23.リードを付けての散歩とバスルームにて
「そうか……まぁ、予想はしていた」
「していたんですか!? なら、一体どうして」
「証拠が無かった。それだけだ。……彼女も容疑者の内の一人だった」
「……調べてはいたんですね、陛下も」
その言葉にぴくりと、形の整った眉毛を持ち上げる。かちゃんと、優雅な所作でカップをソーサーの上へと置いた。我が兄ながら、威圧感がすさまじい。唾をごくりと飲み込み、膝の上の拳を握り締める。ごく親しい人だけを招く応接室には浅い、陽の光が射し込んでいた。目の前には茶器とスコーン、キュウリのサンドイッチが整然と並べられている。向かいに座った、異母兄であるギルバートは────今日はかっちりとした、青みのある黒いスーツを着ている────こちらの返答が気に食わなかったのか、氷の微笑みと称される、麗しい微笑みを品良く浮かべた。
口の悪い妹のオーレリアからすると、「イワシの腐った腹わたを見て、綺麗ですねと賛辞を述べているかのような微笑み」らしいが、私からすると背筋が震え上がるような微笑みで、そう称することしか出来ない。本好きの妹のように、さほど語彙力は無い。
「お前はいつからか、私のことを兄上と呼ばなくなったな。アルフィー」
「……懐かしいですね、その呼び名も」
「お前が公の場でしか、私と会おうとしないからだ」
「あの、陛下? そんなことよりも、義姉上には一体なんて……?」
「……私から伝えておこう。それで満足か?」
「ほっとしました。ありがとうございます」
そこで、痛いほどの沈黙が落ちる。早く帰ってくれ、早く帰ってくれと念じていると、おもむろに、卓上にあった銀製のベルを鳴らし出した。ようやく帰ってくれるのかとほっとしたが、どうやら、そうじゃなかったらしい。
「お茶のお代わりを。……ああ、ポットになみなみと淹れて持ってきてくれ」
(終わった……)
一体何故、私といたがるのか。何かを喋ることもなく、兄上はただただ、ご満悦な顔をしてゆうゆうとお茶を飲んでいた。────嫌がらせなのか、私への。涼しげに整った目元は窓の方へと向き、決してこちらを見ようとはしない。話しかけた時だけ、ゆったりと青い瞳が動いてこちらを見つめる。その強すぎる眼差しは、記憶の中にある兄のものとは少し違っていて、困惑してしまう。
「……陛下? あの」
「早く帰れとでも言いたげだな、アルフィー」
「暇なら、義姉上のところへでも行ったらどうですか……?」
「つい先程行ってきた。元気そうだった」
「そうですか……」
ふたたび沈黙が落ちる。居心地悪そうにする私を見て、陛下は終始、面白がるような顔をしてお茶を飲んでいた。
「あ~、疲れた! ロッティ、私を癒してくれ……」
「アルフレッド様? もちろんです! はいっ」
「あっ」
初夏らしく、青と白のシフォンドレスを着たシャーロットを抱き締めていると、ぽんっと、ウサギの姿に戻ってしまった。あっという間に、腕の中に可愛いらしいウサギちゃんが出現する。ドレスも、精緻なレースが縫い付けられた黄色いフリルドレスへと変わっている。黙りこくっていると、グリーンの円らな瞳を丸くさせ、首をこてんと傾げた。
「あの、アルフレッド様? もっ、もしや私の体に飽きて!?」
「いっ、いやいや……!! 今日も世界で一番可愛いウサギちゃんだよ、ロッティは。永遠に飽きることなんて無いから。絶対に無いから」
「よ、良かったです! つまらなさそうなお顔をしていたので、てっきり飽きられたのかと、私!」
ただ、人の姿で慰めて欲しかっただけだが。そんなことも言い出せず、まろやかなブラウンのスリーピースを着たアルフレッドが、ウサギ姿のシャーロットを抱え直してから、ふうと溜め息を吐く。
