16.どんなに可愛いポーズをしても、お触り厳禁
今日はアルフレッド様にたっぷり復讐する日と決めている。私がふんふんと鼻息荒く、オリヴィアの膝の上に座っていると、クッションに膝を抱えて座っている、アルフレッド様が何とも言えない、悲痛な顔をする。ここはノエル殿下の異国風な部屋で、かなり暴れ回るようになってきた子犬ちゃんのためか、柔らかくて大きなクッションがあちこちに置いてあった。椅子やテーブルを置くと齧るみたい。前も青と白の花柄絨毯の上に、タオルやおもちゃが散らばってたけど、前に来た時よりも酷くなってる。
へはへはと息を荒げながら、子犬達が走り回り、時にはじゃれあって転がり、クッションを前足で掘ったりしていた。ほりほりほりと、そんな音が響く中で、グレースーツを着たアルフレッド様が神妙な顔をする。ちなみに、私は毛皮の良さを見せびらかすため、裸になっていた。
「ロッティ……。もちろん、私が悪い。それは分かってる。反省してるよ。でも、今日で解禁されるのに、いくら何でもそれはちょっと」
「もふもふ解禁は明日ですよ? 何言ってるんですか?」
「えっ!? いや、でも、今日で三日目なんだし……」
「だから~、今日を入れて三日間禁止なんですよ? 三日目に解禁するっていう意味じゃないです!」
「そっ、そんな……!!」
アルフレッド様が絶望しながら、私へと手を伸ばした。その手をばしっと、オリヴィアが容赦なく叩き落とす。
「遠慮なさってください、アルフレッド殿下。お義姉様の言いつけに従えないんですか? そもそもの話、ご自分が招いたことでしょう?」
「うっ! いや、でも……」
「今日丸一日、お義姉様には指一本触れないでくださいませ。私だけです、お義姉様をもふもふしても許されるのは!」
「あれ? さらっと俺、除外された……?」
少し離れたところで、子犬とロープの引っ張り合いっこをしていたノエル殿下が、苦笑しつつオリヴィアを見つめる。オリヴィアがつんと澄ました顔で、「当然です! 今日はノエル殿下も禁止です」と言い放つ。アルフレッド様が「うんうん!」と言いたげに、激しく首を縦に振り始めた。しゅんと、心なしかノエル殿下が落ち込み、力なくロープを引っ張る。結果、子犬にロープを取られていた。
「も~、だめよ? ヴィー! 素直にならなきゃ! ノエル殿下が私のことを触ってると、もやもやするんでしょう? 嫉妬しちゃうんでしょう!?」
「お、お義姉様? 別にそういう訳じゃ……」
「大丈夫大丈夫。ヴィーに触ってる時の方が楽しいから、って、いたっ!?」
にやにやと笑い始めたノエル殿下に向けて、オリヴィアがボールを投げた。ごんっと頭に当たって、転がってゆく。そのボールをやった! という顔をした子犬達が追いかけていった。
「いって! ごめんごめん、二人きりの時に言うね……?」
「もう二度とおっしゃらないでください、そんな下品なこと!」
「はぁ~い……」
とは言いつつも、ノエル殿下はどことなく嬉しそう。オリヴィアもつんとしてるけど、嬉しそう。にまにま笑っていると、またアルフレッド様が手を伸ばして、かすれた声を出す。
「ロッティ……。オリヴィア嬢が触っているのを見ると、羨ましくなってくるんだが!?」
「それこそが狙いです! 三日間もふもふ禁止なんて軽いですからね! 一ヶ月でも良かったんですけど、」
「死ぬ。吐血して死ぬ!」
「……って、おっしゃると思ったので、アルフレッド様の精神面を考慮し、三日間にしてあげました!」
「ありがとう……あっ!」
「ですから、お義姉様に触らないでくださいませ!」
オリヴィアが厳しく叱りつけながら、ばしっと手を叩き落とした。陛下がここにいたらうるさそう~。良かった、いなくて! 私が「ぷうぷう」とご機嫌で鳴けば、恨めしそうな目で見つめてくる。二日間、もふもふを断っているからか、どことなくげっそりしていて、濃いブラウンの髪も艶が無かった。でも、私はさっき、オリヴィアにブラッシングして貰ったから、ふわふわ艶もふ毛皮! 胸を張れば、溜め息を吐く。
「ロッティ……。耐えられないんだ、もう。どうしてもだめかな?」
「えっ? まだまだこれからですよ? 今から私がアルフレッド様に近寄ったり、お腹を向けて転がったりしますが、一切触っちゃだめですよ? たとえ、私がお膝に乗ったとしても、もふもふ禁止です!」
「そんなっ……!! 残酷な!」
「でも、私は触っていいんですよね? お義姉様」
「もちろん! ヴィーはいくらでも触ってね? むしろ、アルフレッド様に見せつけるために、存分にもふもふしてっ!」
「ロッティ!?」
「だめですよ? そんな悲痛な声を上げても許してあげません。反省してくださいっ」
「してる……」
「足りないです」
ぴしゃりと言い放てば、また絶望的な顔をする。アルフレッド様はほとんど笑わなくなった。胸がちょっと痛むけど、そんなお顔もまた素敵……!! 憂いを帯びた青い瞳が伏せられ、まつげの影が落ちる。ひび割れたくちびるも、そこから漏れ出る溜め息も、時折熱っぽく、こちらを見つめてくる真剣な表情も、何もかもにきゅんとしてしまう。
(でも、それとこれとは別っ! 復讐はするっ!)
