22.よわよわな貴方が一番魅力的!
年が明け、王妃様が双子の男児を出産した。お腹が大きいから双子じゃないかって言われていて、その通り、双子だった。魔術で性別や双子かどうかを調べることが出来るとはいえ、王妃様の精神状態を考慮し、陛下が「男でも女でも構わない、気にするな」と言って止めていた。王妃様はしきりに青い顔で「二人とも女だったらどうしよう? 二人とも女だったらどうしよう……?」って呟いてたけど、男の子だった。良かった! しかも二人も生まれた! お祝いするべく、重厚な花柄生地にレースがたっぷりついたドレスを来て、会いに行った。グレースーツを着たアルフレッド様の腕の中で、ふすふすと鼻を動かしながら、陛下に抱っこされた赤ちゃんを眺めていると、眉間にシワを寄せる。
「おい、どうしてそいつを抱き上げてるんだ?」
「えっ? ロッティが赤ちゃんを見たいと言うので……」
「人の姿に戻れ、人の姿に。変な病気でもうつされたらかなわん」
「キーッ! それって差別的な考えですよ!? 私は健康体ですぅーっ!」
「ろ、ロッティ、落ち着いて……」
私が歯をむき出しにして、じたばたと暴れていると、アルフレッド様が苦笑して頭を撫でてくれた。まあ、アルフレッド様の前ですから、見逃してあげますけど! あとで陛下の足をだしだし踏みつけて、おやつをねだってやろうっと。ぶふっ、ぶふんと鼻を鳴らしていれば、ベッドの上の王妃様が笑う。昨日産んだばかりなので、医者から動くことを禁止されていた。ほっとしているのか、いつもより随分と表情が柔らかい。
「ごめんなさいね、シャーロットちゃん。この人、驚くほど過敏になっちゃってるのよ。さっきだってノエル殿下が来た時、抱っこしちゃだめだって言って遠ざけてしまって」
「……こんなに弱くて小さいんだ。気が気じゃなくてな」
「でも、赤ちゃんが生まれたのは初めてじゃないでしょう? あっ、もしかして前の出産の時、抱っこしなかったんですか? お仕事で忙しくて、知らんぷりしてたんですか~!?」
「悪意があるぞ、こいつ! アルフィー、どうにかしてくれ」
「でも、気にかけていなかったのは事実ですよね……?」
「……」
穏やかながらも鋭い指摘に、陛下がばつの悪そうな顔で黙り込む。贖罪のつもりなのか、単純に今度こそちゃんとしようと思っているのか、大事に抱え直し、サルみたいな赤ちゃんの顔を眺める。陛下は嬉しそうに「マーガレットそっくりだ」って言ってたけど、よく分かんない。小声で「似てますかね?」って聞いたら、アルフレッド様に「しーっ」と笑いながら言われたので、もう何も言わないようにしている。しげしげと、赤ちゃんを抱っこしている陛下を見つめていると、ふいに王妃様が話しかけてきた。
「ねえ、シャーロットちゃん。少しだけ撫でさせてくれる?」
「いいですよー、どうぞ! でも、アルフレッド様が許してくださるかどうか……」
「いやいや、流石にだめとは言わないよ! はい、どうぞ。義姉上。癒されますよ」
「ありがとう」
嬉しそうな顔をして、王妃様が両腕を伸ばしてきた。ふんと、背後に立った陛下が鼻を鳴らす。も~、私が奥さんにいいこいいこして貰うのも気に食わないの? あとで、りんごチップスとジンジャークッキーを貰わなくちゃ! いつもポケットに私の好きな美味しいおやつを潜ませてるの、知ってる。足の甲を踏めば出てくるの。
「わ~、ふわっふわ! しっとり! 癒されるぅー……」
「王妃様、お疲れ様でした! 良かったですねえ、念願の男の子で。陛下そっくりの男の子が欲しかったんでしょう?」
「そうね。それもあるけど、お姉様に男の子を殺されたから……」
私にしか聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。アルフレッド様は「自分の子供が殺されても、あまり落ち込んでいなかった」って言ってたけど、多分、王妃様なりに深い傷になってる。気の毒になって、私が顎先をふしゅふしゅと嗅いであげると、嬉しそうに笑って「くすぐったい~」と言う。
「大きくなったら、少しはサービスしなくちゃだめですね……。本当はあんまりお手とかしたくないんですけど、してあげます。あと、ボールを投げたらキャッチしてあげなくちゃ!」
「それがサービスなのね? ふふ、ありがとう」
私が王妃様の胸の上でまったりしている最中、アルフレッド様と陛下はゆりかごを覗き込んだり、赤ちゃんがぐずり出したら必死であやしたりと、それなりに楽しんでいた。でも、王妃様が疲れてきたみたいなので、早々に退出する。廊下に出てみると、震えるほど寒かった。しまった、ウサギ姿でいれば良かったかもしれない……。二人で首を竦めながら、城の廊下を歩く。赤ちゃんが無事に生まれたからか、どことなく城内は浮き足立っていた。
「は~……良かったよ。兄上が今度はちゃんと育てる気になったみたいで」
「前回の反省を生かして、子育てして欲しいところですよねえ」
「ロッティ、可愛い! 兄上にだけ厳しい」
「それはもちろん! 本当のお兄様のように思ってますから~」
でも、実は違う。まだ結婚を反対されたことを根に持ってる。私を懐柔しようとしているのか、会うたびにおやつをくれるけど、そんなのじゃ全然許せない。あと五年ぐらいはちくちくといじめてやる! 暗い目をしながら歩いていると、アルフレッド様がにこにこと笑って「良かった~、仲良しさんだね~」と言い出した。……騙しているようで気が引けるけど、最初に喧嘩を売ってきたのはあっちだもの。許されるはず!