(人の姿でいちゃいちゃしたいと思っているのは、私だけなんだろうか……)
だが、彼女にとってはどれもこれも(そう、ブラッシングでさえも!)いちゃいちゃらしく、ウサギの姿で昼寝をしただけの日も、照れ臭そうに毛皮を震わせ、「今日もたっぷり、いちゃいちゃしちゃいましたね~……!!」と言っていた。ついうっかり、その毛皮に目が奪われ、すかさずさっと撫でながらも「うん、そうだね。したね!」と言った手前、今さらこの認識を正すというのもなんだか……いささか身勝手なような気がする。もんもんと悩んでいると、腕の中で彼女がふしゅんと、息を吐いた。
「さ! 気晴らしにお散歩にでも行きましょうか!」
「だ、だね……行こうか。今日は天気も良いし」
きらきらと期待に満ちた顔で、前足を揃えている彼女を見ると何も言えなかった。人の姿でいちゃいちゃしたいという気持ちを封印し、彼女にリードを付けて王宮の中庭を散歩する。
「首輪……苦しくないか? 大丈夫か?」
「だっ、だだだだ大丈夫ですっ! はいっ」
(相変わらず、彼女にとって首輪はアダルトチックなものなんだな……)
よく分からない。が、先日私が贈ったブルーの首輪とリードを装着して散歩している時、偶然にも、トラの獣人である伯爵が通りかかったのだが、嬉しそうに芝生を歩くシャーロットを見て、何とも言えない顔をしていた。あれは息子と見知らぬご令嬢がぴったりと身を寄せ合い、仲睦まじく愛を囁き合っている現場を目撃した父親のような顔で、ウサギ姿のシャーロットと目が合うと、さっと、凄まじい勢いで顔を逸らしていた。
その後、シャーロットは芝生の上で転げ回り、「ふおおおおっ!! ふぉっ、ふおぉっ……!!」と悶絶していた。すごく可愛かった。どうも、人間の恋人にすっかり気を許して、リードを託すというのは気恥ずかしい行為で、“はしゃいでいる”認定をされてしまうらしい。……なお、家族や友人にリードを持って貰う時は“微笑ましい”という見方をされるらしく、獣人の価値観は独特でよく分からない。
王宮の中庭に出ると、すぐに黄色い蝶々がやって来て、シャーロットの鼻先を掠めていった。空は青く、暑くない程度に陽射しが照っていて、白い雲がのんびりと浮かんでは通り過ぎてゆく。さくさくと、柔らかな芝生を踏みしめるシャーロットのお尻が揺れ動いていた。口元に笑みが浮かんで、リードを持つ手を緩める。お散歩の時は後ろを陣取って歩くべきだと理解していたので、少しだけ歩調を落として付いて行く。
「アルフレッド様ー! お散歩、楽しいですかー? 気分転換になりましたか?」
「あ、ああ。うん、なったよ。ありがとう、ロッティ」
「ふふっ、良かった! お散歩、楽しいですよねっ」
彼女なりに私を励まそうとしているんだろうか。ただ、お散歩は彼女が思うほど好きではなく、どちらかと言うと人の姿で、室内でいちゃいちゃしたかったな……。が、ウサギ姿の彼女が幸せそうに、緑の芝生の上を走って行くのを見ると、何もかもがどうでも良くなってくる。彼女の可愛い、ふわふわなお尻を見て人生の大半を過ごすべきなんじゃないか? という考えに囚われ、じっと見つめていた。
ふと上を見上げてみると、壮麗な白い王宮の隙間に、青空がぽっかりと浮かんでいる。天気は良好、風も穏やかで涼しい。今日は過ごしやすい天気だった。最近、特に磨きをかけているという、彼女の栗色の毛皮は陽射しに照らされ、ふわふわと光り輝いていた。何かもう、これでいいような気がしてきた。空をのんびり見上げていると、柔らかな風が首筋を撫でてゆく。
「……ロッティ。ボール遊びでもしようか?」
