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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第一章 本当はか弱い王子様とウサギ令嬢の私
18/83

17.勝負の前には念入りにブラッシングを!

 



「……というわけなんだ。義姉上はどうも、妄想にとりつかれているというか……私が王太子を亡き者にして、王位を狙っているという考えを頑なに崩さない」

「殿下がその素を、最初から出していれば良かったんじゃないですか?」


 書類を手にしたルイにそう話しかけられ、向かいに腰かけたアルフレッド殿下が────今日はタータンチェックのスーツに、灰色のネクタイを締めている────のろのろと顔を上げ、絶望的な表情でくちびるを震わせた。


「この素を? 最初から? 出せと? 私に!? 義姉上の前でみっともなく、ぐずぐずと泣き喚けば良かったのか? 死ぬのに? 万が一、国民と貴族に知られたらあっという間に糾弾(きゅうだん)されるのに!?」

「すみませんでした……」

「でっ、でも、あのっ、私は頑張っている殿下も、ええっと、よわよわなアルフレッド様も好きですからね!?」



 慌てて、ティーカップを置いて声をかければ、アルフレッド様が青い瞳を瞠って次の瞬間、ふんわりと嬉しそうに微笑む。陽が浅く射し込んでいる執務室にて、その濃いダークブラウンの髪が光り輝いて、絹糸のような光沢を放っていた。青いチェック柄とリボンのドレスを着たシャーロットも、ほっとしたような顔で笑う。



「ありがとう、ロッティ。すまない、面倒をかけてしまって……あー、ルイ? それにアーサー?」

「はいはい、出て行きますよ。じゃあ、次は十三時に来るので。それまでに話し終えてくださいね?」

「十四時では……?」

「だめです。……それに、シャーロット様も行かなくては」

「えっ? どこにでしょう?」



 今日のレッスンはもう終わったし(ダンスでとても楽しかった)、このあとはアルフレッド様にブラッシングして貰って、頭を撫でて貰う予定だったんだけど。こてんと首を傾げていると、きゅっと胃の辺りを神経質に押さえて、青ざめながらくちびるを引き結んでいた。こ、これは何かあるやつですね? そうなんですね!?



「あ、あの、アルフレッド様……?」

「シャーロット様。別に大したことないので、大丈夫ですよ。どうかご心配なさらずに」

「アーサー……やめてくれよ。大したこと、あるだろう?」



 アルフレッド様が額を押さえて、低くうめきながらも、空になったティーカップを差し出す。それを一切の隙が無いアーサーが淡く微笑みながらも、受け取って、優雅にお代わりの紅茶を注ぎ出した。



「見た目ほど弱い方じゃありませんよ、妃殿下は」

「「妃殿下……」」

「結婚なさるのでしょう? ならば、お二人で頑張っていかないと」



 アーサーから涼しげな笑みを向けられ、アルフレッドと同時に顔を見合わせる。そうだ。私は実は、とびっきりか弱いこの御方を傍でお支えするためにも、王子妃になりたいんだった。凛々しい表情を作り、アルフレッド様を見つめてみると、少しだけ目線を下に落として、思い詰めたような表情で黙り込む。きっと、王妃様絡みで何かあるんだろうな。



 現に今日、おもむろに今回の話をし出した。今まではそれとなく聞いても、はぐらかしてきたのに。意を決した様子で、アルフレッド様が顔を上げると、アーサーとルイの二人が静かに頭を下げ、「失礼します」と言って去って行った。扉がばたんと、完全に閉まったのを見届けてから、すぐに振り返って、こちらを真剣な顔で見つめる。



「ロッティ……あの、実は」

「はい。ゆっくりで大丈夫ですよ、アルフレッド様」

「……義姉上から、招待状? いや、手紙が届いて。今朝」

「今朝……急ですね?」

「まぁ、前から会いたいとは打診されていて……でも、まぁ、君が本当に私のことが好きかどうかもよく分からなかったし、ずるずると先延ばしにしていたんだ。ごめん、本当にすまない……」



