9.周囲の反対と婚約を知らされたお父様
「シャーロット……お前、なんで、どうしてアルフレッド殿下とそういう関係になってるんだ!? あれか!? ひそひそと王宮で会ってたのはまさか」
(い、言い忘れてた……!!)
お義母様やオリヴィア、使用人のみんなには話してたんだけど。肝心のお父様には、まだ言ってなかったんだった……。フォークを握り締め、震える。向かいの席に座ったお父様も、耳を震わせて「信じられない!」という顔をしていた。
「それに、カミラ!? 絶対把握していただろう!? どうして殿下から手紙がくるまで、」
「あら、だってあなたの心臓はひ弱だもの。私としては、可愛らしい旦那様の悩む顔が見たくなかったの。それに」
ちろりと、義母のカミラがこちらを見てくる。彼女はオリヴィアと同じ、眩い金髪と紫色の瞳を持っていた。きっちりと後ろで結わえ、深い紫色のモスリン地のドレスを着ている。
「シャーロットちゃんの初恋を大切にしたかったのよ。……どう? うまくいっていて?」
「あ、そ、それがその、殿下とは上手くいっているのですが、国王陛下が反対なさっているということで……」
そう、殿下は私との婚約を発表したんだけど。国王陛下と重臣達が反対したせいで、宙ぶらりんになってしまった。ひとまずは「聞き分けのない殿下が、釣り合いの取れない家柄の令嬢を好きになり、勝手に婚約を発表した」みたいな言われ方をされてしまっている。
(うっ、つらい。でも、一応この婚約は政略的な意味も含んでいるんだし……)
殿下は王位に食指など動かしていない。だけど、いつの時代もそういった不穏分子は湧いて出てくる。王太子が毒殺されたことや、即位したての頃に起きた災害や飢饉。今のところ治世は安定しているものの、密かに「王位を継ぐべき人間ではなかったのでは」と囁かれている。災害が起きたのも、王太子が毒殺されたことも、王妃様のお加減が今も優れないことも、どことなく冷淡な陛下への批判に繫がっている。
(だから、殿下は私をお選びになった。波風立てないよう、問題児の王弟であろうとしてらっしゃる)
殿下が誰からも嫌われるような、そんな茨の道に進むと言うのなら。私もお供がしたい。今現在、殿下の評判はあまりよろしくない。
「で、ですから、お父様? お読みになった通り、殿下のお考えは……」
「だけど、うちである必要はあったのか!? じゅう、獣人だぞ!? そんな、王家の尊い血が汚され、」
「あなた? ……あなた自身がそんな偏見を持っていてどうするの? だから、いつまで経ってもそういった差別が無くならないのよ」
「か、カミラ……そうだな、確かに今のは私が悪かった」
今では随分とましになったけど、高級レストランでは入店を断られる時がある。「毛が飛び散るといけないから」と、そう言って。義母がやれやれと、困ったように微笑む。
「まぁ、いいわ。どこかの考えなしのお馬鹿さんが、あなたにそういった偏見と差別を植え付けただけなんでしょうしね? でも、良かったわね。シャーロットちゃん。殿下は見る目があるわ、素晴らしい」
「そ、そうでしょうか……?」
「ええ。幸運に思うべきね、あなたに好かれて」
「相変わらずだね、カミラは……」
元オペラ歌手だった義母はかなり変わっている。私のウサギ耳もお気に入りで、よく「もふもふ~、ふわふわ~」と言って撫でてくれるし。
(殿下には劣るけど、お義母様もお義母様でかなりのもふテクニシャン! でも、ヴィーもそう言えば)
先程から、黙々と食事を口に運んでいるオリヴィアを見てみると、ふとこちらの視線に気が付いた。今日は夜の暗闇と紫色が入り混じった、どこか不穏な印象を与えるドレスを着ている。
「……お姉様は、本当にその御方が好きなのですか?」
「えっ? あっ、うん。ブラッシングもしてくれるし、最近は庭園に出てお散歩も、」
「忌々しい」