「ボール! ボール! ちりん、ちりんっていうやつですか!?」
「ああ、ちゃんと鈴入りのものを買ってきたから。もう壊さないように。いいね?」
「はい! でも、ちょっとはがはがしただけで、壊れちゃうボールが悪いと思います……」
私に隠れて、茂みでこっそりとボールを噛んでいたが。私の足元へやってきたシャーロットがしゅんとした顔でうなだれていたので、追及する気が失せてしまった。芝生へとしゃがみ込んで、ウサギ姿の彼女と目線を合わせる。
「いいかい? ロッティ。口の中を怪我してしまうかもしれないだろう?」
「大丈夫です! 破片には、気をつけてあがあがしてますっ!」
「いや、そういう意味ではなく……君が怪我をしたらと思うと、いてもたってもいられない気持ちになってしまうんだ。ロッティ?」
「ふぉっ!?」
彼女の顔をゆっくりと持ち上げ、至近距離で優しく諭してみると、小刻みに震えて「はい、殿下!」と返してきた。……いまだに少し慣れないらしく、ふとした拍子に「殿下」と呼ばれる。彼女の顔から手を放し、ボールを持ち上げた。
「よし! じゃあ、行っておいで。ロッティ。ほーらっ!」
「ボール、ボール!!」
ちゃりんちゃりんと、音を鳴らして転がってゆくボールを追いかけ、シャーロットが芝生の上を猛然と走ってゆく。忘れずにリードから手を放すと、このまま彼女が腕の中に戻ってこないような気がして、一抹の不安にかられる。
(いやいや……ロッティは本物のウサギじゃないんだから。大丈夫だろう、きっと)
でも、振られたらどうしよう? 何百回だってボールを投げるから、私の傍にいて欲しい。それからはっ、はっと息を荒げて、ボールを持って来たシャーロットの頭を撫で、笑いながらもう一度放り投げる。それを三回ほど繰り返したところで、息を荒げたシャーロットが満足げに、私の足元へころりとボールを投げ捨てた。
「うん! ここまで走ったら、流石の私も痩せちゃいますね!」
「えっ」
「最近、ドレスがきついので頑張ってダイエット中なんです……」
てんてんと、前足でボールを叩きながら落ち込んだ顔をする。そうか。道理で最近、シャーロットの鎖骨の辺りがげっそりしてきて……。もう一度しゃがみ込んでから、ボールを拾い上げる。
「……ロッティ。やめようか? もうボール遊びは」
「ええっ!? 一体どうしてですか!? 私といちゃいちゃ、したくないんですか!?」
(ボール遊びも、いちゃいちゃの内の一つに入っていたのか……)
どうも、いちゃいちゃの範囲が広い。いちゃいちゃというのは、もっとこう……。深く考え込んで見下ろしていると、シャーロットがこてんと首を傾げた。胸の毛のあたりのもちもち感が減ってしまうので、もうこれでいいと思う。別に元からそんなに太ってないし、彼女は。
「ロッティ? どうも君が思ういちゃいちゃと、私が思ういちゃいちゃは違うみたいなんだが……」
「ええっ!? リード付けてお散歩するの、いちゃいちゃじゃないんですか……!? 時には抱っこしますよね!? 触れ合ってますよね!?」
「ああ。だが、私達人間からすると、微笑ましい触れ合いであって、ときめきは得られないんだ」
「そ、そんなっ……!!」
シャーロットが打ちひしがれた顔をしている。たぶん。両耳を軽く震わせ、芝生に転がったボールを見下ろした。
「これもいちゃいちゃじゃなかっただなんて……じゃあ、アルフレッド様はきっと退屈なさって、」
「いや、楽しいし、これもいちゃいちゃだと思う!」
「そうですか!? 本当にですか!?」
「……ああ。抱っこ散歩でもしようか。より、いちゃいちゃ感が増すだろうからね!」
