13.残酷なシャーロット嬢と心温まる一家団欒?
とうとう、待ちに待った日がやってきた。でも、この日を待ち侘びていたのはアルフレッド様だけだと思う。みんなで会う前日、オーレリア様がウサギ姿の私を抱っこしながら、「ねえ、どんなセンスの悪い贈り物かしら?」と言っていたし、バカにする気満々だった。家族みんなで楽しく! と思っているのはアルフレッド様だけ……。
(でも、言えない。ごめんなさい、陛下。せっかくレタスをくれたのに……)
壁にたてかけた全身鏡の前で、アルフレッド様が身だしなみを整えていた。今日は白いシャツの上から、薄いベージュ色のニットベストを着て、ツイードチェックジャケットを羽織っている。私がウサギ姿でもじもじしていれば、ふとこちらを振り返り、青い瞳を優しく細めた。
「ロッティ? ええっと、君はその姿で行くのかな? 昼食は五人分用意されていると思うけど?」
「あっ、はい! もちろん、ちゃんと人の姿に戻って食べに行きますよ! 昼食会、楽しみですね~……」
「だね! なんだかんだ言って、ノエルも参加することになって良かった。ほら、オーレリアが恥ずかしがって中々近付かないから」
「で、ですね……」
は、恥ずかしがって? でも、兄であるノエル王子のことを「生意気で気に食わない」って言ってたし、ノエル王子はノエル王子で「何を考えているかよく分からないし、王女と言うよりわがままな女王様」って言ってたし、普通に仲が悪い兄妹な気がするんですけど……。でも、そんなことは言えなかった。アルフレッド様が嬉しそうに笑い、私を抱っこする。ふわりと、森の木のような香りがした。
「オーレリアが嫁ぐ前に、こうして集まることになって良かった……。これもロッティのおかげだよ、ありがとう」
「いえ、私は何もしていませんから」
「でも、ロッティが日々励ましてくれたおかげで、ノエルや兄上、オーレリアにかけ合うことが出来たんだ。ほら、成長しただろう? 私も」
「はい……」
冗談めかして言いながら、私の毛皮にすりすりと頬擦りし始めた。ご飯前に毛皮が乱れちゃうけど、アルフレッド様ならいいです。許します。それにしても、望まない方向に成長しちゃいましたね、アルフレッド様……。私が言いたかったのはそういうことじゃないんだけど。不満げに鼻をひくひくさせていたら、もふもふして満足したのか、笑いながらも私を床へとおろす。
「それじゃあ、人の姿に戻ってくれるかい? ロッティ。ウサギ姿の君も好きなんだけど、人の姿の方が好きなんだ」
「分かりました、戻ります!」
ぽんと戻れば、それまで着ていた赤い薔薇柄のドレスが、可愛らしいピンク色の花柄とレースのドレスへ変わっていった。アルフレッド様が嬉しそうに笑いながら、両腕を広げる。すぐさま飛び込めば、優しく抱き締めてくれた。
「じゃあ、行こうか? ロッティ。本当はもう少しだけ、こうしていたいところなんだけど……」
「あとでいちゃいちゃしましょう、あとで!」
「人の姿で? それともウサギの姿で?」
私から離れ、どこか悪戯っぽい微笑みを浮かべる。最近、それを言われる度に食い気味で「ウサギ姿に決まってます!」って言ってしまいそうになる。でも、本当は期待してた。人の姿の時、もっともっと、この間みたいに触れて欲しいって。アルフレッド様の胸元に両手を添え、見上げる。アルフレッド様の両手は私の腰に回されていた。
「ひ、人の姿で……? 最近私、その、人の姿でいちゃいちゃしたいと思うようになってきて」
「えっ? そうなんだ? 良かった」
「でも、変ですよね!? 獣人たるもの、元の姿に戻って好きな人の膝でお腹を向けて、ふにゃふにゃと甘えるべきですよね!?」
「えっ、うーん……どうなんだろう? 私は人の姿でいちゃいちゃする方が好きだけどなぁ」
アルフレッド様が困ったように笑いながら、そっと優しくキスしてくれた。濃厚なキスも好きだけど、いたわるようなキスも好き。不思議と優しいだけのキスの方が、心臓がざわめいて落ち着かなくなる。少しの間だけ、二人で笑って見つめ合った。
「……じゃあ、行こうか。兄上達も待っているだろうし」
「行きましょうか、アルフレッド様。上手くいくといいんですけど!」
