14.お茶会の始まりと彼女の勘違い
さぁ、いよいよ今日はお茶会だ。髪を整えたり、ウサギの耳を丁寧に梳かしたりと、トワレットを終えてから息を吐く。困った顔をして鏡を覗き込んでいると、隣に立ったアルフレッド殿下がにっこりと、穏やかな微笑みを浮かべて、私の肩にぽんと手を置いた。今日は濃い灰色のスーツを着ていらっしゃる。
「大丈夫だよ。姉上も姉上で穏やかな人だし。動物好きだしね」
「……あの、陛下はもふもふお好きですか?」
「ん~、あの方は違うなぁ。むしろ、狩る方がお好きで」
「刈る方がお好き……」
うっかり、羊の毛刈りをしている最中の陛下を想像してしまった。「そんな暇、あるのでしょうか?」と聞いてみると、不思議そうな顔をして「まぁ、あれもあれですべきことの一つだからね」と返してきた。ん、んん? すべきことの一つ……?
「では、私は羊の毛皮に打ち勝てるよう……いえ、あの、このもふもふを刈られてしまったら寒いです……どうしましょう? 殿下。いいえ、アルフレッド様」
「……打ち勝つ? あの、ロッティ? 君はたぶん、何か勘違いをしていて」
「勘違い……? ああっ! 狩るって、息の根を止める方ですね!?」
「っふ、だね」
笑いを堪えるように口元を押さえ、愛おしそうに青い瞳を細めた。あっ、これはしてくれるやつかも? 思い切ってねだるかのように、袖口をくいくいと引っ張って見上げてみる。するとすぐに、おやとでも言いたげに瞠目して、艶めいた笑みを浮かべた。緊張しながらもそっと目を閉じると、甘く「ロッティ、頑張って」と耳元で囁きかけてから、額にキスをしてくれる。ふ、不満……。
「あの、アルフレッド様……?」
「くちびるにすると、口紅が落ちてしまうからね。おあずけ。頑張って?」
「ふぁ、ふぁい……」
ぴとりと、私のくちびるに人差し指を当てて、妖艶な微笑みを浮かべる。心臓がどきりと跳ね上がった。ああ、思う存分、こうしてずっといちゃいちゃしていたい。でも、頑張らなくては! 腕を伸ばして、その胸元にすがる。恥ずかしくて顔を見ることは出来なかった。
「あの……私、頑張りますから。その、あとでなにかご褒美をくれますか……?」
「今すぐあげたい気持ちになってきた。可愛い」
「それはご褒美じゃありませんよ、アルフレッド様……それでは、行って参ります。緊張するなぁ……」
思わず本音を零すと、殿下が苦笑して「頑張って。でも、君なら大丈夫」と言って、優しく茶髪を梳かしてくれた。そして目の前の鏡に向き直って、誇らしげな笑みを浮かべる。
「ほら、見てごらん。君にはこんなに可愛い、ふわふわの耳が付いているじゃないか。この耳を見るだけでもう、普段の毛皮がいかに美しいか、」
「で、でしょう!? あの、最近殿下がよく梳かしてくださるからか、私の毛皮、とっても艶々になってきて!」
「また戻ってる。だめだな、もう」
「ふぁっ!?」
いきなり私の両肩を掴んで引き寄せ、首筋にちゅっと吸い付いてきた。心臓がどきどきと変な動きをし始める。あと、痕とかは!?
