番外編 それぞれの話の後日談
<5.足も拳も、涙も出るウサギ令嬢 話し合いの途中で>
「……そうだ、アルフレッド様。浮気してませんよね?」
「も、もちろん。ルーナ嬢はウサギの姿で言い寄ってきたが、私は指一本、あっ」
「あってなんですか!? もふもふしたんですか!? もふもふは立派な浮気ですよ!?」
「い、いや、膝の上に乗ってきたから、抱き上げておろしただけで、」
「キーッ! あの女!! わざわざそんなっ、商売女みたいなことをしてっ!」
「ろ、ロッティ。落ち着いて……」
途中からウサギ姿になって、ソファーの上でごろごろ転がり出した。ど、どうしよう。本当に触ってはいないし、人の姿になった時も急いで離れたんだが……。花のような淡いピンク色のドレスをめちゃくちゃにしながら、「キーッ!」と鳴いて転がり回っている。伸ばした手は虚しく、空中で止まっていた。
(ああ、この様子だと、人の姿で迫られたことは言わない方がいいな……)
ふしゅふしゅと鼻息を荒くさせ、ようやく落ち着いたロッティの頭を撫でながら笑いかける。何はともあれ、嫉妬して貰えるのは嬉しい。
「ロッティ? 大丈夫だよ、本当に何も無かったから」
「証拠は? 嗅がせてください」
「かがせ……?」
「アルフレッド様の手を嗅がせてください! ほんのちょっと触ったぐらいなら、べったりとあちこち匂いがついてないはずです! こう見えて、ウサギは嗅覚が鋭いんですよ!?」
「それで君が安心出来るのなら、喜んで」
手を差し出すと、シャーロットが鋭い目つきでふんふんと嗅ぎ出した。これで信じてくれるといいが……。ヒゲが当たってくすぐったい。可愛い。思わずにやけてしまった。
「……ふん。確かにちょっとだけ匂いが残ってる程度ですね」
「だろう? もふもふしてないよ、大丈夫」
「抱っこしたかもしれません! 胸元も嗅がせてください!」
「どうぞ」
信じてくれないなぁ。でも、可愛い。ソファーへと腰かければ、すぐに飛びついてきて、胸元を激しくふんふんと嗅ぎ出した。か、可愛い。ここで抱っこして、ふがふがすれば怒り出すだろうか……。耐えなくては。目の前で魅惑のふわふわ毛皮が揺れ動いていた。
(生殺し状態だ……)
でも、本音を言えばルーナ嬢の毛皮に触ってみたかった。あのむっちりふくふくした黒い毛皮。彼女がもふもふを「浮気!」と言わなければ、もふってみたかったんだが……。膝の上に乗って、私の胸元を丹念に嗅いでいたシャーロットが「ふすん!」と鼻を満足げに鳴らしてから、離れる。
「抱っこはしていないみたいですね!」
「抱っこもキスもしてないよ……」
「じゃあ、次はお顔も嗅がせてください! 浮気確認です!」
「分かった。ええっと、どうすればいいのかな?」
「抱っこしてください、抱っこ~」
「可愛い~! するよ、する! いくらでもするよ!?」
つぶらなグリーンの瞳に見つめられ、だらしなく頬がゆるむ。ああ、可愛い。丹念に嗅いでいるところも可愛かった。笑いが止まらない。彼女の両脇に手を入れ、抱き上げる。信じられないぐらい、しっとりとしていて、ふわふわな毛皮に覆われた。そのままキスをするみたいに、彼女の顔にくちびるを近づける。すぐに鋭い目つきとなって、口の周りをふんふんと嗅ぎ出した。
(く、くすぐったい。可愛い!! こっ、このままキスしてしまいたいんだが……!!)
耐えろ、耐えろ。これもキスしていないことを証明するためだ。耐えろ! 己の邪心に打ち勝つため、両目をかたく閉じて耐える。その間中ずっと、シャーロットがふんふんとくちびる、鼻の下、顎先とあちこちを嗅ぎ回っていた。くちびるに柔らかくて短い毛が当たる度、もどかしい気持ちにさせられた。キスしたい、キスしてしまいたい! 暴れ回る衝動をなだめすかして、ひたすらじっと耐える。
「ろ、ロッティ? もういいかな……?」
「ちょっと待ってください、アルフレッド様! お腹に顔を埋めていないかの確認です。おでことまぶたの辺りも嗅ぎます!」
「わ、分かった……」
ああ、可愛い。ウサギ姿のシャーロットを抱き上げているのに、何も出来ないとは。もどかしい、触りたい。思いっきりキスをして、恥ずかしがるシャーロットのお腹に顔を埋めてふがふがしたい……。何とか耐えて両目をつむっていると、おでこを嗅いでいたシャーロットが突如、もふっと前足を添えてきた。肉球がない、ふわふわの前足が頬へと添えられている。
(かっ、可愛い!!)
耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ……。何回も呪文を唱えて耐える。ああ、主よ。私が我を忘れて暴走しないように、どうかお見守りください。だが、神に祈ったとしてもこの愛おしさと衝動は消えやしない。今すぐ抱っこをして、キスしまくりたい。そろそろ限界を迎えそうなその時、シャーロットが「ふすん!」と鼻を鳴らしたあと、今度はまぶたを嗅ぎ始めた。ふしょふしょふしょと、短くて柔らかい毛がまぶたに当たる。とうとう、理性が崩壊してしまった。
「ご、ごめん! ロッティ、限界だ!」
「えっ? ふぉっ!?」
驚く彼女を抱え直して、思いっきりキスをする。澄んだグリーンの瞳をまん丸にしていた。ああ、可愛い。耐えきれなくなって、ソファーへとおろす。逃げられないよう、両手でふわふわな顔を包み込み、心ゆくまで何度もキスをした。その額に、口元に、今まで感じていた愛おしさをぶつけるがごとくキスをする。
「あるっ、アルフレッド様!? そんなっ、大胆な!」
「ごめん、ロッティ。我慢出来ないんだ、許してくれ……」
「ふぉふーっ!?」
手荒な動きで引っくり返し、そのお腹にもふっと顔を埋める。ああ、たまらない! もっと早くにこうしたかったんだ。鼻から深く息を吸い込み、甘い香りで胸を満たす。
「ああ、幸せだ~……。可愛い、可愛いよ! ロッティ!!」
「あっ、あの、恥ずかしいのでもうその辺で……」
「ごめん、まだ物足りないんだ。可愛い。好きだよ、ロッティ。大丈夫だからね? 本当に浮気してないからね?」
「ふぁふんっ」
両手の指先をふくふくとした毛皮に埋め、地肌をマッサージする。笑いかけながらそうしていると、次第にうっとりした顔になってきた。目が潤んでいる。
「アルフレッド様ぁ~……気持ちいいです! もっとしてください、もっと~」
「う、うん。ええっと、ここかな?」
「ふぁふ~……。好きです、そこも!」
「良かった」
ごろりんと横に寝そべったシャーロットを見て、耐え切れなくなり、また何度もキスをする。両手で顔を押さえて、夢中でキスしていると、照れ臭そうに前足をぱたぱたと動かした。
「も~! まだ明るい内から大胆ですねぇ! アルフレッド様ったらも~」
(ただのもふもふなんだけどな……。まぁ、ロッティがいちゃいちゃだと認識しているのなら、それでいいか)
<10.お兄様の好みは胸が大きい年上の美人です シャーロットが帰ったあとの王と王弟>
「お前……本当にあんな女でいいのか?」
「はい、もちろん。あの、お兄様。ロッティの悪口は出来たらやめて欲しいんですが……」
「しゅきしゅきだの、嫌味ったらしくバカにしてきたじゃないか。聞いてただろう? 横で」
「あっ、はい。赤ちゃん言葉のロッティも可愛いなぁと、そう思って聞いてました!」
「アルフィー……。嘘だろう? お前」
きょとんとした顔をして、私のことを見つめていた。ああ、めまいがする。今日は疲れた。誰も味方になってくれないんじゃないかという気にさせられる。夜、そのことを妻に話すと、何故か機嫌良くにこにこと笑っていた。
「マーガレット? どうしてそう、嬉しそうなんだ……?」
「ふふふふ。大丈夫ですからね? 私はずっとずっと陛下の味方ですからね?」
「シャーロット嬢もアルフィーも頭がおかしい。付き合いきれん……」
「ああ、お気の毒に。陛下! 疲れたでしょう? どうぞゆっくり休んでくださいませ」
私が情けなく弱音を吐くたび、嬉しそうな顔をする。よく分からない。もう疲れた。妻の膝に頭を乗せ、寝そべりながら溜め息を吐く。また嬉しそうに笑い、細い指で私の髪を梳かしていった。
「頼れるのは君だけだな。改めてよく考えてみると」
「まぁ! ふふふ……。嬉しいです、ギルバート様。どうぞ頼ってくださいな」
「……愛してる」
口に出してみると思いの外、馴染まなかった。妻の青い瞳が丸くなる。アルフレッドを見習い、今まで言ってこなかった言葉を口にしてみたものの、どうも居心地の悪い気持ちにさせられる。現にマーガレットは何も言ってこなかった。腕を伸ばし、硬直した彼女の頬にそっと触れる。
「悪い。慣れないことはするもんじゃないな」
「ギルバート様……それは、アルフレッド様よりもでしょうか?」
