12.ここは陛下と仲良くなったふりをしておこう!
素直にこの前の一件があってから、ドキドキして上手く顔が見れないって言えば良かっただけなのに、どうしてか言えなかった。ふるふると、アルフレッド様に抱っこされたまま震えていると、心配した顔で「可哀相に、こんな店早く出ようね? ロッティ」と言ってくれた。
「でも、ちょっと待ってください! おろしてください!」
「えっ? でも……」
戸惑いながらも、しぶしぶ床におろしてくれる。ぽんと人の姿に戻れば、店の奥に引っ込もうとしていたパーシーがこちらを振り向き、仄暗い笑みを浮かべた。
「何か注文したいものでも? シャーロット妃殿下」
「二番と十六番の商品が欲しいんです! あと五十番の商品について、副作用が無いかどうか教えてください! それかサンプルってありますか?」
「あっ、じゃあ、私も頼みたいんだが! 特に気になっているのが七十九番の商品で、あと二十二番と六十三番が欲しい。副作用についても説明してくれないか?」
「お二人とも。こんな店って言うわりには、前のめりで注文してくるじゃないですか……」
さっきまでの危うい雰囲気を掻き消し、面食らった顔をする。でも、わざとらしく真っ赤な髑髏マークが浮かんだ手を上げ、私達を制してきた。陛下は呆れているのか、椅子に座ったまま、気怠そうな様子でメニュー表を眺めている。
「分かりました。シャーロット妃殿下は二番と十六番をお買い上げで? 恋する乙女ですねえ」
「あと、そのわざとらしい妃殿下呼びはやめてください……。でも、お嬢ちゃんも嫌です」
「分かりました、お嬢ちゃん。五十番についてですが、副作用は翌日のだるさ、無気力感ぐらいです。でも、リピート客からの要望で中毒性がちょっとだけあります。数ヶ月もすれば薄まる可愛らしい副作用ですよ」
「陛下ー! この人、私のことバカにしてるんですけど!?」
「お前だってついさっき、同じことをしていただろうが……」
「してません! 私が一体いつ、何をしたって言うんですか!?」
「数え切れないぐらい、色々だな……」
付き合いきれないとでも言いたげな様子で、溜め息を吐き、メニュー表を眺め始める。陛下の役立たず! 不親切! 私が睨みつけていると、隣に立ったアルフレッド様がおそるおそる、愉快そうに笑うパーシーに注意してくれた。
「申し訳ないが、ロッティのことをお嬢ちゃんと呼ぶのはやめてくれないか?」
「じゃあ、俺もロッティって呼んでいいですか?」
「いや、それはちょっと……」
「パーシー、早く商品を出してやれ。アルフィーをからかうな」
「はいはい、仰せのままに。殿下は七十九番と二十二番、それから六十三番でしたっけ? 副作用は七十九番が一番強いです。効果が強烈なのでね」
「そ、そうか……ちなみにどんな副作用が?」
「アルフレッド様、何を頼もうとしているんですか……?」
私の体に夢中になる薬とか、他の女性への興味が薄れる薬とか、私が会えなくて寂しいと思ったら、相手も同じぐらい、そう思ってくれる薬を買って盛ろうとしている手前、何も言えないんだけど……。じっと見ていれば、気まずそうに顔を逸らした。ああ、どうしよう? 他の獣人をもふもふしてもばれない薬とか、婚約者の嗅覚を鈍らせるスプレーとかだったらどうしよう!?
