしれない。ほっとしたような、寂しいような、複雑な感情に苛まれながらも、のそのそと、アルフレッド様の脇の下へ潜り込む。すぐに困惑して、私の体を掴んできた。


「ロッティ? ええっと、もう寝ちゃうのかな? 人の姿に戻らないのかな?」

「……戻っても大丈夫ですか?」

「もちろん! 戻って貰わないと困るよ」


 アルフレッド様が無邪気に笑ったあと、私のおでこにキスをする。勇気を出して人の姿に戻ってみたら、裸で驚いていたけど、すぐに濃厚なキスをしてくれた。私を組み敷いて、妖艶に青い瞳を細める。


「……愛してるよ、ロッティ。欲しいと思えたのは君だけだ」

「あ、ありがとうございます……!! ほ、他の獣人をもふもふしたりしません? 約束してくれますか? 大丈夫ですか? 獣人はそれが浮気なんですけど、一応確認しておこうかと思いまして」

「もちろん、大丈夫だよ。君以外のもふもふはいらないよ?」

「ぜっ、全世界の獣人に羨まれてしまう、憧れの台詞ですっ……!!」

「あっ、そうなんだ!? へー、知らなかった」


 結婚式をしたからか、いつもより愛情表現がすごい! こうして、結婚式も初夜も無事に終えることが出来た。この豪華な結婚式は、エオストール王家が初めて獣人の花嫁を迎えたということもあって、後世まで語り継がれる。今でも、生前のアルフレッド王子が描いた、数多くのシャーロット妃とその子供達の絵は、国民から愛され、エオストールの王城と美術館に飾られている。女嫌いのアルフレッド殿下が唯一愛して、所望したウサギのシャーロット妃という題名を添えて。






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