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王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です  作者: 桐城シロウ
第一章 本当はか弱い王子様とウサギ令嬢の私
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10.始まった妃教育とご令嬢との戦い?

 




 だめだ、だめだ! 全然集中出来ない! 濃いグリーンの絵の具をべったりと出した、白いパレットを持ちながら、ふるふると筆先を震わせる。今日は早速、絵の勉強ということで、殿下の部屋の一つで絵を描いていた。背後にはじっと、黒いドレスにジェットのネックレスをじゃらじゃらと身に付けた、ハンプソン夫人が佇んでいる。みは、見張られてる……。彼女は白髪混じりの金髪をきっちりと結い上げ、常にその青い瞳を光らせていた。



「もう少し集中なさってください、シャーロット様」

「ふぁ、ふぁい……」

「このあと、殿下もいらっしゃるんでしょう?」

「はい……頑張ります。素敵な絵を見せます!」



 意気込むと、背後でふっと笑ったような気がした。いかにも厳しそうな見た目の女性だけど、そこまで厳しくはない。教えも的確で、余計なことを言ってこない。



(絵なんて……絵なんて描けなくてもいいのに!)



 生活に支障も出ないし。そんなことを口に出したら、淑女失格だって言われるから、絶対に口に出さないけど! さっき夫人も「淑女たるもの、薔薇ぐらい描けなくては」とそう仰っていたし。



「そう、そこはもう少しだけ伸びやかに……ああ、変な茎にならないようにと、それだけを考えていたら上手く描けませんからね?」

「うっ、はい……」

「ちゃんと目の前の花を見て? それで、見る人の心をほっと和ませるような、そんな花を描くことに集中してください。……まぁ、まだ初日ですし。失敗しても大丈夫ですよ」



 私が殿下の婚約者だから、優しくしてくれるのかもしれない。筆を操って、伸びやかに瑞々しい薔薇の茎を描きながら、殿下の孤独に思いを馳せる。



(ああ、そうか……こんな虚しさと常に隣り合わせなんだわ、アルフレッド様は)



 何をしても褒められ、常に顔色を窺われる。かと思えば、「あの王子は」と陰口を叩かれてしまう。どこに行っても好奇の視線が付きまとい、少数の気の置けない人々と話して、公務をこなしていくのはきっと、酷く虚しいことで。



(殿下。私、少しでもあなたの心の支えになれるよう、頑張ります。こんなっ、こんな薔薇くらい……!!)



 そうだ、愛情をこめて描こう。そうしよう。あの方への想いを筆先に乗せて、色味がほんのわずかに違う赤色とピンクを重ねて、この真っ白なキャンバスに大輪の薔薇を咲かせよう。息を止めて、夢中で絵を描いていた。楽しいと、この時初めてそう思えた。背後に佇んでいた夫人がふっと、離れてゆく。



(殿下。お会いしたい。お散歩、お散歩がしたいっ)



 また昨日みたいに、私に触れて欲しい。愛おしさが胸から溢れ出して、それが絵に反映されてゆくような気がした。いける、大丈夫。いつもとは全然違う。面倒臭いなぁ、嫌だなぁと、そう思って描いていたいつもとはまるで違った。



(やれることが増えたら増えた分だけ、アルフレッド様の助けになれる。よし、頑張ろう)



 隣に立っていたいから、堂々と胸を張って。私がそうやって集中して描いていると、おもむろに扉が開いた。あっ、でも、この花弁を描けばもう終わりだから。額に汗を掻いて、筆先から赤色の絵の具を滲ませていると、誰かが隣に立って「へえ」と呟く。



「すごいな、本当に絵を描くのが苦手なのか? ロッティ」

「殿下! ええっと、アルフレッド様。ごきげんよう……」



 にっこりと笑って、私を見つめていた。今日は濃いブラウンの髪を後ろへと撫で付けて、掠れた灰色のスーツを着ている。慌てて筆を置くと、夫人がにこにこと笑って近付いてきた。



「私の教えなんていらないぐらい、あっという間に上達なさって。きっと、最初からそれなりに上手く、」

「ああ、だろうね。感謝する、ハンプソン夫人」



 いつになくそっけない声で遮ったあと、疲れている私の肩に手を添えてくれた。



「休もうか、ロッティ。ルイ達に休憩してこいと怒られて追い出されたばかりなんだよ。侍女を呼んで、お茶でもしようか」

「あっ、はい。アルフレッド様……」

「それじゃあ、ハンプソン夫人。次は……そうだな? 夏の花でも、彼女にまた」

「ええ、そうですわね。それでは、あまりお邪魔するのも何ですし……」



 二人で夫人を見送ったあと、侍女を呼んでお茶を淹れて貰う。ソファーに腰かけてティーカップを持ったまま、げっそりしていると、どこか困ったように微笑んだ。



「大丈夫? かなり疲れているな……まだあと二つ残っているが、レッスンが」

「だ、大丈夫です……頑張ります」



 柔らかく、薫りの高い紅茶を口に含んでほっと一息吐く。



(次はカテーシーと、一応テーブルマナーの先生がいらして……そのあとは一通り、語学の勉強。ええっと、ルートルード語とシュトラ語と)



 諸外国を巡って、公務をこなしていくだけの語学力と教養、立ち居振る舞いを身に付けないと。でも、大丈夫。怖いけど一人じゃないし。隣には殿下がいるんだろうし、私も私で、信頼出来る侍女を連れて行けるんだろうし。



(まずはちゃんと勉強をしないと。でも、人とお喋りするのは楽しくて好きだし……)



