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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第三章 ただ幸せな結末へと向かって
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2.申し訳ないけど、一番愛されてるのはこの私です!

 




「むおっ!? おっ、おっ! むふぉあっ!?」


 汚れが目立たないよう、赤と黒のフリルドレスを着た私の顔をべろべろと、子犬にしては大きい子犬達が遠慮なく舐め回していた。体をよじって床に伏せしても、遠慮なく上からべろりんべろりんと、私のふわふわな頭を舐めてくる。アルフレッド様の下へ逃げ出そうとした瞬間、ぼてっと前足が降ってきて、私の頭を押さえにかかったので、子犬ちゃんとは言えども許せなくなった。なので、子犬達の顔や鼻面やらをめちゃくちゃに蹴り飛ばす。


「ぬおああああああーっ!! キーッ!!」

「あ、ろ、ロッティ!?」


 その途端、きゅうんきゅうんと悲しげに鼻を鳴らした。まったくもう! しつけがなってない! 私が苛立って、きゅうきゅう鳴きながら下がっていった子犬の鼻を思いっきり殴ろうとした瞬間、アルフレッド様が慌てて抱き上げてきた。アルフレッド様は子犬どもをもふもふする気満々なのか、地味なダークブルーのジャケットにベージュ色のシャツを合わせていた。


「むぁーっ! 離してください、アルフレッド様! あいつらにどちらが上か分からせてやるんですっ! てやっ!」

「おち、落ち着いて!? ロッティ! ごめんよ、もう少しちゃんと見てれば良かったね……」


 腕の中でじたばた暴れ回っていると、アルフレッド様が「よしよし、どうどう」と言いながらも、顎の下を優しく掻いてくれた。太い指先が顎の下に埋められ、もすもすと丁寧に地肌を掻いてゆく。次第にうっとりしてきた私を見て、アルフレッド様がほっとしたように笑いながら、抱え直した。


「よしよし、お利口だね? ロッティ。ごめんよ、助けるのが遅くなってしまって」

「はふ~……アルフレッド様ったらも~」

「ごめんごめん。次からは気をつけるよ。でも、相手は子犬ちゃんだし、出来たら許してあげて欲しい」


 私をいっそう抱き寄せ、ふわふわと頬擦りをしてきた。はっ、恥ずかしい! こんなっ、こんなっ、オリヴィアとノエル殿下の前で! いちゃいちゃするだなんて! おそるおそる、目の前に立ったオリヴィアを見てみると、ほっとしたように息を吐いた。ノエル殿下の侍女になったので、金髪をきっちりまとめ、質素な黒いドレスの上から白いエプロンをつけている。でも、顔色も良いし、心なしかいつもより表情が明るい。


「申し訳ありません、お義姉様。まだまだやんちゃで、この子達」

「ふん! まぁ、アルフレッド様に免じて許してあげるからいいんだけど! も~、毛皮がよだれでべっちゃりしちゃった……」

「でも、可愛かったよ。子犬とたわむれてるロッティは」

「たわむれ……?」


 たわむれていたと言うより、格上である私の命令に逆らったから、殴って蹴って指導しただけですが……。でも、アルフレッド様がにこにこと嬉しそうに笑ってらしたから、場の空気を読んで「遊んであげました~!」とだけ言っておく。


 そんな私を見て、オリヴィアが困ったように微笑みながら、背後の壁際に立っているノエル殿下を振り返った。白いシャツの上から、薄いベージュ色のジャケットを羽織ったノエル殿下は、顔色が亡霊のように白く、緊張しているのか、さっきからずっと震えっぱなしだった。そして、壁に背中をつけたまま、じっと足元を見て動かない。今日は雨が降っているし、そうしていると本当に亡霊みたい。


「ノエル殿下? せっかく、アルフレッド殿下が遊びに来てくださったのに……。失礼でしょう? それに、お会いするのを楽しみにしてらしたのに。もっとこっちへ来て、喋ったらいかがですか?」

