11.私に似ていない、拗らせたお兄様のお見合い
そんな訳で、お兄様をパーセル伯爵家へ連れて行くことになった。もうじき盛夏に差しかかるからか、陽射しがいつもより強い。青空も色が濃くて、鮮やかで、白い入道雲がもくもくと湧き上がっていた。
そんな景色を馬車の中から見つめていると、向かいに座ったお兄様がおもむろに溜め息を吐いた。今日は流石にいつものお手製ローブ(ぼろぼろで汚い)を脱ぎ捨て、流行遅れの古臭い紺色スーツに身を包んでいる。袖口に並んだ金色のカフスボタンといい、ポケットにあしらわれた薔薇の刺繍といい、どことなく古臭い。
それから私とは違って、焦がしたキャラメルのような色をした髪────この髪もいつもは、汚れたホウキの先のようにぐしゃぐしゃに乱れてる────をゆるく掻き上げ、ワックスで整えていた。そこから垂れているウサギの耳も、一応ブラッシングしたのか、艶を放っている。でも、生気を失ったグリーンの瞳は虚ろで、寝不足なのか、くまがくっきりと浮かび上がっていた。頑なに窓の外を見つめ、こちらに話しかけようとしない(返事もしない)、兄のシリルを見て、隣に座ったアルフレッド様がひたすら戸惑っていた。
どうしたらいいのかよく分からないみたいで、「はぁ」とあてつけがましい溜め息を聞くたびに、おろおろとした表情で私を見つめ、途方に暮れたような顔をする。
(まったくもう! アルフレッド様を困らせるだなんて!)
ここは妹として、だらしのない兄を叱らなくては! 一つ咳払いをしたあと、ペールグリーンのサテン生地に、可愛らしい草花柄が散ったドレスのひだを整える。真ん中に座るアルフレッド様は、私のドレスに合わせ、爽やかなグリーンのスーツに身を包んでいた。
「もう、お兄様ったら。何回目? そのわざとらしい溜め息は! アルフレッド様にも失礼でしょう? 頬杖をついてないで、ちゃんとこっちを見て、」
「シャーロット。お前は私を陽の光の下に引き摺り込んでおいて、まだごちゃごちゃと何か言う気なのか? ……ああ、もう限界だ。早くも家に帰りたい」
「ついさっき、馬車に乗ったばかりでしょう!? もうっ! お兄様ったらもう!」
「……」
お兄様と話していると、イライラさせられる。体についた草の実も遠慮なく引っ張って、毛を引き千切ってくるし、私が最後に大事に残しておいた人参も食べてしまうし……。ろくに喋りもしないし、家に引きこもって、魔術の研究ばかりして! 不満に思っていたその時、初めてアルフレッド様が兄のシリルに話しかけた。初対面で「どうも……」と言われた瞬間、話しかける勇気が砕け散ってしまったみたいだったのに。
「ええっと、意外だな。ロッティとはあまり似ていない……」
「殿下。無理に話しかけてくださらなくても結構ですよ。どうぞ、私のことは放っておいてください。人と話すだけで気力が削られる。疲れる」
「えっ? あ、うん……。私もそういう時はあるなぁ」
「もーっ! さっきからアルフレッド様に失礼なことばかり言って! 王族だってこと、ちゃんと理解してますか!?」
「その台詞、そっくりそのままお前に返してやろう。シャーロット。つらつらと陛下の悪口ばかりを書いた手紙を寄こしやがって。万が一、逆賊と疑われたら一体どうするつもりだ? 冬なら薪代わりにするのに……ああ、今度からは冬にだけ手紙を送ってくれ。薪の代わりに燃やすから」
「もやっ……」
「あっ、アルフレッド様!? 大丈夫ですか?」
軽く震え、硬直する。ど、どうしよう……。陛下の悪口、書いて送ったのがばれちゃった……。おそるおそる顔を覗き込んでみると、愕然とした表情で口を開けていた。
「そ、そんな……!! ロッティからの手紙を燃やすだなんて!」
(そっち!? 優しい!!)
「殿下にとっては溺愛すべき存在なんでしょうが、私にとっては違う。どうでもいい存在だ。いいや、口うるさい存在か……。でも、大丈夫。結婚式には出席しますよ。出ないことでとやかく言われたくないので」
こちらを振り返りもせず、つらつらと述べるシリルを眺め、またショックに震える。そ、そっか。アルフレッド様、こんな失礼な人間に遭遇したことがないから……。
(お兄様、陛下の前でもこんな感じなのかしら? 会わせてみたい!)
