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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第一章 本当はか弱い王子様とウサギ令嬢の私
27/83

26.とある歪んだ国王の秘めごと

 




「……陛下。分かってらっしゃるでしょう? 貴方らしくもない」


 面白がるような妻の甘い声を耳に入れて、黙り込む。寝室でゆったりと肘かけ椅子に腰かけ、琥珀色の液体が揺らいでいるグラスを手で弄んで(もてあそん)いると、またふうと、軽い溜め息を吐く。


「良くなったことはいいことだが。……あまり、そのことについては触れて欲しくないな」


 いつも、やんわりと拒絶すれば押し黙るんだが。今夜はどうもそういう訳にはいかないらしく、向かいに腰かけた妻がにっこりと、怒りを滲ませた微笑みを浮かべる。ちらりと、飴色のテーブルに置かれたアンティークの時計を見てみると、針は十時半を指し示していた。────これでは、逃げられないか。話す時間はたっぷりとある。


(……妊娠さえしていなければ、抱いてうやむやにしたものを)


 彼女はこちらが驚くぐらい、私に心酔しているし惚れてもいる。それを心地良く思うことに安堵(あんど)していた。自分がまともな男のような気がして。黙りこくってウイスキーを口に含んでいると、怒りの微笑みを張り付けたまま、「ギルバート様?」とだけ言ってくる。器用だ、素晴らしい。


「マーガレット。もしかしたら、獣耳付きの子が王位を継ぐかもしれないんだぞ? 面倒臭いし、前例が無い」

「前者の言葉が本音でしょう? ……前例が無いことなんて。今までも沢山あったでしょうに」


 拗ねたようにくちびるを尖らせ、彼女がジンジャーティーを飲んだ。ふわりと、温められたジンジャーの香りが鼻腔をくすぐる。返答せず、そっぽを向いて肘を突いていると、呆れたような顔で見つめてきた。


「陛下……昨年も災害救助で、ルートルードのお世話になったでしょう? 今年はどうやら雲行きが怪しいとか」

「相変わらず耳が早いな、お前は」

「あちらの王族はドラゴンと縁が深い。ここで、シャーロットちゃんを妃として認めてしまえば少しは、」

「そうだな、有利になるな」

「陛下……」


 言いたいことは分かる。が、どうにも許容出来ない。もどかしい。確かにドラゴンは獣人に弱く、ここで我が国が世界で初めて、獣人を王族に迎え入れると、あちらの態度も軟化することだろう。いざ災害が起きた時、ドラゴンの翼と魔術に頼れないのは手痛い。考えを巡らせつつ、くちびるをグラスへと押し当てれば、じっと静かに、茂みに伏せた猫のような表情で見つめてきた。彼女は賢く、黙り込んでいるだけなのか、考えを巡らせているだけなのか。その辺りを明確に嗅ぎ分け、成り行きを見守ってくれる。


(やはりあの女を選ばなくて良かった。ぞっとする話だ)


 誰からも愛され、誰からも愛されてしかるべきという顔をした女────先日、毒を盛って殺されたリリアナは(しゃく)に障る女だった。得たいものを得、私にも「寄こせ」と無言で圧力をかけてくるような女だった。が、妻はそれなりに慕っていたらしく、理解しがたいことに落ち込んでいた。それも、シャーロット嬢とやらに話を聞いて貰って、少しは楽になったようだが。


「……テストしようか、マーガレット」

「テスト……? 陛下。それは一体、」

「丁度いい。舞踏会も控えていることだし」

「あまり、いじわるをなさるとアルフレッド殿下に嫌われましてよ?」


 かしゃんと、グラスが滑り落ちて膝の上を濡らしていった。妻を見てみると、青い瞳を見開いて絶句している。私がこうして、動揺をあらわにするのは珍しいことだからか。冷静に分析しつつも、心臓は早鐘を打っていた。足元に転がったグラスを拾い上げ、傷が入っていないかどうかをまじまじと見て確認する。


(……賢い女というのも考えものか)


 だが、彼女はこの醜い部分を見てどう思い、何を口にするのだろう。────異常者と罵るか、それとも、私の全てを受け入れ、哀れみ深い微笑みを向けてくれるのか。


「君は私のことが好きだからな。それもありえるかもしれない」

「ギルバート様? それは、」

「もう少し待ってくれないか? マーガレット。何もその女でなくてもいいだろう、他の獣人でも」


 空になって、僅かに残った液体が零れ落ちているグラスを傾け、見てみると、渋々といった様子で頷いた。着替えなくては。何もかもが億劫(おっくう)になって座り込んでいると、軽い溜め息を吐いてから、立ち上がってクローゼットへと向かう。


「どうぞ。新しいバスローブです」

「……ありがとう。すまないな」

「いいえ。でも、長年の疑問が解けました」


 彼女がはっきりと口に出すことは無いだろう、そのことについて。暴かれる恐怖に襲われることもなく、興味深げに顔を見上げてみれば、青い瞳をぐしゃりと歪めた。そんな表情でさえも美しい。彼女をどうでもいいと思わないのは、ひとえに似ているから。かつての自分に。視線を逸らすと、私の腕に手を添え、「陛下」と声をかけてくる。


