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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第三章 ただ幸せな結末へと向かって
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6.不安でいっぱいの獣人交流会

 



 がたがたと、馬車が穏やかに揺れている。膝の上に乗ったシャーロットがくあっと、小さなあくびをした。それまで見ていた窓から目線を外し、シャーロットを見下ろす。今日は汚れるといけないので、真っ黒なフリルドレスを着ていた。滑らかな手触りの生地はビロードで出来ていて、胸元には白いレースが重ねられている。


 笑いながらも、毛皮を撫でつけるようにして撫でてあげると、嬉しそうにふしゅふしゅと鼻を鳴らした。窓からの陽射しは透明で秋らしい。この陽射しと、膝に染み渡るような温度にやられて、徐々に自分のまぶたまで重たくなってゆく。でも、不安で眠気が吹き飛んでいった。心配になって体を起こし、両手でシャーロットの体を撫でる。


「いいかい? ロッティ。嫌なことをされたらすぐに言うんだよ? 突然殴ったり蹴ったりは絶対にだめだよ? それから、噛んだりなんかも絶対に、」

「分かってますよ~、アルフレッド様! 大丈夫です。私、ちゃんと大人しくしてますっ」

「もしかしたら子犬や子猫ちゃんも来るかもしれない。じゃれつかれても、少しは大目に見てあげてくれ……」

「じゃあ、優しく鼻面を殴ってあげます!」

「いや、だから、殴る前に私に一声かけてくれたら、それでいいから……」


 シャーロットはいまいち理解出来なかったらしく、こてんと首を傾げながら「ん~?」と言っていた。可愛い。ついつい言い含めるのも忘れ、頭を撫でてしまった。また嬉しそうにふしゅんと息を吐いて、もぞもぞと前足を動かす。


「楽しみですねえ、獣人交流会! お義姉様の考えることは一風変わってて面白いです」

「だね。従姉妹とは思えないな……」

「えっ? 似てますよ?」

「えっ!? 一体どこが!?」


 あれから何回か手紙のやり取りをしてみたが、優美な文字でびっしりと、惚気話が(つづ)られていてまいってしまった。彼女の婚約者であるシリルはつい最近、護衛として雇ったばかりだし、毎日顔を合わせるということもあって「そうか。こう見えて夜寝る前、お腹を撫でて貰えないと眠れないのか……」と、ついうっかり呟いてしまいそうになる。


「うーん……。どこが似てるかな?」

「鼻と目元がやっぱり似ていますよ! あと匂いがそっくりです」

「匂い!? 目鼻立ちはいいとして、匂いが……?」

「はい。血が繫がってる方は皆さん、似たような匂いがします。雨の日の森のような香りがするんですけど、お義姉様は」

「へ~。じゃあ、私は? どんな匂いがするんだ?」

「そっ、それはちょっと言えません……!!」

「えっ!?」


 もしかしたら臭いのかもしれない。私が必死でふんふんと、腕や脇の匂いを嗅いでいると、シャーロットが慌てふためく。


「ちっ、違います! 臭い訳じゃなくてえーっと……も~! 恥ずかしいのに! そういうの聞かれちゃうとっ」

「あれ、そうなんだ……?」

「アルフレッド様もその、私がどういう匂いをしてるか、聞かれると恥ずかしくなりません?」

「いや、よく分からないな。申し訳ないが」

「む、無臭ですか!? 私! 一応、今日出かける前に薔薇の花びらにすりすりしてきたんですけど! 毛皮からほんのりと、薔薇の素敵な香りが漂ってきてませんか!?」

「えっ? 薔薇の花びらにすりすりを?」

「はい! お義姉様がまいてくださった薔薇の花びらにこう、裸になってすりすりごろんごろんして、薔薇の良い香りをまとうんです。最近のお気に入りなんです」


 想像してみたらすごく可愛かった。よくよく聞いてみると、どうやらソファーの上に、摘みたての薔薇の花びらをまいて、そこへごろごろと寝転がって香りをつけているらしい。興味が湧いてきたので、シャーロットの両脇に手を差し込み、体を抱き上げてみる。


「じゃあ、ちょっと嗅がせて貰っても?」

「ふぁ、ふぁいっ」


 緊張しているのか、軽く震えていた。可愛い。いつものようにふわふわな頭に鼻先を押し当て、ふんふんと丹念に嗅いでいると、確かにほんのりと薔薇の香りが漂ってきた。もう少し嗅ぎたくなって抱き寄せ、ふわふわなほっぺたにキスしつつ嗅いでいると、シャーロットが激しく震え出した。