不思議な反応が返ってきそう。じろじろと、一応端正ではある横顔を眺めていると、「ふん」と鼻を鳴らした。
「いいか? シャーロット。お前は私に女をあてがいたいようだが」
「お、女……」
「女性と言ってください。せめて。お兄様!」
「はいはい、女性女性……。私は一生、結婚しないからな? 面倒臭い。どいつもこいつも……あ~あ、やだやだ。女と結婚したいというやつの気が知れん。もう帰りたい」
「お兄様! も~、すっかり拗らせちゃっているんだから!」
以前、年下のご令嬢としぶしぶ婚約したさい、「やっぱり、男性にウサギの耳がついているのはちょっと……」と言われて振られたあげく、浮気されていたので、すっかりひねくれてしまった。あれ以来、「女なんてみんな一緒だ」が口癖で、夜会やお茶会に出ようとしない。そんなシリルを見て、アルフレッド様がこわごわと手を組み直したあと、話しかけた。
「えーっと、シリル? いいや、それとも義兄上と呼んだ方がいいのか……」
「むず痒いのでやめてください。どうぞ、シリルとお呼びください。殿下」
「分かった。シリル? ええっと、君も真実の愛に出会えたらきっと、」
「あ、アルフレッド様!?」
こっ、こんな兄に向かって愛を説くの……!? そもそもの話、何とかなると思っておすすめしてみたけど、会わせる前から「失敗しちゃったなぁ」って、私はそう思ってるのに!?
(アルフレッド様……なんてピュアなの!? 素敵!)
うっとりしながら見上げていると、案の定、兄が「はっ!」と鼻を鳴らして笑った。あとで蹴ってもいいかもしれない、こいつ。
「真実の愛、ねえ……。ばかばかしい。女の顔眺めてるよりも、魔術書を眺めていた方が有意義だ。会うだけ会って帰るか。今日は」
「もーっ! お兄様ってば! アルフレッド様になんて失礼なことを言うんですか!? それに、相手は心身ともに衰弱している、か弱いご婦人なんですよ!? くれぐれもそんな発言はやめて、」
「美人だと聞いたが、お前……。シャーロット? 顔は見たことあるのか?」
「ないです! でも、アルフレッド様も美形なので! それにお祖父様もお祖母様も、お年は召してるけど、綺麗なお顔の人達でしたよ~」
「へ~……。ブスだったから帰るか」
「ぶ、ぶすだったらかえるか……!?」
「あっ、アルフレッド様!? 大丈夫ですか!?」
とんでもなく失礼な発言に気が遠くなってしまったのか、アルフレッド様がよろめき、額に手を当てた。も~、お兄様ってば……。直らないのかしら? この性格は一生。
「でも、そう言うってことは興味があるんでしょう? お兄様! ふふふふ」
「胸が大きくて、顔がマシだったら二回会ってもいい。二回だけ」
「お兄様!!」
「ロッティと本当に、ぜんぜん似ていないね……?」
アルフレッド様が青ざめ、そう言ってきた。お兄様がとんでもない発言をするたび、色んな人からそう言われる……。もう聞き飽きちゃった、この台詞。くどくどと叱りつけていると、馬車が屋敷の正面玄関に辿り着いた。
(大丈夫かなぁ……これを連れて行っても)
でも、そんな心配は杞憂だった。出迎えてくれた、にこやかなローランド叔父様の前では流石に笑っていたし、出されたチョコレートケーキが美味しかったのか、黙々と夢中で食べていた。意外とちょろいお兄様で助かった……。にこにこと笑い、「シャーロット嬢と似ているなぁ」と言っていたローランド叔父様が、いくつか笑える昔話を披露したあと、おもむろに切り出す。
「じゃあ、姪っ子に会ってくれるか? 君に会うのを楽しみにしていたんだよ」
「……ご期待に添えるかどうか、よく分かりませんが」
「いやいや、大丈夫、大丈夫! あの子もマルティナによく似て面食いだからね。君のような美形に会っただけで、体調もすっかりよくなるだろうさ! 案内してあげるよ。ついておいで、ついておいで~」
ローランド叔父様、最強! すごい! 「敵を作らないパーセル伯爵家」と言われるのも納得のいく、人懐っこさと明るさだった。まるで、親戚の小さい男の子のように扱われ、戸惑いながらも兄が頷いて立ち上がる。
「う、上手くいくといいですね……」
「だね。で、でも、上手くいかないんじゃないかなぁ?」
楽しそうに喋りながら歩く二人の後ろで、ひそひそとささやき合う。アルフレッド様も絶望的だと考えているようで、顔色がさえない。ああ、失敗したかも。申し訳ない……。
