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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第二章 ウサギ令嬢の私が、邪魔者をすべて蹴散らすまで!
52/83

19.悲しみなんて、子犬と一緒に吹き飛ばしてしまって

 


 涙があふれ出してしまいそうだった。これ以上、無様な姿は見られたくなかった。あの場にいて、あの優しい言葉の続きを聞いていたら、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。抑えようとしても、抑えようとしても、滲み出てくる涙がつうっと一筋、頬を伝って流れていった。息をするのも辛い、胸の奥が苦しい。


「っは、は、やだ……お義姉様」


 それまで廊下を走っていたけど、徐々に速度を落としてから足を止め、自分の涙を拭う。ガラスドームの中に閉じ込められた植物鉱石や、見事なアンティークのランプが飾られた廊下は静かで誰もいなかった。敷き詰められた真っ赤な絨毯が、窓からの陽射しに照らされている。


(もう少し、もう少しアルフレッド殿下の性格が悪ければ良かったのに。もう少し、もう少しだけ)


 きっと、お義姉様は幸せになるんだろう。前から繊細で優しい男性だと聞いていたけれど、予想以上だった。こんな私にも優しくしてくださった。だからこそ、飲み干せない。あの優しさが毒のように、喉の奥をじわじわと焼いてゆく。また涙がこぼれ落ちてきた。お義姉様、お義姉様。


(知ってるの、知ってる。八つ当たりだってことも、無駄だってことも全部全部)


 私の思い描く未来にお義姉様は必ずいて、お義姉様が思い描く未来に私はいない。私としては婚約破棄された訳だし、お義姉様はあっという間に年をとって、このままずっとずっと、私と一緒にいてくれるんじゃないかって、浮かれてそう思っていた。また熱い涙が滲み出てくる。


(知ってるの、知ってる。私のわがままだってことも、全部全部。お義姉様にとって、私は突然やって来た可哀相な義妹でしかないことも……)


 私にだけじゃない。お義姉様の優しさは誰にだって向く。だから、勘違いしないようにしていたのに。いくらベッドの上で微笑み合い、「ずっとずっと一緒にいようね」と約束したとしても、それは口約束にしかすぎなくて、お義姉様はいつか誰かと結婚して、私を置いてきぼりにするものだと、そう理解していたはずなのに。


「お義姉様……ごめんなさい」


 殿下は今日のことを言わないよだなんて言ってたけど、信用出来ない。言うんじゃないかしら。そしたら、とうとう今度こそお義姉様に嫌われる? 立ち止まっていても仕方ないから、重たいドレスを引き摺って歩く。バカみたいだ、私。子爵家のご令嬢でも何でもないのに、綺麗なドレスを着て着飾ったりして、本当にバカみたい。


(お義姉様にとって私は、泥棒猫になるのかしら……お義姉様の男ばかり狙う娼婦の娘?)


 確かに、あの男は気に食わなかったから色目を使った。でも、たかだかあんなことをしただけでなびくなんて。やっぱりお義姉様にふさわしくなかった。死ねば良いのに、どいつもこいつも。


(アルフレッド殿下も……ああ、だめね。目が澄んでいた。青い海みたいな目)


 優しかった。下卑た目で見てこなかった。だからこそ、余計に腹が立った。文句のつけどころがなくて。私ばっかり、加害者になって。駄々をこねて、二人の邪魔をするだけの存在だと、むざむざと思い知らされて苦しくなってしまった。


(お義姉様……ごめんなさい。ちゃんとおめでとうが言えなくて)


 実は婚約が決まってから、まだ一度も言ったことがない。お義姉様、ごめんなさい。きちんと祝福出来ると良かったんだけど。ふと気付けば、中庭へと足を向けていた。この期に及んでもまだ、お義姉様に泣いてすがりつきたいのかもしれない。


(バカよね、私は本当に……。お義姉様のことがものすごく好きって訳じゃないのに)


 ただ、初めて優しくして貰えたから執着してるだけ。だって、お義姉様しか私の話を聞いてくれないんだもの。悲しいこと、腹が立つことがあっても、誰とも共有出来ない。虚しくて、淋しくて、一体何のために生まれてきたんだろうとさえ思わせる。


「空が青い。……お義姉様が結婚してしまうのに、私は一人ぼっちなのに」


 こんなに苦しくて悲しいのに、空が青くて、天気が良いと惨めな気分にさせられる。孤独にも、耐え難い苦しさにも慣れてきたつもりだったのに。私はこれから一体、どう生きていけばいいんだろう?