「……」

「申し訳ありません、とんだ失礼を。緊張するとああなってしまうんです、いつも」


 オリヴィアが深々と頭を下げると、びくりとアルフレッド様が肩を揺らして、遠慮がちに笑う。


「ははは。ま、まあ、大丈夫……」

「そっくりですねえ、アルフレッド様と。ああして立っているのを見ると、亡霊にしか見えませんけどね! 王子様じゃなくて!」

「昔はあんな感じじゃなかったんだが……」

「昔って何歳ぐらいの頃ですか?」

「二歳から四歳」

「それは……性格が変わってても不思議じゃありませんね」


 アルフレッド様が苦笑しながら溜め息を吐いて、ノエル殿下の方を見つめる。ノエル殿下の顔にゆっくりと絶望が広がって、おもむろに背を向け、壁へと額を押し付けてしまった。そのまま沈黙する。流石のアルフレッド様も戸惑い、首を傾げていた。


「ただ、ノエルの母親がうるさくなってね……。ブレンダ夫人と呼んでいたんだが、ブレンダ夫人は何故か私を目の敵にしていて」

「ノエル殿下がおっしゃるには、寵愛を受けていたマルティナ夫人に嫉妬してのことなんじゃないかと」

「ああ、それはあるだろうね。でも、父上は結局、母上亡きあとも夫人の下へは通っていたし……」

「甘いですねえ、アルフレッド様は!」

「そうかなぁ」

「女の嫉妬心を甘く見ちゃだめですよ? ちっちっ!」


 私がむんと胸を張って言えば、聞いていないのか「可愛い~!」と叫んで抱き締めてくる。も~! あんまり義妹の前でいちゃいちゃしたくないのに~。もぞもぞ動き回っていると、ようやく、壁から額を離したノエル殿下を睨みつけ、オリヴィアがそちらへゆく。アルフレッド様もそれに合わせ、私の毛皮から顔を上げた。


「ノエル殿下? あまり時間も無いんですから、喋りたければ早くこちらへいらしてくださいな!」

「いや、でも、だって……」

「ほら、この子でも抱っこして!」

「わっ」


 心配して尻尾をふりふりと振りながら、足元に近寄ってきた子犬を抱き上げ、ノエル殿下の胸元へ押し付ける。しぶしぶといった様子で抱きかかえてたけど、すぐに耳へ鼻を突っ込まれ、「くすぐったいって!」と言いながらも嬉しそうに笑っていた。そんな異母弟を見て、アルフレッド様もほっとした顔をする。


「良かった。あれなら幻滅されないな……」

「幻滅されちゃう前提なんですか?」

「ああ。でも、向こうの方が緊張してるし大丈夫だ。きっと大丈夫、大丈夫」

「震えてますよ、アルフレッド様も……」


 私を抱き締めながら、かたかたと震えていた。どうして兄弟なのに、お互い震え合っているんだろう。それとも、兄弟だから……? 首を傾げているとオリヴィアに連れられ、紙のような顔色をしているノエル殿下がやって来た。極度に緊張しているのか、満足げな子犬ちゃんを抱っこしたまま、頭を下げて「おはようございます」と言ってきた。でも、今はお昼ですよ……。


「そう緊張しなくてもいい、ノエル。久しぶりだな、ようやく会えた」

「申し訳ありません、兄上。俺の母親が……」

「いや、いい。気にしなくて。夫人が勝手にしたことだし、お前が関与していないのは知っている。幸い、そこまで大事にはならなかった」

「もったいないお言葉を……」


 両手でしっかり子犬を抱き締めたまま、深く頭を下げ、こっちを見ようとしない。アルフレッド様を見上げ、「ふんふん!」と鼻を鳴らしながら、ぐいっと顎でノエル殿下を指し示す。困惑して、私とノエル殿下を交互に見てたけど、意を決して頷き、私をぽんとノエル殿下の頭の上に置いた。艶やかな黒髪頭を、前足で優しくぽふぽふと叩いてあげる。


