3.ウェディングドレス選びとタガが外れた代償
目の前に、白百合がついたウェディングベールが広げられる。裾には精緻なレースが縫いつけられ、向こう側が透けて見えるほど薄かった。それを見て、アルフレッド様と同時に息を吐く。ベールを広げていた仕立て屋のリンジーが、誇らしげな顔をして胸を張った。
「どうですか? シャーロット様! でも、実はもう一枚だけありまして! ほらほら、これこれっ!」
「えっ? まだあるんですか!?」
アルフレッド様に抱っこされたまま、首を傾げていると、ふふんと誇らしげな顔で取り出してきた。それはオレンジの花がついたウェディングベールで、裾のレースはちょうど、三角を逆さまにした形だった。繊細さにはちょっと欠けるけど、オレンジの花に合わせてか、少女らしい可愛らしさがある。
「うーん……アルフレッド様はどちらがお好きですか?」
「悩むな。結婚式と言えば白い花だし、ロッティには純白の百合が似合うだろう。でも、このオレンジの花もロッティのふわふわな茶色い毛皮によく映えるだろうし、さっき、見せて貰った薔薇つきのベールもベールで捨てがたい……!!」
「つまり、決められないんですねえ」
私はどっちでもいいかな~。どのベールも素敵だったし。リンジーがやたらと興奮した顔で、「私はオレンジの花のベールがおすすめです! 瑞々しい感じが出るし、可愛いらしいし!」と力説する。さっきからこれの連続で疲れちゃった。どうしよう? ふしゅんと息を吐いていると、アルフレッド様が私を抱き寄せ、厳しい口調で応戦する。
「いや、しかしだ。結婚式と言ったら白い花だし、ロッティには清楚で純真無垢な白い花が似合う! 白い花に埋もれたロッティを見てみたいんだ!」
「ですが、それだと面白味がないのでは!? オレンジの花のベールの方が新鮮味がありますし、何よりもシャーロット様の茶色い毛皮によく映えます! 可愛らしいんですよ、ほらほらっ!」
リンジーが憤慨した様子で軽く、私の頭へとオレンジの花のベールを被せる。可愛い顔を意識しつつ、前足をちょんと揃えてみると、相好を崩して「可愛い~!」と褒めてくれた。そう、私はどんなベールでも似合うウサギちゃんなの。誇らしくなって胸を張っていれば、アルフレッド様がきゅっと私を抱き寄せ、許しがたいという表情で首を振る。
「可愛い! 可愛いのは認める! が、オレンジの花よりも白百合の方がよく似合うと思うんだ! 荘厳さも出るし、赤いバージンロードによく映える!」
「ですが、オレンジと赤も相性が良くて喧嘩しませんよ!?」
「でも、ロッティが白百合を沢山つけて、ウェディングドレスを着ている姿を見てみたいんだ! 私は! よって、命令だ。リンジー嬢。そのオレンジのベールも素敵だが、私は白百合の方がいい。そうしてくれ」
「はーい……。かしこまりましたぁ」
不満と落胆が入り混じった表情で告げ、溜め息を吐いた。アルフレッド様は譲る気が一切無いようで、険しい表情を浮かべている。二人とも好みがなかなか一致しないらしく、新しいドレスを仕立てる時、ウサギ用のボンネットを買う時、いつもこうやって揉める。
でも、リンジーもアルフレッド様も、どことなくこの議論を楽しんでいるように見えた。半ば呆れていると、夏も終わって涼しくなってきたからか、茶色いツイードスーツを着たアルフレッド様が、そっと私を抱き寄せ、頭のてっぺんにキスをしてくれた。一方で私は花嫁気分を味わうため、真っ白なフリルのドレスを着ている。
「ごめんね? ロッティ。疲れただろう。ちょっと休憩するかい?」
「でも、ドレスをまだ見ていないので……あのう、リンジーさん? ドレスって何着あるんですか?」
「五着です! 私としては十着ぐらい作って持って来たかったんですけど、流石に時間が足りなくて……他のみんなも忙しいし」
今日もばっちり目の下にくまを作ったリンジーが笑い、試作のウェディングベールを折りたたみ、絨毯の上に広げたトランクの中へと入れる。彼女は老舗の仕立て屋の娘らしく、人一倍ドレスや布にかける情熱がすさまじい。甘やかされたくないからと言って家を飛び出し、王都で人気の仕立て屋に勤めるぐらいだ。一筋縄じゃいかない。
