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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第一章 本当はか弱い王子様とウサギ令嬢の私
19/83

18.殿下の憂鬱と王妃様との対決

 



「それでは、行って参ります! アルフレッド様」

「ああ、うん。本当に気をつけて……」



 心配になってそう声をかけてみると、開け放された扉の前にて、ウサギ姿のシャーロットが「ふんっ!」と鼻を鳴らし、こちらにふわふわなお尻を向けていたものの、もにもにと動いて、やたらと凛々しい顔つきで見上げてきた。可愛い。圧倒的な可愛さ。


 私が丁寧にブラッシングをかけた、茶色の毛はふわふわとしていながらも、しっとりと落ち着いていて、艶をみなぎらせている。ドレスは白く繊細なレース襟付きの、紺色の地に真っ赤な木苺が描かれたもの。もちろん、裾にも手で編まれた、繊細なレースがふんだんに縫い付けられている。茶色のふわふわとした毛と白いレースが合わさって、身震いするほど可愛い。



「大丈夫ですよ、アルフレッド様! この可愛さで王妃様のことを癒してきますっ! 落としてきますっ!!」

「えっ、ええっと、もちろん、君の毛皮の素晴らしさは誰もが認めるところなんだが……国で一番、いいや、世界で一番素晴らしい毛皮だと思う。ただ、義姉上はそこまで動物が好きではないし、もしかしたら通用しないかもしれないが、落ち込むことは、」

「アルフレッド様? 大丈夫ですよ? 私のこの、ブラッシングして貰った、しっとりつやつやな毛皮ならばっ!」



 何も心配はいらないとでも言いたげに、「むふん」と鼻を鳴らして、ふわふわの胸を張った。ああ、可愛い……。すごく可愛い。出来ることなら誰の目にも触れさせず、傷付くような場所にも行かせず、ずっとずっと、この腕の中に囲っておきたいが。



(だが、そういう訳にもいかない。……ロッティ)



 不思議そうに、こちらをつぶらなグリーンの瞳で見上げていた。愛おしくなって、優しく微笑みかけ、ゆっくりと床にひざまずく。小さな体の彼女を怖がらせないように、怖がらせないように、極力ゆっくりと動くようにしている。この、今抱えている愛おしさが彼女に伝わりますように。そんなことを願って、両腕を伸ばして、彼女のことを抱きかかえる。



 私がぎゅっと、縋る(すが)ようにふわふわな体を抱き締めれば、何を勘違いしたのか、慌てて「大丈夫ですよ!? アルフレッド様なら、今日も一日頑張れますよ!?」と言って励ましてくれる。そうじゃないんだよ、ロッティ。口元が綻んだ(ほころ)。可愛くて、ふわふわな愛しい人。



「……ありがとう、励ましてくれて。ロッティ」

「はい! 私も頑張ってきますね!」

「君が、本当に傷付かないといいんだが……」

「大丈夫ですよ? でも、その、万が一、この素晴らしい毛皮が通用しなかったら」

「うん?」



 何か言いたいことがあるらしい。疑問に思って一旦、絨毯の上に彼女のことをおろす。シャーロットが体をふるりと震わせ、不安でいっぱいの顔で見上げてきた。



「なぐ、慰めて貰えませんか? もし、その、落とせなかったら自信、無くなっちゃうので……」

「もちろん! 君の毛皮はとても素晴らしいし、たかだか義姉上一人に認められなくとも、そんな風に落ち込む必要は無い。君は世界で一番、可愛いウサギちゃんだからね?」



 膝をつきながら、笑ってその頭を撫でてあげると、ぱぁっとグリーンの瞳を輝かせた。ウサギ姿だと毛皮に埋もれていて、表情筋がどんな風に動いているか、ちっともよく分からないが、新緑を閉じ込めたような瞳を覗き込むと、今何をどう思っているのかが、手に取るように分かる。胸の奥がゆるんで、ほのぼのとした気持ちで頭を撫でていると、すぐ後ろに立っていたルイが「こほん!」と咳払いをした。



