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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第一章 本当はか弱い王子様とウサギ令嬢の私
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13.殿下の取り越し苦労と穏やかな一時

 




 もしかしたら、私は異性として意識されていないのかもしれない。



(どうせ、人参を取り寄せるだけしか能が無い男なんだし……彼女だって、こんなに情けなくてじめっとした男は嫌だろう。それに、草の実を取るのだって誰でも出来るし……)



 その証拠に、彼女はさっきからずっと、私の隣に座って本を読み漁っていた。書庫から拝借してきたという古い本が山積みにされ、窓から入ってくる風に時折、そのページを揺らしている。ぺらりとまた、彼女がページをめくった。真剣に読み進めている。その横顔を見つめ、ひっそりと息を吐く。今日は緩やかに栗色の髪を垂らし、美しいモスグリーンのドレスを着ていた。自分が贈ったもので、くすんだミルク色のレースが品良く胸元を彩っている。



(もう少し……こちらを見て欲しいんだが)



 だがそんなことも口に出せず、ただひたすらに、彼女の美しい横顔を見つめていた。触れたいと思うが、邪魔をしてしまうかもしれないと思い、またその手を引っ込める。のろのろと窓の方を見てみると、爽やかな青空が広がっていた。少しだけ暑い。日に日に太陽がその熱を増して、季節は夏へと向かってゆく。



(……彼女は勉強が苦手だと言っていたが、飲み込みが早い。きっと、今までちゃんと向き合ってこなかっただけで、元々出来るんだ)



 カーテシーも難なく習得し、語学においても目覚しい成長を遂げている。ただ唯一、ピアノだけは「ぽーんって、変な音が出るぅ~……」と言ってべそべそと涙ぐみながら、必死に鍵盤を叩いていたが。



(まぁ、淑女としてのたしなみだしなぁ。それを披露する場を設けなければいい話だし)



 王宮に呼び寄せた教師の誰もが「彼女は飲み込みが早く、熱意があって素晴らしい」と口を揃えて言う。王家の一員となるべく、彼女は目の下にクマを少しだけ作りながらも、必死に勉強していて。



(だが、少しぐらい構ってくれても。いやいやいやいや、なんて気持ちの悪いことを考えたんだ、今、私は。自分が言い出したことのくせに。軽蔑される、軽蔑される。よし。油断したら婚約破棄をされる。やめよう、もう。やめよう……)



 テーブルの上に置いてある、紅茶と軽食はすっかり冷めていて。それを食べる気にはならなかったが、気をまぎらわせるために、チーズビスケットを一枚取って口へと運んだ。美味しいとは思うが、どことなく味がしない。さくっと、口の中で崩れ落ちてゆく。もう一枚と、そう思って今度はラズベリージャムがサンドされた、ジャムクッキーを手に取って食べてみる。甘かった、とんでもなく。



(姉上とのお茶会も……参加して欲しくないんだが。ただでさえ、勉強で二人きりの時間が減っているのに。いやいやいやいや……口が裂けても言わないようにしよう、こういうことは。心が狭い)



 だが、彼女は何も気にかけてなんかいない。やっぱり、美味しい人参をくれるのなら誰だっていいんじゃないのか? 私に価値なんて微塵も無いんじゃないか? そんなことをつらつらと考えていると、イーディルハンスに伝わる民話を必死に読み解いていた彼女が、「えーっと、さっき先生がおっしゃっていたこれは……」と呟いて眉を顰める。そう、彼女はイーディルハンスに嫁いだ姉上とのお茶会に向けて、一生懸命勉強をしていた。私との一時においても、それは例外ではなく────……。



「さっ! 復習完了! アルフレッド様? お待たせしました……って、ああ!? また拗らせていらっしゃる!?」

「拗らせてなんかない……申し訳ない、繊維にまで嫉妬してしまって。こんな、こんな、」

「アルフレッド様!? 繊維とは……?」

「君が、君がその、私よりも本を見ているから……」



 ああ、だめだ。気分がどん底まで沈んでゆく。二十八歳にもなって何をそんな、くだらないことでいじけているんだろう? 大体、勉強をするように言ったのは自分なんだし、彼女がいくら勉強熱心だからといって、構って貰えず、へそを曲げてるだなんて、「気持ち悪い王弟め!」と罵られて石を投げつけられても、そんな、文句の一つも言えない……。両手で顔を覆っていると、ふいにぽんと音が響いてきた。見てみると、彼女がウサギの姿になって、ふふんと「可愛いでしょ?」とでも言いたげに、胸を張って前足を置いている。ああ、またウサギの姿になってしまっている……。



「アルフレッド様! もふもふちゃんですよ? 昨日は義妹に洗って貰って、」

「……人の姿の方がいいんだが?」

「そんなっ!? ええっと、あの、この姿でいちゃいちゃ、出来ません……?」

「出来る」



 しまった。彼女が私の膝に前足を置いて、悲しそうに首を傾げるものだから、つい即答してしまった。反省。そっと柔らかく、その頭に触れると嬉しそうにふしゅんと鼻を鳴らした。可愛い。思わず口角が上がる。



