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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第二章 ウサギ令嬢の私が、邪魔者をすべて蹴散らすまで!
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20.陛下の恥ずかしい秘密と怒り狂うシャーロット

 



「お前のせいで、ノエル王子が侍女の尻ばかり追いかけ回していると、城ではもっぱらの噂だ。一体どうしてくれる」

「ふんっ! 私の妹は美人ですからね! 良かったじゃないですか、上手くいっていて」


 書類の上で腹ばいになりつつ、鼻を鳴らすと、目の前で座って仕事をしている陛下が嫌そうな顔をした。軽くうねっている金茶色の髪に、険のある青い瞳は美しく、三十八歳という年齢をまるで感じさせない。今日はかっちりとした紺色と白のスーツを着こなし、国王然とした様子でさらさらと何かを書いている。じっと見つめていると溜め息を吐いて、神経質に眉をひそめた。


「ちっとも良くない。姉妹揃って私の弟達をたぶらかすとはな」

「あら、陛下は別にノエル殿下のことなんて、ちっとも気にかけていないでしょう? も~、王妃様よりも、何よりもアルフレッド様のことばかり気にしてるんだから!」

「……」

「そこで黙ると認めたも同然ですよ? 私にからかわれたくないのなら、焦って否定しないと!」

「その毛皮、剥いでもいいか? なぁ」

「ぐふっ!?」


 ぬっと腕を伸ばして、私のふわふわなほっぺたを掴んできた。青いフリルとレースのドレスを着たシャーロットが暴れ回り、「ぶう、ぶーっ!」と威嚇の鳴き声を上げる。黙って、すぐにぱっと手を放した。


「ぷはっ! そんなだから、陛下はアルフレッド様にお兄たまと呼ばれずに、よそよそしく陛下って言われちゃうんですぅ~!」

「最近はお前のせいで、お兄様と呼んでくるんだよ……」

「あら、嬉しくないんですか? 嬉しいでしょう? だって、たかだがお兄たまぁ~と呼んで貰えないだけで、すっかりへそを曲げて、拗ねちゃって、パーセル伯爵家の人達に会わせないもーん、ふーんだ! ってしてたんでしょう? 何十年間も!」

「本当に、このウサギを王室の一員にするのか……。気が滅入るな」

「じゃないと、アルフレッド様に嫌われちゃいますよ~? なにせ私の極上しっとりふわふわ毛皮に、アルフレッド様はすっかり夢中になっていて、」

「こいつをつまみだせ。目障りだ」

「ふぁっ!? 話があるって言うから、わざわざやって来たのに!?」


 憤慨して「ぶーっ!」と鳴き、たしたしと書類を前足で叩いていると、誰かがやって来て私を抱き上げた。


「シャーロット様、申し訳ありません。書類にシワが寄ってしまいますので、それ以上はちょっと……」

「でも、陛下が私を呼びつけたんですよ!? あんまりです、こんなの!」


 私を抱っこしているコリンが苦笑する。コリンはキャラメル色のふわふわ巻き毛と茶色い瞳を持った男性で、実は私の毛皮が大好き。なので、今もふわふわと、私をなだめるかのように頭を優しく撫でていた。


「コリン、そいつをつまみだせ」

「えっ? ですが、本当によろしいんですか?」

「話があるって言うから来たのに! アルフレッド様に言いつけちゃいますよ!? それかお義母様に!」

「ふー……。次、ふざけた口を聞いたら毛皮を丸刈りにして追い出す。いいな?」

「それはあんまりですよ、陛下。その時は私以外の者に命じてくださいね」

(止めてはくれないんだ……?)