「アルフレッド様……私に言えないようなものを買おうとしてるんですか? そのメニュー表、ちょっと見せてください!」
「いや、これは今、注意事項が載っていないかどうか確認していただけだから!」
「もしもし、お二人さん? そもそもの話、この店はカップルで来るような店じゃないんですよ。追加で頼みたいものがあれば、また別々に来てくださいね? 待ってますから」
「そ、そんな……」
「今すぐ欲しいんだが」
「……やれやれ、まったく」
パーシーが参ったように溜め息を吐き、埃をかぶったような灰髪を掻き毟る。戸口に立っている魔術師のダンが低く笑っていた。陛下も陛下でこんな様子のパーシーは珍しいのか、眉毛を持ち上げて観察していた。
「じゃあ、こうしましょうか。お二人が頼んでいるのは、愛を深めるための商品であり、浮気するようなものじゃありません。ぐるぐるに縛られて、惚気話でも聞かされているような気分ですよ。俺としてはね」
「よ、良かった~……すみません、アルフレッド様。疑ってしまって」
「いや、別に。でも、気になるな。ロッティが何を頼もうとしているのかが」
「えーっと、アルフレッド様が教えてくれるのなら、一つだけ教えますけど?」
「うーん……」
いつも快く頷いてくれるアルフレッド様が、初めて渋った顔をする。アルフレッド様とこんな空気になるのは初めてかもしれない。私達二人が曖昧な表情を浮かべたまま、見つめ合っていると、パーシーが無言で店の奥へ引っ込んでしまった。陛下も何とかする気は無いようで、アルフレッド様だけを見ている。
「……私、教えるって言いましたよね? どうして教えてくれないんですか? まさか、」
「いや、そういう訳じゃないんだ。ちょっと待って欲しい。考えを整理するから」
どことなく焦った様子で制し、気まずそうな表情で足元の床を見下ろした。私は嫌だったけど、一つ教えるって言ったのにな……。人間の耳がぴくぴくと動きそうになった。今は魔術で変えて貰っている。
「どれくらい、その、時間が必要ですか?」
「ごめん、ロッティ。でも、君に知られたくないことだってあるんだよ」
その一言でかちんときてしまった。言えないのなら言えないで、ぼかして伝えるとか、言えない理由をきちんと説明するとか、そういうことをして欲しかった。私は教えるって言ってるのに!
「じゃあ、もういいです! アルフレッド様なんか知りません!!」
「あっ、ロッティ!?」
こんなの子供がすることだって分かってるけど、どうしても我慢出来なかった。ぽんとウサギ姿に戻り、勢い良く走って椅子の下へ逃げ込む。アルフレッド様が慌てて覗き込み、腕を伸ばしてきたので「シャーッ!」と威嚇してから、手を叩いた。
「ごめん、ロッティ! ああ、どうしよう……ちょうど良かった、パーシー? ロッティが拗ねて椅子の下へ逃げ込んでしまったんだ。出すのを手伝ってくれないか?」
「俺はあなたの召使いじゃないんですけど……。陛下、ご注文の品物は以上で?」
「ありがとう、助かった」
「可愛いリボンでもかけておきます?」
「いや、そんなことよりもアルフィーを手伝ってやれ。頼んだ」
「あーあ、王族はこれだからまったく。自分以外の人間を召使いだって思ってるんですかねえ? いたたた! 流石はおじさん、気が短いな……」
「陛下に無礼な口を聞くな! 黙ってやれ」
手のひらの髑髏マークが痛み出したのか、手を擦り合わせるような音と「いってぇな~」という声が聞こえてくる。私が警戒して闇に潜んでいると、急に視界が明るくなった。見ると、アルフレッド様が椅子を持ち上げていた。
「ごめん、ロッティ。出てきてくれないか? その、プライド的に話せないことがあって……」
「……」
「しゃ、喋れる? 大丈夫かな? ウサギに戻ってないかな!?」
「戻ってません!」
「いたっ!?」
アルフレッド様が差し出してきた手を、べんっと前足で叩いてから近寄って、甘えるように膝へ頭を擦り付ければ、すぐに「可愛い~!」と言って抱っこしてくれた。私が腕の中でふんふんと鼻を鳴らしていると、パーシーが苦笑する。
「いいですねえ。獣人はそうやって甘えたら、何でも許して貰えて」
「私達が注文した品物は? どこにありますか?」
「ここにありますよ。紙袋に入れておきました」
「あ、お代は……」
「ロッティ、大丈夫だよ。私が払うから」
「ありがとうございます!!」
「でも、何を頼んだのかな? その、一つだけ教えてくれると嬉しいんだが……」
