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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第二章 ウサギ令嬢の私が、邪魔者をすべて蹴散らすまで!
35/83

2.お城の大浴場と弱いウサギちゃんの私

 


 と陛下に宣戦布告された翌日、アルフレッド様に会いに行くため、身だしなみを整える。選んだドレスは、胸元に繊細な白レースが重ねられた、淡いペールグリーンのドレス。これは「ロッティの瞳の色に合うと思って」と言って、アルフレッド様が仕立ててくださったもの。


 とろけるような手触りの生地は、初夏の若葉のような艶を放ち、陽に照らされると、ほんのり植物柄が浮かび上がってくる。そして、アルフレッド様の思いつきで、裾には私の好きなシロツメクサ(美味しい)と、四葉のクローバーが刺繍されていた。全体的に品良く、凛としていながらも、どこか少女のような可憐さが漂っている。そんな、初夏にぴったりの一枚だった。侍女のベティにドレスを着せて貰いながら、決意を新たにさせる。


「いつもいつも、あの方は私のことを一番に考えてくださるから……。だから、その分だけ強くならなきゃって思うの。陛下が何を言ってきても気にしない、もう。私、何も怖くなんてないの。隣に立つって、そう決めたから」

「お嬢様も強くなられましたねぇ……すっかり、立派な貴婦人となられて」

「立派な貴婦人!?」

「だって、そうでしょう? あのデビュタントの時のような不安や、心細さはどこへいったのやら……。本当に、本当に、あのクソみたいな男が派手に婚約破棄してきた時もめげず、お嬢様はこうしてご立派になって!!」

「べ、ベティ……落ち着いて、お願いだから」

「は、はい、お嬢様……!!」


 ぐすぐすと泣くベティをなだめ、馬車に乗り込む。そっか! 私、もう立派な貴婦人になったんだ! 過ぎ去ってゆく王城の庭園を眺めながら、微笑んでしまった。今日はよく晴れていて、暑いぐらい。


(そっか~……私、もう立派な貴婦人なんだ~。ふふふ、このままの調子でアルフレッド様をお支えして! 邪魔者は全員蹴散らして!! 怯むこともなく、もっともっと強くなって結婚、結婚っ! 陛下なんて目じゃないわ、あんなブラコン!)


 睨まれても、ちっとも怖くなかったし。私ってば、アルフレッド様に恋をして強くなってきたみたい? 


(でも、まだまだ足りない! ああいう時、陛下を睨み返せるぐらい、強くならなくっちゃ……!!)


 闘志を燃やし、アルフレッド様のいらっしゃる執務室の扉をノックした。従者であるアーサーは心得たもので、すぐに下がってくれる。さぁ、アルフレッド様はきっと、不安で夜も眠れなかったんでしょうし、この私が「陛下を撃退してみせましたよ!」とご報告して、安心させてあげなくては────……。すぐに扉が勢い良く開いた。不安げな様子のアルフレッド様は、髪の色と同じ、品の良いダークブラウンのスーツを着てらっしゃる。


「ロッティ、待っていたよ! 兄上に何か嫌なことは!? されなかったか!? ああ、本当にあの時、君を置いて行ってしまって申し訳ない……!!」

「わっ!? あるっ、アルフレッド様!?」


 いきなり、ぎゅっと抱き締めてくれた。う、嬉しい! でも、ふんふんと鼻息荒く「睨み返せなかったのが悔しくてなりません! 次は睨み返してやりますよ、あんなブラコン陛下!」って言いたかったけど、言いだせない雰囲気になっちゃった……。戸惑っていると、ぎゅうっと私を強く抱き締めながら、「ロッティ」とささやいた。胸がきゅんと高鳴る。