 しぶしぶとまた、執務室の机にちょこんとお座りする。おっとりしているように見えて、実は怖そうなコリンに「シャーロット様、大人しくしていてくださいね?」と言われたので、もぞもぞと動き、前足を隠して伏せした。不満そうに毛皮を膨らませていると、陛下が皮肉げに眉を持ち上げ、せせら笑う。


「ちょっと太ったんじゃないか? お前」

「ふぉっ!? ウサギはちょっとむちむちふわふわしてるぐらいが可愛いって、アルフレッド様にそう言われたから、この脂肪をキープしてるだけで痩せようと思えばいつでも痩せれるんですぅ~! 人間の女性とは違って、私のは贅肉じゃないんですぅ! 私の脂肪は可愛さで出来ているんですからねっ!?」

「一緒だろう。ウサギであれ、人間であれ」

「ぜんぜん違いますぅ~! この分からずやの陛下めっ!」

「でも、ウサギに脂肪がたっぷりのってると美味しいですよね~」

「コリンさん!? 私は食材じゃありませんからね!?」

「まぁ、城の非常食として飼うと思えば、耐えられるな……」

「陛下!?」


 なっ、なななんたること! 陛下がそんな目で私の体をじろじろと、舐め回すように見ていただなんて! あまりのショックと怒りで勝手に足が動いてしまい、だしだしと、音を立てて書類を蹴りつける。


「アルフレッド様に言いつけます! 陛下が私の体を狙ってたって! むっちり脂がのっていて美味しそうだって、そう言って抱っこして、毛皮をふがふが嗅いできたって!」

「おい、やめろ。誤解を招くような言い方をするんじゃない。あと、さり気なく話を盛るな」

「むぎぎっ……!!」


 またしても、ほっぺたを掴んできた。私が踏んでいる書類を丁寧に抜き取りながら、コリンが笑って「陛下も陛下で、意外とシャーロット様の毛皮がお好きですよね~」と言う。その瞬間、ぴたりと動きが止まった。


「ほほう? やっぱり陛下も私の毛皮がお気に入りなんですね!? そうなんですね!?」

「お気に入りとは一言も言っていない」

「だから、ことあるごとに私のほっぺたを掴んで、ひそかにもふもふしてるんですね!? ねっ!?」

「だから違うと言っているだろうが。単純に腹が立つから、黙らせるべく掴んでいるだけで、」

「も~、素直に言ってくださればもふもふぐらい、いくらでもさせてあげるのに~! なにせアルフレッド様のお兄様ですからね! 未来のお義兄様でもありますし、陛下は」

「お前のその耳は、ひょっとして飾りなのか……?」


 目の前でころりんとお腹を向け、「どうぞ!」と言ってみると、何故かコリンがさっと手を伸ばしてもふもふしてきた。陛下が眉をひそめ、「コリン」と呟き、たしなめる。


「わぁ、ふわふわですね~。相変わらずシャーロット様の毛皮は。陛下もどうですか? ふわふわですよ」

「……」

「あっ、そこはその、胸なのでやめてください! アルフレッド様が嫌がるんですよ」

「胸? お腹じゃ……? そう言えば、乳首ってどこにあるんですか?」

「女性に乳首の位置を聞いてはなりません!! 失礼ですよ!?」

「もういい。黙れ、お前達」


 何故か額を押さえ、深い溜め息を吐いた。コリンがにっこりと微笑み、「申し訳ありません、陛下」とうやうやしく謝ってから、書類を持ち直す。この人、ちょっとあれな人かもしれない……。警戒してすすすっと、陛下の胸元へ避難すると、嫌そうな顔をして「おい、やめろ」と言ってきた。お尻をどんっと預け、ぎょりぎょりと歯軋りをする。


「わっ、私、男性に乳首の位置を聞かれたのは初めてです……!!」

「……コリンはお前をウサギとして扱っているんだ。ふと疑問に思っただけだろう」

「ふんっ! でも、不愉快でした。お詫びにもふもふしてください!」

「お前は本当に自由だな……やっぱり、所詮は獣か」


 そんな憎まれ口を叩きながらも、私の頭をそっと優しく撫でてくれる。ふん! アルフレッド様に比べると、もふもふ技術は下の下ですが許してあげましょう。そのもふもふに身を委ねていると、「邪魔だからどいてくれないか?」と言ってきた。も~、わがままなんだから~。