卑怯だわ、顎の下をくすぐるように掻きながら聞いてくるのは~……。ついつい、うっとりしてしまう。でも、私が言う前に、意地悪な笑みを浮かべたパーシーが言ってしまった。
「殿下。シャーロット様は、好きな人が自分の体に夢中になる薬を注文していましたよ?」
「えっ!?」
「そうなんですよ! アルフレッド様にもっともっと、毛皮好きになって欲しくて~」
「……は?」
何故かパーシーが目を丸くしたあと、溜め息を吐き、天井を仰ぎ見ていた。アルフレッド様が苦笑しながら、優しく私の頭を撫でてくれる。
「でも、大丈夫だよ。十分夢中になっているから、そんな薬は使わなくても」
「使います! 隙を見て薬を盛りますっ!」
「いや、それはちょっと……それに、誤解しているんじゃないかな?」
「はい? でも、体に夢中になる薬なんですよね?」
「あっ、うん。そうだよ! ロッティはそのままでいいんだよ! 兄上、行きましょうか」
「分かった。……ダン? 悪いがこれ、私の自室に届けてくれないか?」
「かしこまりました。それぞれの部屋に送っておきますね」
「よろしく頼んだ」
何やら微妙な顔をしたパーシーに別れを告げ、また活気のある街中を一緒に歩く。さっきとは違い、青果店や露店が集まった通りで、怪しげな店はどこにも無かった。人が多いからか、ダンがぴったりと後ろに張り付き、辺りを警戒しながら歩いている。
「それにしても陛下? どうしてあんな、怪しげな店を知っていたんですか? いきつけなんですか?」
「……まぁな」
「兄上は十八歳ぐらいの頃かな? 遊び歩いていた時期があって、多分、その時に知ったんだと思うよ」
「なるほど。陛下も思春期の時は荒れてたんですね~」
「そうそう。私は構って欲しかったんだが、素知らぬふりでね……」
アルフレッド様が雑踏の中で、懐かしむような表情を浮かべ、私の手を握り締めた。外は寒かったけど、手だけがほんのりと温かい。ひそかにどぎまぎしていれば、少し前を歩く陛下が溜め息を吐いた。
「嘘を吐け。あの頃から避け出したじゃないか。お兄様とも呼ばなくなった」
「それは兄上の顔が怖くなっていったからですよ……」
「ほらほらぁ、アルフレッド様? ちゃんと呼んであげないと! お兄様~って」
「お兄様! これでいいですか?」
「何もよくないな。アルフィー、食べたいものはあるか? 無ければ、お前の好きそうな店に行くが」
「はい、それで大丈夫ですよ。それにしても兄上と食事か……。公務以外では久々ですね」
「だな。避けるからな、お前が」
「今は避けてないじゃないですか……」
すねすね陛下だ~、すねすね陛下! でも、言ったら怒るだろうから言わないでおいた。陛下の案内で辿り着いたのは、とある小綺麗なレストラン。出入り口は光沢のあるグレーと白のタイルで彩られ、中に入れば、壁にかけられた風景画とにこやかな店員が出迎えてくれる。床はしっとりしたグリーンの絨毯、壁は柔和なミルク色。並べられた丸テーブルと椅子はどれもアンティークなのか、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。高い天井から吊り下げられたランプは可愛いデザインだし、好きかも。ここ。
「いいですね、この店。落ち着く」
「だろう? 気に入ると思っていたんだ」
案内された個室に入るなり、アルフレッド様が感嘆の溜め息を吐く。個室には大きな丸いテーブルと椅子が置いてあって、白いテーブルクロスがかけられていた。奥には瑞々しい花が飾られている。早速、黒いケープコートを脱いでいたら、アルフレッド様が丁寧に脱がしてくれた。自分もコートを脱ぎ、白い壁にあったフックへとかける。陛下からも手渡され、代わりにかけていた。
「さて、どうする? アルフィーが好きそうなメニューはこれだが」
「も~、さっきからアルフレッド様のことばかりですねえ。もしかして、陛下にとって私って邪魔な存在なんですか?」
「……必要だと思ったことはただの一度も無い」
「だめですよ、兄上。そういうことを言っちゃ。ロッティは何にする? 色々あるよ」
「私はですね~」
アルフレッド様が持つメニュー表を覗き込むと、あからさまに不機嫌そうな顔になる。まったくもう、ブラコンなんだから! ただ、この店には草食系獣人対応メニューが無かった。仕方ないので、イカと海老のトマトソースパスタ、温かいトマトスープとパンにする。アルフレッド様は悩んでいるようで、ひたすら眉をひそめていた。