(本物の貴族のお姫様じゃないし……ああ、でも、顔と体だけは人並み以上だから、どっかのじいさんの後妻にでもなる?)


 まともな貴族の男が私を選ぶ訳がない。お義姉様といつか家庭教師になろうと思って、必死に勉強してきたけど、今となっては無意味だ。お義姉様は殿下と結婚なさるし、忙しい日々の中で“オリヴィア”という名前の義妹なんて、あっという間に忘れる。さくさくと、芝生を踏みしめてひたすらに歩く。意外と広い。周囲は壮麗な王城に囲まれ、ここだけぽっかりと芝生が敷かれている。奥の方には木々と白い石造りの生垣があった。……ああ、疲れた。少しだけ、木陰で休憩していこうかしら。


「ああ、今日も嫌になるぐらい、天気が良いのね……」


 さっきまで曇っていたのに。眩しい夏の陽射しも、あの殿下の優しさも、触れれば触れるだけ虚しくなってゆく。私が欲しいものはそんなものじゃない。ふと、意味も無く足を止める。どこに行こう? ああ、家に帰らなくては。あんな立派な屋敷が私の家だなんて、誰かの悪い夢みたい。ぼんやりと自分の足元を見ていると、ふいに、あのおぞましくて気持ち悪い過去の場面が蘇ってきた。


『やめてよ、やめて!! やめてってば!』


 どうしてか、自分の悲鳴が一番心臓に悪くて苦しい。思い出しただけで、息が出来なくなる。苦しくなる。冷や汗が浮かんだ。お義姉様。お義姉様がここにいてくれたらいいのに。


「ヴィーと殿下、話し終わりましたかね~?」

「じゃあ、戻ってみましょうか。そろそろ。お義姉様」


 幻聴かと思って振り返ってみると、るんるんと、ご機嫌で歩いているウサギ姿のお義姉様と王女様らしき人が一緒に歩いていた。リードに繫がれて歩いてる。目に見えない繋がりが可視化されて、二人を繋いでいるように見えて苦しかった。気付いてくれるかもと期待して、胸元を押さえたまま、じっと二人の方を見てみる。でも、お義姉様はあっさりと、私に気付かずに通り過ぎてしまった。足音が遠ざかっていった瞬間、胸の中にショックと絶望が広がってゆく。


(ああ、分かってたのに。バカみたい。所詮、私はお義姉様にとってその程度の存在でしかないってこと)


 いいえ、誰にとってもそう。私は誰からも必要とされていない。いてもいなくても、何も変わらない存在。これから先も多分、きっとそう。まともな恋愛をして、まともな家庭を築けるとは思えないし、誰かが私のことを気にかけてくれて、大事にしてくれるような未来なんて到底思い描けない。……きっときっと、私はずっとこのままで。誰にも気にかけてなんて貰えない────……。


「っふ、ぐ、おねえさま、お義姉様……」


 誰か、誰でもいいから傍にいて欲しい。一人で泣きたくないだけなの、私は。ぎゅっと目をつむる。喉が熱くて苦しくてたまらなかった。


「私だけ、一人なのどうして……?」


 他の人が当たり前のように、手にしているものが手に入らない。私だけ何も持っていないみたいで苦しい。あの性格が悪くて、女性不信のシリルお義兄様だって、婚約してしまったし。ああ、あの男がまさか、すっかり丸くなって身なりを整えて、意気揚々とデートに出かけるような人間になるだなんて。


 思いもよらなかった、苦しかった。お義姉様もお義兄様もみんなみんな、私を置いて幸せになろうとしている。外から来た人間なんだから仕方ないって、所詮は血なんて繫がっていないんだから、仕方ないって。そう言って自分を慰めてたけど、もう限界だった。


(シリルお義兄様なんかより、私の方がよっぽどまともなのに!)


