6.国王陛下が降参した日のこと
お義母様は元々女優であり、歌姫としても名を馳せていた。私もお父様に連れられ、その歌を聴きに行ったことがある。舞台の上で光り輝き、体のどこから声が出ているのだろうと思わせるような声量で、情熱的な恋の歌を高らかに歌っていた。だから、その舞台の熱気にあてられ、ぽーっと夢心地でいる時にお父様から、「どうも今度、お父様はあの人と結婚するらしい……」と切り出されて驚いた。
でも、お母様が亡くなってずいぶん経つし、私を含め、お兄様もお姉様も別に反対しなかった。お父様は純粋に、女優であるお義母様のファンだったらしく、街中で偶然会ったから声をかけたらしい。お義母様はその日の内に、お父様の毛皮の虜となった。……男性不信だったけど、迫れば迫る分だけ、引いていくお父様のことを好きになって、半ば押しかけるような形で結婚した。
がらがらと、馬車の車輪が回る。お義母様は金髪をきっちり結い上げ、小さな帽子を頭の上に乗せていた。ドレスは瞳の色と同じ、濃い紫色のあでやかなドレス。私もそれに合わせて、紫色の花柄ドレスを着ている。
「あの、お義母様? 国王陛下と面識があるんですか?」
「そうね。親しい間柄だったわ」
「えーっと、それは……」
お義母様は昔、娼婦をしていたこともある。他国の王族や貴族の相手をすることもあったと、そう聞いたことがあるけど。言葉に詰まっていると、向かいに腰かけたお義母様がにっこりと微笑んだ。
(まさか、ね……)
でも、その予感は的中した。王城に着いてすぐ、ヘリンボーン柄の茶色いスーツを着たアルフレッド様と合流して、国王陛下の執務室へと向かう。重厚な赤いカーペットが敷き詰められた廊下を歩きながら、アルフレッド様が切り出した。
「ええっと、兄上いわく、あまり時間は取れないそうですが……」
「大丈夫ですよ、殿下。すぐ済ませますからね」
「す、すぐ済ませる……?」
「ふふっ、どうぞアルフレッド殿下も同席してくださいな? 罰なの、これは。可愛いシャーロットちゃんに嫌がらせをした」
「お義母様、素敵です!!」
「任せて」
謎めいた微笑を浮かべ、私の方を振り返る。アルフレッド様は怖くなってしまったのか、そっと、お義母様から距離を取っていた。ひたすら黙って、数多くの肖像画や美術品が飾られた廊下を歩いていると、執務室が見えてきた。
扉を守っていた、二人の衛兵がアルフレッド様の訪れを告げると、すぐに「通せ」と、中から声が響いてくる。どくんどくんと、心臓の鼓動が速くなってしまった。こっそりお義母様を見上げてみると、まるでここが自分の屋敷で、女主人であるかのような態度でたたずんでいた。ゆったりと足の力を抜いて立ち、片方の手でくるくると、巻いた金髪をいじっている。赤い紅を引いたくちびるには、愉快そうな笑みが浮かんでいた。……お義母様、ちょっとだけ怖いかも。
アルフレッド様と同じ気持ちで肩を竦めていると、扉が開いた。足を一歩踏み出せば、執務室の机に座って、紅茶を飲んでいた国王陛下があんぐりと口を開いた。でも、品が良い。驚いて声も出せないといった様子で、青い瞳を見開き、お義母様のことを食い入るように見つめている。そんな陛下の様子を気にも留めず、堂々と歩み寄って、お義母様がにっこりと微笑んだ。
「ごきげんよう、ギルバート殿下。ああ、今は国王陛下だった? そう呼ぶべきかしら?」
「……一体、どうして貴女がここに?」
「私の今の称号、教えて差し上げましょうか」
初めて見るー! 陛下が怯えてる顔! 私が興奮した笑顔で、ぶんぶんと拳を振っていると、アルフレッド様がこちらを見て笑い、「可愛い~」と呟く。そうこうしている間にも、お義母様が距離を詰め、白魚のような手を机に添えた。座っている陛下が怯み、後ろへと下がる。
「オーウェン子爵家の夫人。って、今はそう呼ばれているの。理解したかしら? おバカさん」
「……」
陛下が絶句している。お義母様の後ろに立つ私と、お義母様を交互に見つめたあと、静かに両目を閉じて、額に手を当てた。そのまま硬直してしまった陛下を見て、お義母様がころころと笑う。
「理解した? じゃあ、シャーロットちゃんとアルフレッド殿下の婚約、認めるわよね? さもないとあのことを、」
「分かった、認めよう」
(はっや!! お義母様すごい!)