「ねえ、アルフレッド様? 私達の子と陛下の子が遊んでいたら可愛いでしょうね~」
「ん? ああ、そうだね。ウサギ姿になるのかな? 図書室で調べてみたんだけど、その辺りのことが詳しく書かれている本が見つからなくて……。鳥の獣人のやつはあるんだけどね」
「鳥の獣人は本当に人気ですからね~。天使に見えますし。ええっと、その子にもよるんですけど、片言で喋り出す頃、ようやく人の姿になれます。私は二歳だったみたいですよ。お兄様は三歳の頃で」
「へ~、違いがあるのか。その辺りは人間と一緒だな」
「はい。いつまで経っても、人間の姿になれない子は甘えん坊ちゃんです!」
「な、なるほど? ああ、だからシリルはクリスティーナ嬢に甘えているのか……」
「違うと思います。お兄様の名誉のために言いますけど、母親に甘えるのと婚約者に甘えるのはまったく別です。でも、お兄様ったら、なかなか決まった場所でおしっこが出来なくて、ソファーや絨毯に被害が及んで……」
「へ、へえ……」
私も子ウサギちゃんが生まれたら、ちゃんとトイレトレーニングしないと。お城には沢山、高価な家具や絨毯があるんだし……。まだ生む予定なんて無いけど! こうやって二人で穏やかな日々を過ごしつつ、春の訪れを待った。
「ああ、ほらほら、ロッティ? 動かないでくれ! 今の可愛い寝顔、せっかく上手く描けていたのに!」
「え~……飽きちゃいました、寝るのも。ねえねえ、お散歩しに行きません?」
「だめだよ、外は雪が積もってるから寒いよ? それに、ようやく上手く描けてきたところだったのに……」
「分かりました。もう一度ねんねしますね?」
「ありがとう。じゃあ、そうしてくれ」
ほっとしたように笑い、期待に満ちた瞳で見つめてくる。その青い瞳はすっかり明るくなっていて、最初に出会った頃の影や憂いはもう、どこにも見当たらない。満足して、ソファーへもう一度寝そべった。部屋の中は暖かくて、暖炉の炎が揺らめいている。これ以上ないと言うぐらい、至福の時間だった。アルフレッド様が愛おしそうに「可愛い」と呟きながら、また私を紙に描き出す。次はどんな絵が出来上がるんだろう? 陛下は見る度、「美化しすぎてる」って言うけど、でも、アルフレッド様から見た私が見られて嬉しい。……でも、確かに陛下の言う通り、絵の中の私はやたらと澄んだ瞳をしている。
「ふあ、ふあっ、ぶ、んぎゃああああああっ!!」
「陛下、あやすのが下手くそですね~」
「冷やかしに来たのならとっとと出て行け、邪魔だっ!」
「あ~、だめですよ? そうやって怒鳴っちゃ! 赤ちゃん、可哀相~。陛下、パパ失格ですね~」
「っく、おやつ抜きにしてやるからな!? お前!」
「罰が小さい……」
陛下はすっかり子煩悩になっていた。公務の合間にしょっちゅう、双子の男の子の様子を見に来て、にやにや笑いかけてる。でも、「良いパパしゃんでしゅねえ~」とからかえば、途端に真顔になってしまう。
「あ~、緊張する緊張する……!! どうしよう? ロッティ。式の最中、転びでもしたら!」
「不安になっちゃう気持ちは分かるんですけど、まだ二ヶ月先ですよ?」
「無理無理、無理無理、絶対に無理だ……。前からはなはだ疑問だったんだが、どうして結婚式に人なんて呼ぶんだろうな? その日の主役は新郎新婦だとか何とか言うが、主役になんてなりたくない。一生脇役でいたい」
「アルフレッド様……」
「ああ、誰もいない結婚式をしてみたい! そうだ、前例が無いからだめなんだ! 王族の結婚式だからと言って、豪華にする必要はまったくもって無い! 無いんだよ、ロッティ。ああ、緊張する……」
「アルフレッド様、お腹でも触ります?」
「触るっ! ありがとう、ありがとう……は~、落ち着く。忘れられる」
落ち着くとは言いながらも、「可愛い!!」と叫びながらお腹をふがふがし出した。落ち……着く? アルフレッド様的に、リラックスしている状態なのかもしれない。でも、あと何回、婚約首輪をつけて歩けるんだろう? もったいないので、毎日のように婚約首輪をつけてお散歩した。我ながら大胆な行為だけど、婚約期間が終わったら、これをつけてお散歩出来ないんだもの! 城の中庭には、春らしい草花が生えてきていた。太陽が熱を増して、瑞々しい木々や花を照らしている。
「お散歩、お散歩~! アルフレッド様、覚えてます? 初めてお散歩した時のこと!」