「増しちゃいますね! ぷっ、ぶぅっ」
興奮しているのか、「ぶー、ぶー」と鳴き出した。慌てて「間違えた」と呟き、腕の中で可愛らしく「ぷぅ、ぷぅっ」と鳴き出す。
(もしや接待鳴き……? まぁ、いいや。有難く聞いておこう。可愛い)
彼女のカロリー消費を食い止めるためにも、抱っこをして王宮の中庭を歩く。沢山運動をして疲れてしまったのか、小さなあくびをして、くったりと柔らかな体を預けてきた。手足が熱い。
「癒されるなぁ、可愛い……」
「でも、運動したいのでおろしてくださいね?」
「しなくてもいいんじゃないのかな? 別に運動なんて。君の脂肪が減ってしまう」
「あの、アルフレッド様? 脂肪を減らすために動いてるんです、私」
「……ほら、見てごらん。蝶々だよ」
「ちょうちょ! ちょうちょ!」
時には彼女の毛皮を大きく吸い込んだりして、歩き、ゆったりと時が過ぎていく。そろそろ帰ろうかと言い合っていたところで、事件は起きた。
「あっ! あの茂みがっ! あの茂みが気になりますっ! バッタもいそうですっ」
「あまり深く潜らず、すぐに帰って来るんだよ? ロッティ」
「はい! 頑張って戻ってきますっ!」
「行ってらっしゃい……」
どうも一日に一回は茂みに潜らないと落ち着かないらしい。しゃがみ込んで、彼女の揺れ動くお尻を堪能しながら待っていると、その時突然、悲劇が起きてしまった。
「あっ、あああああアルフレッド様!? あの、その、茂みに……」
「……昨夜は雨が降っていたからなぁ。泥まみれだね、ロッティ」
そう、彼女の美しい毛皮が泥まみれになっていた。鼻先にも泥が飛び散り、シャーロットが今までにないぐらい、すっかり落ち込んでしまい、ひたすら地面を見てうなだれている。
「もう、これじゃあ、抱っこもして貰えない……王宮にも入れて貰えない」
「だっ、だだだだ大丈夫だよ! ロッティ!? 今日は特に予定も無いし……そうだ! お風呂に入ろうか、一緒に」
「へっ!?」
そんな訳で急遽、彼女と一緒に入ることになった。侍女に泥まみれとなった小さいドレスを預け、白いバスタオルを何枚か用意したあと、私室に備付けられたバスルームへと入る。ここは元々亡き母上が使っていた一角で、若干手を加えてはいるものの、当時の面影を残している。床には白と青のモザイクタイルが敷き詰められ、中心には、猫脚の白いバスタブが据えられていた。天井は高く、ドーム型となっていて、クリスタルのシャンデリアがきらきらと光り輝いている。
初めて入ったバスルームに興味津々なのか、泥まみれのシャーロットがふんふんと、興奮したようにタイル床を嗅ぎ回っていた。それを見て笑いながらも、バスタブの蛇口をひねる。
「ロッティ? えーっと、今、お湯を溜めているところだから……まずは、泥を洗い流してしまおうか。こっちにおいで?」
「お風呂は嫌いです、アルフレッド様……」
「ロッティ……」
人の姿に戻ってくれと頼むわけにもいかない。おそらく、毛皮が濡れるのが嫌なんだろう。苦笑して腰に手を当ててみせると、ウサギ姿のシャーロットがびくりと体を揺らして、そろりそろりと、忍び足で去って行こうとした。裸足で、白いシャツの袖を捲り上げたアルフレッドがすかさず、そんなシャーロットをひょいっと抱き上げる。
「こーらっ! そんな泥まみれで一体、どこへ行く気かな? 我が婚約者殿は!」
「ぶう、ぶうっ……」
「はいはい。大丈夫だよ? 体の隅々まで、丁寧に優しく洗ってあげるからね?」
「ふぁっ、ふぁい」
何故かそこで大人しくなった。観念してくれたのかもしれない。笑っておろし、洗面器にお湯を溜め、熱くないかどうかを確かめてから、ゆっくりと首の後ろからかけてゆく。すぐに泥が剥がれ落ち、水が真っ黒に染まっていった。ごぼごぼと、排水溝へと音を立てて流れてゆく。
