17.勝負の前には念入りにブラッシングを!
「……というわけなんだ。義姉上はどうも、妄想にとりつかれているというか……私が王太子を亡き者にして、王位を狙っているという考えを頑なに崩さない」
「殿下がその素を、最初から出していれば良かったんじゃないですか?」
書類を手にしたルイにそう話しかけられ、向かいに腰かけたアルフレッド殿下が────今日はタータンチェックのスーツに、灰色のネクタイを締めている────のろのろと顔を上げ、絶望的な表情でくちびるを震わせた。
「この素を? 最初から? 出せと? 私に!? 義姉上の前でみっともなく、ぐずぐずと泣き喚けば良かったのか? 死ぬのに? 万が一、国民と貴族に知られたらあっという間に糾弾されるのに!?」
「すみませんでした……」
「でっ、でも、あのっ、私は頑張っている殿下も、ええっと、よわよわなアルフレッド様も好きですからね!?」
慌てて、ティーカップを置いて声をかければ、アルフレッド様が青い瞳を瞠って次の瞬間、ふんわりと嬉しそうに微笑む。陽が浅く射し込んでいる執務室にて、その濃いダークブラウンの髪が光り輝いて、絹糸のような光沢を放っていた。青いチェック柄とリボンのドレスを着たシャーロットも、ほっとしたような顔で笑う。
「ありがとう、ロッティ。すまない、面倒をかけてしまって……あー、ルイ? それにアーサー?」
「はいはい、出て行きますよ。じゃあ、次は十三時に来るので。それまでに話し終えてくださいね?」
「十四時では……?」
「だめです。……それに、シャーロット様も行かなくては」
「えっ? どこにでしょう?」
今日のレッスンはもう終わったし(ダンスでとても楽しかった)、このあとはアルフレッド様にブラッシングして貰って、頭を撫でて貰う予定だったんだけど。こてんと首を傾げていると、きゅっと胃の辺りを神経質に押さえて、青ざめながらくちびるを引き結んでいた。こ、これは何かあるやつですね? そうなんですね!?
「あ、あの、アルフレッド様……?」
「シャーロット様。別に大したことないので、大丈夫ですよ。どうかご心配なさらずに」
「アーサー……やめてくれよ。大したこと、あるだろう?」
アルフレッド様が額を押さえて、低くうめきながらも、空になったティーカップを差し出す。それを一切の隙が無いアーサーが淡く微笑みながらも、受け取って、優雅にお代わりの紅茶を注ぎ出した。
「見た目ほど弱い方じゃありませんよ、妃殿下は」
「「妃殿下……」」
「結婚なさるのでしょう? ならば、お二人で頑張っていかないと」
アーサーから涼しげな笑みを向けられ、アルフレッドと同時に顔を見合わせる。そうだ。私は実は、とびっきりか弱いこの御方を傍でお支えするためにも、王子妃になりたいんだった。凛々しい表情を作り、アルフレッド様を見つめてみると、少しだけ目線を下に落として、思い詰めたような表情で黙り込む。きっと、王妃様絡みで何かあるんだろうな。
現に今日、おもむろに今回の話をし出した。今まではそれとなく聞いても、はぐらかしてきたのに。意を決した様子で、アルフレッド様が顔を上げると、アーサーとルイの二人が静かに頭を下げ、「失礼します」と言って去って行った。扉がばたんと、完全に閉まったのを見届けてから、すぐに振り返って、こちらを真剣な顔で見つめる。
「ロッティ……あの、実は」
「はい。ゆっくりで大丈夫ですよ、アルフレッド様」
「……義姉上から、招待状? いや、手紙が届いて。今朝」
「今朝……急ですね?」
「まぁ、前から会いたいとは打診されていて……でも、まぁ、君が本当に私のことが好きかどうかもよく分からなかったし、ずるずると先延ばしにしていたんだ。ごめん、本当にすまない……」
話していて胃が痛くなってしまったのか、胃の辺りを擦りながらも、一気に紅茶を流し込む。熱かったのか、数秒黙り込んだのち、涙目で「げほげほっ」と咳き込みながら、喉元を擦る。
「だっ、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない……ちょっと、君に嫌われるかと思うと不安で不安でしょうがなくて」
「いえ、あの、嫌ったりしませんからね? あと私、ちゃんと告白しましたよね……?」
「ああ。ありがとう……あの時は嬉しかったよ、すごく。でも、君が私の見た目に惑わされて、正気を失っているだけかもしれないからね」
「正気を……?」
「ああ。のちのち、勘違いでした、申し訳ありませんと、君がそう言い出す可能性もおおいにあるんだし、間抜けな勘違いをして浮かれたりしないよう、自分を常に戒めていたんだ」
「私がベッドで、妹に楽しく、ふわふわと恋愛相談をしている間にそんな戒めを……?」
ぴくりと、アルフレッド様の形の良い眉が動いた。あっ、これは嫉妬してる時の仕草だ。ぎ、義妹に……?
