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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第一章 本当はか弱い王子様とウサギ令嬢の私
25/83

24.ハルフォード公の判断と人の姿でのいちゃいちゃ

 



 突然飛び込んできた情報に、目を疑う。紙面に書かれていたのは“マーガレット王妃の姉、死去”という文字だった。午前用のシンプルな紺色ドレスに身を包んだシャーロットが、ひゅっと息を飲み込んで、新聞を握り締める。ウサギのシルエットがひっそりと混じっている、金と茶の植物柄が浮き出た壁紙と、ダンデライオンにシロツメクサ、そして、色鮮やかな花畑が織り込まれた絨毯が敷かれたリビングルームには、麗らかな、夏へと傾き始めた春の陽射しが射し込んでいた。


 “……数日前から、風邪を患っていたマーガレット王妃の姉、エイミス侯爵夫人が亡くなった。葬儀は近親者のみで────”


「嘘でしょう? 信じられない……」


 真っ先に出てきた言葉はそれだった。気を落ち着かせるために、たっぷりのお砂糖とミルクが入ったぬるい紅茶を飲み干し、ふうと息を吐く。隣に座った義妹のオリヴィアが美しい眉をひそめ、手元の新聞を覗き込んできた。その手にはバターナイフと、パンが握り締められている。


「お姉様? お知り合いでした?」

「いいえ、でも……一応、その、殿下の親戚に当たる方ですし」

「しゃ、しゃしゃシャーロット!? お前、殿下とは本当に結婚するつもりで、」

「お父様。私、それどころじゃないんです! 早く支度をして、王宮へ行かないと!」


 食べかけの目玉焼きや人参のラペを置いて、勢いよく立ち上がると、オリヴィアが焦って袖口を掴み、引き止めてきた。


「お姉様! 私との、私との朝のお散歩は……!?」

「ごめんね、ヴィー? 私、呑気にダンデライオンの匂いを嗅いでいる場合なんかじゃないの! もう少しっ、もう少し痩せたいから悔しいけどっ」

「お姉様は太ってなんかいませんわ。そのままでよろしいのに……」

「ううん、だめなの。もうちょっと、きゅっとくびれたウエストが欲しいのっ!」

「あの、シャーロット!? お前、少しはお父様からの質問に答えて、」

「行ってきます! 帰りはいつになるか分かりませんっ!」

「シャーロット!? お前っ、ちょっと待ちなさい!!」


 父親の制止の声が虚しく響き渡ったあと、ばたんと扉が音を立てて閉まる。はぁと、思いっきり溜め息を吐いた夫に寄り添い、カミラが嬉しそうに微笑んだ。


「ほら、あなた? ああなったシャーロットちゃんを止めれるわけがないって、よくご存知でしょう?」

「……」

「あらっ! 久しぶりにウサギの姿に戻ってしまいましたね!? ふふふふっ、可愛い~」

「お義父様……私にもあとで、良ければもふもふさせてくださいね?」


 しゅるしゅる、ぽんっと落ち込んでウサギの姿へと戻った夫を、カミラが抱えて嬉しそうに笑う。細腕に前足を置いたラルフがふうと、もう一度深く溜め息を吐いた。


「シャーロットが王族の一員になるだなんて……つい、この間まで、あんなに小さい子ウサギちゃんだったのになぁ」

「……お姉様の子ウサギ姿、肉眼でしかと確かめたかったところですが」

「ふふふ、無理ねえ。残念だわ、私も見てみたかったんだけどねぇ」







「こっ、これは……!?」

「良かったです。シャーロット様がすぐにいらしてくださって……午前中は頑張っていたんですが、帰ってきた途端、限界を迎えてしまったようで」

「ルイ……余計なことを言わないでくれよ、頼むから」

「格好付けたい気持ちも分かりますが、その体勢だと無理ですね。全てが」

「……」


 紺色のジャケットを脱ぎ捨て、シャツ一枚になったアルフレッド様が虚ろな目で膝を抱え、カウチソファーに座っていた。ルイが呆れた表情で、ふんわりと甘い香りを漂わせるハーブティーをカップへと注ぎ、手渡す。