 話していて胃が痛くなってしまったのか、胃の辺りを擦りながらも、一気に紅茶を流し込む。熱かったのか、数秒黙り込んだのち、涙目で「げほげほっ」と咳き込みながら、喉元を擦る。



「だっ、大丈夫ですか?」

「ああ、すまない……ちょっと、君に嫌われるかと思うと不安で不安でしょうがなくて」

「いえ、あの、嫌ったりしませんからね? あと私、ちゃんと告白しましたよね……?」

「ああ。ありがとう……あの時は嬉しかったよ、すごく。でも、君が私の見た目に惑わされて、正気を失っているだけかもしれないからね」

「正気を……?」

「ああ。のちのち、勘違いでした、申し訳ありませんと、君がそう言い出す可能性もおおいにあるんだし、間抜けな勘違いをして浮かれたりしないよう、自分を常に戒めていたんだ」

「私がベッドで、妹に楽しく、ふわふわと恋愛相談をしている間にそんな戒めを……?」



 ぴくりと、アルフレッド様の形の良い眉が動いた。あっ、これは嫉妬してる時の仕草だ。ぎ、義妹に……?



「一緒のベッドで? 寝て……?」

「あっ、はい。大丈夫ですよ、別に何もありませんから」

「そっ、そうか……」

「あの、お嫌なら、今度から一人で眠りますけど?」

「じゃあ、そうして貰おうかな」

(返事が早い……)



 義妹のヴィーは以前、お義母様とお付き合いをしていた恋人の一人から、性的虐待も含めて、色々とされていたから。でも、きっともう、悪夢でうなされるようなことはないんだろうし。昨夜もすやすやと眠っていたし、それに最近は態度も冷たいし。



「私もそろそろ、妹離れをしなきゃだめですね……」

「ああ、うん。そうして貰えると助かるな……その、もふもふのウサギ姿で一緒に眠っているんだろう? 羨ましいなぁ」

「はい! 私、結婚後にアルフレッド様と一緒に眠るのが楽しみです!」



 どうしてか、ちょっとだけ微妙な顔で黙り込んでから、「ああ、うん。私も楽しみだよ……」と返してきた。わ、私のもふもふ、そこまで魅力が無い……!? 詳しく聞こうとしたら、残りの紅茶を一気に飲み干し、やさぐれたお顔でスコーンを手に取って、何も付けずにもすもすと食べ始めた。



「んぐ、まぁ、本題に入るが」

「あっ、はい……」

「今日……その、このあと、義姉上と会ってくれないか? もちろん、私としては会わせたくない気持ちでいっぱいだし、今朝、急に打診があったばかりだし、全然断ってくれてかまわな、」

「行きます。……誤解を説いてきますね、王妃様の」



 冷め切って、柔らかな口当たりとなった紅茶を飲んでいると、アルフレッド様が気まずそうな顔をして視線を逸らす。別に大丈夫なのにな、私は。このもふもふな両耳もあるし!



「はっ! あの、王妃様はもふもふは……?」

「えっと、どうだろう? 犬も猫も飼っていないはずだが」

「どんなもふもふが好きなんですか? とか、会話の中でお聞きしたことは……?」

「っふ、無いかな。まぁ、ろくに喋らないし、喋らないようにしてきたしね……」



 そのことで何か思うことがあるのか、ほんの僅かに青ざめて、ティーカップに口を付けた。でも、もう紅茶が無かったようで、思い詰めた表情で膝の上に置く。



「……君がその、嫌がらせをされたりしなければいいんだが」

「あの、以前お見かけした時は華奢で、儚げで、おっとりとした、優しい感じの美しい御方でしたが」

「義姉上も義姉上で、猫を被っているからな……私と一緒だ」

「あ、アルフレッド様と一緒」

「そう。私が外ではあまり愛想の無い、女嫌いの偏屈王子で通っているのと一緒で、義姉上の中身はかなり強烈なんだ。……陛下とよく似てらっしゃる」

「陛下と?」



 デビュタントの時、ご挨拶したけれど。顔の作りはアルフレッド様によく似ていて、それなのに温もりが一切無くて、氷のような美しい微笑みがよく似合う御方だった。三十八歳とは思えぬ、どこか浮世離れした美しさを持つ王様。



