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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第三章 ただ幸せな結末へと向かって
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5.題名、ふわふわで愛くるしい君の寝顔

 



 シャーロットがのびのびと、カウチソファーの上で後ろ足を伸ばし、腹ばいになってくつろいでいた。今日は胸元にアンティークレースが重ねられた、濃いピンクのチェック柄ドレスを着ている。出来れば、この小さなリボン付きの帽子もかぶって欲しい……。これは焦げ茶色の小さな帽子に、ピンクのサテンリボンがついたもので、絶対にそのドレスとよく合うし、かぶれば最高に可愛いだろうに、先程から嫌がってかぶってくれない。でも、どうしても諦めきれず、すっかり眠る気でいるシャーロットの頭へそっと載せてみる。すぐさま、鬱陶しそうな顔でぺいっと振り落とされてしまった。


「嫌です! もう眠たいのでねんねします!」

「で、でも、ちょっとぐらい……」

「頭に何か載せるのは好きじゃありません。耳がもぞもぞしちゃいます」

「何がもぞもぞするのかな? レースだったら、今度から外すように言って、」

「お茶会とか、そういう時は頑張ってかぶって行きます。でも基本的に、頭に何か載せるのは好きじゃありませんっ」

「そ、そんな……!! でも、一度ぐらいかぶってみてほし……」


 そう言ったとたん、凄まじい形相でぎょりぎょりと歯軋りをし出した。すっかり癖になっているらしく、私が少しでも嫌なことをしようとしたら、こうして歯軋りして威嚇するようになってしまった。はぁと溜め息を吐き、しぶしぶ諦める。拾い上げた帽子を見下ろしていると、危機は去ったと言わんばかりに、胸元の毛皮を膨らませ、すやすやと眠り出した。可愛い……。


(でも、せっかく作って貰ったのに……。一回ぐらい、一回ぐらいつけてみてくれたって)


 おやつで釣って、かぶせた方が良かったんだろうか? でも、本人は嫌だと言っているのに、無理矢理かぶせるのはちょっと……。ピンクのサテンリボン付きの帽子を見下ろし、また溜め息を吐く。おもむろに顔を上げて見てみれば、応接室の窓にほんの少しだけ青空が映っていた。今日の天気は本当に穏やかで、やけに静かだった。本格的に眠り出したシャーロットが横たわり、ぷうぷうと寝息を立て始める。可愛い。


(良かった。最近はちゃんと、わがままを言うようになってきたな……)


 前まではちょっと堅苦しかった。でも、会う回数が増えてきて、二人でいる時間が長くなるにつれ、遠慮なく言いたいことを言ってくれるようになった。そのことにほっとする。……気を回すのはあまり得意じゃないし、空気が読めていない時もあるから、これをしたい、あれをしたいと言ってくれるのは本当にありがたい。


 ふと、幸せそうな寝顔に見下ろす。思いっきりお腹に顔を埋めて、ふがふがしてみたいが、最悪、寝ぼけたシャーロットに噛み付かれるだろう……。なんとか諦め、苦笑する。獣人は心を許した相手の前でしか、元の姿で眠らない。


(このところ、ウサギ姿でいることが多くて物足りないが……。でも)


 シャーロットが私に心を許してくれている証拠だと思えば、淋しさも少しはまぎれる。でも、人の姿でいちゃいちゃしたいと思っているのは私だけか……。膝を折って目線を合わせ、幸せそうな寝顔を見つめる。ああ、可愛い。ウサギを飼ったかいが……いやいや、だめだ。どうにも飼い主の気分になってしまう。頭を振って、急いで失礼な考えを消し、床から立ち上がる。なんとなく、穏やかな景色が映し出されている窓を見つめた。


「……そうだ。久々にスケッチでもしてみるか」


 兄上が私に教えてくれた。人と関わるのが怖くて怯えていた頃、兄上がよく休憩時間にスケッチブックを持ってきて、花や木の描き方を教えてくれた。兄上は絵が上手くて、この王城を細部まで正確に描いていた。あの緻密(ちみつ)な絵を見て「兄上もストレスが溜まっているんだな」と思い、ぞっとした時のことを思い出して笑う。兄上に出来ないことはなくて、唯一、苦手だったのは自分の気持ちを人に話すこと。今ならそれがよく分かる。それが分かったのは、シャーロットのおかげだ。