「ふぁ~、でも、十着もいらないです……。出来たら、三着ぐらいの中から選びたいです」
「意外だね。その、ロッティはウェディングドレスに興味がないのかな……?」
「ない訳じゃないんですけど、選ぶのがあんまり好きじゃないんです。アクセサリーとかも毎回困っちゃう」
あんまりそういうのに興味がないって言ったら、驚かれることがよくあるけど、実はそんなにない。でも、アルフレッド様をがっかりさせたくないし、無難な返事をしておいた。アルフレッド様が律儀に頷き、力が抜けてきて、どっしり重たくなった私を抱え直す。
「そっか。でも、その気持ちはよく分かるよ。私もついつい、アーサーに任せっきりにしてしまうから」
「でも、私のドレス選びには熱心と言うか、興味津々ですよね?」
「それはもちろん。……ただ、ドレスもベールもロッティの好きなものを選んでくれ。さっきから暴走してしまってすまない」
柔らかく苦笑し、赤ちゃんをあやすみたいに体を揺らした。アルフレッド様の腕の中はいつだって優しくて温かい。
「いいえ、大丈夫ですよ……。どれも素敵でしたから」
いくつものベールを見せられたからか、眠たくなってきちゃった。小さなあくびをしていると、血走った目をしたリンジーがやって来て、「ふふふふ」と不気味に笑う。こ、怖い……。
「さあ、シャーロット様? これを着てくださいませ! シャーロット様の毛皮の良さを生かすため、王族の結婚式に相応しい格式の高さと、ほんのりと甘さが香るクラシカルさを詰め込みました! ですが、若々しさを失い、伝統を重んじるあまりにつまらなく、古臭い感じにならないように気をつけましたっ!」
「す、すごく頑張ってくださったんですね……!? ありがとうございます。では、着てみますね?」
「じゃあ、私が」
アルフレッド様が絨毯の上に私を置いて、にっこりと甘く微笑みかけてくれる。は~、素敵! でも、ちょっと恥ずかしいかも~。着替えさせて貰うのは。もじもじしつつお尻を向けると、丁寧にお腹へ手を回して、貝ボタンを外す。普段のドレスは私のふわもこお腹が隠れてしまわないよう、開いていた。それから、ウェディングドレスの袖に前足を通して貰い、ついでにさっきの白百合ベールもかぶせて貰う。絨毯の上でむんと胸を張った私を見て、リンジーもアルフレッド様も感動したように、ぷるぷると小刻みに震え出す。
「かっ、可愛い!! 可愛いよ、ロッティ! よく似合ってる!!」
「良かった、徹夜で仕立てたかいがありました~……!! シャーロット様、素敵ですよ! すっごく可愛い~」
「本当ですか!? 国一番の毛皮美女ですかっ!?」
着せて貰ったウェディングドレスのトレーンはゆったりと長く、美しい光沢を放っていた。これは妖精が織った布で、何とも言えない、真珠のような光沢を放ちながら、あえやかな虹色をまとっている。その輝きと艶を生かすため、トレーンに仕立てたのかもしれない。
歩くたび、お腹から腰にかけての生地がなめらかに流れ落ち、うっとりするような艶を放っていた。胸元にはアンティークレースが重ねられ、仕上げに、大きな白いリボンがつけられている。確かに品がありつつも、可愛らしい感じのドレス! はしゃいで、とてとて走り回っていると、アルフレッド様が手を叩いて喜んでくれた。
「可愛い~……!! 国一番どころか、世界で一番の毛皮美女だよ! おいでおいで~?」
「アルフレッド様ぁ~!」
可愛さを意識した走りで駆け寄ると、でれっとした顔で優しく抱き上げてくれた。アルフレッド様、ちょろい! やっぱり、ウサギ姿の方がより可愛がってくれるような気がする……。むふむふいいながら、腕の中に収まっていると、リンジーがほっとしたように笑う。
「いかがですか? シャーロット様。このドレスは。少し大人な感じに仕立ててみましたが」
「気に入りました! でも、次のも着たいです」
「良かった。ようやく乗り気になってくれたね? ロッティ」
「でも、アルフレッド様に沢山可愛いよって言って欲しいので、アルフレッド様から見て、最高だと思うウェディングドレスにしたいです」