「殿下、シャーロット様……そろそろお時間なので」

「……ああ、分かった」

「頑張ってきますね! 私! い、いいいい一旦、人の姿に戻った方がいいのでしょうか?」

「そうだね……人の姿でご挨拶をしてから、機を見てウサギの姿に戻るといい。はー、憂鬱だ。心配だ。私も付いて行った方がいいんじゃ、」

「殿下?」

「分かってるよ……行けばいいんだろ? 行けば」

「ご公務にですよ? 分かってらっしゃいますか?」

「分かってるよ、それぐらい……じゃあ、頑張って。ロッティ」

「はい! 頑張ってきます!」






 殿下と別れたあと、どこか怯えた様子の侍女が迎えに来た。扉が開いて、王妃様の私室へと通される。今日の王妃様はご加減が良いらしく、バルコニーのすぐ近くのソファーセットでお茶を、ということになったんだけど。柔らかな陽射しが落ちているのに、入った部屋はどことなく薄暗く、墓地や病院のような陰鬱(いんうつ)さが漂っている。



(わぁ、でも、意外だわ……)



 明るいクリームイエローの絨毯には、オレンジと黒の鳥が描かれ、白百合と赤い薔薇が咲き誇っている。壁も穏やかな、クリーム色と緑のストライプ柄。華美なシャンデリアは吊り下がっておらず、アンティークと言えば聞こえは良いが、祖父母の屋敷で長年愛用されてきたような、少し錆びたシャンデリアが静かにぶら下がっている。


 暖炉に飾られたオルゴールに、見事なドレスを着た陶器製のお人形。飾られた白いレースの布に、落ち着いたダークブラウンの椅子とテーブルとカウチソファー。それらを横目で眺め、二つほど部屋を通り過ぎたところで、立派な両扉が現れた。全面に植物柄と黒いドラゴンが彫られ、金色の取っ手が付いている。前に立っていた侍女がこくりと息を飲み込み、震える声で「王妃様」と声をかけた。



「お連れしました。……シャーロット様を」

「お通しして」

「はい。あの、シャーロット様」

「あ、はい。退きますね……」



 促されて後ろへと下がると、ゆっくり扉が開いていった。おそるおそる、侍女と共に足を踏み入れると、ふわりと柔らかな風が吹き抜ける。部屋の奥で、総レースのガウンを羽織った王妃様が、ゆったりと肘付きの椅子に腰かけ、穏やかな微笑を浮かべてらした。逆光でその顔があまりよく見えない。



「ありがとう、ローラ。ごめんなさいね? わざわざお呼び立てしてしまって」

「い、いいえ。そんな……」

「それでは、王妃様。私はこれで」

「ええ。……ああ、そうそう」

「はい」



 い、一体いつ、カーテシーを披露したらいいんだろう? 先日、教師からも「完璧なカーテシーが出来るようになりましたね、シャーロット様!」と褒めて頂いたので、早く披露したくてうずうずとしてしまう。奥にバルコニーへと通ずる扉がある、少し手狭な部屋にて、王妃様が薔薇の施された白地のベルを持ち上げた。



「何かして欲しいことがあったら、これを鳴らして呼ぶから。それまでは、こちらの部屋に入らないでくれる?」

「あっ、はい。かしこまりました。それでは、そのように」

「ええ、ありがとう。下がって大丈夫よ、もう」

「はい。失礼致します……」



 ぱたんと扉が閉まった。よ、よし、今だ! 深く息を吸い込んで、王妃様を見つめる。随分前にお見かけたした時よりも痩せていて、肌の色も青白く、その儚げな青い眼差しはどこか虚ろなのに、薄いくちびるは社交用の微笑みを描いていた。身にまとっているドレスは淡く青みがかった、白地のエンパイアドレス。奥の窓から、眩しい春の陽射しが零れ落ちているのに、ここだけが虚ろな静けさに包み込まれている。



「こうしてお会い出来て光栄です、王妃様。本日はお招き頂き、」

「ああ、いいのよ。そう堅苦しくならないで? シャーロットちゃんと、ナディア様はそう呼んでらしたわね。そう言えば」

「あの、ご存知なのですか……?」

「ええ、もちろん。……王宮の情報収集も、王妃としての務めの一つですもの。さぁ、腰かけて? シャーロットちゃん。非公式の場なんだし、些細なことでいちいち責め立てたりなんかしないわ。どうぞ気楽にね?」



 あれっ、良い人かもしれない! ほっとして「はい」とお返事すると、いっそう虚ろな眼差しとなった。首筋がひやりと冷える。この奇妙な薄暗さに包まれている部屋には、座り心地の良さそうなゴブラン織りのソファーセットしか無かった。でも、奥の黒いドラゴンと白百合が織り込まれた、重厚なカーテンの陰には、若りし日の国王様が描かれている。即位の時の絵らしく、涼しげな微笑みを浮かべ、錫杖(しゃくじょう)を持ってらした。それを見て、ぞっとしてしまったのはどうしてだろう? 



