15.アルフレッド様への復讐は、三日間もふもふ禁止令で!
「アルフレッド様に復讐します、復讐を!」
私が足でダンダン! とテーブルを蹴ってみれば、二人が揃って呆気に取られた顔をする。今日は王妃様とオーレリア様とのお茶会。珍しくオーレリア様が「王妃様にお会いしたいわ、私」と言い出したので、アルフレッド様の言う通り、国を離れて嫁ぐ不安があってそんなことを……? と思っていたら単純に、呆然とした表情の陛下の絵を飾っていると聞いて、王妃様に興味が湧いたみたい。なーんだって言っちゃいそうになった。
そんな訳でオーレリア様のために、花柄の壁紙には、呆然とした表情の陛下の絵が飾られている。ミントグリーンや濃いピンクのソファーと、アンティークのテーブルが並ぶ小部屋に、そんなものが飾られてあってついつい、指を差して笑いそうになっちゃったけど、淑女だったので我慢した。でも、足ダンはどうしてもしたい! 私がふしゅっと鼻を鳴らして、もう一度テーブルをダンダン! と蹴り飛ばせば、王妃様が迷惑そうな顔をして、紅茶のカップを引き寄せる。肌寒いので身重の体を冷さないよう、チェック柄のストールを羽織っていた。
「私、カップを倒したりしませんよ? 一応気をつけてます!」
「一応でしょう? それにしても、あなたから復讐っていう言葉が出てくるなんて……。何があったの? アルフレッド殿下と」
「私も気になるわ、お義姉様。一体どうしたの?」
深いグリーンのチェック柄ドレスを着たオーレリア様が微笑み、指先で鼻先をくすぐってきた。どうしてか、アルフレッド様もオーレリア様も、Y字になっている私の鼻が好きで触ってくる。むずむずして「っくちゅん!」とくしゃみをしてしまった。途端に、王妃様が微笑ましそうな顔をする。
「可愛いわね、今の。ああ、そうだ。それで? 何があったの?」
「アルフレッド様が私に薬を盛って、自分のいいようにしようとしたんですっ……!! 私、私、アルフレッド様がそんなことをする人だとは思ってませんでした! 復讐、復讐!」
「あら……」
「ねえ」
私がテーブルの上でくるくると回って、ダンダン! とまた蹴りつけていると、オーレリア様と王妃様が目配せをしていた。ああっ、苛立ちが収まらない! 一番何が許せないかって、申し訳なさそうな顔でしゅんとしながら、「ごめんね、ロッティ。もう二度としないよ……」って言ってきた、アルフレッド様を許しちゃったこと! 私、アルフレッド様にすっかり弱くなっちゃってる。もう色々と考えるのが嫌になって、お腹を向けて寝そべったら、さっと、二人が手を伸ばしてもふもふしてきた。やっぱり、アルフレッド様に撫でて貰うのが一番気持ちいいかも。ふしゅんと鼻が鳴らし、溜め息を吐く。
「私、許しちゃだめだったのに許しちゃったんです……。どうしよう? このままどんどん、アルフレッド様に甘くなって舐められたら」
「「舐められたら……?」」
「はい! 最近、アルフレッド様に対する愛情が増してきたというか……もぞもぞしちゃうんです、胸の奥が。いつもだったら、指先に血が出るくらいまで噛んだのに、それも出来なかったし! ぶーっ!」
「お義姉様ってば、意外と気性が荒いのね? ふふ」
「仮にも王子様なんだから、血が出るまで噛んじゃだめよ。仮にも王子様なんだから」
「王妃様、二回言う必要ありました? ……でも、このままどんどん弱くなって、アルフレッド様に重たいって思われちゃったらどうしようとか……ううん、とにかくもっ! 温度差が出るのが嫌なんです、私」
「分かるわ……」
王妃様がしみじみと呟き、頷いた。王妃様、陛下とのことで苦労なさってるから……。またあとで、腹いせに「呆然とした表情の陛下の絵、見てきましたよー! いつ見ても面白いですねーっ! ぷぷぷ!」って言ってこよう。だって、イライラするんだもの。私がお腹を向けるのをやめ、腹ばいになったら、二人とも残念そうな顔をする。ああ、私の毛皮が魅力的なばかりに! でも、クッキーを食べたいので、ちょいちょいと前足を使い、上手にクッキーを小皿から落として齧りつく。ブルーベリージャムが宝石みたいにつやつやと光っている、美味しいジャムクッキーだった。さくほろ食感と、その甘酸っぱさに酔い痴れる。