「ロッティ? ごめん、嫌だったかな?」

「アルフレッド様ってたまーに、ものすごく大胆になりますよね……!?」

「えっ? そう?」

「お返しですっ! 私も嗅ぎます!」

「えっ? わっ!」


 シャーロットがじたばたと暴れ回り、焦って抱え直せば、いきなり私の耳元にふんっと鼻面を埋めて嗅ぎ出した。くすぐったい。思わず、ぎゅっと強くドレスを握り締めてしまう。


「っふ、ちょっと待ってくれ! ロッティ、くすぐったい、くすぐったいから……!!」

「アルフレッド様も良い香りがします! 木みたいな甘い香りっ」


 ふんふんふんと、容赦なく耳の辺りを嗅がれて、自然と涙が滲み出てきた。くすぐったいのに耐えられなくなり、無理に引きはがせば、つまらなさそうな顔で「ぶーっ、ぶーっ!」と鳴き始める。笑って優しくキスしてみると、ぴたりと押し黙った。可愛い。


「ロッティ、だめだよ。くすぐったいから」

「私もくすぐったかったんです。だから、お返しにしようと思っただけです……」

「ごめんごめん。嫌ならやめるよ」

「いえ、嫌じゃありません。また今度、その、嗅いで欲しいです……!!」


 ただ、そこで恥ずかしくなってしまったのか、また「ふおっ、ふおおおおっ! 言っちゃった! 言っちゃった!!」と叫びながら、膝の上でごろごろ寝転がり出した。どうやら、これも刺激的な行為の内の一つらしい……。


(わ、分からない! でも、今回の集まりは獣人と結婚している、もしくは婚約している人間と獣人限定の集まりだから……。情報交換が出来ると嬉しいな)


 従姉妹のクリスティーナも、シャーロットの兄であるシリルと婚約してから、獣人ならではの習慣に戸惑うことも多いらしく、今回のお茶会を計画した。堅苦しく、獣人と伴侶の皆様のための交流会と銘打っているが、ようするに獣人と、その獣人と結婚、もしくは婚約した人間を招いてお茶とお菓子を楽しみ、普段どう過ごしているのか喋るだけの会だ。落ち着いてきたシャーロットの頭を優しく撫でながらも、ひっそりと溜め息を吐く。


「いいかい? ロッティ。嫌なことをされたらすぐに言うんだよ? 突然殴ったり蹴ったりは絶対にだめだよ? それから、噛んだりなんかも絶対に……」

「アルフレッド様、さっきからそればっかりですね!? 心配しなくても、私はちゃんとご挨拶出来ますっ!」

「それから、獣人専用のお菓子も沢山あるみたいだから、たとえ、誰かがついうっかりお菓子を落としても食べちゃだめだよ? いいね?」

「ふぁい……」

「この前、それで胃が悪くなっただろう? 気をつけてね」

「ふぁ~い……」


 ついこの間、ノエルとオリヴィア嬢を招いてお茶している時に、ノエルがうっかり落としたチーズクラッカーを拾って食べ、案の定、胃を悪くしていた。慌てて取り上げようと思い、口の中に指を突っ込んでみたものの、しょんぼりした顔で「もう食べちゃいました……」と言っていたことを思い出し、苦笑する。窓の外を見てみると、ちょうどパーセル伯爵家に入ったところだった。今日はシャーロットも客人として招かれている。それにやって来る獣人はみんな、本来の姿になって参加する決まりだから、シャーロットが誰かを噛んだり蹴ったりしないか心配だ……。


「まぁ、でも、そんな君が好きなんだけどね……」

「へっ? ほ、本当ですか!? 拾い食いしちゃう私がですか?」

「いや、そうじゃなくて……。ああ、もう、可愛いなぁ!」

「ふぉっ!?」


 たまらず、ひょいっと抱き上げてあちこちにキスをすれば、甘えて「ぷうぷう」と鳴いていた。むっちりふわふわな体を抱き締め、深く息を吸い込めば、幸せな気持ちになれる。


「でも、ロッティ? くれぐれも喧嘩はしないようにね? ああ、仲良く出来るといいんだが……」

「大丈夫ですってば! 私、ちゃんと大人しく出来ます! 拾い食いもしないし、お庭で穴を掘ったりもしません! 勝手にどこかに行ったりもしませんっ! 呼ばれたらすぐに戻ります!」