 ごくりと唾を飲み込みながらも、「失礼します」と呟いて、目の前の椅子に腰かける。王妃様は眩しい陽射しを背にして座ってらっしゃるからか、そのお顔がよく見えない。でも、記憶の中にある通りの儚げな美女で、柔らかそうな黒髪と青い瞳を持っている。



「……今日、ここにお呼びした理由。分かっていて?」

「えっ、ええっと、アルフレッド様との婚約を解消しろと、そういうことなのでしょうか?」

「貴女は騙されているみたいだから、気の毒に思って。私」



 かちゃんと、紅茶のカップをソーサーの上に置く。目の前のテーブルには冷めたスコーンとラズベリージャムと、サワークリーム。そして陛下が好きだと公言している、チョコレートスフレが置いてあった。



(あ、このチーズビスケットも……どれもこれも、陛下の好きなものばかりだわ)



 王妃様の頭の中は、陛下のことでいっぱいなのかもしれない。そんなことに気を取られ、まじまじと見下ろしていたものの、はっと気が付き、慌てて顔を元に戻す。



「あの、騙されているとは……?」

「あの男。何故か陛下も、他のご兄弟も無条件の信頼を置いているみたいだけれど」

「はい、それはそうでしょう。だって、アルフレッド様はよわよわの、か弱い王子様ですから」

「よわよわの……か弱い王子様ですって? あの胡散臭い男が?」

(アルフレッド様。演技が上手すぎます……)



 ごくごく一部の限られた人にしか、素は見せていないんだ。胸元を押さえ、青ざめながらそう言っていた時のことを思い出す。



(よし! 今日は予定を変更して、私の素晴らしい毛皮で陥落させるのではなく、この誤解を解く!)



 それがきっと、今の私に出来ること。どうか待っていてください、アルフレッド様! 私がこの誤解を解いたら、お膝でたっぷりともふもふして欲しいです! あの優しい手つきを思い出して、うっとりしながらも、いぶかしげな表情の王妃様を見つめる。



「そうなんです。アルフレッド様のあれは、実は全て演技で、本当はバルコニーで手を振っている時も、夜会でどなたかと踊っている時も、内心では怯えて震えていて、」

「その証拠は?」

「しょう、証拠は……?」

「だって、分からないじゃないの。そんなこと。貴女が私を言いくるめようとして、嘘を吐いているだけかもしれないじゃない?」



 つんと、思春期の少女のように拗ねた顔をして、紅茶のカップに口をつけた。こ、こうして人に疑われるの、初めてです。私……。



(ああああああっ、このふわふわな両耳があるというのに!? 皆さん、こんなにも可愛くて、ふわふわな手触りのお耳が付いているのならと、そう言って何でも信じてくださるのに!?)



 もちろん、私も些細な嘘しか吐いたことがない。ウエストのサイズとか、体重とか、今朝食べてきたものとか……。しゅんと落ち込んでうつむいていると、気まずそうな顔をして、紅茶のカップを置いた。ついでに、ずれ落ちてきた総レースのガウンを神経質に肩へと戻す。



「そう落ち込まないでちょうだい。私がいじめているみたいじゃないの」

「……ふぁい。あの、王妃様は」

「なぁに?」

「動物、その、もふもふはあまりお好きじゃないんですか……?」



 すっといきなり表情を無くして、テーブルの上に白い両手を添える。本当に細くてたおやかで、陛下が「守りたいと思った」と仰ったのも納得の、憂いのある美しい人だった。



「そう言えば、お姉様は……動物がお好きだったわね。犬も猫も、鳥でさえも」

「あの、王妃様は……?」

「私は汚れるし、あんまり好きじゃないの。小さい頃に遠慮なく飛びかかられて、お気に入りの白いドレスを汚されてしまってから。特に」

「ふぁっ……あの、わんちゃんですよね? それをしたのは。ウサギは綺麗好きで、飛びかかったりなんかしない動物で、」

「だから、それが一体どうしたというの? 好きじゃないのよ、あんまり。動物全般」

「……」



 これは、これは無理かもしれない……。申し訳ありません、アルフレッド様。せっかく、つやつやにして頂いたのに、この素晴らしいもふもふ毛皮で陥落させることは、ちょっと無理そうです……。あまりにも落ち込みすぎて、しゅるしゅるぽぷんっと、椅子の上でウサギの姿に戻ってしまった。王妃様が驚いて、青い瞳を丸くさせる。