「かわっ、かわ、可愛い~……!! 愛してるよ、ロッティ! でも、気にせず自分の気に入ったものにするんだよ!?」
「いちゃいちゃはっ、人前でそんなにいちゃいちゃはちょっと!」
アルフレッド様が頭に、ちゅっちゅっとキスの雨を降らせてきた。恥ずかしくなってもじもじしていると、素晴らしく実験に役立つ動物を見つけたとでも言いたげな、狂った科学者の顔をしたリンジーが、新しいウェディングドレスを持ってにじり寄ってくる。
「さぁ、着てくださいませ! これも! 人型のもあるんですからね!?」
「そ、そうでした……。人の姿のも着てみなくちゃ、ちゃんと」
「それも楽しみだなぁ。でも、大丈夫。ロッティならどれもよく似合うよ」
私の不安を察したのか、アルフレッド様がそう言って慰めてくれた。私はお肉が、無駄なお肉が気になってるだけなので……。採寸した時よりも太ってたらどうしよう? でも、今、ウサギ用のドレスが入ってるから大丈夫かも? ひとまず不安は横に置いておいて、次のドレスを着てみる。
次のドレスはびっくりするぐらい、ふわふわで可愛いものだった。わずかに金色がかったシフォン素材のフリルが胸元を彩り、ところどころ、ピンクの可愛いリボンが顔を覗かせている。背中にもピンクの大きなリボンがついていた。腰から尻尾にかけては、メレンゲのようにふわふわな生地がこれでもかと言うぐらい、可憐に盛り上がっている。
「すっ、すごい! これにっ! これにしよう! と言いたいところだが、結婚式に相応しくはないな……」
「申し訳ありません、アルフレッド殿下。この可愛さを前にしたらそんな常識、吹っ飛ぶとは思いませんか!? 確かに王族の結婚式には相応しくないドレスかもしれませんが、シャーロット様のむっちりふわふわな愛くるしさを生かすのはこのドレスのみですっ!」
「違いない」
(変な分かり合いをしている……)
でも、ふわふわすぎてちょっと動きにくいかも。毛づくろいしにくい……。私が居心地悪そうに、くるくる回っていると、アルフレッド様が慌てて「ああっ、ごめんね? 窮屈だったよね?」と言って駆け寄ってきてくれた。脱がせて貰い、次のドレスに着替える。
次のドレスはオレンジの花が胸元に飾られ、品のあるレースが重ねられたものだった。ああでもない、こうでもないと話し合い、また次のドレスに着替える。試着を終える頃には、すっかり疲れ果てていた。結婚式準備、もうちょっと楽しいものかと思ってたのに……。人の姿に戻って、アルフレッド様の膝の上で腹ばいとなる。
「は~……疲れました! くたくたです」
「お疲れ、ロッティ。ごめんよ? あれこれ着せてしまって」
「いえ……。でも、一生分褒めて貰ったような気がします」
結局時間がなくて、人型のドレスを着るのはまた今度になっちゃった。ああ、もう一度あれを繰り返すのかと思うと、気が滅入っちゃう……。私の頭上で優雅に紅茶を飲んでいるアルフレッド様は、お肌もつやつやしてて元気そう。一体どうして? 私はこんなにも疲れてるのに……。ごろりんと寝返りを打ち、仰向けに寝そべる。最近はついついこうやって、ウサギ姿の時みたいに甘えちゃう。
「そっか。アルフレッド様はウェディングドレス、着ないんですよね……?」
「えっ!? き、着て欲しいのなら着るけど?」
「いえ。少し羨ましくなっただけです。疲れました」
重たいまぶたを閉じて、まどろむ。アルフレッド様が優しく微笑み、紅茶のカップをソーサーへ戻してから、頭をゆっくりと撫でてくれた。いつもいつも、私を撫でてくれる時は優しく微笑んでくれるから、見なくても想像出来る。少ししてから目を開けると、アルフレッド様の顔が飛び込んできた。目が合うとまたいっそう、幸福そうな、愛おしそうな笑みを浮かべる。
そうだ、私。ずっとずっと、こんな笑顔を傍で見ていたかったんだ。ようやく叶ったけど、なんだか変な気分。現実味が湧かない。手を伸ばして、その頬に触れると、また少しだけ笑った。海のような青い瞳が細められ、私の手に手を重ねる。