あまりにも頼りない、心細そうな表情で聞いてくるものだから、妻が十七かそこらの少女に見えた。あの時と一緒だ。ふと、昔のことを思い出す。あれは夏薔薇が咲き誇る庭園でのお茶会に招かれた時だった。急な面会が入って、少し遅れて、婚約者と義姉となる女性の下へ急いでいた。懐中時計を眺め、舌打ちしたくなる。
(しまったな、もう帰ったか? いや、それはないか。流石に)
お茶会場所の近くにある茂みにさしかかると、ふと、声が飛び込んできた。選ばれなかったことに絶望して、じっとりと私とマーガレットを睨みつけてきた女。リリアナの声だった。
「ねぇ、本当に選ばれたとでも思っているの? あまり信用しない方がいいわ、ギルバート殿下のことを。他の女性が放っておかないだろうし、貴女だけを一途に愛することなんて絶対にないから。今からでも、婚約を辞退した方がいいんじゃない?」
────嫌なことを言う。父上のように女遊びをする気は無い。面倒臭い。歴史に「女遊びで国を傾けた王」と刻まれるのはごめんだ。民衆からのウケもいいだろうし、彼女だけを一途に愛するつもりだった。
(いや、愛するふりをか。本当に愛しているのは……)
そこまでを考えてやめる。どうかしているだけだ、私は。四六時中、アルフレッドのことが頭から離れないとは。面と向かって好きだと言えるのは、アルフレッドの母親とアルフレッドだけ。そんな自分の醜さに嫌気が差していた。半分だけとはいえ、血の繫がった弟を私は……。
「いいんです、お姉様。そんなこと、分かりきっていますから。愛されていないことぐらい……」
その言葉を聞いて、がつんと、頭に衝撃が走った。ばれていた? まさか。スキンシップは怠らないようにしてきたし、甘ったるい言葉も吐いてきた。好きだとも愛してるとも伝えてきた。弟への気持ちをばれたくない一心で。彼女も照れ臭そうに笑っていた。周りも私が彼女のことを好きだと、そう信じ切っていたのにか? ショックで呆然としながらも、自分の口元を覆う。
(いつからだ? 嘘だろう、マーガレット。いつから好かれていないと、そう気が付いて)
冷や汗が滲んできた。まさか。あれだけ嬉しそうにしていたのにか? 信じきっていると、そう思っていたのに。私がいることに気付かず、泣き出しそうな声で話を続けた。
「それでもいいんです……。私はギルバート様のことが好きなんです。一生愛されなくてもいい、あの方の妻になりたい。だからお願い、お姉様。私からあの方を奪ってしまわないで、お願いだから私の邪魔をしないで……」
胸が苦しくなった。まさか、ここまで聡い少女だったとは。適当に宝石やドレスを贈って、甘い言葉をささやけば騙せると思っていた。でも、違った。彼女は全てを理解しながらも、私に騙されるふりをしていた。自分の不誠実さや醜さに打ちのめされ、呆然と立ち尽くす。茂みの向こうで泣いているであろう、マーガレットを大事に慈しみたくなった。
「……まぁ、ギルバート様! お待ちしていました」
「すまない、マーガレット。遅くなってしまって」
そう言うと泣き出しそうな顔で微笑んだ。心細くて頼りない微笑み。
「いいえ、ギルバート様……。来てくださって嬉しいです」
あの時の微笑みとそっくりだった。私にしてはいけない質問だと理解しながらも、口にした妻の微笑みは。再度手を伸ばし、頬に触れる。涙がこぼれ落ち、私の額を濡らしていった。
「すまない。今まで苦しめていて」
「いいえ、いいえ……。ギルバート様」
「マーガレット。いつもそれしか言わないな、君は」
「陛下」
膝から起き上がって、その顔をじっと見てみると、涙を拭いながら微笑んだ。まだやり直せる気がした、何もかもを。手の甲に手を重ね、うつむく。今まで一体何をしてきたんだ? あのウサギ風情にバカにされるのも、当然のことかもしれない。
「悪い。……これからは良い夫になれるよう、努力する」
上手く言えなかった。違う、こうじゃない。どう足掻いても、アルフレッドのように言えないのか。自分は。苛立ちながらも顔を上げ、妻の顔を見てみると、ふんわりと嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、ギルバート様……。嘘でもいいから、私のこと、一途に愛し続けると、そう言ってはくれませんか? 誰のことも見ないと、そう。そう言って頂けたら私、私」
