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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第三章 ただ幸せな結末へと向かって
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24.大聖堂にて、愛を誓うか、死ぬかを選べ

 



 わぁっと人々の歓声が上がる。沿道は人でいっぱいだった。それぞれエオストール王国の国旗である、深いグリーンと白、青に女神像が描かれた国旗を振っていた。空は幸運にも、綺麗に晴れ渡っている。眩しい陽射しの中で、アルフレッド様に抱っこされながら、天井が無いタイプの馬車に乗り込み、頑張って前足を上げて振ってみる。途端に、「きゃあああああっ!!」という、観衆から悲鳴のような歓声が上がった。ウェディングドレス姿、好評みたい! 楽しい! 


 馬車がすぐさま、ゆっくりと動き出す。普通の馬ではなく、白い翼を生やした魔生物だった。その魔生物も御者も、護衛の騎士達も、白と金のお仕着せを着ている。アルフレッド様と同じ色の服を身につけることによって、忠誠を示す……らしい。でも、ややこしいからやめればいいのになと思った。


「ねっ、ねえ、アルフレッド様!? 私、大人気ですよ!? お腹でも向けてあげた方がいいでしょうか!?」

「うーん……遠くの人には見えないからねえ。でも、おいで? ほら。沢山の人にロッティの可愛さを見せてあげよう」

「はーいっ、見せます! 癒されるみたいですよ、みんな! 私の姿を見たら~」

「うん、その通りだよ! 可愛いなぁ」


 さっきとは違って、白と金の軍帽をかぶったアルフレッド様が、私を丁寧に抱き上げると、春の風に白いベールがふわっとたなびいた。私が頑張ってまた、前足を振ろうと思っていたら、アルフレッド様が代わりに私の前足を握り締め、ふりふりと優しく振ってくれた。またわっと、大きな歓声が上がる。


「たっ、楽しい~! 私、ここまで褒めて貰うのは初めてかもしれません! 楽しい~!」

「良かった。私は胃が痛いよ、ロッティ……。この場に集まった全員、私に何かしらの幻想を抱いていて、期待しているのかと思うと胃と胸が苦しい。騙しているんだ、今もずっと。誰も思っていないんだ。誰も私が弱虫とか、泣き虫だとか思っていないんだ……。本当は情けない男なのに、本当は情けない男なのに。もう王族じゃなくて、詐欺師と名乗った方が民衆のためになるような気がする」

「アルフレッド様!? 相変わらず器用ですねえ」

「長年の努力で培った技だ。帰りたい、今すぐに……」


 きらきらと眩しい王子様な笑顔を浮かべつつ、歯の隙間から弱音を垂れ流し、集まった観衆に向けて手を振っていた。でも、かたかたと小刻みに震えている。私だけなんだ~! 今、こうして震えているアルフレッド様を知っているのは!


「ふふふ、嬉しい~。私だけが知ってるんだ~」

「えっ?」

「震えていてもいいですよ! ちゅーでもしてあげましょうか?」

「して貰う~!! 可愛いっ!」


 アルフレッド様がとたんにでれっとした顔になり、顔を近付けてきた。すかさずちゅっと、飛び上がってキスしてあげると、観衆とアルフレッド様が歓声を上げる。そのあとまた、すぐに抱っこして頬擦りしてきた。