差し出された手を取って、昼食の間へ行く。みんな“昼食の間”と呼んではいるけど、親しい人だけを招いて食事するための広間だった。柱にはなめらかな艶のあるツタが巻かれ、天井には太陽と雲が描かれている。そこには大きな金色のシャンデリアが吊り下がっていた。奥の窓からの陽射しを受けて、きらきらと光り輝いている。床は金色と白のマーブル模様の石床で、歩けばコツコツと音が響いた。そんな手狭だけど、明るくて豪華な昼食の間には、やけに小さく見える長テーブルと椅子が置いてある。入ってすぐ、先に座っていた陛下が優雅に手を上げた。昼食を食べるだけだからか、いつもより随分とリラックスした服装で、ゆったりとした黒いセーターを着ている。正直言って似合ってない。
「陛下、そういう格好をしていると老けて見えますね~。似合ってません!」
「開口一番にそれか?」
「すみません。陛下はスーツだけ着ていればいいんですよ、似合ってません」
「二度も言ったな、二度も……。なら、どういう服装で来れば良かったんだ?」
「アルフレッド様みたいにシャツとジャケットとか! とにかくも、かっちりした服の方が似合いますよ」
「マーガレットと同じことを言う」
拗ねたようにふんと鼻を鳴らしてから、二の腕を組んだ。やだ、品が無いしガラが悪い~。でも、それを言ったら怒り出しそうだったので、にこにこと笑いながら「ロッティと兄上はやっぱり仲が良いですね」って、言っているアルフレッド様におしとやかな微笑みを向け、私も椅子に座る。どうせ「アルフィー、隣に座らないか?」って言いたいんだろうから、アルフレッド様を陛下の隣に座らせた。私も陛下の隣に座り、息を吐く。私とアルフレッド様で陛下を挟む形になった。
「……おい。どうしてそこへ? アルフィーの隣に座ればいいだろう」
「オーレリア様に拒絶されて、悲しむ陛下の顔をじっくり見物しようかと思いまして!」
「このウサギ風情が!! でも、残念だったな。確実にオーレリアが喜ぶものだ」
「ね、ねえ、陛下? どういうものにしたんですか?」
「秘密だ」
「アルフレッド様、陛下がいじわるするんですけど……?」
「ま、まあまあ、きっと知らない方が良いってことだよ。ロッティには刺激が強いから、兄上も気遣って教えないだけじゃないかな?」
「なるほど。流石はアルフレッド様ですね」
そんな風に他愛も無いお喋りを楽しんでいると、義妹のオリヴィアに付き添われて、ノエル王子がやって来た。ノエル王子はアルフレッド様と似たような服装で、白いシャツの上から、さらりと紺色のジャケットを羽織っている。十七歳という年齢にしては、色気たっぷりの顔立ちとよく合っていた。つれなく壁際へ向かったオリヴィアを名残惜しそうに見つめてから、笑顔でこちらへやって来る。
「兄上! お久しぶりです。隣に座っても?」
「ああ、久しぶりだな。ノエル。一週間ぶりくらいか? どうぞ」
「あっ、ありがとうございます! そうですね、それぐらいになりますね。でも、陛下とはもっと久しぶりですね……」
「だな」
アルフレッド様に引いて貰った椅子に腰かけながらも、おそるおそる、陛下に話しかけた。でも、陛下はアルフィーたん以外に興味が湧かないのか、二の腕を組んだまま、えらそうに「だな」と言っただけだった。苛立ってしまう。
「陛下? 幼い子供でもこんにちはぐらい、ちゃんと言えますけど?」
「やけに突っかかってくるな、今日は。いや、いつものことか」
「陛下があまりにもノエル殿下に冷たいからです! も~、本当にアルフレッド様以外に興味が無いんですから!」
「義姉上、俺は大丈夫ですから。そんなことよりも、あとで耳をもふっても?」
「どうぞ! 陛下お気に入りの耳でもあるんですよ~! この間はなんと、ふがっ!?」
「よせ、それ以上言うな……」
いきなり手で口を塞いできた。恥ずかしかったのかもしれない。でも、話の続きが気になるのか、アルフレッド様とノエル殿下が揃って、うずうずとした様子で見てくる。ちらりと陛下を見てみれば、青ざめていたので、この間私の両耳をもふった時、「おい、毛玉がついてるぞ」と言いながら、丁寧に毛玉を取り除き、さらにブラッシングまでしてくれたことは黙っておく。陛下もひそかに私の毛皮が好き!