 ふと気になって向かいの殿下を見てみると、どこか悲しげな顔でちょっと首を傾げていた。えっ、子犬ちゃん感がある……。



「アルフレッド様……? あの、どうかなさいましたか?」

「ううん……申し訳ない、君を選んでしまって」

「いいえ、あの! 私、その、アルフレッド様のことをお慕いしているので!」



 そう主張してみると、力なく笑った。ああ、なんだか距離を感じる……。仕方ないのでぽふんと、ウサギの姿へと変身する。それまで着ていた、淡い薔薇色のドレスがしゅるしゅると縮んで、苺柄のドレスに変わった。すぐに殿下が「ウサギちゃん!」と呟いて、すっくと立ち上がる。



「アルフレッド様! ほら、拗らせてないで、どうぞこちらへいらしてください!」

「うん。ごめんよ、ロッティ。手配したのは自分のくせに、その」

「淋しくなってしまったのですね? 私がお勉強に集中してるから……」

「申し訳ない、二十八にもなってこんな」

「ふふふ、構いませんよ。淋しく思って貰えて嬉しいです、私!」



 溜め息を吐いて、腰かけた殿下が私を抱き上げ、ぽすんと膝の上に置く。ああ、落ち着く……。後ろ足をにょーんと伸ばして、腹ばいになっていたら、「可愛い」と嬉しそうに呟いて、もふもふと首の後ろを掻いてくれた。いつもの優しい指先にほっとして、思わず目が細くなる。



「アルフレッド様……私、頑張りますね。だからあの、ご褒美に」

「ご褒美に?」



 ふぉっ、声がとんでもなく甘い! どうしよう? 見ると心臓が破裂しちゃいそうなぐらい、甘い微笑みを浮かべていた。



「ご、ご褒美にその、昨日、昨日みたいにキスとか!!」

「いいよ。慣れておいた方がいいからね。その先に進みたいし」

「ふぉっ……まだ慣れません。その、軽く! くちびるにちゅっとが限界です……」

「物足りないな、それだと」

「ふぉふ、殿下……」



 落ち着かない気持ちとなって、さっと後ろ足をしまっていると、くすりと笑って「また殿下呼びに戻ってる」と呟いた。ああ、何もかもが優しくて甘い。いい子いい子と、私の頭を丁寧に撫でてくれる。



「ありがとう。私のために頑張ると、そう言ってくれて」

「いいえ。でも、驚きました。すごく夫人が優しくて」

「まぁ、だろうな……」



 きっと、同じ虚しさを私と殿下は抱えている。じゃあ、共有して吐き出してしまえばいいんだ。



「私、アルフレッド様のお気持ちがなんとなく分かった気がします。……淋しいですよね、立場で判断されるのは。親切にして貰うのは」

「そうだね。言っても仕方がないことなんだろうけど」

「でも、ちょっとだけ腹が立ちます。ぷんぷんです!」

「ぷんぷん……っふ、可愛い。毛がちょっとだけ膨らんでる」

「あうっ、その、体に出てしまうので……」



 殿下が愉快そうに笑って、私のしっとり吸い付くような毛皮を撫でてくれた。



「じゃあ、私、もうちょっと一休みをしたら頑張って……」



 そこでコンコンと、軽やかなノック音が響いた。殿下がわりと大きめの声で「しまったな。今からロッティの体を堪能しようと思っていたのに」と呟く。たん、堪能……!?



「どうぞ、入ってくれ」

「申し訳ありません、殿下。俺です、ルイです。あの、例の公爵家のご令嬢が会いにいらしているんですけど」

「……なんだって? 聞いていないが、そんな話は」

「どうも、今回の婚約を受けてかと……」



 な、なんだろう? 問題が起きちゃったみたいだ。殿下が品良く舌打ちしたあと、私をそっと膝からおろし、困ったように眉毛を下げる。



「申し訳ない。ちょっと会いに行ってくるよ。ああ、そうだ。ロッティも一緒に来ないか?」

「わ、私も一緒にですか……!?」

「向こうは多分、君に喧嘩を売りにきたんだ。あーあ、もう少し考えて動いて欲しいものだが」



 確かに何の前触れもなく、いきなり来るだなんて。動揺しつつ、とりあえずぽんっと人の姿に戻ると、「せっかくの休憩時間が……いちゃいちゃしたかったのに」と言って不満そうな顔をする。



「で、殿下! あの」

「まぁ、見せ付けてやろうか。相手にね?」

「わっ、あ、はい……」



 優雅に私の手を取って、扉へと向かった。少し開いた扉の隙間から、ルイが「大丈夫ですよ、撃退しちゃってください!」と小さく声を張り上げる。ええっと……? 困惑しつつ部屋を出て、公爵家のご令嬢がいるという応接室に向かっていると、隣の殿下が、するりと私の腰を抱き寄せて、耳元で囁きを落としてきた。



「ちょっと大げさなくらい、溺愛しているふりをするからね? ……いいね?」

「ふぁ、ふぁい、溺愛……?」

「君が許してくれるのならいつだって、これからするように触れたいんだが。まぁ、それは」



 そこでふっと離れて、とびきりの甘い微笑みを浮かべる。も、もう少し、普段はよわよわなのに……!!



「まだ無理なのかな? 可愛いね、耳まで真っ赤で。ロッティ」

「ふ、ふぁの、あの、禁止です!! そんな、甘々台詞はっ……」

「えっ? そうなのか? 婚約者になったからてっきり、言ってもいいのかと思ってた」

(殿下って、殿下って、ちょっと天然……!?)





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