「ああ、もちろん。覚えているよ、可愛かった……まあ、今でもとびっきり可愛いんだけどね」
「ふふふ、も~。アルフレッド様ってば、お散歩トークが上手ですよね!」
「お散歩……トーク?」
「はい! お散歩している間中ずっと、お尻がふわふわしていて可愛いだとか、目がきらきらしてるとか、太陽に照らされて、毛並みがより美しく光り輝いてるとか、そういうことを言ってくれるでしょう? ちゃんとお散歩トークしてくれない人もいるんですよ~。ピロートークと同じぐらい、大事なのに!」
「うん、そっか……。気付かなかったよ、今まで。そんなものがあるんだなぁ」
「えええええっ!? じゃっ、じゃあ、今まで自然とお散歩トークしてたってことですか!? アルフレッド様、すごいですね!」
「ありがとう。でも、ということはブラッシングトークもあったりして……!?」
真剣な顔をして、何を言ってるんだろう? アルフレッド様ってばもう。立ち止まり、ふるふると首を横に振ってみれば、拍子抜けした顔をする。
「あれ? 違うの?」
「はい。ブラッシングトークなんてありませんよ? アルフレッド様ってたま~に、天然な発言をしますよねえ」
「何だろう、すごく解せない……!!」
こうやっていちゃいちゃしつつも、結婚式に思いを馳せる。でも、アルフレッド様はいつだって青い顔をしていた。楽しみだったのに、その日が近付くにつれ、緊張が勝ってきたみたい。その日の夜も、アルフレッド様は暗い顔をしていた。結婚式の打ち合わせや公務で忙しくて、夜ぐらいしかゆっくり過ごせなかった。私の隣に腰かけたアルフレッド様がふたたび、憂いに満ちた溜め息を吐き出す。
「ああ……緊張するなぁ。失敗したらどうしよう? 後世までバカにされるんだ、後世までバカにされるんだ……。結婚式の最中、すっ転んだ王子として歴史に名が刻まれてしまうんだ!!」
「大丈夫ですよ? 当日、アルフレッド様は私だけを見ていればいいんです!」
「ロッティ……」
そっと寄り添えば、ようやく顔を上げて、私の肩に手を回してきた。あまり飲まないで欲しいんだけど、緊張をまぎらわせるためにお酒を飲んでいて、ほんのりとお酒の匂いが漂ってくる。何も言わずに見上げてみれば、お酒に濡れたくちびるでキスしてくれた。
「……ごめん、情けなくて。君との結婚式を楽しみに出来なくて」
「大丈夫ですよ、私も緊張していますから。でも、アルフレッド様がすごく緊張しているからか、ちょっとだけ緊張が和らいできたんですよ? アルフレッド様が私の緊張を吸い取ってくれているのかもしれませんね」
「ありがとう、ロッティ。慰めてくれて……ああ、でも、ようやく二人で過ごせるね? 毎日」
「ふふ、ですねえ。楽しみで幸せ……」
そのまま、黙って寄り添った。式の前日はお互い忙しくて、慌ただしくて、ゆっくり過ごせないだろうから、その分だけ今、こうやって穏やかに過ごしたい。
(お母様……見てくれていますか? もうすぐ結婚式です、憧れていた)
私、本当に王子様と結婚するんだ。何だか夢みたい。それに、アルフレッド様と両想いになれたことも、陛下が少しは改心したっていうことも、王妃様が双子の男の子を産んだってことも、オーレリア様が私達の挙式後、嫁ぎに行くってことも夢みたい。閉じていた両目を開き、アルフレッド様の手に指を絡める。
「ねえ、アルフレッド様? 夢みたいです、私……。現実じゃなかったらどうしよう? 怖い」
「現実だよ、ロッティ。大丈夫。ほら、温かい」
「本当だ、温かいですね……」
アルフレッド様が私の手を、優しく両手で包み込んでくれた。見上げてみると青い瞳を細め、穏やかな微笑みを浮かべてくれる。ああ、幸せ。アルフレッド様は私を“とんでもない幸福を運んできてくれた女性”って言ってくれるけど、実際のところは違う。幸運を運んできてくれたのはアルフレッド様だと思う。私をあの日、見つけ出してくれたのはアルフレッド様。
「好きです、アルフレッド様。結婚式、頑張りましょうね~?」
「ああああっ、言わないでくれ、そのことを……!! 忘れたい、忘れたい! ロッティのウェディングドレス姿を見れたらそれでいいのになぁ。そうだ、出席者全員、病気になって寝込んでくれないかな……?」
「アルフレッド様……。でも、そうやってよわよわしてる時が一番魅力的ですよね!」
「えっ!? なんで!?」