「それで? 私に話とは?」

「お前の妹に諦めろと言ってくれ。確かに私は、あれに好きな女と結婚しろと言った。が、流石にお前の妹と結婚して欲しくはない」

「お言葉ですけど! ヴィーはノエル殿下のことなんて好きじゃないんですぅ~! むしろ、言い寄られて迷惑しているとか」

「おかしいな。聞いた話と違うが……」

「部下に報告させているからでしょう。きちんとノエル殿下とお話しましたか?」

「……していない」

「でしょう? しなくては、ちゃんと!」


 せっかく私がアドバイスしてあげたのに、苛立った顔をして鼻先をぴんっと弾いてきた。「ぷぁっ!?」と変な声が出る。


「いっ、いっふぁい、にゃにふるんですか!? アルフレッド様お気に入りのお鼻に!」

「いちいち、お気に入りお気に入りとうるさい。……面倒だが、一度話す機会を設けてみるか」


 やだ、嫉妬してるんだわ。このブラコン陛下ってば! 机の端で「ぶうぶう、ぶうぶう」と鳴いて威嚇しておく。すると何故かふっと笑った。その時の顔が少しだけアルフレッド様と似ていた。


「お前達の結婚式準備でこれから忙しくなると言うのに……。まったく。その上、議会ではウサギ姿でもウェディングドレスを着て、誓いのキスをすべきだという派と、一切ウサギ姿は見せないべきという派に分かれてごちゃごちゃと揉めている。もっと他にあるだろう、他に。議論すべき問題はもっと他に……!!」

「あら~。ウサギ好きさんとそうじゃない派で揉めてらっしゃるんですねえ」

「理解出来ない。不毛な争いだ」

「私はもふもふですっ! なんちゃって~」

「……」

「無言でハサミ持つのやめてください!! 毛を刈ったら本当に本当に、アルフレッド様に言いつけてやりますからね!?」


 溜め息を吐いて、ハサミを元に戻す。あーあ、まったくもう! このブラコン陛下ったら、やたらと気が短いんだから!


「とにかくもだ。お前の妹が嫌がっているのに、無理矢理迫っているとなったらそれはそれで問題だ。あの母親にして、この子ありだな。手間ばかりかけさせる」

「確かえーっと、アルフレッド様に毒を盛ったんでしたっけ?」

「ああ。盛るのなら私にすればいいのにな」

「愛が重たくて怖い……」

「違う! 王太子である私に毒を盛る方が、よほど効率的だろうという話だ。アルフレッドの母親は出自が知れないし、貴族どもの後押しがあれば、ノエルが次の王太子にという話が出てくるかもしれん」

「なるほど。弟を殺したくば、俺を殺せ! という話じゃなかったんですね?」

「お前と話していると、頭痛がしてくる……」

「気が抜けてちょうどいいでしょう? 陛下にこんなこと言うの、私以外にいないでしょうし! あっ、もふもふしますか?」

「……」


 黙って腕を伸ばし、もふもふしてきた。実は案外、もふもふ好きだったりして? それとも、私の毛皮が魅力的すぎるからかもしれない……。ちょこんと前足を揃えて、お腹を向けると、さらに両手でもふもふしてきた。


「まぁ、お前の妹とノエルがどうしてもと言うのなら、許してやってもいいが……」

「でも、王室としてはあれですか? 他国の王女様と結婚して欲しいとか?」

「いや、ぼけっとしたナディアが運良く、イーディルハンスに嫁いでくれたからな……。それに、オーレリアにも大国から縁談がきている」

「ふぉっ!? そうなんですか!? 聞いていませんけど!? 一言も!」

「まだ決定した訳じゃない。先々週、あれが旅行と称して外遊に行ってただろう? そこで一曲、踊ってきたらしくてな。なんでもあちらの一目惚れらしい。見る目が無いことだ」

「実の妹に向かって辛辣すぎません? 言いつけちゃいますよ?」

「言うな。あれは根に持つ。鬱陶しい」

「も~、なら言わなきゃいいのに」


 ふんと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。でも、手はまだ私のお腹をもふもふしてる。それにしても、あれだのこれだの、アルフレッド様以外の兄妹は本当にどうでもいいみたい。私が寝転んだまま首を傾げていると、羽根ペンを持ち出したので、手紙の上から退く。暇そうにあくびをしていれば、さっきのコリンが「シャーロット様、りんご食べますか?」と言って、りんごチップスを笑顔でくれた。有難く受け取って、ふすふすと鼻先を動かしながら食べる。そんな私をじっと、陛下が真顔で見つめていた。