「んーっ、美味しい! そんな訳で遅くなっちゃいましたけど、下手なことをしたら好きじゃなくなっちゃいますよと、脅すために復讐したいんです! 何がいいと思いますか!? オーレリア様!」
「ん~、会う時間を減らしてみたらどうかしら? お義姉様。一ヶ月間ぐらい会わなかったら、お兄様は確実に泣くでしょうし」
「それは私が無理です……。せめて、三日に一回ぐらいは会いたいです」
「お義姉様ってば! それじゃあ復讐になりませんよ? ふふふ」
「じゃあ、無視してみるのはどう? そういうのに弱そうじゃないの、アルフレッド殿下は」
「ん~、それもちょっと……」
沢山喋りたいから、私への罰になっちゃう。もじもじしながら、クッキーを頬張っていると、王妃様が苦笑していた。オーレリア様が「他の女が言っているのなら、イライラするんだけど、お義姉様だから許せるわ」と言いつつ、うっとりした表情で私の背を撫でてゆく。今日は二人への特別サービスで、ドレスを脱いだ。地肌に指が触れた瞬間、アルフレッド様の優しい微笑みを思い出す。
「……本当は怒る必要が無いことなのかもしれません」
「あら、お義姉様。それは間違っているわ! 嫌なことはちゃんと嫌って言わないと! じゃないと、相手に舐められるじゃない? 同じのことの繰り返しよ」
「そうそう、オーレリア様の言う通りだわ。私だって、陛下にちゃんと嫌って言うようにしてるけど、気を使う必要が無くて楽って言ってくれるもの。ちゃんと意思表示した方が伝わるし、理由も話さず、拗ねられるよりましだとも言ってるわ。嫌と言っても、嫌われることなんてないから大丈夫よ。ねっ? シャーロットちゃん」
「王妃様……」
珍しく、王妃様がにこにこ笑顔を浮かべて慰めてくれた。最近は私がダメ出ししているから、陛下がちゃんとするようになったみたいで、心に余裕が出来ている。でも、私は余裕なんて無いから、あとでお兄様と陛下にぶつけようっと……。ふしゅふしゅと鼻を鳴らして、うつむけば、オーレリア様が笑顔で「可愛い~! でも、可哀相に!」と言って、頭をめちゃくちゃに撫でてきた。……そう言えば、アルフレッド様が乱暴に撫でてくることって無いかも?
「でも、期待してしまった自分もいて……」
「あら」
「婚前交渉はやめておいた方がいいだなんて、古臭い考えだとは思わない? ねえ。ばれやしないわよ、きっと。お義姉様ってば」
「怖いので、それはちょっと嫌です! すみません、私、何が嫌かよく分からないんですけど、もやもやしてしまうんです……。でも、一番は前よりアルフレッド様のことが好きになったから、戸惑うというか~、何と言うか~」
私がころんとお腹を向けながら、体をくねらせると、二人が苦笑し始める。ああ、胸が苦しい。恋が成就したと思ったのに、悩みは泉のように、こんこんと湧き出て尽きない。前足をおろして、天井の控えめなシャンデリアを眺める。奥の窓から陽が射し込んで、シャンデリアが繊細な光を放っていた。ちょっとした影すらも、この部屋は美しい。可愛らしいんだけど、落ち着いた雰囲気があってくつろげる。
「……私、素直に言ってみた方がいいんでしょうか? 上手く話せない自信があるし、今さらなんですけど、アルフレッド様に見つめられるのがその、照れ臭くなってきてしまって」
「そうねえ。素直に話すのが一番よ? シャーロットちゃん。私みたいに我慢していたら、永遠にすれ違うだけよ……?」
「いきなり言葉が重たいです、王妃様。ずっしりときちゃいます」
「私は嫁ぎ先でも、自由に振舞おうと思っているの」
「オーレリア様はそうでしょうね! それでいいかと」
「話をちょっと変えるけど、お義姉様? カラスの墓場で他の商品も手に入れたんでしょう? いっそのこと仕返しで、お兄様にその薬を盛ってみてはいかが?」
少女らしからぬ、妖艶さを漂わせて微笑む。確かに買ったけど、警戒されているし、盛れそうにはない……。王妃様が不思議そうに首を傾げ、ハーブティーを飲む。
