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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第二章 ウサギ令嬢の私が、邪魔者をすべて蹴散らすまで!
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16.殿下からの贈り物と接待けりけり

 

 その後、ベーコンが焼けているようないい匂いにつられ、アルフレッド様がふらふらと、スープを売っている屋台へ歩いていった。その屋台でかき混ぜられていたのはトマトスープで、中にはざく切りにした玉ねぎとセロリ、人参とベーコンと、貝殻の形をしたパスタが入っている。具沢山で美味しそう! ついさっき、恋人パンを食べたばかりなのに、お腹が減ってきちゃった。


「次はこれを頼もうか、ロッティ」

「はい! でも、お肉食べれないので出来たらその、」

「じゃあ、分けっこしようか。これも。お肉は全部私が食べるよ」


 嬉しそうににこにこと笑いながら、そう言ってくれたので頷く。するとまた、笑顔で「可愛い~」と言ってくれた。た、楽しい。街歩きデート……!! いつもとは違ってかなり新鮮。それから二人でスープを頼み、がやがやと人が行き交う、屋台が立ち並んだ広場を歩く。陽射しも強くないし、本当に過ごしやすい良いお天気だった。どのタイミングでスープを分けっこするのかなと思って、隣を歩くアルフレッド様を見上げてみると、必死に頬を膨らませ、ふうふうしていた。ね、猫舌だっけ? ものすごく真剣に、スープをふうふうしてらっしゃる……!!


 ようやく冷めてきたのか、満足そうな顔でスープを見下ろした。それからすぐに振り返り、笑顔で「はい、どうぞ」と言って差し出してくれる。


「あ、あの……? あるふ、ええっと、フレッド様がお先にどうぞ」

「フレッド様……ええっと、そういう訳にもいかないから。あと、もう冷めてるし。熱くないよ?」


 その言葉を聞いて、思わず目が丸くなってしまった。もしかして、私のため? アルフレッド様が「ん?」とでも言いたげに、首を傾げ、穏やかに微笑んでいる。


「もしかして……私のためなんですか? 必死にふうふうしてたのは」

「うん。猫舌だろ? ロッティは」

「嬉しい……ありがとうございます! 私、アルフレッド様の好きなところを新しく発見しました。ふふふっ」

「スープを冷ますしか取り柄の無い男だからな、私は……」

「ちっ、違う違う! 違います!!」

「いや、いいんだ。気を使わせてしまってごめん。でも、君の妹と会う時にそれがアピールポイントになるかと言えば違う。こんなの、生きてる人間なら誰だって出来ることじゃないか……」

「意外とストレスを感じてるんですね? ヴィーと会うの」

「怖いっ……!! 私の前で豹変したらどうしよう!? こんなっ、こんなっ、必死でスープを冷ますしか能が無いクソ王子にお義姉様はやりません! って言われたらどうしよう!? これは一種の戦いなんだよ、ロッティ。向こうはきっと、私を殺す気満々でやってくるに違いない……!!」


 アルフレッド様が両手でスープカップを持ったまま、ぶるぶると震え出した。久々に見るからか、嬉しい~! アルフレッド様、よわよわで可愛らしい~! にこにこと満面の笑みで見守っていると、少し戸惑い、冷静になって見下ろしてきた。


「ええっと、ロッティ? 随分とご機嫌だね……?」

「よわよわアルフレッド様が、久しぶりに出てきて嬉しいんです! 大好きっ」

「ロッティ……!! 可愛い、可愛いなぁ、もう」


 腕にしがみついて、るんるんとご機嫌で歩いていると、さっきまでの憂鬱さはどこへいったのやら、でれっとした笑顔を浮かべて褒めてくれた。それから、せっかく冷まして貰ったんだし、私が先に食べることになった。スープ屋さんで渡されたスプーンを持ち、まずは人参と玉ねぎを掬い上げて食べてみる。すぐに玉ねぎの甘みとトマトの風味がじゅわっと染み出し、胃の辺りがじんわりと温かくなってゆく。


