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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第二章 ウサギ令嬢の私が、邪魔者をすべて蹴散らすまで!
37/83

4.それは彼女への侮辱であり、宣戦布告でもある

 




 そんな挑発(ちょうはつ)を受けて、彼女が「もちろんですっ! こんなことで揺らぐ訳ないじゃないですか!」と言って、ぷりぷりと怒りながら部屋を出て行ってしまった。ああ、嫌だったのに……。今、まさにあの男と二人きりで喋っているのかと思うと気が滅入る。あんな顔、見たことない。あの男に見惚れている時の表情を思い出し、胸の奥がずきりと痛む。どこかうっとりとしていて、遠くの方から、憧れの人物を見つめるような眼差し。


(あんな顔、して欲しくなかったなぁ……)


 確かに自分も、今、横のソファーに座っている黒いウサギに見惚れはした。が、別に恋愛的な意味でじゃない。木の枝にいるリスを見上げるような感覚で、このルーナ嬢を見つめていただけだ。横から強烈な視線を感じ、おそるおそる見下ろす。すると、ばちっと、黒くてつぶらな瞳と目が合ってしまった。心臓が飛び跳ねる。可愛い、触りたい!


「あの~、殿下? その、怒ってらっしゃいますか……?」

「いや、ただ、何度も言うようだが、私が結婚したいのは彼女一人だけだし、愛人を持つ気も無いんだよ……。その辺りのことを理解して、早く帰ってくれると嬉しいんだが?」

「そんな! 私、殿下にはずっと憧れていて……!! せめて、もふもふだけでもして頂けませんか?」


 彼女がひくひくと、鼻先を動かして見上げてきた。今すぐもふってしまいたい!! 触れると指先が埋もれてしまいそうな、真っ黒な毛皮に目が奪われる。だ、だめだ、だめだ……!! 彼女が嫌な思いをするだろうから、だめだ。浮気だって、そう言っていたし。全力で顔を背け、なるべく見ないようにする。その時、執務室の壁紙に小さなシミがあるのを発見した。どうしよう、あれ。


「あの、殿下……? だめですか? もふもふ、したくありませんか?」

「いや、君達の間では浮気になるんだろう? その、他の毛皮を触る行為は」

「まぁ! なりませんよ? シャーロット様は嫉妬深い方なのですね?」

「じゃあ、君も好きな人が他の子をもふっていても大丈夫だと? まったく嫉妬しないと?」

「……」


 黙った。やっぱり嫌なのか……。彼女に申し訳ないので、腰を上げてルーナ嬢から距離を取る。なのに、また距離を縮めてきた。ふわんと、ふくふくとした黒い毛皮が太ももの横に当たる。触りたい、触りたい! 健全に、キスも無しでもふもふするぐらい、許されるんじゃないだろうか?


(いや、だめだ……自分も他の男にもふらせないで欲しいと言っておいて、そんなことは……!!)


 よし、大丈夫だ。耐え抜こう。もふりたいのなら、彼女の毛皮をもふればいいんだし。が、額に汗が滲み出てきた。こちらの動揺を見抜いたのか、ルーナ嬢がすりすりと顔を擦りつけながらも、甘えた声を出す。


「ねぇ、だめですか? 殿下! もふもふ、したくないんですか~?」

「……いや、彼女が嫌がるからする気はない。離れてくれ」

「仲はさほどよろしくないと、そう聞いていましたが違うのですね?」

「えっ」


 驚いて振り返ってみると、無断で「よいしょっ!」と呟き、膝の上に乗ってきた。か、可愛い。甘えてる……。


(いやいやいやいや、だめだ! 触るな!! 触ったら浮気、触ったら浮気!)


 脳内でウサギ姿のシャーロットが「浮気! 浮気!」と叫んで、どたどたと走り回っていた。だ、大丈夫だよ、ロッティ! 浮気なんて絶対にしないからね!? それに君もきっと、あのセシルとかいう男を拒絶しているんだろうから。ついうっかり誘惑に負けて、もふもふしてしまわないよう、両手を上に上げる。よし、これで大丈夫だ。もしも、彼女が部屋に突然入ってきても、これで無実が証明出来るだろう。