 回想に浸るのをやめ、慌てて自室へ行って、スケッチブックと魔術仕掛けのガラスペンを取って戻る。幸いにも、私がいないことに気が付かず、すやすやと幸せそうに眠っていた。


 以前、シャーロットが寝ている間に部屋を抜け出したことがあったが、突然いなくなった私を探し回り、寝ぼけながらも「ぷう、ぷうっ!」と悲しげに鳴いていた。あの光景には胸が締め付けられた。ウサギ姿に戻ると、若干思考がそちら寄りになってしまうらしい。その後、浮気してきたのかもしれないと疑われ、ふんふんと、厳しい顔つきで手のひらを嗅いでいた。可愛いかった。しかし、この城でウサギを飼っている者はいない。


「よし、始めるか」


 カウチソファーの前に椅子を置き、そこへ腰かけてスケッチブックを開く。真っ白な紙を見ていると、心が踊った。さぁ、何を描こうか。でも、まずはシャーロットの寝顔から描いていこう。ガラスペンを振って、黒色に切り替える。このガラスペンの中には濡れた月のような黄金色、ぱりっとしたテーブルクロスのような白色、たわわに実った葡萄色に、淡く色づいた桃の色、白い入道雲を戴いて(いただ)夏の海の色と、よく磨き抜かれたアンティーク家具のような茶色が入っていた。


 もちろん、シャーロットの澄んだ瞳とよく似たグリーンも入っている。幼い頃、ガラスペンの先から滲み出たグリーンを見るたび、瑞々しい初夏の葉を思い出していた。……シャーロットと初めて会った時、新緑を閉じ込めたような瞳だと、そう感じたこともついでに思い出す。眩しい光を含んで、きらきらと、陽に透き通った葉のように光り輝いていた。


(好きなところばかりだな。ああ。起きて欲しいけど、起きて欲しくない……)


 上手く描けるかどうか分からないが、まずは頭から描いてみる。シャーロットへの愛があるなら、綺麗にふわふわと描けるはずだ。失敗は許されないぞと、自分を責めながら描いてゆく。その甲斐あってか、久しぶりに描いたにしては、ふんわりと上手くシャーロットの頭が描けた。それからいつも触っている、愛くるしい垂れ耳を描く。これも上手くいった。シャーロットがひくひくと鼻先を動かしながら、伏せして眠ってくれているから、上手く描けたのかもしれない。横向きじゃなくて良かった。いない間に体勢を変えたらしい。


「次はドレス……いいや、前足か?」


 その時、コンコンと小さなノック音が響き渡った。一息ついたところだったので、心臓が跳ね上がる。彼女を起こさないよう、静かに椅子を離れて扉へ向かった。扉を開けた先で待っていたのは、白いシャツの上から黒いジャケットを羽織ったノエルと、不機嫌そうな顔をした、侍女姿のオリヴィアだった。


「ノエル! それに……オリヴィア嬢も?」

「兄上、お久しぶりです。こんにちは」

「申し訳ありません。突然押しかけてしまい……」

「い、いやいや。大丈夫だよ」


 しずしずと、初めて会った時の険悪さを見事に隠して、オリヴィア嬢が頭を下げる。それを見て、ノエルが気まずそうな笑みを浮かべた。


「ええっと、今、少しだけ喋れますか?」

「もちろん。そうだ、君のお姉様はすやすや眠ってるから、出来れば起こさないで欲しい」

「えっ? そうなんですか?」


 やけに緊張して、ぎこちない歩き方をするノエルに笑いかけ、部屋に招き入れる。そのあとすぐ、私の目の前を通ったオリヴィア嬢がぼそっと、忌々しげに「お義姉様が、私以外の人の前で眠るだなんて……」と呟いたので背筋が震えてしまう。こ、怖い! 許してくれたかと思っていたのに、どうやら違ったらしい。用心しないと、またこの前みたいに舌打ちされてしまう。