「なぁ、ロッティ?」

「はい、アルフレッド様」

「その……いいや。やっぱりなんでもない。やめる……」

「分かりました。アルフレッド様はまた拗らせてしまって、ご自分のことを否定してしまっているんですね? そうですね?」



 じっと、つぶらなグリーンの瞳がこちらを見上げていた。そうだとも言えず黙り込むと、のそのそと膝に乗ってきた。可愛い。彼女が褒めてくれるから、そっと毛皮の奥に指を埋めて、丁寧に掻いてみる。「ぷっ、ぷっ」と彼女が嬉しそうに鳴き出したので(知らなかったが、ウサギは嬉しいとこんな風に鳴くらしい)、首の付け根に指を移動させて、もふもふと掻いてやる。



 しっとりと、吸い付くような手触りだった。まるで洗い立ての絹糸のようだ。麗らかな春の日にこうして、まったりとソファーで寛いでいると、先程までの苦しみも和らいでゆく。もう一度、窓の方を見てみると、重厚なカーテンが少しだけ風に揺らいでいた。




「……なぁ、ロッティ? その、私じゃなくても他の男で良かったんじゃ、」

「その台詞、そのままそっくりお返ししますね! アルフレッド様。私じゃなくても、他の獣人で良かったのでは?」

「いや、それは……他の獣人のご令嬢じゃなくて、君が良かったんだよ。私は」

「私も同じ気持ちですよ、アルフレッド様。私、アルフレッド様の手から人参を貰いたいです。お散歩だって一緒にしたいし、その、り、リードだってアルフレッド様に持っていて欲しいですっ!」



 そこで彼女が「きゃー! 言っちゃった!!」と叫んで、膝の上でごろごろと寝転がり出す。よく分からないが、獣人にとってリードは指輪のようなもので、今のはものすごく大胆な発言に当たるらしい。困惑しつつも、彼女のふわふわなお腹に目を奪われ、そっと撫でてゆく。柔らかい。柔らかくて温かい。思わず口元が緩んだ。



「じゃあ、私で大丈夫なんだな? ロッティは」

「もちろんですよ! 他の人だと意味が無いんです。あの、その、私」

「ん?」

「け、毛づくろいだって、アルフレッド様にして欲しいですっ……!!」

「毛づくろい」



 あれだろうか? もしかして、ブラッシングじゃだめなんだろうか? 母ウサギが子ウサギにしてやるかのように、私も舌を使って毛づくろいしてあげるべきなんだろうか? 真剣に頭を悩ませていると、きゅるんと見上げてきて「ブラッシングして欲しいです。間違えた……」と言ってきた。良かった。可愛い。



(まぁ、彼女がして欲しいと言うのなら、何だってするつもりではいるが……)



 要望通り、ポケットからブラシを取り出すと、興奮してまた「ぷっ、ぷっ!」と鳴き出した。笑って優しくその背を撫でてやり、ゆっくりと、毛を一本一本梳かしてゆくかのようにブラッシングしてゆく。そうだ、彼女に嫌われないためにもこうして、コツコツと地道に、ブラッシングやお散歩をこなしていかなくては。



「……ロッティ。お気に入りのリードが欲しいって、そう言っていたよな?」

「あっ、はい。今使っているものは、実はあんまりデザインが好きじゃなくて」

「贈るよ、リード。……指輪はまだ贈れないしね」



 兄上がぐだぐだ言おうが何だろうが、贈るつもりでいたが。彼女が嫌がったので贈れていない。周囲にきちんと認めて貰ってから、指輪を贈って欲しいのだと。そう言ってきた。



(虫除けの意味も兼ねているのに。ああ、憂鬱だ……)



 こんなにも可愛いのに、左手の薬指に何も嵌めず、お茶会や舞踏会に出ようとしている。もちろん、私の婚約者と知って近付くような男はいないだろうが、分からない。その手の火遊びを好む連中もいるから。ひそかに溜め息を噛み殺していると、彼女が「ふぉ!?」と言って飛び上がった。



「い、いいいいんですか!? そんなっ、リードを……!?」

「……うん。本当にロッティ達の間で、リードは重要なアイテムなんだね?」

「そうですよ! 人間……人間で例えると、首輪になるんですかね?」

「首輪……」



 今いちよく分からない。とにかく彼女達にとってリードとは、どうもほんの少しだけ、背徳感(はいとくかん)のあるアイテムに位置付けられているらしい。動物ではないし、本来なら付ける必要の無いものだから。それなので専門店でもこっそりと、レースのカーテンに隠されて売られているが、こちらからすると、可愛いリードが並んでいる光景でしかない。でも、大抵の獣人はこそこそと、一目を盗んで買いに行くそうだ。



「わっ、わ~い……!! 何か私も、大人の階段を登ってしまった気分っ! ありがとうございます、アルフレッド様! その、アルフレッド様が好むようなリードを付けてあげますね……!?」

「あっ、うん。あ、ありがとう……」

「好きですっ! 大好き!」

「そ、そっか。私も好きだよ、ロッティ……」



 まぁ、彼女が喜んでくれるのならこれでいいか。ふっと微笑んで、すりすりと頭を擦りつけてきたシャーロットを撫でると、また嬉しそうに「ぷっ、ぷっ」と鳴き出した。先程はあまり、美味しく感じられなかったジャムクッキーを手に取って食べてみると、ほろりと、甘酸っぱいラズベリージャムとバタークッキーが崩れ落ちて、上品な甘みが一気に広がった。冷めた紅茶も美味しく感じられ、その日はのんびりと、彼女をブラッシングして、久々に穏やかな気持ちで逢瀬を楽しんだ。




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