「聞いた~? シャーロットちゃん。良かったわね~、これで一安心だわ! まだごめんなさいは聞いてないけど!」
おっとりと微笑みながら、私を振り返る。アルフレッド様が「えっ!? 今、何が起きたんですか!?」と驚愕の声を上げた。その言葉を耳にして、お義母様がにんまりと笑う。背後の陛下が小さな声で、「やめてくれ……」と呟いた。
「私、指南役だったの。ギルバート様の」
「「指南役……?」」
「カミラ、いや、カミラ夫人。この二人に一から説明する気か?」
「するわよ、もちろん。だってギルバート様ったら、こんなにも繊細でか弱いシャーロットちゃんを執拗にいじめ抜いたじゃないの。ねぇ?」
「はい、すごく怖かったんです。私……」
「ロッティ、可哀相に。大丈夫だよ、兄上がきっと謝ってくれるからね?」
私がしおしおとした表情で、アルフレッド様に寄りかかると、すぐに抱き寄せてくれた。陛下が舌打ちしそうな勢いで、眉間にシワを刻んでいる。けれども、それを気にすることなく、お義母様が「ああ、もう、だーめっ!」と呟き、陛下のくちびるに指先を当てた。
「だめよ、ギルバート様。私の可愛い娘を睨んだりしたら。ねっ?」
「……何年経っても相変わらずですね、貴女は」
「そうね? でも、それは貴方もだわ。殿下。……どう? 自分の苦しみと折り合いをつけれて?」
アルフレッド様が不思議そうに「苦しみ?」と呟く。お義母様の手を振り払った陛下がうつむき、溜め息を吐いた。
「それなりに。いや、増しているのかもしれないが、制御は出来ている」
「ふふふ、まぁ、いいわ。貴方の秘密を暴きにきたんじゃないもの、今日は。じゃあ、ごめんなさいして? シャーロットちゃんに!」
「……一度言い出したら、本当に聞かないな。結婚して、丸くなってはいないのか?」
「丸くなっただなんて一度も言ってないし、そう思ったことだって一度もないわ。私が丸くなるのは、愛しい旦那様の前でだけなの」
こちらに背を向けているけど、少女のように微笑んでいるような気がした。しばしの沈黙のあと、陛下が深い溜め息を吐く。お義母様、素敵!!
「……申し訳なかった、シャーロット嬢。我ながら大人げなかった」
「分かってくれたのならそれでいいんです! 分かってくれたのなら!」
「勝気なロッティも可愛いなぁ……」
「これで一件落着ね? もう、認めるのならさっさと認めたら良かったのに」
「やめてくれ、私に触らないでくれ……」
ほっぺをつんつんとつつかれ、陛下が参った様子で振り払う。隣に立つアルフレッド様に、「指南役って、何の指南役でしょう?」と聞いてみたところ、動揺して「ええっと、夜のかな……?」と言ってきた。な、なるほど。お義母様が初めての相手。なるほど……。理解して、興味深くまじまじと見つめていると、陛下がものすごく嫌そうな顔をした。意外と照れ屋さんなのかもしれない。
「あの当時のギルバート様ったら、うぶで可愛かったのよ? ねっ?」
「待ってくれ、捏造しないでくれ……」
「でも、私が教えた甲斐あって、可愛い子供も産まれたじゃないの」
「やめてくれないか? アルフィーの前でそういう話をするのは……」
額に手を当て、低くうなる陛下を見てにっこりと微笑む。お義母様に弱いんだ、陛下は。また今度、何か嫌なことを言われたら告げ口しようっと!