「あの、アルフレッド様!?」
「……悪い。制御しなきゃだな。耐える」
「ふぁ、ふぁい、よろしくお願いします……!!」
私から離れて、くすりとちょっとだけ悪い笑みを浮かべた。あ、ああ、これからお茶会なのに! 全部吹っ飛んでしまいそう。
「行って、行って参ります……」
「うん。それじゃあ、またあとで。あ~あ……私も気が重いけど、大使とのお茶会頑張ってくる」
「ふぁい、お互い頑張りましょうね……」
「うん……」
お互いに励まし合ってから、顔を見合わせて笑う。よし、頑張ろうっと。
「まぁ、まぁまぁ、なんて素敵なふわふわ耳なの……? ちょっと触ってみてもいいかしら!?」
「お姉様。はしたないわ、ご挨拶もまだなのに」
私のカテーシーが終わらない内に、がたんと椅子から立ち上がった。硝子張りの天井からは目に痛いぐらいの光が降り注いでいて、美しく並べられた茶器やケーキ、瑞々しいフルーツを眩く照らしている。ここは王宮の一角にある<水晶の間>と呼ばれているコンサバトリーで、周囲にはぐるりと、シダや食虫植物などの熱帯植物が植えられていた。ガラスの壁の向こうには、そんな濃いグリーンの植物たちが透けて見えていた。
私が緊張して固まっていると、優雅な青いドレスを着たアルフレッド様のお姉様────ナディア様が胸元に手を当てて、にっこりと微笑んだ。とうに三十は過ぎているはずなんだけど、そうは見えず、金髪と柔和そうな青い瞳は若々しい。
「ああ、そう緊張しないで? あの繊細な子が選んだ子だもの! いい子に決まっているわ。それに、こんなふわふわな耳も付いているし!」
「もう。お姉様は相変わらずねぇ……」
呆気に取られていると、にこにこと微笑みながら、青いドレスを揺らしてこちらへとやってきた。すいと、白魚のような手が伸ばされる。思わず、びくりと肩を揺らしてしまった。
「あら、ごめんなさい。耳に触ってもいいかしら?」
「お姉様みたいな人がいるから、獣人の皆様はなにかとストレスを溜め込みがちなのよ。無断で触られて、嬉しい人なんているのかしら?」
「あら、やだ、ひどーい。オーレリアちゃんったら、相変わらず私にも冷たいのね?」
「私が優しくするのは年下のご令嬢と、可愛らしいもふもふちゃんだけなの。ごきげんよう? 未来のお義姉様」
「うにゅうん」
この間とは違って、銀髪をゆったりとおろして、銀色の眩いエンパイアドレスを身にまとったオーレリア様が猫を膝に乗せて座っている。そしてこちらを見向きもせず、白い指先でシャインマスカットを摘み上げた。そのまま口へと放り込んで、ゆっくりと咀嚼し始める。
「ご、ごきげんよう。オーレリア様。あの、この度は」
「きゃーっ! もふもふ、ふわふわっ! ふふふふ、あの臆病な子が夢中になるのも分かるわぁ」
「お義姉様。その方はいつもこんな感じだから、どうかお気になさらないで? 私、公務だとは思っていないのよね。このお茶会」
すぐ隣の椅子をがたんと引いて、誘いかけるかのように青い瞳を妖艶に細めた。す、すごい。アルフレッド様とよく似てる……。
「だから、礼儀だとかなんだとか、あれこれ気にせずどうぞこちらへいらして? だって私達、姉妹になるんですもの」
「そうよぅ、シャーロットちゃん! ここには私達しかいないんだから、どうぞ肩の力を抜いて?」
それまで私の両耳を、夢中でもふもふしていたナディア様が嬉しそうに微笑んで、肩にそっと手を添えてくださった。気温は暖かく、射し込んでくる陽射しはきらきらと光り輝いていて目に眩しい。白い大理石造りの床やふんだん活けられた、白百合や淡いピンクの薔薇たちも陽に照らされて輝いている。ふっと、肩から力が抜けていくのが分かった。そっか、楽しめばいいんだ。このお茶会を。
「ありがとうございます。それでは、あの」
「ん? どうかしたの?」
「ブラシを持ってきていますので、よろしければ、あとで私の毛皮をブラッシングして、」
「私がするわ、それ!! こんな鈍くさいお姉様に任せてはおけないっ!」
「にゃうっ」
「やだ、ひどい~……どうしてみんな、私のことをそこまで鈍くさいと言うのかしら? ねぇ、聞いてくれる? シャーロットちゃん。陛下までそんなことを言うのよ! 嫁いだ国の方々のほうが優しいって、一体どういうことかしら?」
「た、大変ですね……」
ふっくらとした白い頬に手を当てて、困ったように溜め息を吐いた。ふと見てみると、オーレリア様がらんらんと青い瞳を輝かせて、両手をわきわきと動かしている。か、仮にも王女様がそれでいいんでしょうか? ああ、私の毛皮が魅力的なばかりに……。
(一国の王女様からも、品を奪い取って骨抜きにしてしまう……。それが私の素晴らしい毛並み! 来年もコンテスト、参加しようかな?)
「さぁ、お義姉様? どうぞこちらへいらして? お兄様とのなれそめを聞かせてくださいな」
「あっ、それ、私も聞きた~い!」
「ええっと、壮大なロマンスはお聞かせ出来ないんですが……それでもよろしければ!」