「あーっと、それは一体誰から聞いたのかな? 仲は悪くないし、むしろ良好なんだが?」

「先月、舞踏会に参加した女の子から聞きましたよ。どうもあれは演技で、殿下はこのご婚約に乗り気ではないと!」

「ああ、なるほどね……」


 熱心に見つめてくるご令嬢が何人かいたし、バルコニーで言い寄られもした。ああ、面倒臭い。気が沈む。彼女さえいてくれればそれでいいのに、どうしてこうも上手くいかないんだろう? 両手を上げたまま、ひっそりと溜め息を噛み殺す。彼女を今すぐ、膝の上からおろさなくては。


「ルーナ嬢、申し訳ないがおりてくれないか?」

「えっ!? そ、そんな……」


 ショックを受けた顔でころりんと、お腹を向けて寝転がる。ふわふわなお腹に目が奪われた。今すぐ、その豊かな毛皮に顔を埋めて、思いっきりふがふがと息を吸い込んでしまいたい!! 動悸がして、額に汗が滲み出る。いや、彼女が嫌がるから。きっと、傷付いた顔をするだろうから。両手を上げながら、何とか視線を前に戻す。だめだ、壁でも見ていよう。今、私が見るべきはシミのついた壁紙だけだ!


「もふるのは浮気に当たるからね。おりてくれないか? 頼む、ルーナ嬢」

「殿下……意外と、真面目で一途な方なんですね。ますます、きゅんとしちゃいましたっ!」

「わっ!?」


 太ももの上で腹ばいとなって、にじにじと動き始めた。かっ、可愛い……。いやいや、いやいやいや。渋々と体に手を添え、ひょいっと持ち上げる。潤んだ黒い瞳を向け、「殿下……!!」と言ってきたが、目を逸らして横へ置いた。


 これぐらいならまぁ、許されるだろう。手に刻まれた、もふもふしっとりな感触を忘れるべく、手をごしごし擦り合わせながら、必死にシャーロットの顔を思い出す。脳内のシャーロットはもうすでに、「床に叩き落とせば良かったのですよ! そんな女!!」と言って怒り狂い、だしだしと足で床を叩いていた。


「でっ、殿下……どうしてもだめなんですか? もふもふ、してくれないんですか?」

「ああ、する気はない。彼女以外は」

「私、言ったりしませんよ? シャーロット様に毛皮を撫でて貰っただなんて、一言も!」


 そっと、太ももの上に前足を置いてきた。か、可愛い! うっかり撫でないよう、今度は二の腕を組んで耐える。そして、一心に前を見つめる。頭の中を空っぽにする。


「そろそろ戻ったらどうだ? 人間の姿に」

「えっ? それだと裸になっちゃいますけど……?」

(まさか、そういう色仕掛けも兼ねているのか……!?)


 兄上。テストと称して、こんな嫌がらせを仕掛けてくるとは。硬直していると、ルーナ嬢が姿勢を正し、「それでは、元の姿に戻ります!」と言い出したので慌てて止める。


「待ってくれ! それは流石にちょっと!!」

「じゃあ、もふもふしてくれますよね?」

「いやっ、それもちょっと……!!」


 お、脅されてる。あまり性格は良くないのか。シャーロットが去り際に、「あの女は大会前、審査員を毛皮で落とそうとしたんですよ! 気をつけてくださいね?」と言っていたが……。どうするべきか迷って困惑していると、ふわふわな黒い胸元を張った。


「顎の下でもいいので! ちょっとだけでいいので、もふってください!」

「いや、申し訳ないがそれも無理だ……。彼女が傷付くし、それに、あの男と今どうなっているかも気になる。強引に迫られて、怖い思いをしてるかもしれない」


 彼女は兄上に睨まれただけでも、震え上がってしまうような、繊細な女性なのに。密室で男と二人きりだなんて……。


(それに、彼女もこういった誘いをかけられているかもしれない)


 嫌だ、嫌だ。考えただけで汗が滲んで、喉が渇く。嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。急いで立ち上がって、執務室の外に出ようとしたら、ぽんっと背後で音が鳴り響く。まさか。


「っルーナ嬢!? まさかそんな、うわっ!?」

「殿下……ねぇ、だめですか? 本当に」


 慌てて視線を前へ戻す。ついうっかり裸を見てしまった。ウサギの姿から人の姿に戻ったルーナ嬢はどこか色っぽく、美しい黒髪を波打たせている。


(……どうする? ここで無視して立ち去るか。だが、変な噂を立てられでもしたら? 彼女がありもしないことを言って、騒ぎ立てたら?)


