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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第二章 ウサギ令嬢の私が、邪魔者をすべて蹴散らすまで!
51/83

18.春の陽射しに弱る秋薔薇に、忌まわしい過去

 


 むっ、胸糞悪いって言った! あまりの衝撃に硬直してしまう。


(ご令嬢がそんなこと、言ってるの初めて聞いたな……)


 彼女は元々下町で暮らしていたみたいだし、まぁ、仕方が無いことなのかもしれないが……。聞くにたえない、とんでもない言葉で罵られたらどうしようという不安が一瞬だけよぎったが、何とか意識を切り替える。


(聞くって決めたんだ、きちんと聞かなくては)


 なるべく哀れまないよう、真剣な思いを目の奥にこめて見つめる。すると、居心地の悪そうな顔をした。鼻にシワが寄っている。そ、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか……。口を開きかけた瞬間、こちらの動きを悟ったかのように問いかけてきた。


「お義姉様から、私のことはなんと聞いていらっしゃるんですか?」

「ええっと、生い立ちについてかな? 義母と……カミラ夫人と下町で暮らしていたと聞いたが」

「本当にお義姉様らしい」

「えっ?」


 その声には憎悪と愛情が混ざっているような気がした。かつての恋人に思いを馳せるような表情で眉をひそめ、じっと、手元のティーカップを見下ろしている。あまりじろじろと見つめるのも失礼な気がして、自分もカップを手に取り、紅茶を口に含んだ。


 美味しい。じんわりと、温かい紅茶が喉の辺りへと染み込んでゆく。陽射しは浅く、ここはまだ現実離れしている。オリヴィアの掠れた金髪が、薄暗い応接室の中で煌きを放っていた。その顔立ちはどこか人形のように整っていて、血の気を感じさせない。睫は長く、肌の色は透き通るかのよう。


「私は……実の父と母の恋人に性的虐待を受けていました。殿下もお会いになったのなら、もうお分かりでしょうけど、母は恋をしていないと生きていけない人間なんです。男の支えが無いと無理なんです」


 その声はやけに淡々としていた。傷なんてどこにも無いように見せかけてはいるが、深く、心の奥に根ざしているような気がした。その忌まわしい記憶が。なんて声をかけるべきか迷い、口を閉ざしてカップを見下ろす。違うんだ。彼女はきっと、私からの慰めの言葉なんて求めちゃいない。話をただ、黙って聞いて欲しいだけなんじゃないのか。手を組み合わせ、真剣に見つめると、ふっとほろ苦く微笑んだ。十六歳の少女とは思えぬ、虚ろで大人っぽい笑みだった。


「私は……そんな母のことが嫌いでした。日中は仕事でいないし、夜は恋人とデート。挙句、家に連れ込んで致す始末ですし」

「い、致す始末……」

「あら、申し訳ございません。なるべく直接的な表現にならないよう、心がけたつもりなのですか。温室育ちの王子様には、刺激が強かったかしら?」

「い、いや。続きをどうぞ……」


 怖い。怖いし、ひしひしと悪意を感じる。ロッティ! 今すぐ帰ってきてくれ!! やっぱり君の妹が怖いんだ。私がおそれていた通りの状態になりつつある……!! 青ざめて震えていると、何食わぬ顔で続けた。


「でも、母は今のお義父様……オーウェン子爵と出会って変わりました。今思えば母に、まともなことを説いてくれる人がいなかったせいなのかもしれません。数々の非常識なことをしでかしてきたのは……。ああ、でも、母は好きな人の言うことなら何でも聞くんです。そのせいで、私も散々な目にあってきました」

「な、なるほど」


 確かに無邪気で天真爛漫でありつつも、奔放(ほんぽう)なふるまいをする人だった。彼女はその美貌で数々の男を悩ませてきたんだろうし、悩まされもしたんだろう。どこか妖精のような、精霊のような、浮世離れした雰囲気をまとうカミラ子爵夫人。その娘であるオリヴィアは複雑そうな顔をして、くちびるをきゅっと噛み締めた。母のことが「憎い」と、そう口にはしなかった。好きや嫌いでは言い表せない、複雑な感情があるんだろう。