「はい、一気に飲んでください。全部」

「熱いから無理だ……」

「あの、アルフレッド様? やっぱり、今回の記事はそういうことなんでしょうか……?」


 両手でカップを持っていたアルフレッド様が物言いたげな顔で、ルイに目配せをすると、渋い顔つきをしながらも頭を下げ、執務室から出て行った。そのあと、腕時計をすぐに確認する。じ、時間が無いのかな? 大丈夫かな……。深いグリーンの地に、花柄模様が浮き出たドレスを着たシャーロットが、不安げな様子で両手を組む。すると、すぐに顔を上げて、困ったように微笑んだ。


「ごめん、不安にさせて……まさか、こんな形でハルフォード公が後処理するとは思ってもみなかったから」

「後処理……」

「証拠も無いからね、罪には問えない。が、公私混同はなさらない主義のようで……呆気なく、娘を毒殺したか」

「どく……さつ?」

「ああ。表向きは風邪をこじらせて死んでいるが……まぁ、言葉通りに受け取る連中がどれぐらい、いることか……」


 深い溜め息を吐いたあと、ハーブティーをろくに飲まずにテーブルへと置いて、ごろりとカウチソファーへと寝転がった。相当ショックだったみたい、アルフレッド様は。すぐに駆け寄ることが出来ず、ぎゅっと拳を握り締める。


(私だって……遠くからお見かけしただけだけど。でも)


 陛下から話が伝わったんだろうか。きっとそうに決まってる。それを聞いて、即座に動き、実の娘に毒を盛って殺した。────証拠が無くて、死刑に出来ない代わりにといって? ぞっとした。こんな話、珍しくもないんだろうけど。見てみると、アルフレッド様は両手で顔を覆っていた。


「アルフレッド様……」

「もう、終わった話だと思っていたんだ。……いいや、違う。終わらせたかったんだ、四年前の事件を。思い出したくもなかったんだが……」

「……一番お辛かったのは、アルフレッド様でしょうね」

「そうかもしれない。義姉上も兄上も冷たい人だから」


 ここはウサギ姿でお慰めするべきかもしれない! でも、先日、アルフレッド様の従者である、アーサーから言われたことをふと思い出した。


『シャーロット様? ウサギ姿も可愛らしくて大変良いとは思うのですが、その、どうやら、アルフレッド様は人の姿の貴女を求めているらしく……』

『それはきっ、気が付きませんでした! 今度からは人の姿でお慰めしますね!』


 でも、一体どうやって……? 私から毛皮を取ったら、何も残らないような気がするんだけど? 途方に暮れていると、ふと、手を下げて優しくこちらを見つめてきた。


「ロッティ、ごめん。せっかく会えたのにこうして……」

「いっ、いいえ! でも、その、人の姿でのいちゃいちゃの方が、アルフレッド様が喜ぶと、ア-サーからそう聞いたので、」

「ありがとう。じゃあ、そうして貰おうかな?」

「ふぉっ!?」


 近寄ってその顔を覗き込んでみると、ぐいっと、おもむろに手首を掴んで引き寄せられる。気が付くと、アルフレッド様の腕の中にいた。私を後ろから抱き締めて、肩に顔を埋めている。か、顔は見えないけど、何気に距離が近いっ……。


「あっ、あの? で、でも、良かったですね……? もうこれで終わりですよ、怖いことは」

「本当かな……? このあとすぐ、義姉上とのお茶会が控えているのに?」

「えっ」

「招待されてるんだ……ロッティと揃って来るようにって、そう」

「大丈夫ですよ! 王妃様は、私が毛皮で落としておきましたからね!? アルフレッド様の敵ではありません!」

「毛皮で落としておいた……」


 そのお顔がどうしても見たくて、腕を振りほどき、ソファーへと座り直して向かい合う。ぐったりと、くたびれたお顔をしたアルフレッド様には、妙な色気が漂っていた。虚ろな青い瞳に心臓がどきりと跳ね上がる。そして、いつもの上質なチョコレートのような髪はつややかで、雨が降ってきたからか、少しだけうねっていて癖があった。