早速復讐を開始するため、勇ましく、ころりんとお腹を向けてみた。アルフレッド様が「うぐっ……!!」とつらそうな声を漏らして、くちびるを噛み締める。うふふふふ、効いてる! 効いてる! すかさずオリヴィアが嬉しそうに笑い、私のお腹に顔を埋めてきた。両手を動かし、すさまじい勢いでもふもふし出す。
「お義姉様ーっ!! しっとりふわふわで素敵っ! ああ、たまらない! 可愛いっ!」
「ああああああっ、ロッティ!? お腹、お腹ふがふがは流石にちょっと! 許しすぎじゃないか!?」
「妹なのでいいんですぅ~、反省してくださ~い!」
「そんな、ロッティ!」
オリヴィアがふいに顔を上げ、こちらを見てにやりと笑う。それはまぎれもなく、歴史に名を残すような悪女の微笑みだった。どうして、どうしてシャーロットは、この邪悪な義妹の本性に気が付かないんだろう……。こちらが青ざめていると、「ざまあみろ!」とでも言いたげな笑みを浮かべ、わざとらしく、シャーロットのふわふわなお腹に指を埋め、丹念に撫で始めた。とたんに、彼女がうっとりして「はふぅ~」と、至福の溜め息を吐く。
(可愛い、可愛い、可愛い!! あのお口に触りたい! キスして思いっきり顔を埋めてふがふがしたいっ……!!)
少し開いた口の周りには、ふわふわとした毛がみっちり生えていて、たまらない気持ちにさせられる。それなのにあろうことか、オリヴィアが体を屈め、ちゅっと彼女のふわふわな口にキスをした。
「羨ましい!! さっ、さささ流石にそれはいくら何でもやり過ぎじゃないか!? 二日間だぞ! 二日間! 二日間触れていないのに!?」
「あら、お義姉様の指示なので従っているだけですけど?」
「ろ、ロッティ? キスは妹とはいえ、だめなんじゃ……?」
「私は一番上のお姉様とも毛づくろいしたりしてるのでっ! 大丈夫ですっ」
「キスと毛づくろいはちょっと違うんじゃないのかな……」
「えーっ? お口に触れているという点では一緒ですよ?」
「一緒じゃない! 私からすれば一緒じゃないんだ、ロッティ……!!」
あまりにもつらいので、絨毯に這いつくばり、だんっと拳を叩き付ける。すると「も~、しょうがないですねえ」と呟き、私の前まで来てくれた。顔を上げると、すぐ目の前に、ふわふわな茶色い毛皮のウサギちゃんがいる。つぶらなグリーンの瞳が、こちらを見下ろしていた。
「さっ、さささささ触りたい!! ロッティ、いいかな!?」
「だめです! 私のこのふわふわな毛皮マフは見るだけですっ」
「そっ、そんな……!!」
胸にたっぷりとついた、マフのような毛の盛り上がりは、見るからに毛がみっちりと詰まっていて、極上の手触りなんだろうなと思わせる。触りたくて触りたくて、手のひらがむず痒くなってきた。それが眼前にあるのに触れない……。
「ろ、ロッティ? 少しだけだから! 少しだけだから触らせてくれ!! お願いだ、死んでしまう!」
「え~? じゃあ、ちょっとだけですよ? えいっ」
「ぶっ!?」
ふわんと、顔に毛皮が当たった。狂喜乱舞して触ろうとすれば、鋭い目つきをしたシャーロットがびゃっと、後ろへ飛んで逃げる。
「ロッティーっ……!!」
「だめですよ? 触っちゃ! じゃあ、次はこれでどうですか?」
「えっ?」
きゅるんとした可愛い顔で近付いてきて、次の瞬間、ころんとお腹を向ける。ふわふわな白いお腹に目が釘付けになった。彼女は茶色い毛皮を持っているのに、お腹だけが白くて本当に可愛い。
「あああああああっ!! 触っちゃだめなんだよね!? 頼む、許してくれ!」
「だめで~す! ヴィー? どうぞ!」
「ありがとうございます、お義姉様!」
ふふんと勝ち誇った顔をして、オリヴィアがお腹を触ってゆく。ああ、つらい……。ストレスで胃の辺りが気持ち悪くなってきた。泣きそうだ。