「子爵にはずいぶんと救われてきました。今の母も幸せそうで何よりです」

「ずいぶんと他人事なんだな……。いや、まぁ、それだけ辛い目にあったのならそう思いもするか」

「嫌いではないんです。でも、ただただ、好きにはなれない……。その証拠に、母とは必要事項しか話しません」

「そ、そうか……。冷え切っているな」

「罵り合うよりましかと」


 それはそうだけども! 切って捨てたような言い方に冷や汗が出る。それにしても、この話が一体どう、私とロッティの結婚を反対する理由に繫がっていくのか……。いぶかしげな顔をしているのに、気が付いたのか、カップをソーサーの上へと置いて続ける。


「私はそれまで地獄にいました。でも、お義姉様が救ってくれたんです」

「ロッティが……?」

「はい。忌まわしい記憶を思い出して暴れる私を、お義姉様があのウサギ姿でそっと、寄り添ってくれたんです」


 深い紫色の瞳に涙を浮かべ、笑う。そうしていると、十六歳の少女に見えた。そうか、ロッティが心の支えになっているのか。今も。


(気軽に結婚したいと言える状況じゃなくなってきたぞ、これ……。どうしよう? これじゃあただの、私のわがままじゃないか)


 でも、そんなことは重々承知の上だ。なにもロッティじゃなくてもいい。でも、恋愛なんてそんなものだ。きっと、私じゃなくとも、誰だって。他に相手を探そうと思えば見つかるけど、その人がいいと思って選ぶんじゃないのか。自分で自分を奮い立たせ、息を吸い込む。真剣に見つめていると、眉がぴくりと動いた。気に食わなさそうな、つまらなさそうな顔をしている。


「……お義姉様は、私を娼婦の娘だと言って蔑みませんでした。それどころか、ウサギ姿で毎晩一緒に眠ってくれました。食欲が無いと言えば、スープを持ってきてくれたし、泣けば、私の膝の上でお腹を向けてくれました」


 心細くて淋しい少女に寄り添っているロッティを思い浮かべ、口元が緩んでしまう。きっと、ロッティのことだから、新しく出来た妹に優しく寄り添っていたんだろう。出会った頃、私にしてくれたようにきっと、「そんなこと考えなくてもいい、ヴィーは悪くないんだよ」と言っていたんだろう。微笑んでいると、苛立ったのか舌打ちをした。舌打ち……!? 舌打ちなんて誰にもされたことなかったのに。今、生まれて初めてされたかもしれない……。思いの外、ショックだった。


(舌打ちって……攻撃力あるんだな。な、なにも言われてないのに、心のダメージがすごい)


 落ち込みながら震えていると、澄ました顔でカップを持ち上げ、言い放つ。


「それなのに、ある時から一緒に眠ってくれなくなったんです。殿下。それまで毎日一緒に眠っていたというのに!」

「そ、そうなのか……」

「ええ。私はまだ、悪夢を見てうなされているというのにです。お義姉様は婚約破棄された晩でさえも、私と一緒に眠ってくれたというのにです」

「ああ。ロッティらしいな」

「っそうじゃないでしょう!? あなたのせいではありませんか! アルフレッド殿下!」

「わっ、私のせいなのか!? それが!?」


 何が言いたいのかと思えば、それが私のせいなのか!? 一体どうしてなんだ!? 今時の子が分からなさすぎて怖い! 分かるように言ってくれ、頼むから、私にも分かるように言ってくれ……!! 憤慨(ふんがい)して立ち上がったオリヴィアがふーっ、ふーっと、手負いのドラゴンのように息を荒げている。怖い怖い怖い怖い! ロッティ、帰ってきてくれ! 今すぐに! 私の下へと!!


「だっ、だって、お義姉様が、殿下が嫉妬しちゃうからだめだって、そうおっしゃったんですもの……!! 私にまで嫉妬するような心の狭い男に、お義姉様は渡せません! 異常だわ!」

「あっ、あ、ああああああ~……!! あれか。ご、ごめん」


 確かに言った。義妹と毎晩寝てると聞いて、嫉妬してしまった。が、いちじるしく何かを誤解しているようなので、憤慨した顔の義妹を手で制する。


「ちょっと待ってくれ、落ち着いて聞いて欲しい。嫉妬している訳じゃないんだ。た、ただその、私が思う存分もふもふ出来ないのに、今、こうしている間にも、その義妹はウサギ姿のふわふわロッティを抱き締めて眠っているのかと思うと、いてもたってもいられず、つい」

「嫉妬ではありませんか! 本当に、心が狭くて嫌な男!」

「ぐっ……!!」


 なっ、何も言えない。その通りだから何も言えない。青ざめて硬直していると、「ふん!」と鼻で笑い、ソファーへと座り直した。今すぐ部屋に帰りたい……。今日は最悪な一日になりそうだ。父上の国葬以来か? こんなにいたたまれない気持ちにさせられるのは。