「カラスの墓場って? まさか、そういう薬を売っているお店なの?」
「うふふ、そうなんです。良かったら、王妃様にも分けて差し上げましょうか? この間、行ってきたばかりなんです!」
「行ってきたんですね……」
「そう! 店主と随分気が合って! 面白かったわ、すごく。サンプルを頂いたから、使いますか?」
「えっ!?」
「どういったものなの?」
「これはですね~……ふふふ」
オーレリア様が口元を押さえ、にんまりと笑う。ああ、嫌な予感しかしない……。王妃様があまりにも知りたがったので、私に聞かせたくない商品名だったのか、途中で腰を上げ、耳打ちをしていた。瞬時に王妃様の目つきが鋭くなり、「頂くわ!」と言っていたのが怖かった。何だろう? それ……。
「気になるのなら、お義姉様にも教えて差し上げましょうか?」
「いえ、いいです。遠慮しておきます……。薬はもうあるので、頑張って飲ませます」
「殿下のことだから、あーんとか言って食べさせたら、何の疑いもなく飲み込むんじゃなくて?」
「いや、まさか、そんな……。そうですね! アルフレッド様は単純ですから!」
「ふふ、でしょう?」
「いい案だわ、王妃様」
オーレリア様がにこにこと笑って、王妃様のことを褒める。……二人が仲良くなったって聞いたら、アルフレッド様は喜ぶかしら? きっと、喜ぶだろうから話してあげようっと。約束の時間に近付いてきたので、ドレスを着せて貰い、二人に別れを告げて退室する。でも、オーレリア様が「頂いた商品をどう活用するか、これから王妃様と議論するわ」と言っていたので、背筋が寒くなってしまった。混ぜるな危険、のお二人だったかもしれない……。人の姿に戻った方がいいだろうから、人の姿に戻って、とぼとぼと廊下を歩く。ちょうど部屋から出てきたアーサーが、「シャーロット様」と呟き、頭を下げた。
「今ちょうど、寝室に入ったところなのですが、シャーロット様が来たらお通しするよう、言われています。かなりお疲れの様子で……」
「分かりました。ありがとうございます」
「……元気がありませんね。もしや、王妃様に何か言われたので?」
「ううん、大丈夫! ちょっとアルフレッド様とのことで悩んでいるだけですから……」
気遣わしげな表情のアーサーに笑いかけ、あれこれ聞かれる前に寝室へと向かう。……私、どうしてこんなに引っかかってるんだろう? アルフレッド様が薬を盛るかもしれないなんてこと、あのお店に行った時から知ってたのに。どうにも、もやもやしてしまう。そっと寝室の扉を押し開き、「アルフレッド様?」とささやく。規則正しい寝息が聞こえてきた。今日は演説があるから、すごく緊張するとは言ってたけど。
(でも、珍しい。私と会う時間なのに、すっかり眠っちゃってるなんて)
深い青色のジャケットが、肘掛け椅子にかけられていた。重厚なカーテンの隙間から漏れ出る、澄んだ光に照らされたアルフレッド様は、シャツとズボンだけの格好で眠っていた。多分、ちょっと横になろうと思って寝そべった途端、眠っちゃったんだと思う。靴も履いたままだった。疲れている寝顔を見て、何だか急に自分のことが恥ずかしくなってくる。
「私ったらだめですね? 甘えてばかりで……」
もやもやするけど、言語化出来ないのならしまっておこう。疲れているアルフレッド様に迷惑かけたくない。私がベッドの端に腰かければ、うーんと唸って寝返りを打つ。起きたかなと思って、覗き込んでみたけど、まだ眠っていた。あどけない寝顔を見て、ついつい笑ってしまう。思わず手を伸ばして、絹のような濃いブラウンの髪に触れた。
「ねえ、アルフレッド様? 好きですよ。起きている時にちゃんと、もっと好きになってしまったことが怖いって言えたらいいのに……」
どんどん、感じたことがない感情が出てきて、怖くなっちゃう。アルフレッド様もそうだったらいいのに。そうであってくれたらいいのに。ゆっくり近付いて、頬にキスをすれば、「んん!」と唸った。
「もっ、もしかして起きてます……!?」