「相変わらずなのね? その父親っぷりは」
「……」
「まぁ、貴方のごめんなさいが聞けたし、今日はもう帰るわ。ごきげんよう」
「……妻に見られたら、あらぬ誤解を受ける。出来れば今後は会いに来ないでくれ。二度と」
「ギルバート様。貴方がシャーロットちゃんを、可愛い義妹として大事にしていれば来ないわよ?」
「あっ、もふもふします? 陛下?」
「「えっ!?」」
二人同時に驚きの声を上げた。仲直りの印にもふもふさせてあげてもいいと、そう思って言ってみたのですが。お義母様が「するぅ~!」と言って、近寄ってきたので、ぽぷんと、音を立てて変身する。今日はラズベリーとウサギちゃん柄のドレス! 白いレース襟もついているし、よくよく見れば、柄の中には満腹で寝転がっているウサギちゃんもいる。
「可愛い~!! ふわっふわね? シャーロットちゃん!」
「ふふふ、でしょう? 今日もブラッシング、丁寧にして貰いました!」
「ロッティ、あとで私にも抱っこさせてくれないか?」
「もちろんですよ、アルフレッド様!」
「でも、まずはギルバート様からね? 特別にもふもふさせてあげるわ。はい、どうぞっ!」
「えっ」
「どうぞ~!」
ふんふんと、鼻息荒くお膝の上に座ってみると、困惑した顔をしながらそっと、頭を撫でてきた。驚きの手触りだったのか、「すごいな」と呟く。ふふふ、でしょう? 伏せをしてみると、アルフレッド様が複雑な表情で見下ろしてきた。嫉妬してるけど、我慢しているみたい?
「じゃあ、これで仲直りですね! お義兄様!」
「……もう、アルフィーと結婚したつもりでいるのか」
「あら?」
「兄上?」
「分かった、分かった。……まぁ、仕方ない。ルートルードもうるさかったことだしな」
以前の舞踏会で出会ったリカルド様が、隣国のルートルード王家と縁が深く、「獣人差別はよろしくない」と声明を出すよう、働きかけてくれたらしい。ぶふんと満足げに息を吐いて、毛皮を膨らませば、アルフレッド様が「可愛い~」と言ってくれた。
「また、アルフレッド様が小さい頃の話でも聞かせてくださいね! お義兄様!」
「……アルフィーは昔、人参が大嫌いだった」
「えっ!? あんなに美味しいのに!?」
「いっ、今は食べれますよ……なにも、その話からしなくても」
くすりと笑って、私の頭を撫でる。ぶっきらぼうで、アルフレッド様のもふもふ技術に比べるとかなり下手くそだったけど、それは黙っておいた。
「っは! アルフレッド様!?」
「えっ? うん?」
「婚約首輪、一緒に買いに行きましょうね……!!」
「ああ、うん。買いに行こうね……」
「婚約首輪だって?」
「あるのよ、そういう獣人専門店が。私も旦那様と一緒に選びに行ったの。可愛い首輪とリード!」
「そうか……」
とうとう、婚約が出来る! アルフレッド様の腕に抱かれたまま、じっと見上げてみると、笑ってキスしてくれた。離れたあと、また笑い合う。
「ロッティ! ようやくだね? やっとプロポーズが出来る」
「してくれるんですか!?」
「もちろん。何度だってするよ、ふわふわで愛しい人!」
冗談めかしてそう言ったあと、また私にキスしてくれた。いつもはこの状態でいちゃいちゃしたいなと思うのに、今すぐ人間の姿に戻りたくなった。でも、お義母様がにこにこと笑ってこちらを見つめてくるし、陛下はつまらなさそうな顔をして、肘をついているのでやめる。
「婚約首輪~、婚約首輪~!」
「えっ、揺れてる。可愛い、めちゃくちゃ可愛い……!!」