「ごめん、本当に……怖かっただろう? 可哀相に」

「そっ、そうなんです。もう、私、震えて声も出せないぐらい、怖くて……!!」

「可哀相に……今度、兄上に言っておくよ。もう二度と、あんな勝手な真似はさせない」


 嘘です、申し訳ありません……。でも、好きな人の前ではか弱い女の子でいたいの。この気持ち、きっと陛下なら分かってくださるはず。いいえ、分からなくても我慢して貰いましょう。この際。目に涙を溜め、震えながらアルフレッド様のことを見上げてみると、はっと青い瞳を瞠って、痛ましげな顔をした。どうも、私の嘘を信じてくださったらしく、頬に手を添えてくれる。


「ロッティ……怖かっただろう? さぁ、入って入って。お茶でも飲もうか? その、辛いことを思い出させてしまうだろうが、良ければ昨日の話を聞かせて欲しい。今夜にでも文句を言いに行くよ、兄上に」

「いえ……その、陛下は一心に国のことを考えてらっしゃるのです。確かに、獣人風情に私の話は分かるまいと、そう蔑むような目で言われましたが……ううっ」

「ああ、ごめん! 思い出させてしまって。兄上もまったく、一体どうしてそんな酷いことが言えるのか……。理解しかねるな」


 珍しく、怒りで眉をひそめていた。で、でも、申し訳ありません……。話をちょっぴりだけ盛っています、アルフレッド様。ほ、ほんのちょっぴりだけですが! 気まずくなって、湯気の立った紅茶を見下ろしていると、気の毒そうな顔をして両腕を広げてくださった。


「可哀相に、ロッティ。お茶も喉を通らないんだね? ウサギ姿に変身して甘え、」

「行きますっ! 甘えます!!」


 ここはちょっと、強い女性になるのをやめて甘えることにします! ぽぷんとウサギ姿に変身すると、それまで着ていたドレスが、ざぁっと淡いピンク色のドレスへ変わった。花弁のように薄い布が何枚も重なっていて、これを着るとまるで、ウサギの私が花に埋もれているみたいになる! 


 これもアルフレッド様の思いつきで、「緑からピンクに変わったら、花が咲いたみたいで可愛いかもしれない」と言って注文してくださった。お膝の上に乗って、昨日の恐怖を伝えるべく、ふるふると震えてみる。


「怖かったんです~、アルフレッド様! 手切れ金をやるから弟と別れてくれって、そう言ってきたんですけど、私、頑張ってお断りしてきましたよ! でも、すごく怖くて~、どんっとテーブルまで叩いてきて~」

「可哀相に、怖かっただろう? 君は耳がいいのに……でも、ありがとう。怖かっただろうに、勇気を出してちゃんと断ってくれて」

「は、はい。私、アルフレッド様とはずっとずっと一緒にいたいので、怖かったんですけど。すごく! とっても!! でも、勇気を出してお断りしてきましたよ……」

「ああ、本当に……申し訳ない。ありがとう、ロッティ」


 ぎゅっと、アルフレッド様がウサギ姿の私を抱き締めてくださった。さ、最高! 嬉しい、幸せ……!!  それから、他に何を言われたのか聞かれたので、隣に座って、アルフレッド様のことをじっと見上げながら、目をしょぼしょぼとさせる。


「そっ、それから、私はアルフレッド様にちっとも相応しくないって……こんな女を王家の一員として認めるわけにはいかないって。とっても怖い顔で睨みつけてきたんです! すっごく怖かった~」

「ああ、いかにも兄上が言いそうなことだ……その、大丈夫か? あまり辛いようなら無理に話さなくても、」

「ふぁい。思い出すととっても辛くなって、胸の奥がきゅっとしちゃうので、もうやめます……怖い夢も見てしまって、今日。だからその、もふもふして慰めて欲しいです、アルフレッド様ぁ~!」

「もちろん。ああ、こんなにいたいけで繊細な君を脅すなんて……!! 兄上の神経を疑うよ、本当に。ロッティ! 可哀相に!!」


 そう言いながら、私のことをぎゅっと抱き締めてくださった。だからついつい、調子に乗ってしまって、陛下が血も涙もない、毛皮嫌いの人間になってしまったけど、私は何も悪くないと思うの。だって怖かったもの、昨日は本当に! そういうことにしておこうっと。