「もうしわけ、申し訳ございません……私達獣人は、落ち込んだり怒ったりすると、こうして元の姿に戻ってしまうのです……」

「……別に、貴女のことが嫌いって言った訳じゃないけど?」

「で、でも、もふもふ、お嫌いなんですよね……!? 私、殿下にブラッシングして頂いて、せっかくつやつやにして貰ったのに、もふもふ、もふもふがっ……」



 ふうと、大きく溜め息を吐いた。震えつつ、落ち込んでいると、椅子からおもむろに立ち上がる。



「何も、もふもふが嫌いって訳じゃないの。獣人ならまた別だわ。ひっかいたり、暴れたりしないでしょう?」

「は、はい! もちろんです、王妃様……!!」

「ああ、嫌だわ……何もかもが憂鬱になってきた。貴女まで、あの男に騙される必要なんて無いと言うのに」

「ふぉわっ!?」



 私の手触りの良い、つやつやむちむち毛皮に心が惹かれてしまったのか、いきなりひょいっと、乱暴に抱き上げてきた。それから、子供がぬいぐるみを抱き締めるみたいに、ぎゅうっと私のことを抱き締める。



「あの男はきっと、きつねのように狡猾(こうかつ)に王位を狙っている。貴女だって、もしかしたら、」

「なっ、ないです! ありえないです、絶対にそんなことは!!」

「どうしてそう言い切れるの? 一体どうして、みんな、みんな、私の言葉を聞いてくれないの? 信じてくれないの……?」



 泣き出しそうな声で呟き、もう一度、私の体をぎゅっと抱き締めた。そ、そっか。否定すること、誤解を解くことばかりを気にしてたけど、それじゃだめなんだ。まずはきちんと、王妃様の悲しみやお言葉を受け止めなくては。いつまで経っても、深い溝は埋まらない。



「あ、あの、ええっと、王妃様はまだ……その、王太子様が毒殺されたと、そう思い込んでらっしゃるのですね?」

「ええ。だって、実行犯だってそう言っていたし……あの当時、情勢は今よりもぐっと落ち着いていた。陛下と重臣の間に、何のわだかまりも無かったし。私はあのハルフォード公爵家の娘。自分で言うのもなんだけど、愛されている王妃として国民からの人気を得ていた。まぁ、今もだけどね」

「ほ、ほう……」

「あの状況で、王太子を毒殺するメリットは? 無いでしょう? 誰もが王子の誕生を喜んでいた。お父様だって、政敵とはそれなりに上手くやっていたし」

「そ、そうなんですね?」

「飴とムチの使い分けが上手いのよ、お父様は。……だから、あの時、四年前に王太子が死んで得する人間は? アルフレッド様しかいなかった」

「で、でも、あの、他国のスパイかもしれな、」

「無いわね。くまなく、隅々まで調べたけど……そんな情報は入ってこなかった。ただ陛下が、ギルバート様が、弟だけは調べなくともいいと、そう仰って。だから、調べることが出来なかった……」



 陛下がアルフレッド様をかばったのかしら? う、うーん……いや、きっとご存知だからでしょうね。色気たっぷりのアルフレッド様の本性を!



「だから、一番怪しいのがあの男なのよ……顔からも滲み出ているし、胡散臭さが」

「やっ、優しさしか出ておりませんよ!? 少なくとも私の前ではっ!」

「だから、それが演技なんだって、さっきからそう言っているでしょう?」

「ち、違います。演技なんかじゃありません! アルフレッド様はよわよわで、すっごく優しい御方なんです……!!」



 思ったよりも怖くなくて、少女めいた雰囲気を残した御方だった。十七の時に選ばれ、王宮へと入り、社交やご公務をこなしてきた王妃様。きっと、一心に陛下を慕って、病弱な体で懸命に今まで頑張ってきた。だからこそ今、ばっきりと心が折れてしまって、誰のことも信じられないのかもしれない。



「あの、王妃様……?」

「なぁに?」

「その王太子様を毒殺した犯人。見つけることが出来たら、アルフレッド様との結婚をお許し頂けますか?」





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