「一緒のベッドで? 寝て……?」
「あっ、はい。大丈夫ですよ、別に何もありませんから」
「そっ、そうか……」
「あの、お嫌なら、今度から一人で眠りますけど?」
「じゃあ、そうして貰おうかな」
(返事が早い……)
義妹のヴィーは以前、お義母様とお付き合いをしていた恋人の一人から、性的虐待も含めて、色々とされていたから。でも、きっともう、悪夢でうなされるようなことはないんだろうし。昨夜もすやすやと眠っていたし、それに最近は態度も冷たいし。
「私もそろそろ、妹離れをしなきゃだめですね……」
「ああ、うん。そうして貰えると助かるな……その、もふもふのウサギ姿で一緒に眠っているんだろう? 羨ましいなぁ」
「はい! 私、結婚後にアルフレッド様と一緒に眠るのが楽しみです!」
どうしてか、ちょっとだけ微妙な顔で黙り込んでから、「ああ、うん。私も楽しみだよ……」と返してきた。わ、私のもふもふ、そこまで魅力が無い……!? 詳しく聞こうとしたら、残りの紅茶を一気に飲み干し、やさぐれたお顔でスコーンを手に取って、何も付けずにもすもすと食べ始めた。
「んぐ、まぁ、本題に入るが」
「あっ、はい……」
「今日……その、このあと、義姉上と会ってくれないか? もちろん、私としては会わせたくない気持ちでいっぱいだし、今朝、急に打診があったばかりだし、全然断ってくれてかまわな、」
「行きます。……誤解を説いてきますね、王妃様の」
冷め切って、柔らかな口当たりとなった紅茶を飲んでいると、アルフレッド様が気まずそうな顔をして視線を逸らす。別に大丈夫なのにな、私は。このもふもふな両耳もあるし!