「まだか? アルフィーは」
「……兄上は何にしましたか?」
「白身魚のアーモンドフライに前菜、パン、スープ、デザートがついたコースだ。どうする? お前も同じものにするか?」
「いえ、でも、ロッティがマカロニを食べたがっていたのでグラタンにします。チーズをのけてあげるからね、食べるといいよ」
「アルフレッド様……!!」
さっき、手を前足で叩いたばかりなのに優しくしてくれるだなんて! 感激して軽く、頬へそっとキスをする。照れ臭そうな笑みを浮かべながら、焦って陛下と私を交互に見つめていた。陛下がわざとらしく溜め息を吐いたあと、店員さんを呼んで注文する。
「……そうだ、兄上? ロッティが過剰に反応していましたけど、あのパーシーという男は何者なんですか?」
「あの反応を見て思い出したんだが、とある黒い噂があってな。眉唾物だろうと思い、一蹴していたが」
「何ですか? 黒い噂って! あの人を見ると首筋がぴりぴりしたんです」
「そっか。今は大丈夫?」
「大丈夫です、ふふ」
アルフレッド様が手を伸ばし、私の首筋へ触れる。さっきのぴりぴりとは違って、触れられた部分が熱を持った。陛下が眉を持ち上げ、私を睨みつける。でも、すぐにふいっと目を逸らした。
「……獣人をさらってきて、いや、頼まれてか? とにかくも、獣人を捕まえて剥製にしているんだと。そういう噂を耳に挟んだことがある」
「剥製に……?」
「こっ、こんなに可愛いのにですか!?」
「私に聞くな、困る」
「アルフレッド様? 世の中にはどんなに可愛いウサギちゃんでも、毛皮を剥いでコートにしようとする連中がいるんですよ! 世の中とはそういうものです」
「そんな……そう言えば、オーレリアが毛皮のコートを持っていた気が」
「えっ!?」
ショックを受けながらも、アルフレッド様と見つめ合っていれば、苛立たしげに溜め息を吐く。あからさま~、陛下ってばもう!
「その他にも夜な夜な人体実験をしているだとか、パーシーに借金をして逃げた身重の娼婦を捕まえて、腹を裂いたらしいとか……まぁ、血なまぐさい噂ばかりある男だ。それに若い頃から通ってはいるが、姿形が変わっていない」
「怖い……何者なんでしょう?」
「さぁな。だからあまり近付くなよ。行くのならそうだな……また私を誘え。一人で行くよりましだ」
その言葉を聞いてアルフレッド様が感動し、青い瞳を潤ませる。……アルフレッド様的にはもうちょっとだけ、私と陛下に仲良くして欲しいみたい? 気まずいので、お水を飲んでしのぐ。
「兄上……。今回、ロッティと仲良くして欲しいのもあって誘いましたが」
「それは本当か? 急に、婚約祝いを選びに行くと言い出したかと思えば……」
「でも、心配いらなかったようですね。今度はオーレリアと義姉上を誘って、一緒に遊びに行きませんか?」
オーレリア様と王妃様と、私と陛下とアルフレッド様で……? 考えただけで気が遠くなる光景だった。見てみれば、陛下も死んだ魚の目をしている。
「私、出かけるのならアルフレッド様と二人きりで出かけたいんですけど」
「でも、オーレリアも置いてきぼりだと淋しいだろうし、義姉上も少しは運動した方が……」
「アルフィー? 運動なら私と二人でしているから大丈夫だ。それに、最近情緒不安定になっているしな。私と二人で出かけた方がいいだろう。なぁ、シャーロット? お前もそう思うだろう?」
「ですね! 陛下の言う通りですよ!! ほ、ほら、お料理も来たみたいですし! この話はやめにしましょうか!」
「まぁ、二人がそう言うのなら……」
「美味しそうだな。シャーロットが好きなレタスがあるが、食べてみるか?」
「あっ、はい! 一枚ください! やっぱり二枚だけ貰おうかな……」
「好きなだけ食え。盛ってやる」
私達が必死でサラダを取り分けていると、アルフレッド様がにこやかな笑顔で頷いて「良かった、兄上とロッティがすっかり仲良くなったみたいで……」と言い出した。陛下と目配せをし、頷き合う。どうもアルフレッド様は“家族みんなで仲良く”という目標を掲げているみたいだけど、それは絶対に無理です! 巻き込まれたくない。ので、その後は必死に陛下と仲良くした。レタスも三枚くれたし、オレンジと胡桃のパンを一欠片くれた。でも、お返しにトマトソースにまみれたイカをあげると、微妙な顔をされてしまった。