「可愛い~! 可愛いよ、ロッティ! ああ、幸せだ……!!」

「もっ、もぉ~! 人前で流石にこんないちゃいちゃはちょっと! いつもとは違うんですよ!? 分かってますか!?」

「でも、リードをつけるよりましだろう?」


 アルフレッド様が私の耳元で、甘く深くささやいてきた。かっ、かっこいい!! アルフレッド様、殺し文句がお上手! 色気がすごい! ぶるるっと毛皮が震えてしまった。


「こっ、こんなに人がい、いっぱい、いっぱい、いる中でリードって言うだなんて……!! もちろん、聞こえないんでしょうけど、ちょっと心配になっちゃう」

「小声なんだね……?」

「当たり前です! リードって小声で言わなきゃだめですよ? リードって」

「可愛い~。うん、分かった。今度からはそうするよ」

「はい、ぜひそうしてください! 前々から思ってたんですけど、アルフレッド様はリードって言う時、声が大きすぎますっ……」


 うんと声を潜めて呟くと、何が可愛かったのか、でろりんとホットケーキにバターと蜂蜜を、たっぷり塗り広げている人のような顔をして、「可愛い~! うん、気を付けるね~!」と言ってくれた。アルフレッド様ってば、ちょろい。声を潜めただけで、可愛いって言ってくれるなんて。


「じゃあ、また頑張って手を振りたいので、私の体を支えて貰えますか?」

「分かった。気を付けてね」

「はい! 馬車から落っこちないようにします」


 馬車のふちに片足を置いて、懸命に前足を振る。アルフレッド様は後ろで、真剣な顔をしながら、私の体を両手で支えていた。この光景を見た人達がのちに、「あの女嫌いのアルフレッド殿下が、いいように操られている」って噂を流したんだけど、陛下は否定してくれなかった。真顔で「いいように操っているのは事実だからな」と言い、私の味方をしてくれなかった。


「あ~……次は挙式か。吐きそうだ。転びませんように、転びませんように……」

「大丈夫! アルフレッド様は可愛い私だけを見ていればいいんですよ?」


 腕の中であえて、きゅるんとした顔をしながら見上げてみれば、ふっと微笑み、嬉しそうな顔になる。もう、私達は大聖堂の前に立っていた。長年の風雨にさらされた灰色の壁に、まばゆい青と銀で描かれた、女神達と植物柄の緻密(ちみつ)なステンドグラス。城門かと見まごうような、黒い鉄製の門が開かれ、大勢の人々に見守られる中、扉へ向かって進んでゆく。アルフレッド様が緊張していた。ここからはもう一人だから。


「じゃ、じゃあ、ロッティ。おろすよ……?」

「はい、大丈夫です! 誓いもきっと上手くいきますよ」

「だといいけど……」


 少し遠くの方には、向かい合う二人の騎士と、一本の木が描かれた扉が佇んでいた。朽ちかけた木には一つだけ、黄金色のりんごが実っている。アルフレッド様がそれを見つめながら、私を光り輝くタイルの上におろした。他は灰色の石畳なのに、ここだけ円形になっている。これは植物鉱石を砕いて作られたもので、青い薔薇の花びら、銀色に輝く月桂樹の葉、けぶるような金色の枝葉、真珠のような光沢を放っている白百合に、つややかな深い紫色のすみれが美しく並べられ、まるで一枚の絵画のようになっていた。そこに乗った瞬間、ふわっと淡く光る。


 アルフレッド様が不安そうな様子の私に微笑みかけてから、背中を向け、真っ直ぐ扉に向かって歩いていった。行かないで、と言いそうになっちゃった。まだちょっと不安が残っているのかもしれない。


(どうしよう? 通して貰えなかったら……)


 でも、自信があるから、この“愛を誓うための大聖堂”を選んだ。手順を間違えたらどうしようって不安がってたけど、多分大丈夫。進めば、自動的に始まるから。大勢の人々が身動き一つせず、鳥の声も、衣擦れの音も、何も聞こえない中で、固唾を呑み、アルフレッド様のことを見守っていた。やがて、私が乗っている円形タイルの端から、銀色の鱗と赤い目を持ったヘビが四匹も現われた。すぐに二手に分かれて絡み合い、ざりざりと、銀色の鱗を擦り合わせながら、タイルの外側を回り出した。もう一度、出会って絡み合うために。


 “花嫁だ、花嫁がきた。花婿、嘘を吐けば丸飲みにしてやる”

 “丸飲みにしてやる……”