「シャーロットちゃんは良い子ですよ。……貴方はそれをわずらわしく思うのかもしれませんが」

「……毒が無い人間は、見ていてイライラさせられる。マーガレット、君もそうは思わないか? ああ、いや、人間じゃなくてあれは獣人だったか」

「らしくもない。ギルバート様……」


 私らしくない。確かにそうだろう。獣人も人間も、いいや、あの子を除いて何もかもがどうでもいい。


(差別とは、興味関心が無ければ出来ないからなぁ……)


 重臣達が躍起(やっき)になって、「尊い王族の血に獣臭い獣人の血が混ぜるなど!」などと騒いでいるが心底どうでもいい。耳があろうと無かろうと、どれもこれも全て一緒だ。彼女の手を借り、新しいバスローブへと着替える。終始、憂鬱そうな顔で手伝っていた。さらけ出された白い首筋を見て、不安になって手を添える。


「……冷えないか? そんなネグリジェ一枚で」

「暑いんです。ジンジャーティーのせいかしら? 変に火照ったり、寒かったり……ああ、早く産まれるといいんだけど。元気な男の子が」

「気が早いな。来年だろう、産まれるのは」

「ええ。でも、貴方が浮気するかもしれないから……」


 弱々しく呟いて、ぎゅっと抱きついてきた。細い腰に手を添え、慎重に抱き締め返してみると、確かに熱かった。赤子にも似た熱を抱えている。


「……一年ほどだろう。別に浮気しない」

「どうだか。聞いていましてよ? 可愛いアンから」

「それは君が妊娠する前の話だな、おそらくは。実験してみたが、まぁ、上手くいかなかった」

「本当に?」


 間髪入れずに聞いてくる。彼女と似た容姿の女を選んで、手を出してはみたものの、直前で面倒臭くなって逃げた。……どうも、向かない。こういったことは。幼少期、女遊びにふけっていた父王を見て、感じた嫌悪感が今も影響しているのか。浅く溜め息を吐いて、さらに優しく抱き寄せてみると、びくりと体を揺らした。伝わってくるのは恐怖。嫌われはしないかと、そう思っている。彼女の華奢な肩に顎を乗せ、重たくなってきたまぶたを閉じた。


「……心配しなくても、他に女を迎える気は無い。面倒臭い」

「ギルバート様……そこは愛しているからと、そう言って欲しかったわ」

「まぁ、そういう意味でもある」

「もう、ギルバート様ってば」


 気恥ずかしくなって言葉を濁せば、少女のように、照れ臭そうにくすくすと笑う。「思ってもいないことを口に出しはしない」と、結婚する前にそうしつこく伝えていたのが功を奏したのか、拗ねたりせずに受け止めてくれる。


(まぁ、その方が面倒臭くなくて助かる)


 弟は、私とは違ってバカみたいに伝えるんだろう。いつもの気弱そうな微笑みを浮かべ、彼女に「愛してる」と伝えるんだろう。その眩しさを疎ましく(うと)思っていた時もあった。いいや、今もそうなのかもしれない。


(……複雑すぎて、自分の感情でさえもよく見通せない)


 昼間に嫌というほど、頭の痛い問題を議会に持ち込んで、延々と口うるさい重臣どもの言い分とやらを聞いたからか、疲れがどっと押し寄せてきた。……この重圧を、あれに背負わせる訳にはいかない。ぐっと、妻の体を抱き締める。


「寝ようか、マーガレット。疲れてきた……」

「はい。片付けさせますわね。少しだけお待ちになって? ああ、それか先に寝台へ……」


 煩わしくなって、全てのことを彼女に任せて寝台へと潜り込む。てきぱきと、侍女達に指示を出している、彼女の甘い声を聞きながらまどろみ、両目を閉じた。そこでふっと、脳裏に弟の顔が浮かんできた。誰にも聞こえないよう、舌打ちをしてから顔を上げ、上半身を起こす。あの侍女達の中に「可愛いアン」とやらがいるのかもしれないし、あれをしておくべきか。まったくと言っていいほど、その顔も名前もよく思い出せやしないが。


「……マーガレット? すまない、任せっきりにして。ありがとう」

「いいえ、そんな。どうぞお気になさらずに。お疲れでしょう?」

「だな。が、やはり君がいないと。こちらへ来てくれないか?」


 演技だと伝えるべく、わざと甘ったるい声で誘いかけてみると、それを知ってなお、嬉しそうな顔で微笑んだ。侍女達が遠巻きにして、こちらを見つめている。彼女がいそいそとやって来て、寝台へと潜り込んできた。こういう単純さに惹かれているのかもしれないな、私は。微笑んで見上げてくる彼女の体へ、柔らかい毛布をそっとかけた。


「おやすみ、マーガレット。愛しているよ」

「私もです、ギルバート様。ずっとずっと、貴方様だけを」


 薄闇の中でもよく光る、その仄暗い瞳を見て安堵しているのは一体どうしてか。自分が醜い、誰からも蔑まれる(さげす)ような人間だと理解しているからか。微笑みを浮かべ、白い額へとキスを落としてから、優しく抱き寄せる。


「すまない、ありがとう。……そのまま、気付かないふりでもしておいてくれ。頼んだ」


 返答は無かった。いや、蚊の鳴くような声で「はい」と返事したかもしれない。どちらにせよ、あっという間に睡魔に引き摺られ、意識を手放したから確かめる術は無い。






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