23.歴史に残って、語り継がれる結婚式の始まり
「丁寧にしてくださいね? あと、仕上げに獣毛ブラシで梳かして欲しいです!」
「もちろんです、シャーロット様」
マリーの膝の上に寝そべりつつ、ふんしゅっと鼻を鳴らす。結局、バージンロードはウサギ姿で歩くことになった。これから大聖堂で挙式したあと、アルフレッド様と一緒に馬車へ乗り込み、沿道をパレードする。この国の王弟を陥落させた、しっとり、つやつやもふもふ毛皮を持つ私を見に、色んな人が集まってくるだろうから、熱心に毛づくろいしなくちゃ。でも、みんなに止められてしまった……。無理矢理ブラッシングされてる。
「あっ、香りづけしなくちゃ! あとで薔薇の花びらを持ってきてください、ごろごろ寝転がって香りをつけます」
「シャーロット様、それだと美しい毛並みが乱れてしまいますので……」
「ご安心を! 今日はこの春霞の中で一つ一つ、手摘みで収穫してから丁寧に蒸留させた、それまでの罪さえとろけて消えてしまうという、審判を堕落させる悪女の薔薇と月下でしか咲かない、月に恋焦がれる白百合! 摘みたての苺と妖精が作った蜂蜜酒に、香りを持続させるためのユニコーンの涙、女神の苦しみさえ癒すとされる幻のゼラニウムと、怒り狂ったドラゴンさえも鎮める黄金のラベンダー、それにそれにっ、焼き立てのスコーンとバターの香りまで混じった香水をご用意してありますからっ!」
「いつになくテンションが高いですねえ、アンリエッタ……」
元々明るくて、私を撫でる時も「ああああああっ! うんぎゃあああっ、きゃわっ、きゃんわいいっ!!」と叫んで悶えてるアンリエッタだけど、今日はいつに増してもテンションが高い。他の侍女達も呆れている。でも、冷めた視線を食らっても、美しい薔薇色の香水瓶片手に、かっとグリーンの瞳を見開き、鼻の穴を膨らませた。
「だって、シャーロット様! これって、超、超、超高級品なんですよっ!? どれもこれも貴族でさえ手に入れるのが難しい最高級の材料ばっかり入っていて! しかも、アルフレッド様がサプライズで用意した香水なんですよっ!?」
「えっ!?」
「あっ、シャーロット様。動かないでくださいませ、お耳をブラッシングしている最中なので……」
片耳を梳かしている最中のマリーが困っていたので、大人しく伏せをし直す。期待に満ちた瞳で、アンリエッタのことを見つめてみれば、満足そうに「うふふ」と笑って、淡いピンクとペールグリーンのリボンがかけられた、薔薇色の香水瓶を持ってきてくれた。鼻先を近づけてみれば、確かに頭が痺れてくらくらするような、甘い香りが漂ってくる。でも、幸福でフレッシュな香りだった。例えるなら春の朝に目覚めて、しわ一つない真っ白なテーブルクロスがかかったテーブルの上へ、ソーセージと目玉焼きを載せたお皿を並べていくようなわくわく感と、幸福感が呼び覚まされる、甘くて爽やかな春の香り。嗅いでるだけで、幸せな気持ちになれる。
「ふぅわぁ~……良い香り! これをアルフレッド様が本当に?」
「はい! 春の花嫁にぴったりな香水をと、調香師にオーダーしたみたいですよ!」
「気になっているんですが、罪さえ消える、しんぱん? の薔薇とは……?」
「それまで誰も発見していなかった薔薇をそうとは知らずに発見して、あまりの香りの良さに香水を作った、性悪の傾国の美女がこの薔薇の香水をつけて裁判に挑んだところ、無罪になったという逸話からきてる名前なんですよ!! すごっ、すごくありませんか!?」
「す、すごいですね……早口が……」
「も~、やめなさいよ。アンリエッタ。シャーロット様が困ってらっしゃるでしょう?」
「どうしてそんなに興味が無いの!? みんなぁ! すごくない!? ほらほらっ」
「あなたほど、香りに凝っているわけじゃないから。私達……」
丁寧に尻尾まで梳かしている、アリアが若干引きつつも返事した。ルナは無視して、私の前足を撫でている。多分、もふもふしたい欲に負けている最中。冷め切った態度の三人を見て、アンリエッタが頬を膨らませた。
「もーっ! こんなにすごい香水なのにっ! つまんないの!」
「かけて貰えませんか? それ」
「シャーロット様! 喜んで~っ!」
「甘やかさなくていいですよ~、アンリエッタのこと。調子に乗るので」
「そうそう。シャーロット様はお優しいから、すぐ調子に乗りそう……」
アンリエッタがうきうきとした様子で、ブラッシングが終わった裸の私へと、しゅっと吹きかける。ふんわりと淡いピンク色の霧が周りを包み込み、すぐに消えていった。これはユニコーンの涙による効果みたい。すんすんすんと、鼻先を動かして嗅ぐ。
「わ~……直接嗅ぐのとはまた違いますねえ! 良い香り~、うっとりしちゃう! 甘いのに爽やかだし」
「はわわわわぁーっ、たまらない!! シャーロット様、少しだけ嗅がせてくださいませっ!」
「アンリエッタ? きりが無いからその辺にしなさいよ?」
「ずるい! 私も私も~」
「でも、間に合わなくなっちゃうかな? どうしよう……」
何だかんだ言いつつも、あまりにも恍惚としてしまう良い香りだったので、四人とも、ひしっと私にしがみつきながら、ふんがふんがと嗅ぎ出した。春霞の中で漂う甘い薔薇の香りに、蜂蜜酒の香り。かと思えば高貴な百合の香りが漂い、時折、ふわりと焼きたてスコーンとバターの香りがする。最後には、甘酸っぱい苺の香りが広がった。