「えっ? これ、ちょっ? 義姉上!?」

「アルフレッド様も同じぐらい緊張してましたよ? だから大丈夫です! 安心なさってください!」

「ロッティ……」

「さぁ、こっちに来て喋りましょうか! あまり時間もありませんからね!」


 紺色と白の花模様が描かれた絨毯の上に座り、ひっきりなしに近寄ってくる子犬四頭とたわむれながら、ノエル殿下と向かい合う。母親がこの国の出身じゃないからか、ノエル殿下の部屋には異国風の家具が並べられていた。煌いているけど、落ち着いた黄金色のカーテンに、巨大でカラフルなモザイクシャンデリア。家具は黒に近いダークブラウンで統一され、子犬のためなのか、あちこち白いタオルやおもちゃが散乱している。


 そんな中で異母弟に合わせ、絨毯へ座ったアルフレッド様は、近寄ってくる子犬を触りたそうにしてたけど、私がその度、ぎょりぎょりと歯軋りをして追い払うからか、ひっそりと溜め息を吐いて諦めていた。もちろん、私はアルフレッド様のお膝の上に座っている。オリヴィアは少し離れたところで待機していた。誘ったんだけど、「いえ、そのような……」と言って遠慮されてしまった。


「それで、彼女はぜんぜん俺のことを信じてくれなくて……」

「そうか、それは辛いな。ロッティはすぐに信じてくれたからなぁ。そういう風に悩んだことは一度も無いから、アドバイスのしようがない」

「羨ましいです、兄上が……」


 一通り近況報告を終えたあと、何故か恋愛相談が始まってしまった。へっ、へっ、へっと息を荒げ、私を見つめていた子犬の鼻面を殴ってやろうと思って、勇ましく腰を上げた瞬間、アルフレッド様が頭を撫でてきた。ついついうっとりしてしまい、闘争心がどこかへいく。子犬は控えめに尻尾を振りながら、私に向かってお尻を上げていた。足元にはボールが転がっている。


「ただ、もう少しオリヴィアのことも考えてやってくれ。その、ノエルのことがまだ好きじゃないみたいだし、ひたすら婚約を迫るのはちょっと、」

「じゃあ、どうしたらいいですか? 兄上はどうやって義姉上の心を射止めたんですか?」


 聞かれたくないことなのか、ちらりと後ろの方に立っているオリヴィアを振り返った。慌てて顔を正面に戻しながら、声を潜めて告げる。


「ちょっと卑怯かもしれないが、振られたら死ぬと言って脅した。まともな口説き方じゃなかったんだ……」

「なるほど、勉強になります」

「だっ、だめです! お手本にしちゃだめです!」


 大真面目な顔でノエル殿下が頷いた。も~、アルフレッド様ったら! 恋愛アドバイスとしては、最低最悪もいいところなのでは……? 溜め息を吐いて見上げてみると、ノエル殿下がちょっとだけ笑って見下ろしてきた。顔だけはいい、この王子様。


「あのですねえ! ヴィーは意外とさっぱりした性格なんですから、そんなこと言ったら引いちゃいますよ?」

「じゃあ、どうしたらいいですか? 義姉上」

「そうだ、ロッティの方からもこう、上手く本音を引き出して……」

「ヴィー! ちょっとこっちに来て! ノエル殿下のこと好きー?」

「義姉上っ!?」


 だって、こうやって聞いた方が手っ取り早いんだもの! 非難がましい目で見られたから、きゅっと両目を閉じる。すぐさまオリヴィアがやってきて、冷徹な顔で言い放った。


「嫌いではありませんが、好きでもありません。間違っても恋人にはなりたくありません」

「いや、妻に……」

「無理です。他を当たってください」

「どうしよう? 首を吊って死ぬしかありません、兄上……」

「その気持ちはよく分かるよ、ノエル」


 よろめいて肩にしがみついてきたノエル殿下の頭を、アルフレッド様が気の毒そうな顔してぽんぽんと撫でる。うーん、やっぱり兄弟ですねえ。意地悪陛下よりもよっぽど、兄弟らしさが出てます。私は引き続き、つんと澄ました表情のオリヴィアを見つめる。すると、気まずそうに眉をひそめた。知ってる。ヴィーがノエル殿下のことを、口で言うほど嫌っていないってことを。