(ええっと、確かクリスティーナ様だっけ? 二十八歳には見えない、胸が大きい美人さん……)
い、いけるかなぁ? お兄様、意外と浮気されたことを恨んでいるみたいだから……。好みのタイプでも、「すぐ浮気しそう」とか言って、お断りするかもしれない。ああ、でも、たとえ今日、上手くいっても余計なこと言って、振られる未来しか見えない……。ううん、お兄様が「あ~、時間の無駄だった」と言って、帰る未来も見える。落ち込んでいると、クリスティーナ様がいるという応接室に辿り着き、ローランド叔父様がノックした。
「ティナー? 連れて来たよ、入っても?」
「はい、叔父様。ですが、その……少々お待ち頂けると嬉しいです」
「分かった。じゃあ、心の準備が出来たら教えてくれ」
「はい……」
甘く澄んでいたけど、暗い声だった。ぴくりと、兄のシリルの肩が動く。良かった、少なくとも声は好みだったみたい? 隣を見てみると、アルフレッド様もどこかそわそわしてた。そっか、アルフレッド様にとっては従姉妹にあたる方だから……。
(わ、私も念入りにブラッシングしてきた方が良かったかもしれない……!! どうしよう? アルフレッド様が一目惚れなんてしたら。なっ、ないかもしれないけど、ちょっと不安……)
きゅっと袖口を握り締めてみると、すぐに気がついて、ふんわりと甘い微笑みを浮かべた。それから優しく、私の頭を撫でてくれる。
「ありがとう。やっぱり少しだけ緊張するな……」
「ああ、殿下にとっては従姉妹に当たりますからね。ですが、シャーロット嬢は婚約者ならではの不安に襲われているんですよ」
「えっ? それはどういう……」
「ろっ、ローランド叔父様!? ええっと、えっと!」
「見苦しい。落ち着いて話せ、シャーロット」
「お兄様!! あとで毛をむしって差し上げましょうか!?」
「ははは! 仲が良いなぁ、二人とも」
「あの、叔父上? 婚約者ならではの不安とは一体……!?」
「ようするに嫉妬ですよ。まぁ、ティナは美人ですからね。不安なんでしょう。はっはっは」
扉の外で賑やかに話していると、ふいに「どうぞ、入ってくださいませ」という声が響いてきた。緊張が走る。シリルが戸惑い、ローランド叔父様を見てみると、にこやかに笑って「どうぞ、どうぞ」というジェスチャーをした。自分で開けろということらしい。息を呑みこみ、シリルが扉に手をかけた。私達は肩を掴まれ、後ろへ下がるよう、茶目っ気たっぷりな笑顔で指示される。
「では、失礼します」
兄がそう呟き、ゆっくりと扉を開けていった。というか、そういうことが出来るのなら、今までもそうやってちゃんとして欲しかったんだけど!? 過去の失礼な行動と発言の数々を思い出し、イライラしてしまう。そうこうしている内に、扉が開いた。その先に立っていたのは、確かに二十歳かそこらに見える、美しいご令嬢だった。
長く背中の辺りまで伸びた髪はゆるやかで、綺麗な栗色。奥の窓から射し込む陽の光に照らされ、つやつやと光り輝いている。身にまとっているドレスは、幾重にも黄みがかったアンティークレースが重ねられたもので、目のやり場に困るくらい、白い谷間がくっきりと浮かび上がっていた。
でも、下品に見えないのはきっと、袖口にあしらわれたレースと、吸い付くような手触りだと思わせる、深いロイヤルブルーのシルク生地のおかげ。彼女の儚げな美貌と、そこはかとない色気を最大限まで引き出している。
(この人……!! 本気だわ! 本気でお兄様を落とそうとしてらっしゃる!)
不安そうにこちらを見つめてくる瞳は、宝石のように澄んでいて、透明感のある淡いブルーだった。くちびるはさくらんぼのように赤くて、ふっくらとしているし、肌も滑らかで白い。でも、不健康そうに見えるのは、自信が無さそうだからなのと、へんにょりと眉毛が下がっているせい。
触れるともろく崩れてしまいそうな、ガラス細工のような美女を見て、お兄様が「ああ……」と呟いた。それから、呆気に取られているこちらを置いて、ふらりふらりと、変質者のような足取りで近付いてゆく。
「初めまして、クリスティーナ嬢。あなたに一瞬で心を奪われた者です」
(はっや!! おっ、おっ、おっ、お兄様がなんか言ってる!! えっ、ちょっ、ええええええ……!?)