「あの時、あんな薬にさえ手を出さなければ、こんなことにはならなかったというのにっ……!!」
「可哀相に、アルフレッド様。キスだけしてあげましょうか? キスだけ!」
「じゃあ、キスだけでも頼む!!」
良かった、完全に禁止されていなくて。少しは触れる。どきどきしながらも両目を閉じて、顔をシャーロットの前に出せば、ちゅんっとふわふわな口でキスをしてきた。両目を固く閉じ、顔を手で覆う。
「だめだ! 余計につらくなっただけだった!!」
「ええ~? わがままですねえ。じゃあ、次はこっちで!」
「悪い顔をしてるね、ロッティ……」
兄上がやたらと不満そうな表情で、「今度、私をからかっている時のあいつの顔を見てみろ。酷い顔をしているぞ?」と言っていたが、確かに悪い顔をしている。でも、可愛い……。どことなく誇らしげな顔をしているのがまた可愛いらしいし、兄上に今度、お礼を言っておかなくては。私一人じゃ絶対に気付けなかった。ほれぼれと見ていると、絨毯に置いた私の手に前足を添え、「ぷっ?」と鳴きながら首を傾げる。きゅるんとしたつぶらな瞳を見て、心臓が止まるかと思った! 可愛い!!
「ああああああっ!! ロッティ、頼む! もうしないでくれ、そんなこと! 本当は今、人の姿の君に会うのだってつらいのに!?」
「ぷ~?」
「ああああああああ!! 頼む、頼む! 触らせてくれ!!」
「だめですっ!」
震えながら伸ばした両手を、容赦なく叩き落としてきた。ああ、意外と痛い……。でも、ふわっとしてた。今の。
(待てよ? この繰り返しでもふもふしていけばいいんじゃ!?)
そう考えて、もう一度手を伸ばした瞬間、シャーロットがぽてぽてと歩いて、可愛く「うんしょっ!」と言いながら膝の上に乗ってきた。思考が一瞬止まる。ああ、温かい。可愛い!
「ろ、ロッティ? これも触っちゃだめなのかな……!?」
「今日一日だめですよ? ほら、お腹を向けてくつろいだりもしちゃうけど、絶対に触っちゃだめですよ~?」
「耐えられない!!」
「じゃあ、アルフレッド殿下。私が両手を縛って差し上げましょうか?」
「なんて!? 今!」
「えっ? だめだよ、ヴィー? 君が縛るのは俺じゃなきゃ」
「ですから! そういうことはおっしゃらないでくださいと、あれほど言ったのに!」
いつの間にか近くに来たノエルが、怒り出したオリヴィアを笑顔でなだめつつも、両手を掴む。こちらが見ているのも気にせず、キスをした。でも、オリヴィアは気になったようで、口元を拭いながら、無言で立ち上がる。慌ててノエルが追いかけていった。
「ごめん、ごめん! ほら、君があまりにも義姉上ばかり構うもんだから、ちょっと余計なことがしてみたくなってさ!」
「ついてこないでください! 殿下の相手なら、子犬ちゃん達がしてくれるでしょう!?」
「いやいや、君じゃなきゃ! ごめんね!?」
部屋の隅へ行った二人を見て、膝の上にいたシャーロットが目を丸くし、「ほほう」と呟く。ああ、可愛い。どうして触れないんだろう? 確かに毛皮目当てでプロポーズした訳じゃないが、一切触れないとなると悲しい……。苦しいと言ってもいいぐらいだ。苦しい。暖炉の火に冷たい手をかざすように、ふわふわな毛皮に手をかざす。触りたい、触りたい。さっきからそのことしか考えられない。膝に染みこんでゆく体温がよりいっそう、もどかしい気持ちにしてくる。
「ロッティ……。だめかな? つらいんだ。君が買った薬を私も飲むから、それで許してくれないか?」
「えっ!? 本当ですか!?」
「もちろん。君に触れないと死にそうな気持ちになる。だめなんだ、君がいないと。君に触れないと」
「うっ、う~ん……。どうしようっかなぁ?」
迷ってる、可愛い。お腹を向けつつ、くねくねし始めた。ああ、可愛い! 豊かな白い毛並みが波打ち、触ってくださいと言わんばかりに動いてる。ああ、触りたい! もふもふしたい!