「わ、悪いね。人が来ると目を覚ましてしまうかもしれないから、お茶は出せないが……」

「大丈夫ですよ。今日はお礼を言いに来ただけなので」

「お礼を?」


 眠っているシャーロットを見下ろしていたノエルが、こちらを振り返ってはにかむ。一方のオリヴィア嬢は、椅子の上に置いたスケッチブックをまじまじと見下ろしていた。ああ、隠そうと思ってたのに! 笑われる!! すぐさま音を立てずに移動し、さっとスケッチブックを抱え込む。怪訝そうな顔で見つめられた。


「アルフレッド殿下? 今のはもしかして……」

「えっ? どうしたんだ? 何が?」

「あっと……これは、その」


 私が腕に抱えたスケッチブックを見て、ノエルが首を傾げる。流石に見られるのは恥ずかしい。我ながらよく描けているが、それとこれとは別の話だ。照れ臭い。いや、よく描けていると思っているのは自分だけかもしれないし……。青ざめていると、オリヴィア嬢が「ぷっ!」と口元に手を当てて笑った。ああ、苦手だ。これぐらいの年頃の女の子はどうも苦手だ……。ただし、シャーロットはのぞく。舞踏会にもわんさかやって来るんだ、これぐらいの子達が……。落ち込んでいると、私を見てせせら笑った。


「お義姉様の絵を描いていたんですか? 殿下」

「えっ? そうなんですか? 見てみたいです!」

「いやいや……見せるようなものじゃないから。そんなことより、お礼って?」

「ああ、忘れてました。ついうっかり」


 ノエルがへらりと幸せそうに笑い、オリヴィア嬢の腰に手を回す。ぴくりと整った眉が動いたものの、少しだけ照れ臭そうな顔をしていた。ああ、そうか。上手くいったのか、良かった。


「あれから、兄上に教えて貰った通りに動きまして……ようやく受け入れて貰えました」

「良かった、良かった。おめでとう、ほっとしたよ」


 実はあのあと、オリヴィア嬢に冷たい目で「場の雰囲気に流されただけで、付き合うとは言っていません」と言われたらしく、ノエルがショックを受けていた。私も聞いた時、ショックを受けた。そんなことをシャーロットに言われたら、一生立ち直れないような気がする……。でも、ノエルはめげずにこつこつと毎日口説いていった。その結果、ようやく想いが実を結んだらしい。


「でも、義姉上の後押しがあったからプロポーズを受けてくれたらしく……」

「そ、そうか。でも、おめでとう」

「当たり前です。お義姉様の人の目を見る目は確かですもの」

「義姉上と俺、どっちが好き……?」

「お義姉様」


 がっくりとノエルが落ち込み、自虐的な笑みを浮かべる。見ているとひやひやしてしまうんだが、大丈夫だろうか? 本当に……。


「とまぁ、こんな感じでつんつんしてはいるんですけど、二人きりになった時は意外と甘えてきて、あだっ!?」

「やめてください、ノエル様」


 軽く爪先を踏まれていた。ショックだった。いいのか!? ノエル、それで! でも、それでいいらしく、嬉しそうに笑いながら「照れてるんですよ、これで。可愛いでしょう?」と言ってきた。信じられない気持ちでオリヴィア嬢を見てみれば、ぷくっと頬を膨らませ、赤くなりながらも、ノエルのことを睨みつけている。ああ、良かった。いちゃついている恋人同士にしか見えない。ほっとした。ちらりとシャーロットの方を見てみると、すやすや眠っていた。少し淋しいかもしれない。まあ、またあとで、起きた時にでもゆっくりいちゃいちゃしよう。


「それじゃあ、義姉上にもよろしくお伝えください。報告に来ただけなので、俺達はこれで失礼します」

「絵、完成したら見せてくださいね?」

「あ、う、うん……。見せるよ、また。上手く描けたらだけど」


 幸せそうな二人を見送って、溜め息を吐く。私の婚約者はウサギで、今はすやすやと眠っている。描くべきか、もふもふするべきか……。でも、淋しさをぐっと堪え、描くことにした。本当は画家を呼んで描かせたいが、シャーロットが「長時間、じっとしてるのは嫌です!」と言ったため、計画が頓挫してしまった。