「おっ、美味しい~! しゃきしゃきしてます! 美味しいっ」

「一口貰おうかな……」

「ふふふ、どうぞどうぞ」

「ありがとう」


 ベーコンと玉ねぎを掬い上げ、口へ運んであげると、嬉しそうに笑っていた。その笑顔が以前、亡くなった王太子様に向けていたものと似ていて、ほっとする。


(こうやって少しずつ、あの時の笑顔が取り戻せたらいいな……)


 きちんと丁寧に噛み締めているアルフレッド様を笑顔で見守っていると、香ばしい焼き立てパンの香りと共に、「今、焼き立てが入ったよ~! 焼き立てだよ~」というかけ声が聞こえてきたので、瞬時に意識を切り替え、そちらへ猛然と走って向かう。置いて行かれそうになったアルフレッド様が、口元を押さえながら、慌てて走ってついてきた。


 たどり着いた先で並べられていたのは、玉ねぎとチーズが練りこまれたバゲットのような形のハードパン。それにバジルとセミドライのトマトが入ったブール。トマトスープに浸して食べようと一瞬で決め、二人で頷き合う。


「公園に行って食べようか。近くにあるし」

「そうですね! そうしましょうか、あなた」

「可愛い……。可愛い!」

「耳が出ていなくてもその、可愛いですか……?」

「もちろんだよ、ロッティ。あと、非常に言いにくいことがあるんだが」

「な、なんですか? もしかして毎日ブラッシングねだってるの、負担になってますか!?」


 紙袋を持ったアルフレッド様が、沈鬱な表情を浮かべ、首をふるふると横に振る。な、何だろう? もう私とのお散歩にあきあきしたとか、さっき爪切りを憎んでいたから、もうしないよとか……? ウィッグの中の耳を震わせながら、話の続きを待っていると、ぎゅっと私の手を握り締めてくれた。辺りに人はあまりいなくて、公園沿いの並木道は穏やかで心地良い。頭上ではさやさやと、木々が風に揺れていた。


「実は……ウサギ姿の君より、人の姿の君の方が好きなんだ」

「えっ、そうなんですか!? ひょっとして、私の体に飽きちゃいましたか……?」

「いや、飽きてはいないよ!? ただ、その、非常に言いにくいんだが、実はブラッシングも散歩も、私にとってはいちゃいちゃの内に入らないんだ……」

「そ、そんな! 一体どうしてですか!? 知りませんでした、そんなの!」

「今まで嘘を吐いていてごめん、ロッティ。で、でも、出来れば人の姿でいて欲しくて……最近長いから、ウサギの姿でいるのが」

「じゃ、じゃあ、抱っこも爪切りも、アルフレッド様にとってはいちゃいちゃじゃなかったんですか……!?」

「そうなんだ。今まで騙していてごめんよ、ロッティ。実は私にとって、これがいちゃいちゃなんだ」


 王立公園の出入り口が見えてきた瞬間、手を引いて、ちゅっといきなり頬にキスされてしまった。背筋がぞわわっと震え、ウサギ姿に戻りたくなってしまう。でも、何とか耐えた。もうそんな子供じゃないし! 赤くなって見てみると、アルフレッド様はにんまりと、色気の滲んだ笑みを浮かべている。


「わっ、分かりました……!! これがいちゃいちゃなんですね!? じゃ、じゃあ、アルフレッド様にキスします! 屈んでください!」

「喜んで」


 笑いながら、ちょっとだけ背中を曲げてくれた。伸びをして、思い切ってそのくちびるにキスしてみる。うん。お腹ふがふがもふもふよりも刺激が弱い……!! 離れると、アルフレッド様がよりいっそう、嬉しそうに笑った。