「嘘じゃない。嘘にはしない」
優しく抱き寄せると、小さな嗚咽をもらして抱き締め返してきた。華奢な肩が震え、細い腕が背中へと回される。そんな妻を抱き締めながら、奇妙な感覚に陥っていた。泣き出したいような、酷くほっとするような、そんな感情が渦巻いている。両目を閉じ、強く抱き締めた。
「嘘じゃない。……君のことだけを愛そう、マーガレット。何があってもずっと一緒だ。アルフレッドへの想いはもう無い。気にしなくてもいい、何も」
「ありがとうございます、ありがとうございます、ギルバート様……!! 私もギルバート様だけです。ずっと、ずっと。愛しています、ギルバート様……」
<婚約指輪をオーダーする前の話>
「どっ、どどどどどどどうしよう!? ルイ! 気持ち悪いか!? まだ婚約も申し込んでいないのに、指輪を頼む私は気持ち悪いか!?」
「落ち着いてください、アルフレッド殿下。指輪を頼んで、ご自分の退路を断つ気なんですよね? いいと思いますよ。出来上がるのも遅いし」
「だ、だが、今の私は好きな女性へ贈る婚約指輪を考えている、気持ち悪い男に成り下がっているんじゃあ……?」
「大丈夫です、気持ち悪くありませんから」
「まだ好きだと言ってないのに、まだ好きだと言ってないのに……」
「いいからとっとと早く、今日にでも言ってしまってください!!」
<こてんぱんに怒られた二人>
「アルフレッド様、あの茂みの影にちょうど良さそうなぬかるみがあるんです!」
「だ、だめだよ、ロッティ。この前も怒られただろう? もう泥遊びはちょっと、」
「昨夜、雨が降ってちょうど良くぬかるんでいそうなのですが……」
腕の中にいるシャーロットが辛そうに、ふるふると小刻みに震え出した。ああ、可哀相だ。少しぐらい、別にいいんじゃないか……?
「い、いや、でも、だめだ。ドレスも汚れてしまうだろうし」
「脱げばいいと思います! ドレスは!」
「いやいや……。スイッチが入ると、完全にウサギになってしまうだろう? 見ていて怖くなるし、せっかくの綺麗な毛皮が汚れてしまうし、やめておこうか」
「どっ、どろあそび……。泥遊びがしたいです、アルフレッド様。一緒にしてくれないんですか……?」
(あ、私も参加する予定なのか……)
こちらを見上げ、目を潤ませたシャーロットを見て、何も言えなくなってしまった。い、いいんじゃないか? ちょっとぐらい。二人で謝れば……。誘惑に耐え切れず、ドレスを脱がして裸にした。シャーロットが喜んで走り去って行ったので、慌てて後を追いかける。茂みを掻き分け、見てみると、水をたっぷり含んだぬかるみに腹ばいとなって、ぐるんぐるん回り、綺麗な茶色の毛皮に泥をこすりつけていた。
「あっ、あ、ああああああ……!! せっかくの毛皮に泥が! ロッティ、もうやめた方がいいんじゃないかな!?」
「アルフレッド様もします? 一緒に~! 楽しいですよ!」
「えっ? じゃ、じゃあ……」
きらきらとした目を向けられ、断りきれずにそっと、ぬかるみへ手を伸ばす。その瞬間、シャーロットがはしゃいで「ふぁふーっ!」と叫びながら、すさまじい勢いで泥を掻き始めた。びちゃっと、頬やスーツに泥が飛び散ってしまう。ああ、今日も怒られる……。がっくりと落ち込む私の横で、実に気持ち良さそうに泥をまとい、寝転がっていた。やはり、野性の本能には抗えないのか……?
「アルフレッド様、楽しいですねえ! 泥んこデート!」
「泥んこデート……」
「こういうのに付き合ってくれない男性もいますからね! アルフレッド様が優しい方で良かったです」
丁寧に頭をぬかるみに押し付けながら、シャーロットが機嫌良さそうに言う。そ、そうか。他の男と差をつけるためには、喜んで泥まみれにならなきゃいけないのか……!! ついうっかり、すすめられるがままに、ぬかるみを手で掘ったり、シャーロットの体に泥をこすりつけて、泥マッサージをしてしまった。いつになく、怒られてしまったのは言うまでもない。
次から最終章に入ります。好きで書いてるけど、ブクマやいいね、評価をしてくださる人がいるから、より幸せな気持ちで書けているような気がします。アルフレッドやシャーロットに愛着がある分、見知らぬ誰かがいいねをしてくれると、ああ、良かったなと。自分の好きなものを評価して貰えるのは嬉しい。ありがとうございます。