「まあ、黙っててあげますね? これからオーレリア様に散々けなされる訳ですし!」
「うるさいな。だから、あれが気に入るようなものを用意したと言っているだろう?」
「義姉上って強いですねえ。陛下にそんな口を聞いても、許されていて……」
「二人とも、最近は兄妹のように仲が良いんだ。いつの時代も妹というのは可愛くて、強いものだよね」
「へ、へ~。なるほど……」
そうこうしている内に、オーレリア様が入ってきた。広間の扉を開け放したオーレリア様は、髪の色と同じ銀色のドレスを着ていた。手首まで葉柄の銀色レースに覆われていて、昼間にしては豪華なその装いが「仲良くする気は無いのよ!」と、雄弁に物語っている。気の強そうな青い瞳を光らせながら、まるで君主であるかのようにかつかつと、ヒールを響かせてやって来た。
「ごきげんよう、陛下。それともお兄様と呼んだ方がいいかしら?」
「好きにしろ。お前の自由だ」
「……あら、一応私が贈ったセーターを着てきたのね? へえ」
あっ、しまった。思いっきり「似合ってない」って言っちゃった……。でも、ださいって言ってなくて良かった! 私が気まずそうな顔をしていると、オーレリア様がにっこり微笑む。
「じゃあ、みんなでさっさと食べて帰りましょうか。午後から新しい本が届く予定なの、早く帰って読みたいわ」
「オーレリア……」
「アルフレッドお兄様がバカなのよ。もういまさら謝ってなんて、」
「すまなかった、オーレリア。確かに私が大人げなかった。許せ」
かぶせるように、陛下が澄ました顔で謝った。向かいに腰かけようとしていたオーレリア様が目を丸くし、まじまじと陛下を見つめ始める。陛下が後ろを振り返って、使用人に目配せをすると、この間買った怪しげな品物が運ばれてきた。呆気に取られるオーレリア様の前に四つ、白い箱が並べられる。
「これは……?」
「婚約祝いだ。説明書を見てみろ。あっちの宮廷でおおいに使えるものだ」
「……」
無言でオーレリア様が、白い箱の上に乗っていた説明書を開き、次の瞬間、恋人から送られた手紙を読んだ少女のように、ぱっと顔を輝かせた。すごく可愛らしい笑顔なんだけど、あのオーレリア様がそんな顔になる説明書って一体……!? 慌ててアルフレッド様の隣にいる、ノエル殿下を見てみれば、私と同じぞっとした顔をしている。二人で頷き合ったあと、視線をオーレリア様に戻した。ちなみに陛下は自慢げな顔をしていたし、アルフレッド様は慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
「こんな、こんな、お兄様って……!!」
「どうだ? お前のことだ、普通の婚約祝いでは物足りんと思ってな。まあ、私とて、まるっきり心配していない訳じゃない。……もう、わがままを言っても誰も聞いてくれないからな? せいぜいそれを活用して、うぐっ!?」
「うわっ!? オーレリア様!?」
陛下が言い終わらない内に、素早く駆け寄って抱き締めた。そう、抱き締めた! その場の空気が凍りついたし、時間が止まった。一人だけ、アルフレッド様が感動して涙ぐみ、ハンカチを取り出して目元を押さえている。多分、私もノエル殿下もあんぐりと口が開いていた。駆け寄って何をするんだろう、とは思っていたんだけど……。
(あっ、へ、陛下! 生きてます!?)
慌てて陛下を見てみると、口だけを動かして「助けてくれ」と言っていた。ものすごく青ざめてらっしゃる。妹に抱きつかれた時のお兄様の顔じゃない! でも、オーレリア様は感極まってしまったのか、しっかりと首に両腕を回しながら、「お兄様、ありがとうございます! この品々は決して無駄にはしませんっ!」と叫んでいた。こ、怖い……。そこまで喜ぶものって一体何でしょう? 見てみると、陛下がよりいっそう青ざめ、私に助けを求める。初めてのことだった。嫌いな私に対して、陛下が必死に助けを求めるだなんて────……。
こほんと咳払いをしたあと、優しげな微笑みを浮かべ、オーレリア様に言ってあげた。
「オーレリア様? 良かったですね~! ついでに陛下にキスをしてあげたらどうでしょう? ほら、遠方の国ですし、もう気軽に会えなくなっちゃうじゃないですか~!」
「あっ、それもそうね? お義姉様の言う通りだわ!」
「すごい、義姉上。全員の上に立っているんですね……!!」
ノエル殿下が変なところで感動してらっしゃる。私が高笑いするかのように、口元に手を当てて笑っていると、陛下が真っ青を通り越して白い顔色になり、「覚えてろよ……!!」とぱくぱく、口だけを動かして言う。ま~、陛下ったら、声に出さずに言うのがお上手ですこと! あとでそう言ってからかおうっと。追加で「私は読唇術なんて習得してないのに、分かりやすかったですよおおお~?」って言っちゃおうかな~、どうしようっかな~?