「アルフレッド様……。嬉しいです、私。こうしていられるのが」
「私も同じ気持ちだよ、ロッティ。すまない、無理をさせてしまって」
「いいえ。でも、その」
「ん?」
「……やっぱりいいです! 帰ります!」
帰って、新しく家族となったパーセル伯爵家の人達と話そう。最近では、ローランド叔父様と一緒に朝のお散歩をしている。でも、同じ屋敷に住んでいるんだから仕方ないけど、その途中、浮かれてお義姉様と散歩しているお兄様を目撃してしまった。まさか、シリルお兄様が女性に首輪をつけられ、喜んでお散歩する日がやって来るとは……。私が慌ててソファーから立ち上がり、扉へ向かうと、急に後ろから手首を掴まれる。気が付けば、アルフレッド様に後ろから抱き締められていた。
「あ、あの? アルフレッド様……?」
「ロッティ、言ってくれ。ちゃんとするから」
「へっ? ど、どうしてですか? 何をですか?」
「いや、不満そうというか、不安そう? かな……。何かを言いかけてたみたいだから、それで」
アルフレッド様は気を抜くと、私に捨てられると思い込んでいるらしく、必死だった。でも、そんな繊細なところが好き。誰も気付かなくて、気が付いたとしても、嫌がって遠ざけていた繊細な部分。そんなところを見つけて、私が拾い上げて大事にしているんだと思うと、嬉しくなるし、なんだか口の両端がもぞもぞしてしまう。笑って、アルフレッド様の腕に手を添えた。
「その……アルフレッド様は、ウサギ姿の私の方が好きみたいだし。でも、アルフレッド様の言う、いちゃいちゃをちょっとだけしてみたくなったんです。だけど、恥ずかしくて言い出せなくなってしまって」
「今すぐしよう、いちゃいちゃ!」
「あっ、はい……」
勢いが怖い。舞踏会で踊っている時のように、くるりと体を回してから、私の両肩を掴んできた。ごくりと息を呑み込めば、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「ごめん、ロッティ。まだまだ制御出来る気がしなくて。ウサギ姿だと、そういう気も起きないから……」
「へっ!? あれは私に欲情しての行為じゃなかったんですか!?」
「よっ、よく……!? う、うん、分かった。なんとなく。子犬も他のウサギも全部、もふもふしちゃだめだって言う理由が分かったような気がするな……。今の発言で」
「でも、ちょっとぐらいならいいですよ? ちょっとぐらいなら」
拗ねて許可すれば、妖艶に微笑み、指の腹でくちびるをなぞってきた。あっ、もう限界かもしれません……。胸元に手を添え、見上げてみる。アルフレッド様がゆっくりと、嗜虐的に青い瞳を細めた。
「……うん。今度からは逃げたい時、この姿で逃げますね……?」
「ごめん! ロッティ! 調子に乗りすぎた! 私が悪かったから、ソファーの下から出てきてくれないか!? 頼む!」
暗く狭いソファーの下に潜り込んで、威嚇のため、ぎょりぎょりと歯軋りしていると、床に這いつくばり、こちらを覗き込んでいるアルフレッド様が今にも泣き出しそうな顔で謝ってきた。恥ずかしいから嫌だって言ったのに、あちこち触るからですよ。アルフレッド様……。
「ロッティ、ごめん! 悪かった! もう二度としないから! 頼むからソファーの下から出てきてくれないか!?」
「嫌です……」
「出ておいで~? ごめんよ、ロッティ」
強引に伸ばしてきた手をあむっと噛めば、攻撃だとみなされなかったのか、「可愛い~!」と嬉しそうに言い始めた。腹が立つので、今度は前足でぱんっと殴ってみる。痛かったのか、「いたっ!?」と言ってすぐに手を引っ込めた。
「ああ、どうしよう? アーサー……。ロッティが出てきてくれないんだ。もうこのまま、ウサギになってしまって、二度と私と喋ってくれないかもしれない……」
「落ち着いてください、アルフレッド様。簡単な話ですよ。シャーロット様? りんごのパウンドケーキがありますが、食べますか?」
「食べまーすっ! わーい!」
「えっ? ああ、りんごに負けたんだな? 私は……」
「勝ち負けの問題ではないかと。アルフレッド様」