「……また王妃と会ってやってくれ。なかなか会えないと言って嘆いていた」

「あれっ? そうなんですか? 引越しで忙しかったから、お茶会もお断りしてたんですけど、またアルフレッド様と一緒に顔を出しますね~」

「私も参加するか、そのお茶会に」

「さては、アルフレッド様がいるからですね?」

「……私とは、温泉にも入りたがらないからな」

「頭、洗ってあげようとか言ったんですか……?」

「今はそんなこと言わない。昔の話だ」

(昔は洗ってあげてたんだ……)


 陛下は存外、アルフレッド様には甘い。うろんげな目で見つめていると、その時、執務室の扉がばんっと音を立てて開いた。


「終わったー!! ロッティは!?」

「アルフレッド様! 私はここにいますよ~」

「申し訳ない、待たせてしまって……!! 可愛い~!」


 公務を終えたアルフレッド様がぱぁっと、初めてウサギを見た子供のような顔をして近寄ってきた。それから「ふわふわ~! もふもふ~!」と言って私の毛皮に顔を埋めてたけど、コリンの視線に気がつき、はっと我に返る。


「ええっと、兄上とは一体どんな話をしていたのかな? シャーロット」

(その演技、もう無駄だと思います……)


 頑なに家族や側近の前以外では、クールで女嫌いな殿下を必死に演じようとしてますけど、ぼろぼろ素が出ちゃってますよ……。でも、それを言うのもちょっとあれなので、黙っておいた。


「陛下とは、むっちり脂肪がのったボディの私が美味しそうだって話を……」

「ええっ!?」

「違う! だからどうしてそう、話をいかがわしい方向へともっていくんだ!? お前を非常食として扱うという話だろうが」

「兄上? それはそれで、ちょっとどうかと……」

「お前が甘やかすからだ。それ以上、ペットを太らせてもいい結末は待っていないぞ」

「ペットじゃありませんー! 婚約者ですぅー!!」


 怒りのあまり「ぶうっ、ぶうっ!」と鳴いていると、アルフレッド様が苦笑して抱え直してくれた。いいこいいこと、なだめるように頭を優しく撫でられたので、しぶしぶ黙りこむ。


「ごめんよ、ロッティ。兄上にはまた、私から言っておくからね?」

「そうしてください! ぜひ!」

「……まぁ、お前で良かったかもな」

「えっ?」


 陛下が一つ溜め息を吐き、何かを書き出した。私が首を傾げるのと同時に、アルフレッド様も不思議そうに首を傾げる。すると、こちらを見もせずに言い放った。


「いい表情をするようになった、アルフィーは。だからまぁ、婚約を許したのは正解だったかもしれん」

「あれですか? アルフレッド様のご機嫌とりで私を褒めているんですか?」

「ロッティ、ほら、兄上が素直にそう言ってるんだから……」

「前言撤回する。ろくでもない女だ、やっぱり」

「私の体をもふもふしていたくせに、どの口が言いますかっ」

「えっ」

「……つまみだせ、コリン」

「つまみださなくとも、お二人はこれからデートへ行くかと」


 何はともあれまぁ、陛下も私の毛皮に夢中になったということで! 嫌いな人リストから、外してあげてもいいかもしれません。アルフレッド様の腕の中でむふんと息を吐いて、毛皮を膨らませる。


「私も陛下がお義兄様で良かったなって、最近はそう思ってますよ! 実のシリルお兄様より優しいです。話も聞いてくれるし、たまにおやつもくれるし!」

「えっ? おやつを……? 兄上が!?」

「陛下、だからポケットからおやつの欠片が出てきたんですね……? 従者が不思議がっていましたよ」

「……全員、今すぐこの部屋から出て行ってくれないか?」





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