「ねえ、ヴィー? 本当に本当に言い寄られるのが嫌なら、私の屋敷で働かない?」

「えっ、そんな……!!」


 ノエル殿下が絶望的な声を出す。でも、オリヴィアも予期せぬ提案だったのか、深い紫色の瞳を見開いていた。アルフレッド様が焦って交互に、ノエル殿下と私を見つめてくる。


「嫌なら離れたらいいのよ? でも、ヴィーは離れたくないんでしょう? ノエル殿下から」

「どちらかと言うと、その、私は子犬目当てで近付いただけで……」

「地位目当てですらないんだ……」

「王子妃なんて面倒臭そうだし、興味はありません。それに何よりも、お義姉様とアルフレッド殿下の前で可愛い子ぶっているのが嫌です」

「別に、可愛い子ぶってなんか……」

「ぶっています! もう、いつもはこんな感じじゃないんですよ? 私のことからかってばかりで、常に皮肉げな顔をしてるし!」


 それ、好きな子にしてしまうやつなんじゃ……? アルフレッド様と二人でまじまじ見つめると、不機嫌そうに顔を赤くさせてうつむいた。も~、何人もの女性と遊んでポイ捨てしましたみたいな顔してるのに、意外とピュアでお子様なんだから! ふんふんと鼻を鳴らし、胸を張っていると、いきなり子犬が飛びついてきた。わらわらと集まってきたので、慌てて、アルフレッド様が私を抱っこして立ち上がる。


「ま、まあまあ、オリヴィアもまんざらではなさそうな様子だし、ゆっくり時間をかけて、好きだってことを示していくしかないな!」

「兄上……」

「ヴィー、とりあえず付き合ってあげたら? つまんなかったらやめれば?」

「ひっ! ロッティ!? なっ、なんてむごいことを……!!」


 アルフレッド様が私をきゅっと抱き締め、「私も捨てられる、飽きられる」とぶつぶつ呟き出した。かろうじて私が聞き取れるほどの小声だったので、ノエル殿下とオリヴィアはまるで気付いていない。アルフレッド様の心のケアは後回しにして、オリヴィアを見つめてみると、拗ねたようにくちびるを尖らせる。


「じゃあ、お義姉様がアルフレッド殿下と別れたら付き合います」

「……」

「嫌だからな!? 絶対に絶対に別れないからなっ!?」


 物言いたげな目をして、振り返ったノエル殿下を見て、アルフレッド様が必死にふるふると首を横に振った。まったく、ヴィーったらもう、素直じゃないんだから! 両者とも深い溜め息を吐き、真剣な顔をして対峙した。


「じゃあ、兄上と俺、どちらかが死ぬしかないということですね……?」

(この兄弟、どうして振られたら死ぬ前提なの……?)

「そうだな。その通りだ」

(その通りなんだ……)


 どうしたらいいのかよく分からず、戸惑っていると、おもむろにオリヴィアがひょいっと私を抱き上げた。私という、極上のもふもふウサギちゃんを奪われたアルフレッド様が「ああっ!」と悲痛な声を上げる。久々だわ、ヴィーに抱っこされるのは。満更でもない様子で、腕の中に収まった私を見つめ、アルフレッド様が絶望的な顔をする。きっとこれは、捨てられると思ってる顔! あとでちゃんとしようっと、心のケア。


「お義姉様」

「ん? どうしたの? お姉様はちゃんと分かってますよ! ヴィーがノエル殿下のこと、実は好きだってこと!」


 ふすふすと鼻先を動かしながら見上げてみると、困ったように、照れ臭そうに微笑んだ。その微笑みは大人びてるけど、恋する女性らしい可愛さに満ちている。今までで一番良い顔をしていた。


「じゃあ、お義姉様がキスしてくれたら付き合います」

「ふふふ、も~。ヴィーったら、素直じゃないんだから!」


 オリヴィアが私を抱え直し、うっとりと紫色の瞳を細めた。口元には笑みが浮かんでいる。ぽふっと前足を胸元に置いてから、軽くキスしてあげると、「お義姉様っ! 大好きです!!」と叫びながら、あちこちにキスしてきた。もみくちゃにされつつ笑っていると、無表情のノエル殿下が呟く。


「なんだろう? 全てにおいて負けた気がする、義姉上に」

「ま、まあまあ、でも、あれも照れ隠しだろうから……」









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