「結婚するというだけでもショックなのに、それからお義姉様は、私にあまり構ってくれなくなったんです。以前は一緒にお買い物にも行ってたのに、今は朝昼晩のお散歩だけ……」

「ちょっと待ってくれ。朝昼晩とお散歩に行ってるのか? ロッティが!?」

「さようです、アルフレッド殿下。いいえ、でも、そのほんの僅かな安らぎでさえも奪われてしまいました。殿下、あなたの母君の生家とやらに引っ越してしまったから……!!」

(あっ、ああああああ……!!)


 なるほど。今まで溜まりに溜まっていた私への不満が、今ここでこうして爆発しているのか……。ようやく理解が出来たぞ、帰りたい。もうこの部屋から逃げ出したい。退出してしまいたい。目を逸らして、淡く微笑む。人間、どうしようもなくなるともう、笑うしかないんだな……。


(となると、これだけじゃ終わらないよな……? 反対するだけじゃ終わらないだろうな。これから、私の精神をずたぼろにする時間が始まるのか)


 はたして耐えられるんだろうか。いいや、きっと耐えられない。淡く微笑んだまま、かたかたと震えていると、目に涙を浮かべ、きっと睨みつけてきた。


「私にはお義姉様しかいないんです。お義父様もお母様も頼りになりません。喋りたいとは思えない……。お義父様はかろうじて、私のことを気遣ってくださいますが、その度に母が嫌な顔をするんです。あの人は実の娘に、ようやく出会えた運命の人とやらを奪われやしないか、気を張りつめて嫉妬しているんです。どうしようもない女なんです、本当に」

(こ、怖い……。闇を感じるなぁ)


 もう限界だ。胸焼けを起こしそうだ。ロッティ、君のふわふわなお尻を庭で眺めていたいよ。ああ、ただひたすら、君に向かってボールを投げていたいよ……。はがはが息を荒げながら、小さなボールを持って来たロッティを思い出して笑う。ああ、疲れたなぁ。結婚というのはこんなにも、難しいこと続きなのか……。


(ただ籍を入れるだけなのになぁ。それだけで終わるはずなのになぁ)


 遠い目をしていると、膝の上でぎゅうっと拳を握り締め、ぼたぼたと涙を落として泣き始めた。十六歳の女の子が癇癪(かんしゃく)を起こして、泣いているように見えて、少しだけほっとする。


「い、いくらでもいるでしょう? 他にも沢山。綺麗なご令嬢が……。わ、私にはお義姉様しかいないのに。家賃も物価も高くない都会から離れて、郊外に移り住んで、世俗を嫌って田舎に移り住んだ貴族の子供達に勉強を教えようと思っていたのにっ!」

「やけに現実的で具体的だな!?」

「はい。だって、お義姉様が婚約破棄された時、もしも良い人が現われなかったら、二人でのんびり田舎で暮らそうねと言っていたのに……女二人でも、田舎に移り住んでつつましく生活していれば上手くやっていけると思って。そう」

「そ、そうか……」


 どうしよう。やけに具体的だし、もう、これは……。何も言えずに黙り込んでいると、案の定、(まなじり)を吊り上げて睨みつけてきた。


「それなのにアルフレッド殿下が現われて、全てを台無しにしていったんです……!! その上、心がノミのようにみみっちくて、お義姉様と私が一緒に寝てるのにも文句をつけてくるし」

「も、申し訳ない。知らなかったんだ……」

「お義姉様を返してください。私の……私の、たった一人の家族なんです。家族と思える人なんです。殿下は色んな人に囲まれて暮らしてるのに。こっ、孤独なんかじゃないのに……!! い、一体どうして、お義姉様じゃなきゃいけなかったんですか!? あなたには沢山いるのに! 私にはお義姉様以外、誰もいないというのに!?」


 鋭く、ずきりと胸が痛んでしまった。そうか、奪ってしまったのか。この少女からたった一人の家族を。でも。思い直して顔を上げる。ぐすぐすと泣いて、目元をこすっていた。


「でも、ロッティも私のことを望んでいる。結婚したがっている。だろう?」

「……」

「君は年のわりには賢いから、気が付いてるはずだ。こうやってここに来て、私に文句を言っても無駄だと。そう」

「はい。だから、嫌がらせをしに来たんです。何事もなく、順調に結婚式を挙げて幸せになるだなんて……。到底許せません。私が不幸で、孤独になるのと引き換えに幸せになるおつもりですか?」

(こっ、怖いよ! ロッティ、怖いよ!! 君の妹、やっぱり怖いよ! ロッティ!!)