 どうして、あんなどうしようもなくて性格が最悪でクソみたいな男が、ふんわりと優しげな美人と婚約出来るんだろう。世の中、不公平だわ。誰も彼もが幸せそうな顔をして、何の疑いもなく平穏な毎日が続くと思ってる。家族がいて、友人がいて、仕事があって、苦しい過去なんてなくて……。


「疲れた。もう私、死んでしまいたい……」


 だって、生きていても楽しいことなんて何も無いんだもの。このまま一人で年をとって死んでいくだけ。誰も私のことなんて気にかけないし、欲しいものもない。このまま屋敷に帰ったって、よそよそしい使用人に迎えられるだけだし。


「みんな、私がいない方がいいよね……お義姉様もお母様も、みんなみんな」


 ああ、辛くて悲しい。ここに縄でもあったら、いっそ目の前の木で首でも吊って死んでやったのに。泣くのすら虚しくなって、そのままぼんやりと佇んでいたら、誰かの声が響いてきた。


「ちょっと待って、止まれ! ほら、おやつ! おやつだよ、戻って来い!!」


 驚いて振り返ってみると、一匹の犬が芝生の上を走っていた。陽に輝く黄金色の毛並みを波打たせ、へはっへはっと息を荒げながら、ものすごく嬉しそうな笑顔でこちらへ向かってくる。思わず、しゃがんで両腕を広げた。背後にいる飼い主らしき人が「あっ! 待てって! 待て!」と言うのにも聞かず、思いっきり私に飛びついて、顔をべろべろと舐めてくる。息も出来ないくらい、鼻や口やらを舐められた。


「っぶ!? ぶっ! ふ、はっ、ははははっ! くっ、くすぐったい! 待って、ちょっと待って、くすぐったいから……!!」


 両手でふかふかの体を撫で回すと、ちぎれそうな勢いでしっぽをぶんぶんと振って、私の耳に冷たい鼻先を突っ込んできた。笑いながら止めていると、誰かがぐいっと、リードを引っ張って犬を引き離す。


「っ申し訳ない! 大丈夫か!?」

「はっ、だ、大丈夫です……」


 顔、すごいことになってそう。涙目でついたよだれを拭いながら、見上げてみると、まずは青い瞳が飛び込んできた。一瞬、アルフレッド殿下かと思った。でも、顔立ちが幼い。私とそう年が変わらない男の子に見えた。くせのある黒髪に青い瞳を持った男の子は品があって、白い半袖シャツとズボンを身につけている。でも、何故か青い瞳を見開いて、芝生に座り込んだ私をじっと見下ろしていた。けれども、すぐに明るい笑顔を浮かべる。


「怪我は無い? 大丈夫? どこのご令嬢かな、君は」

「えっ、ええっと、アルフレッド殿下の婚約者の妹です……」

「へえ! 義姉上の。まさか、先にその妹と会うとは思わなかったな。俺のバカ犬がごめん。立てる?」

「あ、は、はい……」


 義姉上の? じゃあ、この御方はアルフレッド殿下の弟君なの? ひとまずその手を借りて立ち上がる。ひとしきり走ったあと、私を舐め回してご機嫌なのか、犬は足元でお座りをしていた。後ろ足をでろんと投げ出し、暑そうに「へっ、へっ、へっ」と舌を出して息を荒げている。


「あ、あの、あなた様は」

「ああ、いらないから。そういうの。気にしなくていいよ。忘れ去られた王子だなんて、不名誉なあだ名もついてることだし」

「忘れ去られた王子……? 一体どういう意味ですか」

「ん~、簡単に言うと、王子とは名ばかりってところかな! だから、殿下呼びとかしなくていいし。ノエルとだけ呼んでくれたら」

「そっ、そういう訳にも参りません!」


 さっき、アルフレッド殿下に挨拶もせずに退出したり、舌打ちしたり、睨みつけたりと、色々してきた私がきちんとしようだなんて、笑える話だけど、きちんとしたい。軽く睨みつけると、困ったように笑った。