「ロッティ……君がいると、何でも乗り越えていけそうな気がするんだ。ありがとう、私の傍にいてくれて」

「いいえ、私……アルフレッド様がいるからこそ、強くなれるんです」

「強く……ごめん、頼りなくて。もしかして、君に見捨てられる五秒前なのかな……?」

「えっ!? 一体どうしてそうなったんですか!? あのっ、私! かなりアルフレッド様のことが好きなんですよ!?」


 ウサギのぬいぐるみでさえも、寝室に置いて欲しくない。私のリードだけを持っていて欲しいし、誰ともお散歩して欲しくない! ずずいっとアルフレッド様に近付いてみると、ふいに青い瞳を妖艶に細めて、私の手をそっと握り締めてきた。


「ふぉっ!?」

「やっと近付いてきてくれたね? ロッティ。人の姿で」

「心臓が破裂してしまうので、その、戻ってもいいですか……!? 素晴らしい毛並みのウサギちゃんに」

「だめだ。慰めてくれるんだろう? 今日はその肌で」

「ふぉわっ……」


 指と指を絡めて、ちゅ、と艶かしくキスを落とす。おっ、王子様みたい! すごい! 固まっていると、さらに妖艶な微笑みを深めて近付いてきた。それから丁寧に、私の髪を耳の後ろへとかけ、満足げな笑みを浮かべる。間近でそれを見た瞬間、息が止まってしまった。そっか、私。逃げてたんだ、今まで。ウサギの姿になって!


「可愛い……息、それ、出来てる? ロッティ」

「っふ、ふ、たぶん、出来てません、アルフレッド様……!!」

「すごく可愛い……あーあ、お茶会に行きたくないなぁ。ちょっとはご褒美が無いと、頑張れないなぁ」

「ふぉっ、ふぉっ……」


 照れ臭くて、逃げ出したくて逃げ出したくてしょうがなかったけれど。ぐっと我慢をして、指に指を絡めて見上げてみた。苦しそうに青い瞳を細め、「ロッティ」と甘く囁きかけてくる。


「……キスは、まだ無理そうかな?」

「がん、頑張ります! 尻尾を出さないようにします!!」

「尻尾を……?」

「あっ、はい! 人の姿だと出てこないんですが! 辛くなってきたら、その、お尻の辺りにぽふんと出ちゃうんです……出たらすぐ、ウサギの姿に戻ってしまうので」

「なるほど。じゃあ、頑張って。ロッティ」

「っん、あの、アルフレッド様……!?」


 すぐにくちびるが塞がれた。こうやっていちゃいちゃするのって、何日ぶりなんだろう……? 頭がくらくらしてきた。私を逃がすつもりは無いらしく、アルフレッド様が頭の後ろへと手を回して、ひたすら舌を捻じ込み、甘く吸い上げ、合間に「っは、ごめん。ああ、でも、すごく可愛い……」と言って褒めてくれる。


(いっ、いつもはもうちょっと優しいのに……!!)


 ばくばくと、心臓が狂ったように鼓動を刻んでいる。でも、褒めて欲しい。もっともっと欲しい。甘くて優しい声で褒めて欲しい。ふっと離れた瞬間、見上げてみると、アルフレッド様が虚ろな顔をしていた。苦しいのを掻き消したいのかもしれない。なら、それをお手伝いしたい。


「っは、あの、もっともっと、その、いい子だって……いつもみたいに、褒めて欲しいです。アルフレッド様」

「……ロッティ、いい子だね? ごめん。そんなことを言われると、抑えが効かなくなるな」

「ふぉっ!? んっ」


 今度はもっともっと深く、キスをされてしまった。言ったことを後悔するほど、首筋も体も熱くなってきてどうしようもなくなる。体を押して、「ちょっ、ちょっと待ってください、アルフレッド様!?」と言ってみると、青い瞳を細め、口元を拭いながら「もうだめなのかな?」と言ってきました。


(ああっ、誰か、唐突に色っぽくなるアルフレッド様への、対処法を、対処法を……!!)