「ありがとう、ロッティ。もう認識を正さなくてもいいかなと、そう思っていたんだが……」

「でも、アルフレッド様はたったこれだけで満足出来るんですねえ」

「いや、流石にこれだけじゃ物足りないけど!?」

「お腹ふがふがもふもふの方が、よっぽど刺激的です! 物足りません!」

「えっ? そうかな……?」

「そうですよ? 気付きませんでしたか?」

「何だかそんな気がしてきた……。まぁ、ロッティがそう言うのならそうだな! またしてあげるよ。今日、帰ってからでも」

「はふっ!」


 も~! アルフレッド様ったら、昼間から大胆なんだから! そうやっていちゃいちゃしつつ、王立公園に足を踏み入れる。真っ先に出迎えてくれたのは、大きな黒いドラゴンの彫刻だった。こちらに向かって咆哮し、黒い両翼を広げている。物々しい。今にも飛びだってしまいそう。


 二人でしげしげと眺めながら、なだらかにカーブしている小道を歩き、木の近くにあったベンチへと腰かける。なんて名前の木か分からないけど、沢山の白い花を咲かせていた。小さな花が集まって房となり、緑の葉と一緒に風に揺れている。ふと上を見れば、澄んだ青空が広がっていた。


「ピクニック日和ですねえ、アルフレッド様。美味しい~!」

「だねえ。久々だな、こうやってまったり過ごすのは。ここ最近、ずっと忙しくしていたような気がする……」


 アルフレッド様が両手で、分厚いベーコンとチェダーチーズと酸っぱいピクルスが挟まれた、丸いブールのサンドイッチを食べている。結局、最初に見たパンだけじゃ物足りなかったみたいで、追加で頼んでいた。私はバジルとセミドライトマトのパンへ齧りつき、その味に頬を緩める。


 今まであんまり意識したこと無かったけど、半分乾いてるトマトも美味しい! バジルと、あと他にも、黒胡椒とオレガノが入っていて、たまらない香りを漂わせている。しばらくの間、二人で夢中になってパンを食べていると、ざぁっと、風が木々を揺らめかせ、首筋を撫でていった。目の前には芝生が広がっている。陽がさんさんとそれを照らしていて、絵のように美しかった。


「なんだか……プロポーズして貰った時の絵を思い出しますねえ」

「だね。って、ああああああ!? 忘れてた!」

「おっ、お財布をですか!? それともブラシをですか!?」

「大丈夫。君のブラシはちゃんとポケットに入ってるから……。そうじゃなくて、ええっと、しまったな。パンに夢中ですっかり忘れてた」


 さっきのサンドイッチを食べ終え、オレンジピールと胡桃の素朴なスコーンを味わっていたアルフレッド様が困ったように笑い、溜め息を吐いて落ち込む。いつもとは違って、黒髪なのが新鮮だった。


「あ、あの、何を忘れてたんですか……?」

「とりあえず、そのアップルパイを食べ終わってからにしようか。ついてるよ、口元に。可愛い」

「ふぁっ!?」


 すっと、アルフレッド様が手を伸ばして笑い、口元についていたパイの欠片を取ってくれる。そのまま平然と、指を口へと運んだ。思わずまじまじと見てしまい、垂れた耳の先にかっと血が集まる。い、いつもより意識しちゃってるかもしれない……!!


「はっ、早く食べますね! あっ、そうだ。アルフレッド様も食べます!?」

「じゃあ、少しだけ貰おうかな?」


 顔を近付け、私の両手にそっと手を添える。たったこれだけの動作なのに、心臓のどきんと跳ね上がった。ゆっくりと丁寧に、食べかけのアップルパイへと齧りつき、よく噛み締める。ふわりと、嗅ぎ慣れた古い木のような、甘い香りが漂ってきた。アルフレッド様の香りだった、これが。


「美味しいね。甘さも控えめで」

「でっ、でででですね……!!」

「緊張してる? 可愛い」

「ふぁっ!?」


 甘い微笑みを浮かべながら、顔を覗き込んできたからついついうっかり、その美しいお顔立ちにアップルパイをべちゃっと、押し付けてしまった。「ぶっ!?」と声を上げる。自分でアップルパイを顔に押し付けておきながら、小刻みに震えていると、苦笑いしながらアップルパイをのけた。