「俺の乳母とそっくりだな、今の言い方。じゃあ、まぁ、殿下でも何でも君の好きなように呼んだらいい。名前は?」

「えっ? 私のですか?」

「そうだよ。不便だろ? 呼ぶ名前が無いと。ああ、こいつの名前はデイジー。二ヶ月前、子犬を産んだばかりでね。育児ノイローゼになってきたから、外に連れ出して散歩してたんだ」

「子犬……!!」


 垂れた耳が愛らしい、黄金混じりの茶色い毛を持ったデイジーが私と目が合ったとたん、ふりふりっとしっぽを振ってくれる。少し小さめの大型犬といった大きさで、ものすごく可愛い。私の目が釘付けになっているのを見て、ノエル殿下がくすりと笑う。


「犬が好き? 良かったら見に来る?」

「そっ、それはぜひ! あの、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はオリヴィア・オーウェンと申します」

「そんなこと、しなくていいよって言ったのに」


 カーテシーを披露すると、そう言って苦笑した。この方もこの方で拗らせているのかしら。じっと眺めていると、ふと青い瞳を見開き、「あれ?」と呟いて腕を伸ばした。優しく、乾いた指先が私の目元に触れる。


「もしかして、泣いてたの? 赤いし、涙の跡がついてる」

「えっと、あの、大したことない理由なので、どうぞお気になさらずに!」

「じゃあ、大したことない理由なら言えるよね? 教えて」

「ノエル殿下……」


 にっこりと、とびっきり腹黒そうな笑みを浮かべた。言って何の得になるのかしら。眉間にシワを寄せていると、さらにおでこを弾いてきた。


「いたっ!? あの、急に何をなさるんですか!?」

「教えてくれないから、かな?」

「そんな、子供みたいなことを……!!」

「まだ十七歳だし、俺は大人じゃないよ」


 悪びれた様子もなく、ひゅうっと口笛を吹く。ああ、もう、イライラする。まったくもう!


「じゃあ、言いますけど! お義姉様が結婚するから泣いていたんです! 顔を合わせる度に惚気てくるし、最近は気に食わないお義兄様でさえも、わざわざ惚気たっぷりの手紙を寄こしてくるし!」

「えっ? それだけで泣いてたんだ? へ~」

「だから、大したことないってそう言ったでしょう!? それではこれで、失礼致します!」

「ごめんごめん、ちょっと待って。俺の部屋に来ない? 子犬がいるよ、子犬が」

「失礼ですが、本当に子犬がいるんですか? 嘘じゃありませんか?」

「本当に失礼な質問だね。いるから。ほら、デイジーからもお乳が出てるし。触って確認してみる?」

「結構です!」


 ああ、改めて口に出すと、私って本当にくだらないことで悩んでいるんだわ! バカみたい、本当に。バカみたい。怒って背を向けると、慌てて手首を掴んできた。


「ごめん! 流石にからかいすぎたよ。お茶も出すからさ? 俺の部屋でお茶でも飲んでいかない?」

「ノエル殿下……。気安く誘わないで頂けますか?」

「あ、怒った顔も可愛い」


 可愛い。その言葉に呆気に取られてしまう。つい、立ち去るのを止めて聞き返してしまった。


「可愛い? ……私がですか?」

「うん。あれ、言われたことない? 誰にも」

「……お義姉様に言われたことはあります」

「へえ。じゃあ、あまり言われたことが無いんだ。おかしいね」

「何がですか!?」


 この人と話していると、イライラさせられる。つい、王子であることを忘れて強く睨みつけてしまった。でも、特に気にした様子も無く、けろりんとした顔で続ける。


「だって、こんなに可愛いのに。言わないだなんておかしいね、周りがってこと」

「誤解を招くような言い方はやめて頂けませんか……?」

「ごめんごめん、ついびっくりしてしまって」


 私が「はぁ~……」と深い溜め息を吐くと、デイジーが心配して近寄ってきてくれた。ふんふんと冷たい鼻先を手に押し付け、見下ろすと、控えめにしっぽを振ってくれる。


「可愛い……。あの、子犬は気になるから見に行ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ。それで、あの、良かったら俺に兄上の話を聞かせてよ」