「ロッティ? だめかな? それに、あの二人がいちゃいちゃしているのを見ると、羨ましくなってきて……」
「うーん。実は私もなんです、淋しくなってきちゃいました!」
「じゃ、じゃあ、触っても!? あっ」
手を伸ばした瞬間、ご機嫌な子犬が近寄ってきて、しっぽをちぎれんばかりに振る。どうやら構って欲しくなったらしい。笑いながら、その頭を撫でてやった瞬間、シャーロットが「キィーッ!!」と叫びながら飛び起き、その子犬の鼻面を思いっきり叩いた。
「きゅうんっ!?」
「アルフレッド様に甘えてもいいのは私だけですっ! まだどっちが上か、よく分かってないようですね!? こらしめてやるっ!」
「ロッティ!? だめだよ! 許してやってくれ!」
飛びついて噛み付こうとしたシャーロットをついうっかり、抱っこしてしまった。ああ、でも、涙が出るほどふわふわだ。これほどまでに、彼女の毛皮を愛おしく思った時があっただろうか? 我慢が出来ず抱き締め、思いっきり顔を埋める。しっとりとしていながらも、ふわふわだった。泡立てたメレンゲのようでありながらも、湿り気を帯びていて、まさしく極上のふわふわしっとり毛皮だった。
「アルフレッド様!?」
「ロッティ、ごめん。我慢出来なかった。今回の件で改めて思い知らされたよ。君の毛皮のしっとり具合は、国が傾くほどだね……?」
「そ、そんなにですか!? 私の毛皮はっ!」
「うん、その通りだよ。だから触りたいんだ。いいかな?」
「もぉ~、仕方無いですねえ! 特別に触らせてあげますよ? 十分反省したみたいだし!」
「良かった! ありがとう」
先日、“拗ねやすい獣人を上手く転がすには”という、絶対に絶対に彼女に見つかってはいけない本を手に入れた。そこには“拗ねたらとにかく、いかに毛皮が素晴らしいかを褒めること。彼らは背の高さより、素晴らしいプロポーションより、はたまた目が眩むような美貌や財産よりも、毛皮の良さを重視する”と書いてあったので、褒めてみたが成功して良かった……。存分にもふもふしながら、ぎゅっと抱き締める。
「ああ、可愛い。それに、ミルクの甘い匂いがするね?」
「アルフレッド様に撫でて貰えなくて、ちょっと淋しかったせいかもしれません……」
「可愛い~!! 愛してるよ、ロッティ! ありがとう!」
「じゃあ今度、お薬を飲んでくださいね? いくつか試してみたいことがあるんです!」
「あっ、うん……」
忘れてくれるかと思っていたが、しっかり覚えていた。気難しく考えるより前に、シャーロットがころんとお腹を向ける。
「さっ! 解禁ですよ? 存分にどうぞっ!」
「ふわふわーっ! ふわふわだーっ!!」
「も~、私の毛皮が無いと生きていけないんですねえ。ヴィーの前でお腹を向けるのはちょっと恥ずかしいんですけど! 特別ですよ?」
「大丈夫! 二人も部屋の隅でいちゃいちゃしてるから!」
「それもそうですね……。お腹ふがふがが霞むくらい、いちゃいちゃしてますねえ。二人とも」
その言い方に笑いながら、体を屈め、念願だったふわふわな口へのキスを果たす。ぱちくりと目をまたたき、恥ずかしそうに前足で顔を覆った。そのまま、くしくしと顔を洗い始める。
「可愛い~!! ああ、可愛い! 良かった、触れる……」
「二日間だけでしたけど、私も淋しかったです。アルフレッド様」
「私は淋しいどころじゃなかったよ、ロッティ。苦しかった。でも、ごめんね? もう二度としないよ、無断では」
「無断では……?」
いつか、薬を飲んでもいいと言ってくれたら良いのに。優しく微笑みかければ、「はうっ!」と言って顔を覆った。その後、傷を癒すかのように心ゆくまでもふった。今回の件で、いかに彼女の毛皮が素晴らしいかを再確認した。……でも、二度ともふもふ禁止令は出されたくない。この先一生ずっと。