 でも、結婚式の時は流石に描いて貰う。それはしぶしぶ了承していた。その時の不満そうな顔を思い出し、笑いながらペン先を滑らせてゆく。今はアンティークレースのなんともいえない、柔らかそうな曲線を描いている最中だ。


(ああ、可愛い……。早く起きてくれるといいんだが)


 でも、起きたら描けないだろう。お菓子を与え続けて描いてもいいが、太ってドレスが着れなくなったら困るし、途中で飽きて、どこかに行ってしまうかもしれないし……。幸運にも、目を覚ます前に描き終えることが出来た。スケッチブックを持ち上げ、ふーっと溜め息を吐く。


「……うん。いいんじゃないかな? さて、どうするか」


 シャーロットに見せようか、どうしようか? でも、彼女なら喜んでくれるような気がした。すぴすぴと、寝息を立てて眠っているシャーロットを覗き込んで笑う。


「ああ、可愛いなぁ。どうして可愛いんだろうなぁ、こんなにも」


 ふわふわで愛しい人。毛皮がぱさついていても好きだよと言ったぐらいで、感動して震えるシャーロット。今までの可愛い顔を思い出し、耐えきれなくなって腕を伸ばした。その毛皮に触れる直前、驚かせないよう「ロッティ?」と名前を呼んでみる。ぱちっと、つぶらなグリーンの瞳が開いた。くああっと、口を開けてあくびをする。


「どうかしましたか? アルフレッド様……」

「ちょっと見て欲しいものがあるんだよ。それとも、まだ眠たいかな?」

「ん~……アルフレッド様がちゅーって、してくれたら起きれるような気がします」

「かわ、かわかわ可愛いっ……!!」

「ふぁふっ!?」


 両手で頬を押さえ、沢山キスをする。彼女からすると大胆な行為らしく、恥ずかしそうに身じろぎしていた。次第に耐えられなくなってきたのか、ぽんっと人の姿に戻る。それまで着ていたピンクのチェック柄ドレスが、品の良いレースと光沢のあるサテンピンクのドレスへと変わっていった。人の姿に戻ったシャーロットが頬を膨らませ、ソファーに腰を下ろしながら、私のことを見上げてくる。ああ、可愛い。やっぱり、人の姿のシャーロットが一番好きだ。


「もーっ! アルフレッド様? これじゃあ、何も見れないでしょう? 私に一体何を見て欲しいんですか?」

「ごめん、ごめん……。でも、見せる前にしたいことがあるんだよ」

「えっ? なんですか?」


 隣に腰かけ、シャーロットの腰に手を回す。額に優しくキスしてみると、くすぐったそうに笑い、胸元に寄りかかってきた。柔らかな茶髪を手で梳かせば、甘い花のような香りが立ち昇る。


「ねえ、アルフレッド様? 何を見て欲しいんですか? これ?」

「そうだよ。開いて見てくれ」


 すぐ目の前の椅子に置いてあったスケッチブックを取って、彼女に渡す。開いて見た瞬間、花が綻ぶような笑顔を浮かべた。……ああ、可愛い。胸がいっぱいでそれしか出てこない。見惚れていると、シャーロットがこちらを見上げてきた。今までにないくらい、嬉しそうな顔をしている。


「今描いたんですよね!? これっ! 素敵です! 家に帰って飾りますっ!」

「えっ!? ま、まあ、別にいいんだけど……」

「一生の宝物にしますね? ふふふ、ありがとうございます。素敵~!」


 思った以上に喜んでくれた。ほっとして笑っていると、ふいに胸元を掴んで引き寄せられ、頬にキスをされた。照れ臭そうに微笑むシャーロットに見つめられ、息が止まる。思わず頬に手を伸ばせば、静かに両目を閉じてくれた。今度はソファーの下に逃げられてしまうこともなく、甘い一時を過ごせて嬉しかった。でも後日、渡した絵を見た叔父上と祖父母が大喜びし、額縁に入れ、玄関の一番目立つところに飾ったと聞いて落ち込んでしまった。


(ロッティだけが見て、大事にして欲しかったんだが……。まぁ、いいか。今度はお祖父様とお祖母様の絵でも描こうかな)







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