 い、いや、大丈夫だ。まだ挽回(ばんかい)出来るはずだ。そうだ、叔父上を頼ろう。なにせ“敵を作らない”パーセル伯爵家の次期当主であり、実の叔父だ。これぐらいの頼みごと、難なく受け入れてくれるだろう。震えながらも、恨みと嫉妬全開でぎりぎりと睨みつけてくるオリヴィアを見つめ、力なく微笑む。


「ええっと、もちろん、君からお義姉様を奪ってしまうのは心苦しいし……。無視して、幸せになるつもりなんてないよ。よっ、よよよよよ要するに、ロッティと一緒に暮らせたらそれでいいんだろう? 大丈夫だ。私から叔父上に言って、彼女の、ロッティの侍女として君を雇うよう、」

「本当ですか!?」


 ぱぁっと顔が輝いた。よ、良かった。思ったよりも単純な子で……。きっと、根は悪くなくて良い子なんだ。そう思いたい。


(きっと、ロッティをもふもふしていないから、心がささくれだっているんだな……彼女の毛には安眠効果と、リラックス効果があるからなぁ)


 気を落ち着かせるため、クッキーを摘まみ上げて食べる。あ、味がしない……。固めた、ぼそぼその砂の塊を食べているかのようだ。それを無理矢理飲みこんでから、口を開く。


「本当だとも。今日にでも手紙を出して伝えよう。私とロッティが結婚したあとでも、侍女として働けばいい。それに、も、もう嫉妬なんてしない。君達が一緒に眠っていようが、お散歩していようが、ピクニックに行ってようが何も言わない。だからその、許してくれるかな……? 私とロッティの結婚を」

「仕方がありませんね。じゃあ、それで。ああ、あと」

「まっ、まだ何か……!?」

「お義姉様に私が贈った首輪とリードをつけて、私と散歩するよう、そう言ってください。親愛の証なのに、最近は王女様と殿下が作ったリードしかつけないから」

「あ、ああ。そんなことか。分かった……」


 オーレリア! 余計なことを。だからわざわざ、リードと首輪なんて贈らなくていいと言ったのに。でも、オーレリアにまで嫉妬していたのか……。ちなみに獣人は、好きな人にリードを持って貰うことが恥ずかしいことらしく、家族とのお散歩はただのお散歩らしい。妹と散歩すると、嬉しそうに話していたので、「恥ずかしくないの?」と聞いてみると、不思議そうにこてんと首を傾げ、「妹とのお散歩がですか? いいえ、ちっとも!」と言ってきた。可愛かった。


 どうも、家族や親しい友人にはリードを()()()()あげているらしい。好きな人にはリードを持っていて欲しいという、よこしまな気持ちがむくむくと湧いて出てくるから、恥ずかしいこと。らしい……。分かるような、分からないような気持ちにさせられる。


「じゃあ、私からロッティにそう言っておこう。あと、他に何か言いたいことは?」

「まだまだあります。沢山あります」

「そ、そんなにあるのか……。でも、いいよ。確かに君の言う通り、事実だ。なにもロッティじゃなくても良かった。他に、好きだと言ってくれるご令嬢はいたのに」


 でも、どの女性も権力目当てにしか見えなかった。私の向こうに透けて見える、王子妃という地位が欲しいだけにしか見えなかった。今まで言い寄ってきた女性を思い出し、笑う。物言いたげな顔で、オリヴィアがこちらを見つめていた。


「だから、どんな文句でも受け止めよう。……すまない。君から唯一の家族を奪ってしまって」


 私に出来ることはこれぐらいだ。謝るぐらいしか出来ない。でも、ただ文句を言いたいだけなのかもしれない。大事な家族が奪われ、止められないと理解してはいても、奪ってゆく相手の幸せが許せない。


(私も将来、娘が生まれて男を連れてきたら、攻撃的になってしまいそうだな……)


 嫉妬であることは本人がよく分かっているだろうし、言うだけ言って、ストレスを発散すれば多分、もうこれ以上は何も言ってこないだろう……。多分。そう思いたい。穏やかに微笑みながら見つめていると、表情がうかがえない顔でぽつりと呟いた。