 逡巡(しゅんじゅん)していると、すすり泣くような声で「殿下」と言ってきた。ああっ、くそ! 急いでジャケットを脱ぎ、彼女の裸体をあまり見ないよう、顔を逸らしながらジャケットを着せる。


「申し訳ない。だめなんだ、本当に彼女でないと」

「殿下……それなのに、優しくしてくれるのですね? 本当に、憧れていたままの……」


 白魚のような手を伸ばして、ひたりと頬に触れてきた。至近距離で潤んだ黒い瞳に見つめられ、息が止まる。が、両目を閉じて立ち上がった。またいっそう、悲しげな声で「殿下」と呼んでくる。


「……申し訳ない。行ってくる」

「ねぇ! 待ってください! シャーロット様の負担を考えたことは!?」

「負担を……?」

「はい。彼女が今回、周囲から批判されている理由は何も、獣人だからという理由だけでは無い。……その辺り、よくお分かりでしょう? 殿下なら」

「そうだな、よく分かっているよ」


 彼女が爵位の低い、子爵家のご令嬢だから。中には「他にも獣人のご令嬢はいるのに!」と言って嘆く貴族もいる。


「が、私は爵位の低い娘を娶った方がいいだろう。そうは思わないか? ルーナ嬢も。……また、王太子があのように毒殺されないためにも」

「殿下! もうあの当時ほど皆は疑っておりません! 陛下だってそのようなことは一切、」

「だろうな。でも、爵位うんぬんを抜きにして彼女がいいんだ。彼女が好きなんだ」


 愚かだと言う貴族もいるだろう。でも、どうでも良かった。どうせ、この身はどこにもいけない。王家の血が呪いのように体を巡り、足枷となって私を縛り付けてくる。なら、彼女にいて欲しい。この手の届く範囲にいて欲しい。黙って扉に手をかけると、もう一度「待ってください!」と言って呼び止めてきた。


「シャーロット様に妃が務まるとは思えません! 彼女と何度か話したことがありますが、野心家という訳では無かった! アルフレッド様、どうかお考え直しくださいませ!  爵位を理由にされ、軽んじられ、傷付くのは貴方様ではなく、シャーロット様なんですよ!?」

「……何だって?」


 ゆっくり振り返ってみると、ジャケットに手を添えながらも、びくりと体を揺らした。が、気を取り直し、蒼白な顔で見上げてくる。


「他の殿方と結婚した方が、シャーロット様は幸せになれます。……その事実を、一度でもお考えになったことは?」

「無いな。くだらない」

「殿下……」


 扉から手を放し、彼女を睨みつける。久々に、怒りが腹の底から湧いて出てきた。マグマのようにふつふつと、喉の奥を焼き始める。


「彼女が、他の男と結婚した方が幸せになれるだって? っは、ばかばかしい……」

「で、ですが、彼女が王族の一員となって上手くやっていけるとは、」

「彼女はそこまで弱くない! ……侮辱しないで貰えるか? ロッティが何も考えず、何も覚悟せず、私のプロポーズを受けたとでも?」


 苦しかった、怖かった。記者に追いかけ回され、私生活をほじくり出されることを嫌がって、離れていったらどうしようと何度も何度も不安に思った。でも、それは彼女に「その覚悟が無い」と言って、否定しているも同然だった。不安に思って、ぐずぐずと泣く私を見て、ロッティが甘く微笑む。


『アルフレッド様。私、そこまで弱くありませんよ?』

『ロッティ、でも』

『貴方の抱えている痛み、私にも半分分けて欲しいです。大丈夫、二人でならきっと乗り越えていけます。……半分の痛みも背負えないほど、私は弱くなんてありません』


 そう言って笑った彼女を見て、自分の弱さに気が付いた。彼女を気遣っているようでいて、実際は弱いと決め付け、否定していた。こんなことをしている自分が一番弱く、彼女は思っていたよりも強い人だった。


「だから、君の出る幕は無い。今すぐ帰ってくれ、不愉快だ」

「そんな、殿下……!!」

「侍女に言って、ドレスを持ってこさせる。ここで待っていてくれ、()()()()。じゃあ」


 ロッティは今もきっと、あの男を拒んでいる。だから、信じて扉を開いた。もう何も怖くなんてない。






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