「……ごめん。どういう反応をするか、ちょっと見てみたくて」
「酷い! もーっ、起きてたのなら言ってくださいよ!?」
「ごめん、悪かった……」
アルフレッド様が照れ臭そうに、両手で顔を覆う。耳たぶが真っ赤になっていたから、ついつい私も赤面してしまう。あーあ、ばれちゃった。でも、こういう形で伝えることが出来て、良かったのかもしれない。アルフレッド様が顔から手を放し、こちらを見つめる。
「ロッティ。さっきの台詞、もう一度だけ聞きたいんだけど?」
「い、嫌です。起きてくれたらいいのになーって言ってましたーっ!!」
「嘘だ。ロッティ」
おもむろに体を起こして、私の両手を掴んできた。心臓が跳ね上がる。あ、さっきまでのもやもやが晴れていったかもしれない。アルフレッド様はいつもちゃんと、私が悩んでいることに気が付いて、解きほぐしてくれるから、どうしても期待してしまう。握り締めてきた手はほのかに温かくて、その温度にまた頬が熱くなる。そんな私を見て、慎重に手を持ち上げ、指先にキスをしてきた。ねぎらうような、愛情深いキスだった。
「……嬉しかったんだ。もっと好きになったと言って貰えて。だから、もう一度だけ聞きたい。だめかな?」
「そう言われると、言いたくなっちゃうじゃないですか! もーっ!」
「うん、ごめんね? 聞きたいな、もう一度。もう一度だけでいいからさ……」
アルフレッド様は、私を転がすのが上手くなってきた。優しく頬にキスしてから、至近距離でにんまりと微笑む。こういうところも不安になっちゃう。最初、アルフレッド様はよわよわで、私にすがってきていたのに。海のような青い瞳に見つめられ、気まずくなってうつむく。
「わ、私……怖いから嫌です! 言いたくないです……」
「何が怖い? 言ってみて。それとも、この間のことが原因かな? 本当にごめんね」
「はい……。このまま、どんどん好きになっていくのが怖いし、アルフレッド様には弱いままでいて欲しいです! 元のよわよわなアルフレッド様に戻ってくださいっ!」
「えっ、ええええ……?」
流石のアルフレッド様も困った顔をしていた。ああ、言っちゃった。本当は最初の「振られたら死ぬしかない!」って、叫ぶようなアルフレッド様に戻って欲しい。辛いはずなのに、心臓がそわそわしていた。アルフレッド様がまだ、私の手を握り締めているからかもしれない。
「あの、わ、私は以前のアルフレッド様が大好きだったんです! だから、戻って欲しいんですけど……」
「でも、君の前では幻滅されないよう、格好付けてるだけで中身はぜんぜん変わってないんだよ? 今でも急に嫌われたらどうしようって、不安に思って、眠れない夜を過ごす時だってある。あの時、こう言っていれば良かったかな? って後悔して鬱々する時もあるよ」
「本当ですか?」
「本当だよ。だから私の一億分の一ぐらい、ロッティが好きになってくれたのかと思って嬉しくなったんだ……」
「一億分の一ぐらい……!?」
どういうことだろう? 私が呆気に取られていると、ふっと微笑みながら押し倒してきた。ふかふかのベッドが私の体を受け止める。アルフレッド様が両手を握り締め、どこか妖艶な微笑みを浮かべた。
「そう。大丈夫だよ、ロッティ。私の愛が一億なら、君のは一億分の一だから」
「へ、へ~……」
「ほら、淋しいなぁ。どんどん愛情表現していきたいのは山々なんだけど、君に引かれるのが怖くて出来ない」
「ふぉっ!? ふぉっ!」
その後、存分にイチャイチャしたら、憂鬱な気分がすっかり吹き飛んだ。アルフレッド様がでれでれした笑顔で「可愛いね、好きだよ」と褒めてくれる回数が増えたし、これで良かったかもしれない。
「でも、復讐はします! 三日間、もふもふ禁止です!」
「えっ……死ぬ、死ぬしかないんだけど!?」
「だめですよ? 私にそうやって甘えても! これから三日間、もふもふはご遠慮くださーいっ!」
「あああああっ、避けなくても! ロッティ、避けなくても!!」
「避けます! 思い知ってください! ブーッ、ブーッ!」