「どんな文句でも? 本当に? あなたは繊細で泣き虫な王子様なのに?」

「うっ、だけど、仕方ない……。分かっているつもりなんだ、君の気持ちを。ええっと、もちろん、本当の意味で理解していると言えば嘘になるだろうし、分かっているつもりでしかないが」

「はい」

「でも、どうしようもないことが起きて、泣きたくなる気持ちは分かる。家族の結婚であれ、不幸なことであれ一緒だ。変えようがない点で言えば同じことだし……ええっと、つまりは!」


 だめだ。気を使いすぎて、何が言いたいのか自分でもよく分からなくなってきた。気を取り直して、改めて向き直る。


「辛いだろう。本当にごめん。すまない。だけど、絶対に一生大事にするから、ロッティのことを。……ちゃんと、君から家族を奪ったという事実も覚えておく」

「アルフレッド殿下……」

「君の言葉を借りるのなら、君の孤独と引き換えにして幸せになる。すまない、本当に。許してくれとは言わない。でも、その苦しい気持ちを理解しながら奪ってしまう。本当に本当に、申し訳ない……」


 深々と頭を下げてみると、何も言わずに黙り込んだ。誠意を見せるしかない。私がこの子を不幸にしてしまったのは、変えようがない事実だし。


「好きなんだ、どうしても。ロッティのことが。わがままだって分かっている。だがしかし、」

「もう結構です。殿下」

「オリヴィア嬢」


 顔を上げてみると、泣き出しそうな顔で微笑んでいた。ああ、胸が痛い。ここまで来て、不敬と取られかねない発言ばかりするということは、かなり苦しんでいるという証じゃないのか。……そうは見えないが、何かしら絶対に理由はある。はたから見て、眉をひそめられるようなことをする人は脆く(もろ)、どこかで酷く苦しんでいる人でもあるんじゃないのか。見つめ返して、言葉を持っていると、涙ぐみながら静かに首を横に振った。


「もういいです。……でも、最後に一つだけ、言いたいことがあります」

「どうぞ、何でも言ってくれ」


 手加減して欲しい……。そんな呟きが喉の奥から出そうになったが、何とか呑みこむ。ここで逃げたってもう、どうしようもないから。が、予想に反してふわりと、淋しそうな微笑みを浮かべた。秋に咲く薔薇のような微笑みだった。


「お義姉様は差し上げます。……アルフレッド殿下。私の孤独と引き換えに、幸せになるんでしょう? ちゃんとお義姉様を大事にして、二人で幸せになってくださいませ。でないと、私が苦しいままです」

「もっ、もちろん! あり、ありがとう……!!」


 よ、良かった~……。悪口でも罵りでもなく、祝福の言葉で良かった~……!! ばくばくとうるさい心臓を上から押さえ、笑いかける。ようやく警戒心の解けた笑顔を見せてくれた。先ほどまでの棘はもう、どこにも見当たらない。


「それでは、私はこれで失礼させて頂きます。あと」

「あっ、はい。な、ななな何でしょう?」

「お義姉様は王子様と結婚するのが夢だったんですよ」

「そうだったのか……嬉しいな、それは」


 知っているが、話を合わせておく。でも、本当に良かった。私が知らないと思って、喜ぶようなことを言ってくれたということはつまり、許してくれたのでは……!? 汗を掻きながらも扉を開け、見送る。ロッティ達が帰ってくるまで待っていればいいと言ったのに、断固として頷かなかった。去り際、ふっと悪女めいた微笑みを浮かべる。


「お義姉様にとって、私はただの邪魔者ですから。どうぞ、私のことはお気になさらず、ありのままを話してくださいませ。殿下が私のことを悪く言えば言うほど、お義姉様も安心なさるでしょうから」

「言わないよ、そんなこと」


 何故かはっと、驚いて見上げてきた。丸く見開かれた紫色の瞳が幼くて、ついつい笑ってしまう。


「言わないよ、そんなこと。大丈夫。今日はありがとう……君の苦しさを知らずに、結婚してしまうところだった。籍を入れる前に、ちゃんと話し合えて良かった。ありがとう。言い辛いことだったろうに、苦しい過去まで話してくれてって、ああっ!?」


 お礼を言っている最中だったのに、無言で背を向け、すたすたと歩いて行ってしまった。その後ろ姿を呆然と見送り、溜め息を吐く。


「疲れた……!! 散々な日だった、今日は。ロッティに、ロッティに慰めて貰わないと生きていけない。辛い!!」




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