「ふわあああああっ、たまらない、この香り……!!」
「もう働きたくない、このままずっとずっとシャーロット様を抱えて、スコーンの香りを嗅ぎながら眠っていたいっ!」
「私は摘みたての苺を鼻先に突きつけられたような香りがするぅ~……。あと、ミルフィーユと薔薇の香りがするっ! 素敵~」
「私は澄んだ白百合の香りとゼラニウムの香りがするかな~……。くらくらしちゃう。恋人がこんな香水をつけてたらたまらない~」
「も~、皆さん、忘れてます? 結婚式準備!」
「「はい~」」
「シャーロット様と苺の香りが最強っ! 最強!!」
「何をしているんだ? 君達は」
「アルフレッド様!?」
その時、扉が開いてアルフレッド様が入ってきた。もう白と金の軍服に着替えている。耳元には小人が作った、凝視することさえ躊躇してしまうほど繊細な作りの、一本一本、葉脈が浮き出た小さな葉と、ベールをかぶったウサギの耳飾りをつけている。いつにも増して、濃いブラウンの髪と青い瞳が光り輝いていた。思わず、息を呑み込んでしまうような美しさだった。胸が高鳴る。童話の麗しい挿絵から抜け出してきたかのような、凛々しい軍服姿の王子様は、呆気に取られている私達を見下ろして、穏やかに苦笑した。
「ロッティ? そろそろ時間なんだが」
「もっ、申し訳ありません! 急いで、急いでドレスを……!!」
「ルナ、早く持って来て! お願い!」
「はい!」
「申し訳ありませんでしたっ、アルフレッド様!」
慌てて四人が準備し始めた。目を丸くさせながら、黙ってアルフレッド様を見上げていると、ふっと私にだけ見せる、甘い微笑みを浮かべた。綺麗だし、かっこいい。
「つけてくれたんだね? あの香水。良い香りだ」
「あっ、ありがとうございます……。高級品なのに、その、贈って頂いて」
「別に気にしなくていいよ、せっかくの結婚式だからね。ああ、ウェディングドレスを着たロッティは可愛いだろうなぁ~。楽しみだ」
アルフレッド様が目の前でしゃがみ込み、私のふわふわなおでこにキスしてくれた。それからぐっと我慢するような顔をしたあと、私の鼻先にもキスする。
「あ~、たまらない。もふもふしたい!」
「それはあとでっ! 着替えますから、もう。離れていてください」
「分かった……」
「申し訳ありません、アルフレッド殿下。急いで支度しますので!」
「ああ、頼む」
今日はよわよわなところが見当たらない、完壁な王子様のアルフレッド様。立ち姿が凛々しくて、その端正な横顔に見惚れてしまう。
(私、本当にこの人と結婚するんだ~……。いつもこの人からおやつを貰ったり、ブラッシングして貰ったりしてるの?)
そんなことを考えちゃうぐらい、アルフレッド様は美しくて素敵だった。午前の浅い光が射し込む窓辺をじっと見つめ、微動にせず佇んでいる。でも、あれ、緊張しちゃってるのかも……? 出会った頃によくしていた、憂いに満ちた眼差し。きっときっと、パニック状態になっちゃってる。でも、そんなアルフレッド様だからこそ好き。
「アルフレッド様、着替え終わりましたよ~! どうですか!?」
「可愛いっ! 世界で一番可愛いウサギちゃんの花嫁だ~! 素敵だよ、美しいよ!!」
「も~、世界で一番は言い過ぎなのでは? でも、嬉しい! ぷぅっ、ぷぅっ」
「きゃわーっ!! ああ、たまらないっ! この品が良いウェディングドレスとベールが可愛すぎるっ! 出席者全員、虜になっちゃう可愛さだなぁ! ロッティ~!」
引き摺るほど長いトレーンとドレスは、真珠のような光沢を放ちながら、淡い虹色の光をまとっている。胸元に重ねられたレースと、大きいリボンに白百合のベール。どれもこれも品が良いのに可憐で、私のふわふわな茶色い毛を引き立てていた。侍女達がにこにこ笑顔で見守る中、私を抱き締めていたアルフレッド様が、はっと正気に返る。
「あっ、あ~……じゃあ、行こうか? ロッティ?」
「もう取り繕わなくてもいいんじゃないですか?」
「いやいや……人前でいちゃいちゃするのは恥ずかしいんだろう? だから」
「今さらだと思いますけどねえ~。ぷふ、ぷふっ」
「意地悪なところが出ちゃってるよ~、ロッティ? 可愛い~、小悪魔たんだ~!」
先日、私の意地が悪いとぼやいた陛下に対して、満面の笑みを浮かべながら「確かに、人を惑わせる小悪魔めいたところがありますよね~。ロッティは!」と言っていた時のことを思い出す。陛下は急に、スリッパを口の中に突っ込まれた人のような顔をしていた。思い出してほくそ笑んでいると、こほんと一つ咳払いをして、私を抱え直した。
「じゃあ、行こうか? ロッティ。永遠の愛を誓いに!」
「はい、アルフレッド様。誓います! 一生大好きでいますっ」
「嬉しい! 嬉しいが、まだなんだよ~!? ロッティ! 愛してる」
「うふふふ、私も愛してます」
いつになくでれでれだった。良かった、緊張が解けたみたい。香水のおかげかしら? 今まで嗅いだことがないような、脳髄が痺れる甘い香りをまとい、二人でお城の正面玄関へと向かった。この日の素晴らしい結婚式は、絵と共に語り継がれている。エオストール王家が世界で初めて、獣人の女性を迎え入れた日。歴史に残る結婚式が、今から始まろうとしていた。