「アルフレッド殿下の?」


 不思議に思って聞き返すと、目を逸らして気まずそうな顔をした。仲良くないのかしら。あのドがつくお人よしで、街に出れば、あっという間に全財産を巻き上げられそうな、のほほん天然殿下と上手くやっているのかと思ったのに。私の疑問に答えるかのように、しぶしぶと口を開いた。


「じゃあ、言ってしまうけど、俺の母親がアルフレッド兄上を毒殺しようとしたんだよ。だから王子とは名ばかりの立場だし、おいそれと声はかけられな、」

「ど、毒殺!? 一体どうしてですか!?」

「それはこっちが聞きたいよ。でも、俺の母上はとっくの昔に頭がやられていたみたいでね。ようするに、相当な野心家だったんだ」

「まぁ、そうだったんですね……」


 実の母親に向かってなんて言い草。でも、私だって人のことは言えないわね。唐突におかしくなって、くすくすと笑っていると、今度はノエル殿下が苛立った様子で聞き返してきた。


「何がおかしい? そんなに。今のどこが笑える話だったんだ?」

「いえ、私と一緒ですね。殿下も。それに……今、少し精神的に弱っていて。それででしょうか」

「なるほど。君は筋金入りのシスコンという訳か」

「そうじゃありません!!」


 まったくもう、どうしてそうなるのやら! ノエル殿下が愉快そうに笑って、「とりあえず、俺の子犬ちゃん達でも見に行こうか」と言ってきたので、しぶしぶ連れ立って歩く。でも、さっきまでの苦しみや淋しさが吹っ飛んでいたから、ほっとした。良かった。


「でも、いつまでもくよくよするのはやめました! パーセル伯爵家でお義姉様の侍女として雇って貰うんです。それで、ゆくゆくはこの王城で働きます。もちろん、お義姉様のお気に入りの侍女として!」

「あれ、そうなんだ? 働くんだ、侍女として?」

「はい。結婚は諦めていますから。それに、王城の方が福利厚生がしっかりしています。勤勉に、かつ真面目に働いたあとは小さな家を建てて、そこでゆっくりと老後を過ごします」

「ははあ、なるほど。その年で色々諦めすぎじゃないかな?」

「ノエル殿下に言われたくありません! ……殿下だって、色々と諦めてらっしゃるんでしょう?」


 ずんずんと歩き、前を向いたままそう言ってみると、隣で息を呑みこんだ。しまった、言わない方が良かったかもしれない。デイジーはさっきのお義姉様とそっくりの足取りで、ふりふりとしっぽを振りながら、私の前を歩いている。


「ああ、どうしてばれたんだろう。もしかして、これが運命ってやつかなぁ」

「はい!? 運命!?」

「オリヴィア嬢。俺のお世話をして暮らしてみない? 大好きなお義姉様のじゃなくて」

「子犬のお世話なら、百歩譲ってしてみたいです」

「じゃあ、それでもいいや。子犬のお世話ついでに、俺のお世話もしてよ」

「殿下……嘘か冗談か、よく分からなくて困るようなこと、言わないで貰えますか?」


 足を止めて振り返ってみると、またさっきの腹黒そうな笑みを浮かべた。半分ぐらい血が繫がっているでしょうに、アルフレッド殿下とちっとも似てない。もちろん、似ていても腹が立つんだけど。あの人は清らかすぎて嫌い。何も言えなくなってしまうから。


「そのどちらでもないよ、オリヴィア嬢。良ければ寂しい者同士、一緒にいてみない?」


 結局、言いくるめられて、子犬のお世話係として召抱えられてしまった。ふにゃふにゃの、眠たい子犬ちゃんを一列に並べて、「ほ~ら、可愛いだろう? 俺の侍女になってくれたら、このお腹に好きなだけ顔を埋めてもいいし、肉球だって触り放題だ」と言われて陥落してしまった。でも、私が頷いた時の嬉しそうな顔を見た瞬間、それまでの悔しさやイライラが吹き飛んでしまったから、もしかしたら私は子犬にじゃなくて、この寂しいノエル殿下に陥落してしまったのかもしれない。






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