「はっ! あの、王妃様はもふもふは……?」
「えっと、どうだろう? 犬も猫も飼っていないはずだが」
「どんなもふもふが好きなんですか? とか、会話の中でお聞きしたことは……?」
「っふ、無いかな。まぁ、ろくに喋らないし、喋らないようにしてきたしね……」
そのことで何か思うことがあるのか、ほんの僅かに青ざめて、ティーカップに口を付けた。でも、もう紅茶が無かったようで、思い詰めた表情で膝の上に置く。
「……君がその、嫌がらせをされたりしなければいいんだが」
「あの、以前お見かけした時は華奢で、儚げで、おっとりとした、優しい感じの美しい御方でしたが」
「義姉上も義姉上で、猫を被っているからな……私と一緒だ」
「あ、アルフレッド様と一緒」
「そう。私が外ではあまり愛想の無い、女嫌いの偏屈王子で通っているのと一緒で、義姉上の中身はかなり強烈なんだ。……陛下とよく似てらっしゃる」
「陛下と?」
デビュタントの時、ご挨拶したけれど。顔の作りはアルフレッド様によく似ていて、それなのに温もりが一切無くて、氷のような美しい微笑みがよく似合う御方だった。三十八歳とは思えぬ、どこか浮世離れした美しさを持つ王様。
「本人達はまぁ、認めたがらないんだろうが……ユリシーズが亡くなった時も、そう悲しんではいなかったみたいだし」
「ユリシーズ……ああ、亡くなった王太子様のお名前ですね?」
私の呟きにはっと顔を上げ、すぐに痛みを堪えるかのような笑みを浮かべる。きっと、ものすごくショックだったんだ。それまで可愛がっていた四歳の王太子様が、自ら手渡したお菓子を食べて、苦しみもがきながら死んでいったさまを見ているのはどんなに────……。
(それはどれほどの苦しみなんだろう? アルフレッド様。……貴方は厳重に隠していて、その苦しみをちっとも私に見せてくれないけど)
力になりたい、癒してあげたい。でも、ぐっと我慢して待とう。そんな愛し方も学んでいきたい、覚えていきたい。静かな目で見守っていると、ぐしゃりと、あの日の惨劇を頭の中から追い出すかのように、耳を両手で覆って「すまない……ちょっと落ち着くから、ちょっとだけ待ってくれないか?」と仰った。こっ、これは私のもふもふの出番ですね!? すぐさま、ぽぷんとウサギの姿に変身をする。
「アルフレッド様! 決して、アルフレッド様のせいなんかじゃありませんからね!?」
「ああ……ありがとう、ロッティ。義姉上の言う通り、接触するべきじゃなかったんだ。お茶会なんか、するべきじゃなかったんだ。……たとえ、どんなにせがまれたとしても」
両腕を広げて、ウサギ姿の私をぎゅっと抱き締めた。その拍子にぽたたっと、涙が零れ落ちる。アルフレッド様は泣いている姿を見られたくないのか、私の素晴らしいもふもふ毛皮に顔を埋め、声を押し殺して泣いていた。そのすすり泣く声に、胸の奥がぐっと詰まる。
「辛かったでしょう? アルフレッド様……可愛がっていたのに、目の前で殺されて」
「……そうだね、辛かった。でも、私が殺したも同然で、」
「いいえ。いいえ、アルフレッド様……貴方は何も悪くないんです。きっと犯人は、お茶会を開いてなくても毒を盛って、王太子様のことを殺していたはずです」
「そうかな? っぐ、で、でも、そうかもしれないね……自分が認めたくないだけで」
きっと、アルフレッド様も自分のせいなんかじゃないって、そう理解しているはず。でも、どうしても苦しい。大事な可愛い甥っ子が死んでしまったのが苦しくて苦しくて、現実から目を逸らしてしまう。本当は何も悪くなんてないのに、どこかで「自分のせいなんじゃないか?」って、そう思い込んでしまっている。柔らかく、静かに目を閉じて、アルフレッド様の苦しみに思いを馳せた。抱き締める両腕は相変わらず優しくて、私が苦しくないようにと、気を使ってくれている。
「アルフレッド様……ご自分ではそう思えないのかもしれませんけど」
「うん、ありがとう。ロッティ。私を慰めてくれて……」
「アルフレッド様のせいではありませんし、遅かれ早かれ、こういった事件は起きていたと思いますよ?」
「そうだね。……王族だから、私達は」
酷く重たかった、その言葉は。一生逃れることが出来ない、血の呪縛であり、それと同時に誇りでもある。このか弱い方は一体、何度打ちのめされてきたんだろう? きっと一人ぼっちで、バルコニーでにこやかに手を振ってらした。
「大丈夫ですよ! アルフレッド様のことは私が守りますからね!?」
「ありがとう、心強いよ……でも、今日はこのままいちゃいちゃしてたいし、別に行かなくても、」
「行きます。気合いを入れていきたいので、念入りにブラッシングして貰えませんか!?」
「毛皮をつやつやにしていくんだね……? 分かった。いつもより丁寧にしようか。ブラッシング」
「よろしくお願いしますっ!!」