私が思いっきりバカにした笑いを浮かべていると、オーレリア様がようやく離れ、うっとりとした顔で陛下を見つめた。飼い猫を見つめる眼差しだったから、さっきの贈り物でどれだけ、好感度が上がったのかがよく分かる。
(オーレリア様も年頃の少女ですもの。きっと、素敵な贈り物に舞い上がってしまったんだわ……)
ああ、おかしい! 笑いが止まらない! 肩に両手を添えられた陛下が、怯えた顔でオーレリア様のことを見上げている。裏切られたというのに、まだ私に助けを求めているのか、横目でちらちらと見てきた。もちろん無視して、生温かい笑顔で見守ってあげた。
「お兄様……。どうせ、お兄様のことですから、安物のイヤリングやネックレスで済ませるかと、私はてっきりそう思っていたんです。でも、違いましたね? こんなに素敵な贈り物の数々を……」
「これを素敵な贈り物だと言うのは、お前ぐらいだろうな!? オーレリア! もういい。分かったからさっさと椅子に戻って、」
「今までごめんなさい、お兄様! 愛してるわっ!」
びっくりするような言葉と共に、オーレリア様が頬へキスした。陛下がさぁっと気絶しかねない顔色となって、口を半開きにする。意気揚々とオーレリア様が椅子へ戻る頃、茫然自失の状態で頬に手を当てた。そこへ、アルフレッド様が優しい笑顔で追い討ちをかける。
「良かったですね? 兄上……。まさか、あのオーレリアが兄上に感謝して抱きついたあげく、頬にキスをするだなんて! いやぁ~、本当に良かったです。二人が仲直りしてくれて!」
「あの、アルフレッド様? やめてあげてください! 必死に脳への到達を遅らせているところに事実を言っちゃ、」
「しかも、愛してるって言葉も出てくるなんて! これで長年の悩みから解放されました。綺麗ごとを言うようですけど、やっぱり、兄妹仲良く暮らしていくのが一番ですからね……」
ごめんなさい、陛下。アルフレッド様を止めれませんでした。おそるおそる見てみると、両手を膝の上に投げ出し、呆然としていた。か、可哀相に……。でも、王妃様に言ったら喜ばれそう。王妃様、最近は陛下の色んな表情が見れて嬉しいって言ってたし。
「ちょっと! えーっと、そこの女性にモテそうな魔術師さん!」
「ライナスですよ、シャーロット様……」
ちょうど以前、宝石花の件でお世話になった魔術師が壁際に控えていたので、手招きをして呼び寄せる。まるで、私の召使いであるかのようにやって来て、うやうやしく胸元へ手を添えた。アルフレッド様とノエル殿下が「どうしたんだろう?」とでも言いたげに、首を伸ばして見てくる。
「お呼びですか? シャーロット様」
「この状態の陛下、今すぐ紙に描いてくれません? 高名な魔術師さんなら、景色や人を一瞬で絵に出来るんですよね? ぱっと紙を出して、呆然としてる陛下を描いてください!」
「えっ? えーっと、おそれながらシャーロット様、一体何のためにそうするんですか……?」
「この呆然としている陛下の顔が珍しいので、絵にして貰って、それを王妃様へ贈ります。きっと喜ばれるかと!」
ライナスがしばしの間、目を閉じてからまた開いた。綺麗な暗闇色だった。そして、やけに澄み渡っている。
「申し訳ありませんが、それは陛下にとって酷なことかと……」
「えっ? どうしてですか? 王妃様も喜びますよ? ちゃんとライナスさんがしてくれたって言っておきますから!」
「ですが、しかし……。いえ、分かりました。シャーロット様がどうしてもとおっしゃるのなら、そうしましょう」
「ライナス……」
「あっ、申し訳ありません。陛下。どうぞ、そのままで。つい先ほど、オーレリア様から親愛のキスをされたことを思い出して頂けると……ああ、良い表情ですね! それでは、絵にします」
そのあと、王妃様に絵を持って行くと案の定、ものすごく喜ばれた。さらに大きく引き伸ばして貰い、寝室の一番目立つところに飾った。それを一緒に見た瞬間、陛下が絵の中以上に、さぁっと青ざめたのは言うまでもない……。