「ごめん、からかいすぎた。つい可愛くて」

「もっ、もももも申し訳ありません……!! つい、つい! その、緊張してしまって!」

「いや、大丈夫。どうぞ」

「あっ、ありがとうございます……」


 アルフレッド様が優しい方で良かった……。これが陰険いじわるブラコン陛下だったら、静かに怒り出しているところだった……。冷や汗を掻きながら、残りのアップルパイを平らげていると、顔色の悪い私を気遣い、「大丈夫だからね? 本当に」と言ってくれる。


「すみませんでした、本当に……。でも、もう大丈夫ですよ! 話ってなんですか?」

「ああ、実はこれ……作らせていたものが先日届いて」

「わっ」


 アルフレッド様がしゅるりと、手の中に黄金色の風を吹かせ、青いビロードの小箱を出現させる。こ、これは、もしかして……!! 食い入るように見つめていると、ゆっくりとふたを開いた。中に収められていたのはシロツメクサの指輪で、金のつたが絡み合い、煌く小粒のグリーンペリドットを抱いている。


「わっ、わ~……!! すごい、可愛い! 綺麗! オーダーしてくださったんですか!?」

「うん。実はかなり迷って……君は高級品に興味が無いみたいだったから。無機質に大きいダイヤモンドが並んでいる指輪よりも、こっちの方がいいかと思って」

「わ~! はめっ、はめてみてもいいですか!?」

「もちろん。あ、つけてあげるよ」

「あっ、はい! では、よろ、よろしくお願いします……!!」


 ゆっくりと優しく、左手の薬指に通してくれた。陽にかざすと、きらきらと澄んだグリーンの光を放って輝き出す。なんだか涙が滲み出てきた。ぎゅっと自分の手を胸元で握り締め、笑いかける。


「あ、ありがとうございます……!! 婚約首輪だけで十分だったのに!」

「申し訳ない。人間の私からすると、それだけは流石にちょっと……」

「不思議ですねえ。首輪をするのはその、い、いいや、やめましょう! 昼間っから、首輪の話をするだなんてはしたないっ!」

「そっかぁ……はしたないんだね」


 身悶えていると、曖昧な微笑みを浮かべて頷いていた。温度差を感じるけど、仕方ない。アルフレッド様は首輪を見て興奮したりはしない。二人で寄り添い、指輪を眺めて笑う。


「遅くなってしまってごめん。でも、ようやく渡せて良かった……」

「はい! これでご令嬢方にバカにされたりしません! 武器として使います!」

「武器として……? ええっと、それをつけて殴るのはやめておいた方がいいよ。ごつごつしてるし、痛いと思う」

「そっ、そんなことはしませんよ!? するのならええっと、ウサギ姿で蹴りを入れてやります!」

「あっ、それ、今度、私の足にして欲しいかもしれない」

「ふぉっ!? も、もしや、そのケがおありで……!?」

「いや、単純に可愛いからかな」


 たぶん、アルフレッド様が想像している蹴りとまったく違うと思います……。ウサギの蹴りは意外と痛いんですよ?


(でも、蹴って欲しいのなら……。そうね! 痛くないように、可愛らしくけりけりしなくては! 接待蹴りしようっと)


 城に戻ったその後、ウサギ姿になって足をけりけりっと、優しく蹴ってあげた。その接待蹴りをいたくお喜びになり、「ロッティ、可愛い~!」と言って抱き上げてくれた。そのあとソファーへ移動して、約束通り、お腹をふがふがもふもふしてくださった。アルフレッド様にお腹をふがふが嗅がれながら、ふすんと息を吐く。


(うん! 今日一日でかなり距離が縮まったような気がする……!! ふふふ、沢山いちゃいちゃしちゃった! 幸せ~! ふふふふっ)








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