 お膝の上で腹ばいとなって、ぐーんと後ろ足を伸ばしながらくつろいでいると、アルフレッド様が優しく撫でてくださった。そして、ふいに「あ、そうだ」と言ってくる。


「ロッティ。今日は君とゆっくり過ごしてもいいって、そう言われてるんだよ。あの、どうかな? 気分転換に大浴場にでも行ってみないか?」

「大浴場!? あったんですね、そんなものが……」

「つい先週、修繕が終わったばかりで。温泉を引いてあるから、きっと昨日の辛さも少しは和ら、」

「行きます! 一緒にちゃぷちゃぷしに行きますっ!」


 興奮して前足をばたばた動かすと、アルフレッド様がふっと嬉しそうに微笑んで、またいっそう優しく、毛皮の奥の地肌を掻いてくださった。


「じゃあ、一緒にちゃぷちゃぷしに行こうか? ロッティ」

「はいっ! 楽しみ~」






 で、でも、ここまでちゃんと一緒に入るとは、思ってもみませんでした……。震えて隅の方で縮こまっていると、美しい人魚姫と海底が描かれた、ドーム型天井からぴちゃんと、水が滴り落ちてきた。ドレスも何も着ていないから、その冷たさに背中が震える。床にはまろやかな、ベージュ色と白のタイルが敷き詰められていた。そして、扉を開けて入ってすぐのところには、いかつい牙が生えた巨大魚がじゃぼじゃぼと、水を吐き出している噴水があって、それを取り囲むように、ぐるりと円形に洗い場が並んでいる。


 アルフレッド様いわく、「ああ、ここの水でちょっと体を流したりだとか、タオルを洗ったりするんだよ」とのことですが。そんな噴水のすぐ近くで、ふるふると震えていると、「おーい」と声が響き渡ってきた。体を洗い終えたのかもしれない。でも、恥ずかしくて顔が上げられない!


「ええっと、ロッティ? 髪も体も洗い終えたから、今度は君を洗って、」

「ああああああっ、あの! 私、聞いていませんが!? こんなことっ!」

「ええっと、ごめんね? でも、一応、入浴着は着てるから……ほら」


 おそるおそる振り返ってみると、確かに着てはいた。でも、逞しい胸元が薄手の入浴着から見えていて、思わず「はうっ!」と叫んで、前足に顔を埋めてしまう。


「ロッティ? あの、ちゃんと腰のリボンも結んで、」

「で、でも、両脚が見えていますっ……!!」

「えっ? あっ、うん」


 意外と、意外と逞しい体つきをしてらっしゃる! 薄手のバスローブのような入浴着を身につけたアルフレッド様が、濡れたダークブラウンの髪を掻き上げながらも、苦笑して近付いてくる。そして、私の後ろにそっとしゃがみ込んだ。困ったように笑うその顔も、濡れた髪が額に張り付いているのも、心臓がばくばくしていて直視出来ない。


「えーっと、ロッティ? 洗ってあげようか? 君の体」

「ふぁ、ふぁい」

「抱っこをしても?」

「ふぁい……抱っこしてください」


 アルフレッド様はいつもいつもこうして、触れる前に聞いてくださる。大人しく腕の中におさまると、嬉しそうに笑って「可愛い~」と呟き、顎で私の頭をぐりぐりしてきた。優しくて気持ちがいい。心地いい。


「ロッティ? 熱くないかな? 大丈夫?」

「はっ、はい。あの、一応婚約前なのに、こんなにいちゃいちゃしてしまってその、私達、大丈夫なんでしょうか……!?」

「あー、うん。君にはよく理解出来ない感覚かもしれないけど、その、私達は元の姿に戻った獣人と一緒にお風呂に入っても、あんまり恥ずかしいとは感じないんだよ……」

「あれっ!? そうなんですか!? じゃあ、今のこの、私の濡れた毛皮を見てドキドキしないんですか!?」


 いつもはふわふわな毛皮ですが、濡れていますよ!? ショックを受けて聞いてみると、アルフレッド様が真顔で「大丈夫、ドキドキするよ。可愛いよ!」と褒めてくれた。


「よ、良かった! ほっとしました……」

「洗い終えたし、入ろうか? 耳のところ、泡残ってないよな……?」

「えっ」


 私を大事に抱えたアルフレッド様がそーっと、熱い温泉へ足先を浸ける。そのままゆっくりと、腰まで浸かっていった。奥の天井まで高く光り輝いている、色鮮やかな青いステンドグラスが見えないくらい、白い湯煙が漂っていた。