「本人達はまぁ、認めたがらないんだろうが……ユリシーズが亡くなった時も、そう悲しんではいなかったみたいだし」

「ユリシーズ……ああ、亡くなった王太子様のお名前ですね?」



 私の呟きにはっと顔を上げ、すぐに痛みを堪えるかのような笑みを浮かべる。きっと、ものすごくショックだったんだ。それまで可愛がっていた四歳の王太子様が、自ら手渡したお菓子を食べて、苦しみもがきながら死んでいったさまを見ているのはどんなに────……。



(それはどれほどの苦しみなんだろう? アルフレッド様。……貴方は厳重に隠していて、その苦しみをちっとも私に見せてくれないけど)



 力になりたい、癒してあげたい。でも、ぐっと我慢して待とう。そんな愛し方も学んでいきたい、覚えていきたい。静かな目で見守っていると、ぐしゃりと、あの日の惨劇を頭の中から追い出すかのように、耳を両手で覆って「すまない……ちょっと落ち着くから、ちょっとだけ待ってくれないか?」と仰った。こっ、これは私のもふもふの出番ですね!? すぐさま、ぽぷんとウサギの姿に変身をする。



「アルフレッド様! 決して、アルフレッド様のせいなんかじゃありませんからね!?」

「ああ……ありがとう、ロッティ。義姉上の言う通り、接触するべきじゃなかったんだ。お茶会なんか、するべきじゃなかったんだ。……たとえ、どんなにせがまれたとしても」



 両腕を広げて、ウサギ姿の私をぎゅっと抱き締めた。その拍子にぽたたっと、涙が零れ落ちる。アルフレッド様は泣いている姿を見られたくないのか、私の素晴らしいもふもふ毛皮に顔を埋め、声を押し殺して泣いていた。そのすすり泣く声に、胸の奥がぐっと詰まる。



「辛かったでしょう? アルフレッド様……可愛がっていたのに、目の前で殺されて」

「……そうだね、辛かった。でも、私が殺したも同然で、」

「いいえ。いいえ、アルフレッド様……貴方は何も悪くないんです。きっと犯人は、お茶会を開いてなくても毒を盛って、王太子様のことを殺していたはずです」

「そうかな? っぐ、で、でも、そうかもしれないね……自分が認めたくないだけで」



 きっと、アルフレッド様も自分のせいなんかじゃないって、そう理解しているはず。でも、どうしても苦しい。大事な可愛い甥っ子が死んでしまったのが苦しくて苦しくて、現実から目を逸らしてしまう。本当は何も悪くなんてないのに、どこかで「自分のせいなんじゃないか?」って、そう思い込んでしまっている。柔らかく、静かに目を閉じて、アルフレッド様の苦しみに思いを馳せた。抱き締める両腕は相変わらず優しくて、私が苦しくないようにと、気を使ってくれている。



「アルフレッド様……ご自分ではそう思えないのかもしれませんけど」

「うん、ありがとう。ロッティ。私を慰めてくれて……」

「アルフレッド様のせいではありませんし、遅かれ早かれ、こういった事件は起きていたと思いますよ?」

「そうだね。……王族だから、私達は」



 酷く重たかった、その言葉は。一生逃れることが出来ない、血の呪縛であり、それと同時に誇りでもある。このか弱い方は一体、何度打ちのめされてきたんだろう? きっと一人ぼっちで、バルコニーでにこやかに手を振ってらした。



「大丈夫ですよ! アルフレッド様のことは私が守りますからね!?」

「ありがとう、心強いよ……でも、今日はこのままいちゃいちゃしてたいし、別に行かなくても、」

「行きます。気合いを入れていきたいので、念入りにブラッシングして貰えませんか!?」

「毛皮をつやつやにしていくんだね……? 分かった。いつもより丁寧にしようか。ブラッシング」

「よろしくお願いしますっ!!」





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