「ロッティ? どうかな? 大丈夫かな……?」
「はい、アルフレッド様! これはこれで気持ちがいいです!」
「良かった。それじゃあ、洗い流せたことだし、次は石鹸で洗わなきゃな」
「は、はい……」
私が石鹸を泡立て、しゃがみ込んで毛皮を洗っていると、少しだけ恥ずかしそうに身じろぎをし、後ろ足をへんにゃりと床へと投げ出していた。……そうか。ウサギの姿とは言えども、バスルームで二人きりか。今は。
(……移ったのか? ロッティの照れが。人の姿とウサギの姿では、何もかもが違うのに)
それでも、彼女は「大差ない」と言う。じゃあ今、うなだれて洗われているシャーロットは裸と大差なく……。唐突に胸の奥がきゅっと狭まった。私は今、今、女性に、婚約者とは言え未婚のご令嬢に一体なんてことを……。
「申し訳ない……変態だと罵られて、処刑されるところまでくっきりと想像できた」
「アルフレッド様!? いっ、いきなりどうしたんですか!?」
「申し訳ない……ロッティ。嫌だろう? 私に洗われるのは」
「いっ、いえ! その、すっごくいちゃいちゃ出来て嬉しいですっ!」
(そうか。これもいちゃいちゃに入るのか……)
ウサギ姿の彼女を洗っているだけなんだが。でも、彼女はすごく恥ずかしそうで「お父様に知られたら、もうっ、どうしよう……!?」と言って、泡だらけの体を震わせている。何となくその泡を掬い上げて、頭の中でいくつかの術語を組み合わせ、脳内で唱える。すぐにふわっと、虹色のしゃぼん玉が出来上がった。次々と、彼女の体から生まれては、広いバスルームへと飛び散ってゆく。
「わっ、わぁ~……!! 綺麗! ありがとうございます、アルフレッド様! ロマンチックですねぇ、素敵!」
「ああ、うん。だね……」
ムード作りのためにした訳じゃないんだが。それでも彼女は満足げに息を吐いて、うっとりと見つめているから、じゃあ、まぁ、これでいいかという気持ちにさせられる。
「……ロッティは何でも喜んでくれるね? ありがとう」
「ふふふっ、アルフレッド様が私のために色々としてくれるからですよ! その気持ちが嬉しいし、その、あの」
「ん? どうしたの」
泡だらけのシャーロットがこちらを振り返って、照れ臭そうに見上げてきた。可愛い、すごく可愛い。澄んだグリーンの瞳がうるうると潤んでいる。
「こんっ、今度はあの、また、ええっと、結婚後にでも! 一緒にお風呂に入りましょうね……!!」
「それは人の姿で……?」
「どちらでも構わないですっ! 私ったら、私ったら! ついっ、大胆なお誘いをしてしまって!」
無数の白い泡をつけた彼女が「きゃー!」と叫んで、ごろごろと転げ回った。まぁ、彼女が望むのなら、ウサギの姿でも人の姿でも構わない。でも、やっぱり、ウサギの姿だと、あまりいちゃいちゃしているという感覚が得られないので、ぜひとも、その時は人の姿に戻って欲しい。そんなことを切に願いながら、彼女の体を洗って、タオルで丁寧に拭き取ったあと、魔術で乾かし、膝の上で丁寧にブラッシングをした。疲れていたのか、彼女はそのまま眠ってしまった。
(まぁ、いっか。これはこれで、幸福な一日だったなぁ……)
彼女のしっとりとした頭を撫でながら、微笑む。もう大丈夫だ。可愛くて、愛しいユリシーズの悲惨な最期を思い出すこともない。ふと窓の方を見てみると、白いカーテンが風に揺れていた。もうそろそろ、社交界も夏で活気付いてくる。
(早く……彼女と結婚したいなぁ。陛下が認めてくださるといいんだが)