 四匹とも、酒に焼けた声のようなものを出しながら、しゅるしゅると笑っている。不思議。音のようにも聞こえるし、人の声のようにも聞こえる。何人もの人の声が重なっているみたい。緊張しながら、アルフレッド様の後ろ姿を見守っていると、扉に手を添えた。とたんに、銀の甲冑姿の騎士が動き出し、扉の外に出る。よいしょっと、小部屋から出てきたみたいだった。すぐにアルフレッド様の両脇に立ち、銀色に輝く剣を交差させた。よく見えないけど多分、アルフレッド様の喉元辺りで剣を交差させている。大丈夫かな、アルフレッド様……。怖がりなのに。


「誓うか? アルフレッド。シャーロット・オーウェンをただ一人の妃にすると」

「ああ、誓おう。この首にかけて」


 不思議なことに、騎士の声は野太くて、普通の生きている男性の声に聞こえた。問いかけた騎士が満足げに頷き、持っていた剣をゆっくりと鞘におさめる。でも、もう一人の騎士が剣を突きつけ、威圧的に問いかけた。


「誓うか!? アルフレッド。愛していると、これから先も愛すると!」

「ああ、誓おう。もし、嘘であれば彼女と私の命を奪ってかまわない」


 良かった。アルフレッド様、ちゃんと言えた! 問いかけも、それに対する答えもあらかじめ決まっている。でも、最後にすぐ「誓おう」と言えないような、問いかけをされるって聞いてるけど……。


(何だろう? アルフレッド様がすぐに誓おうって言えないことって)


 私が「泥遊びをしても愛せるか!?」とか、「大事にしているウサギのぬいぐるみを齧っても愛せるか!?」とか、「こっそり色んな人にもふもふして貰って、おやつまで貰っているシャーロットでも愛せるか!?」だったりしたら! こ、怖い……。花嫁の秘密もばれちゃう儀式って聞いてるから、すごく怖いんだけど、拒絶したら隠しごとがあるも同然って、言われちゃうから拒絶出来なかった……。


(命を賭けるのは別に怖くないんだけど。だって、私はアルフレッド様にまつげの一本一本でさえも愛して貰ってるから!)


 つい先日、アルフレッド様が床に這いつくばりながら、「ロッティはまつげも可愛いね~、愛してるよ~!」と言ってくれた。思い出してにやにやしていると、剣を鞘におさめていた騎士がもう一度、音を立てて剣を抜き放ち、喉元に突きつける。アルフレッド様がびくりと、体を揺らした。始まるんだ、最後の問いかけが。


「最後に問おう、アルフレッドよ。たとえ、シャーロットがお前のことを愛さなくなったとしても、これまで通り愛し続けるか?」


 涙が滲み出た。アルフレッド様、一番怖いことってそれなの? 私に愛して貰えなくなったらって、いつもいつも怖がっていたんですか?


「アルフレッド様……それって、もふもふでも癒せませんか?」


 傷があまりにも深い。聞こえないだろうけど、聞いてしまった。聞こえたとしても、返事なんて出来ないんだろうけど、聞かずにはいられなかった。私もひっそり、心の中で“一生愛します”と誓う。たとえ、恋愛感情が消えてしまったとしても、アルフレッド様のことをちゃんと家族として愛し続ける。


(でも、どうしよう? アルフレッド様が誓えなかったら……)


 固唾を呑んで見守っていると、アルフレッド様がぎゅっと拳を握り締めた。それから、若干震える声を張り上げて誓う。


「ああ、誓おう! たとえ、彼女が私のことを愛さなくなったとしても、愛し続けると誓おうじゃないか!」

「よかろう。林檎を手にするに相応しい人物とみた。おめでとう、ここに永遠の祝福を」


 誰からともなく、ほっと安堵の溜め息を吐く。張り詰めていた空気が、一瞬にしてゆるんだ。ここで失敗したら、私もアルフレッド様も死んじゃうから怖いよね……。この大聖堂は、数百年前にいた“狂ったように愛を求め続ける王”が建てたもので、言い寄ってきた女性や他国の王女様を騙して、ここに連れて来て、問いかけに言いよどむと、自らの手で殺していたらしい。