思わず口元を押さえてしまった。即座にひざまずいたシリルを見て、ローランド叔父様が「ぶふっ!」と笑って、肩を震わせる。アルフレッド様も声が出ないようで、呆然と突っ立っていた。そんな中で、シリルが白魚のような手を取り、恍惚とした表情で見上げる。突然そんなことをされ(私だったら引く)、クリスティーナ様はそれまで青白かった頬を、ぽんっと赤く染めていた。め、面食いって本当だったんだ……。
「あ、あの、ええっと、クリスティーナ・ダッシュウッドと申します……。あなたのお名前は?」
「これは失礼しました。シリル・オーウェンと申します。以後、お見知りおきを」
いっ、今までにないぐらい、生気に満ち溢れている……。お父様から誕生日に、変な緑色の粘液をどろどろと、隙間から垂れ流している魔術書を贈られた時よりも嬉しそう……。信じられない気持ちで見守っていると、またおかしなことを言い出した。
「申し訳ありません、戸惑わせてしまいましたね……。ですがどうか、この哀れな求婚者に、あなたの手の甲に直接キスする名誉を与えていただければと」
(どこからすらすら出てくるんだろう、あの台詞。というか、結婚する気なんだ……)
お兄様、私の恋愛小説もバカにしてなかった? 遠い目で見守っていると、クリスティーナ様が恥ずかしそうにうつむいた。
「あっ……は、はい。どうぞ。シリル様」
(いっ、いいんだ……!?)
私だったら嫌だけどなぁ。クリスティーナ様は平気みたい。ううん、むしろすごく嬉しそうだった。そっと、お兄様がうやうやしい仕草で手の甲にキスをする。もう限界だった。わっ、笑ってしまいそう……。
「クリスティーナ嬢。あなたを絶対に悲しませないと誓います!! ですからどうかどうか、まずは私をあなたの友人にして頂けませんか……!?」
良かった! かろうじて正気は残ってたみたい! 隣のアルフレッド様が「分かる」と言って頷いていた。わ、分かる!? クリスティーナ様の魅力が!? 青ざめて見上げている間にも、事態は進んでゆく。
「は、はい。それはもちろん……シリル様。思っていた以上にその、素敵な方でほっとしました……どうぞ、これからよろしくお願い致します」
「もっ、もちろん! こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します……!!」
お兄様が立ち上がり、ぎゅっと手を握り締め、二人で見つめ合い始めた。かろうじて笑いをこらえ、肩を震わせたローランド叔父様に促され、部屋の外に出る。扉が完全に閉まったあと、「ぶふっ!」とまた吹き出した。
「いやぁ~……ありがとう、ありがとう! 助かったよ、シャーロット嬢。素敵なお兄様を紹介してくれて。上手くいきそうだ。これで一安心だな!」
「でっ、でも、違うんですよ!? 普段はあんな感じじゃないんですよ!?」
「そっ、そうなんですよ! 叔父上! シリルはもっとこう、刺々しい感じで……って、あああああああ!?」
「どっ、どうしましたか!? アルフレッド様!」
突然叫んで、頭を抱えてしまった。二人で戸惑っていると、頭から手を放し、ふるふると両手を震わせながらそれを見つめる。
「ロッティに……ロッティにまだ、プロポーズしていなかった!! しまった、一生に一度のことなのに、私は、私ときたらすっかり忘れていて」
「あっ、ああ、なんだ。そんなことですか……ほっとしました。確かにまだ、ちゃんとして貰ってないですね」
「な、なんだ。私もほっとしましたよ、殿下……」
婚約が決まった日から、二人で「とうとう結婚出来るんだね~」と言い合い、はしゃぎ回ってたから、すっかり忘れてた……。アルフレッド様がしょんぼりとした顔をして、私の手をきゅっと握り締める。
「ごめんよ? ロッティ……ええっと、聞くべきじゃないのかもしれないが、教えて欲しい。どんなプロポーズをして欲しいのかを私に」
「もちろん、大丈夫ですよ~! ふふふ、どうしようっかな~。ウサギの姿になるか、人の姿になるか迷っちゃう~!」
「えっ!? ま、迷うところなんだ……!?」
「いやぁ、春ですなぁ。はっはっは」
「今は夏ですよ、叔父上……」