「あっ、ああああの、これは流石にちょっと! アルフレッド様!!」

「ん? どうしたの? やっぱり怖かった? 人の姿に戻ってみる?」

「へっ!?」


 耐え切れなくなって、腕の中からちゃぱちゃぱと泳いで逃げた私を見つめ、アルフレッド様がくすりと笑う。浴槽のふちに腕を置いて、その上に顎を乗せていた。髪が濡れているからか、いつもより色気が増している。


「あ、あの、そっち! あっ、あっちを向いてください! こっちを見ないでください!!」

「……分かった、ごめん」

「あっ」


 だ、だめだったかもしれない。今のは。つい恥ずかしくて言ってしまったけど! 冷や汗をかいていると、予想通り、アルフレッド様が「申し訳ない。図々しく、じろじろと見たりなんかして……弱虫の分際で申し訳ない」と言いながら、ざぶざぶとお湯を掻きわけ、泳ぎ去っていった。むっ、向こうで拗ねる気だ! 何とかしないと! 慌てて飛び込むと、すぐに沈んでしまった。自分の吐き出した泡がぶくぶくと音を立てて、上がってゆく。


(あれっ? これはちょっと、溺れてしまうかもしれない……)


 まぁ、いざとなったら人の姿に戻ればいいんだけど。でも、裸になってしまうし、極力戻りたくはない! 焦ってもがいていると、すぐさま、アルフレッド様が体を掴んで引き上げてくれた。


「つかまえた! ごめん、ロッティ。大丈夫? 溺れてない?」

「溺れてません……げふっ! 良かった。ありやとうございまふ……」

「ううん。ああ、可愛いなぁ……久しぶりだね? こうやって二人きりでいちゃいちゃするのは」

「は、はい……」

「君はウサギの姿だけど、まぁ、いっか……」


 アルフレッド様がそう、愛おしそうに呟いて、ぎゅっと抱き締めてくれた。その後、アルフレッド様に沈まないよう、お腹のあたりを掴んで貰って泳いでみる。私が途中、上手に泳げるようになって、「ほらほら、見てくださいー!」と言ってちゃぷちゃぷ泳いでいると、嬉しそうに笑い、「可愛い~。上手上手」と言いながら拍手まで送ってくれた。


(……うん。大丈夫、きっとどんなテストでも!)


 ふうと息を吐いて、アルフレッド様のお膝の上に座る。私が溺れてしまわないよう、丁寧に両手で体を支え、膝を立てていた。


「アルフレッド様……私、陛下からのテスト、頑張って乗り越えてみせますっ!」

「えっ? テスト? 一体何の話?」

「あっ」


 よわよわ演技に夢中でお話するの、すっかり忘れてました……。





<帰り アーサーと>


「あのっ! 私、昨日は怖かったってことにしておいてください! 怖かったんです、陛下から睨まれてすっごく!」

「えっ? でも、つい先程は陛下から睨まれて、苛立ったってそうおっしゃっていましたよね? シャーロット様は」

「しーっ!! 絶対言っちゃだめですよ!? あのっ、お願いします!」

「はあ……」

「ええっと、アルフレッド様に怖かったってその、嘘をついてしまって! 私ったらつい!」

「なるほど。嘘をついて、アルフレッド様と陛下を仲違いさせる作戦なんですね?」

「いいえ、違います。私は睨まれるだけで震えちゃう、か弱いウサギちゃんなんです」

「そうなんですね……」

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