 何度も何度も、当時の国王お抱えの魔術師によって改良が繰り返され、この形に落ち着いた。でも、最後はここで母親と一緒に死んでいった。結局は女性の愛が欲しかったんじゃなくて、母親の愛が欲しかったのだという、本当にあったのか、御伽噺なのかよく分からないお話────……。でも、黄金のりんごを手にした者は、幸せな結婚生活が手に入る。


 どれだけ血腥い(いわ)れのある場所だろうと、本当に愛し合っている二人はこの大聖堂を選ぶとされている。愛が冷めないという保証はされないけど、確実に幸せが保証される。少しでも嘘が混じっていたり、愛が深くなければ、二人とも殺されちゃうけど……。たまに失敗して、殺されちゃってる。それでも、ここで挙げる人は後を絶たない。


 二人の騎士が扉の中へ戻って、黄金色のりんごをもぎとる。すぐにまた、枯れかけた木に黄金色のりんごがふっと実った。片方の騎士がそれを見て、満足げに頷く。黄金色のりんごを手にした、もう片方の騎士はぬっと、扉の中から腕だけ出して、アルフレッド様の手へりんごを押し付けた。すぐに受け取って、こちらを振り返り、ぱぁっと嬉しそうな微笑みを浮かべる。でも、慌てて気を取り直し、りんごを齧ったあと、ごっくんと飲み込む。それから、齧ったりんごを手に持ち、優雅な足取りで近付いてきた。


(アルフレッド様、可愛い~! きりっとした顔を頑張ってしてらっしゃる!)


 胸をときめかせていると、アルフレッド様がすぐ目の前にひざまずいて、甘い微笑みを浮かべながら、私に齧ったりんごを差し出してきた。すごい、素敵!


「どうぞ、ロッティ。美味しいよ? 幸福の味だった」

「幸福の味……!! じゃあ、いただきますね!」

「うん、どうぞ。あ、小さくした方がいいのかな……? って、速いね!?」


 しゅばっと、飛びついて黄金色のりんごを齧ってみれば、誰かがくすくすと笑う。アルフレッド様も笑っていた。噛むごとに、収穫したてのりんごからじゅわっと、まるで香水のような、瑞々しい果汁があふれ出す。香りがたまらなくいい。確かにこれは幸福の味! うっとりするほど甘くて、爽やかな食感で、ほんのりとキャラメルとウイスキーのような香りが漂う。私が何もかもを忘れて、「はふ~、美味しい! おかわり、おかわりっ!」と言って、びょんびょん飛び跳ねていると、苦笑して両手を広げた。


「ごめん、ロッティ。消えて無くなっちゃうんだよ」

「えっ!? 私、一口しか食べてないのにですか!? アルフレッド様、隠し持っていませんか!?」

「持ってないよ。じゃあ、祭壇の前で待ってる」

「あ、はい……。でも、私に隠れてこっそり全部食べちゃったんですか?」

「いいや!? ただ、愛し合う二人が一口ずつ齧ったら、消える仕組みになっているんだよ……?」


 祭壇へ向かおうとしていたアルフレッド様が振り返り、苦笑する。でも、信じられない……。私に隠れて、こっそり全部食べちゃったのかもしれない。疑いの眼差しを向けていると、ひらりと手を振ってから背中を向け、扉を開き、「愛の儀式は成功しました!」と高らかに宣言する。中からわっと、歓声と拍手が響いてきた。そうだ、まだまだ結婚式は続くんだから、しっかりしないと!


(でも、もう一回したいな~。もう一回りんごが食べたいなぁ。欲しい!)


 結婚式は一回だけという決まりは無いんだから、もう一回して食べたい! それとも、あの儀式だけもう一回出来るかな? これが終わったら、頼んでみようっと!










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