 数分後。ぜいぜいと息を荒げて肩へしがみついていると、満足そうに笑って優しくゆっくりと、私の背を擦ってくれた。


「えらいえらい。よく頑張ったね? ロッティ」

「……あの、アルフレッド様?」

「ん? ああ、大丈夫だ。もう無理はさせないから」

「まっ、まだまだいけますっ……!! たぶん!」

「たぶん、か。じゃあ、遠慮なく甘えさせて貰おうかな?」

「ふぉっ、ぼっ?」

「……新しい声が出てきたね? ロッティ」


 私から体を離して、嬉しそうに笑う。でも、この方はぜんぜん理解していない。私がどれだけ好きかってことを。意を決して見上げ、ぎゅっと抱き付いてみた。


「好きです、アルフレッド様。大好きです……!!」

「……ロッティ。たまに自分が夢を見ているんじゃないかって、そう思ってしまうなぁ」

「えっ? あの、一体どこを触って……?」


 あるまじき場所をまさぐっている手に、どきりとして問いかけてみる。すると悪びれた様子も無く、「どこってお尻の辺り?」と返してきた。


「あの、尻尾は出てこないと思うんですけど……? ふぁっ!?」

「うん。やっぱりぜんぜん太ってないよ、ロッティは」

「どっ、どどどどどなたかが来たら私、私……!!」

「ああ、じゃあ、こうしようか?」


 今日のアルフレッド様、何だか変! 遊び慣れている人みたいだ。焦りつつも肩に手を置いていると、手際よく、カウチソファーの背にかけていたジャケットを掴んで、私の腰辺りへとふわっとかける。な、何のために? これってまさか。


「あの、アルフレッド様? もしかしてこれは……」

「そう。目隠しにしようと思って。ジャケットが全部隠してくれるよ、大丈夫」

「ふぉっ!? えっ!?」


 するりと、ドレスの下から手を差し込んできた。ごつごつとした手が太ももに当たって、ぐらりと視界が揺れる。こ、怖いかも! 少し!


「あ、アルフレッド様!? その、私!」

「すまない、余裕が無くて……」

「本当にですか!? すごく手際が良いんですけど!」

「それだけ、ロッティが魅力的だってことだよ。毛皮も素晴らしいし」

「あっ、ありがとうございます……!! 確かに毛皮は素晴らしいと、自信を持って言えて、ふぉわっ!?」


 さらに手が太ももの裏を這い回り、背筋が甘く震えてしまった。咄嗟に肩にしがみつくと、アルフレッド様がひっそりと甘く、微笑んだような気がする。


「……怖かったら言ってくれ。やめるから」

「は、はい……頑張ります!」

「ありがとう。可愛いな……」


 わざとなのか、耳元で恍惚とするような甘い声で囁いてきた。どっと、首筋に汗が滲み出てくる。ど、どどどどうしよう? こんな時、こんな時はそうだ……!!


「ロッティ。……今のは一体、誰に教わったのかな?」

「じっ、自分で考えました。アルフレッド様……」


 ほっぺたに軽くキスをしてから、お返しに「すごく気持ちいいです、アルフレッド様……」と耳元で囁いてみると、限界が来てしまったらしく、すっと真顔で私から離れていった。そのまま膝を抱えて、落ち込んだように「はー……」と深い溜め息を吐く。


「あっ、あの、いちゃいちゃ、もういいんですか……?」

「歯止めが効かなさそうだからやめる。流石にここでする訳にはいかないからね」

「……あのっ、その、初夜に向けて、ウサギの姿に変身しないよう、私、頑張りますね……!!」

「ありがとう、頑張ってくれ。ロッティ……そうして貰えると助かるよ。あーあ、嫌だなぁ。お茶会。永遠にここでいちゃいちゃしてたいなぁ」

「ですね……」


 でも、私としてはほっとしたかも? 先程のなまめかしい動きの手を思い出し、頬がぼっと熱くなってしまった。


「期待。その、続きをまた今度って、期待してもいいですか……?」

「今しようか、ロッティ」

「あの、お茶会は? あと何分後に出たほうが……」

「十分後、かな……」

「じゃあ、用意しなきゃですね! ハーブティー飲んじゃってください、全部。アルフレッド様。気持ちが落ち着くやつなんですよね? これ」

「……飲んでもきっと落ち着かないだろうし、私は今すぐ君と逃げ出したい」

「だめです! さっ、頑張りましょうね! アルフレッド様?」

「はい……頑張ります……うっ、うう。嫌だ、嫌だ……」






<セントジョーンズワートのハーブティー>


(よし。これを飲まなければ彼女に嫌われる、嫌われる。嫌われると思えば一気飲みなんて、たやすいこと……!!)

(アルフレッド様……このハーブティー、そんなに好きじゃないのかな? そうだ、今度、ルイに言って違うハーブティーにして貰った方が)

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