「うん……。でも、不安だなぁ。そうは言っても、穴掘りに夢中になったら聞かないだろう? 普段はちゃんと聞いてくれるのに」


 普段は呼べばちゃんとやって来るし、虫が沢山いそうな茂みに突っ込みそうになった時も「だめだよ、入っちゃ!」と言えば立ち止まる。でも、他の獣人が沢山いるところに行くのは初めてだから、興奮して聞いてくれなかったらどうしよう……。でも、こちらの心配とは裏腹に、シャーロットは「アルフレッド様に色目を使う女がいたら、徹底的に殴って撃退してやります!」と意気込んでいるし、不安で仕方が無い。


「……やっぱり、首輪とリードつける?」

「へっ!? もっ、も~! またそんなことおっしゃって! 恥ずかしいから嫌ですっ」

「でも、君から目を離したくないんだよ。ロッティ。不安で不安で……」

「もっ、も~! 心配しなくても、私はずっとずっとアルフレッド様のお傍にいますからね?」

「ああ、そうしてくれると助かる……。何かあったらすぐに言うんだよ? いいね?」

「アルフレッド様……!!」


 何故か、感激した様子ですりすりと頭を擦りつけてきた。可愛いと言いながら撫でていると、今度は険しい目つきで背中を擦りつけ、そのあと、私の手の甲と腕にも体を擦りつけ、最後は顎の下に潜り込んで、ふわふわな頭をこれでもかと言うほど、ぐりぐり擦りつけてきた。可愛いは可愛いが、いかんせん、目つきが鋭くて怖い……。


「え、えーっと、ロッティ? 何をしているのかな?」

「マーキングです! 今日は沢山ライバルがやって来ますからね……。匂いをつけておいて、アルフレッド様は私のものだって主張しておきます!」

「そ、そっか。じゃあ、私もしておこう」

「へっ?」

「愛してるよ、ロッティ。そう心配しなくても、君以外の毛皮になびいたりなんてしないさ」


 先程のように抱き上げ、すりりっと頬擦りしてみれば、小刻みに震えながら「ふぁ、ふぉ、ふおぉ~……」と言っていた。もう少しだけ甘い一時を過ごしてみたがったが、残念ながら時間がきたようだ。馬車がゆっくりと速度を落として止まり、じきに扉が開いた。


「ふふふ、いらっしゃいませ! アルフレッド殿下。こうしてお会いするのは、私が可愛いシリル様に出会って以来かしら?」


 玄関ホールにて、出迎えてくれたクリスティーナ嬢は見違えるほど美しく、健康的な女性になっていた。控えめな小粒のパールイヤリングをつけ、綺麗なサテン地の青いドレスを身にまとっている。栗色の長髪も艶が増しているし、こちらを見つめる青い瞳も生気に満ちていた。それに何よりも、初めて会った時の病的な細さが消え失せている。ほっとして笑いかけながらも、シャーロットを床の上におろした。言っていた通り、先祖代々の肖像画がかけてある中央に、私のつたない絵が飾られていて、何とも言えない気持ちになってしまう。


「そうですね。お久しぶりです、クリスティーナ嬢。今日はお招き頂き……」

「ああ、どうぞ堅苦しくならないで? 自分の家のようにお過ごしください。お祖父様もお祖母様も会いたがっていますわ」

「ああ、じゃあ、先に挨拶だけしてきます。ロッティ、行こうか」

「はい! 今日は主催者側じゃなくて、お客さんだなんてちょっと不思議な感じです」

「シャーロットちゃん、またあとでね~」


 クリスティーナ嬢がひらひらと、手を振って笑う。まだこれからどんどん客人が到着するし、その対応に追われて忙しいのだろう。もう部屋に通されているという獣人達に会いたい気持ちを抑えながらも、祖父母に会いに行った。


 その後、興奮し出したシャーロットをしっかり抱きかかえ、ソファーセットと軽食が並べられている部屋へと入る。一斉に、獣人達の視線が集まった。ゆったりとソファーに腰かけた女性の膝にはウサギが、その向かいに腰かけている男性の膝には猫がといった風に、大勢集まった人間の近くに獣人がいる。さらには、壁際の近くにヒョウまでいて硬直してしまった。腕の中のシャーロットが歓声を上げる。


「わぁ! これだけいると圧巻ですねえ~! でも、たとえヒョウであれ犬であれ、私は負けたりしませんよ!?」

「いや、戦いにきた訳じゃないから……。仲良くしにきただけだからね!?」


 不安だ。はたしてシャーロットは、誰とも喧嘩せずにちゃんとご挨拶が出来るんだろうか……。





インフルになったので治るまで更新休みます。

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