何かをぽそりと呟いた。オリヴィアの隣に座っているお父様が慄き、「に、人参でも食べるか……?」と言って、ナイフとフォークでそっと置いている。気の強い顔立ちをふっと綻ばせ、「ありがとうございます、頂きます」と言っていた。
(ヴィーは……喜んでくれないなぁ。でも、昨日だってシャンプーしてくれたし。私の毛皮についた、草の実も取ってくれたし)
ヴィーは優しい。でも、私と殿下の婚約を喜んではいないみたい……? しょんぼりと落ち込んでいると、お父様がこほんと咳払いをした。
「ま、まぁ、あまり期待はしないように! 破談になる可能性、大だからな!?」
「ふぁ!? そ、そんな……!!」
「あら、大丈夫よ。私が何とかしてみせるから」
「お、お義母様……?」
「カミラ……君のそれは冗談なのか、本気なのか。たまによく分からなくなるよ……」
「ロッティ? 草むらを探検しているところ、申し訳ないが」
「はい?」
よく整えられた中庭に、とても素敵な茂みを見つけたので、ふんふんと嗅いで探検していると、殿下が後ろから声をかけてきた。振り返ってみると、わざわざ膝を抱えて、しゃがみ込んでくれている。今日の殿下は髪の色よりも少しだけ薄い、茶色のヘリンボーン柄のスリーピースを着ていた。
「語学はどれぐらい出来る?」
「ご、がく……?」
「ああ、公務でこれから色んな国を回ることになるんだし……もちろん、四カ国語も五カ国語も習得する必要は無いが。通訳も連れて行くし。ただ、ある程度喋れるようにならないと、あちらの社交界でも浮く可能性が」
「おべんきょうは……苦手です」
「ロッティ……」
聞きたくなくて、もそもそと茂みに入ろうとすると、がしっと掴まれてしまった。はうっ……。
(お腹の脂肪が気になるので、その辺りはあんまり掴まないで欲しいです……)
ふすふすと、鼻先を動かして無な顔になっていると、私を抱き上げた殿下が正面でにっこりと微笑む。でも、いつもの優しい微笑みじゃなかった。ちょっと怖い家庭教師みたいな、そんな微笑みを浮かべてらっしゃる。
「ロッティ? 私を支えてくれるんだろう? まさか、この期に及んで他の男と結婚するとか言い出さないよね? ……ね?」
「いっ、言いません。アルフレッド様……」
「よろしい。まぁ、君はその、そういったことが苦手な女性に見えるから……」
「おっ、お馬鹿さんに見えちゃってますか!? 私!」
「少なくとも、勉強に打ち込むタイプには見えないな。そうだな……まずは教師を招くか」
「教師を招く」
「王子妃としての教育を受けさせていたら、周囲もおのずと私の本気さに気が付くだろうし……よし、そうしようか。大丈夫だよ、一流の人材を呼び寄せるからね?」
「いちりゅうの……じんざい」
「頑張って、可愛いロッティ」
虚ろな目になった私の鼻先を、ちゅっとキスしてくれる。嬉しくなって見上げてみると、殿下も嬉しそうな顔で笑っていた。ああ、そうだ。頑張ろう、この御方のために。
「がん、頑張ります! 頑張ってお勉強をしますっ! あと、カーテシーも練習します!」
「カーテシーもまだ、きちんと習得出来ていないのか……」
「ふぁ、ふぁい。ポンコツ令嬢でごめんなさい……」
ぐっと、殿下が両脇を支えた手に力を入れる。深刻そうな顔をしていた。
「あとは? ダンスにピアノに、刺繍は!?」
「お歌を歌うのは得意です……義母と一緒に歌うの好きです」
「絵は?」
「ば、薔薇の絵がまだちょっと上手く描けません……でも、植物のつたは上手に描けます。あと、いつも食べてるから、シロツメクサやダンデライオンは上手に描けます……」
悲しくなってふしゅんと落ち込んでいると、何故か弾けるような笑顔を浮かべる。夏真っ盛りの太陽を思わせる笑顔で、すごく素敵だった。
「そうか。じゃあ、そっち方面の教師も呼び寄せないとな……」
「だ、ダンスも一応、かなり得意ですよ……!?」
伝え損ねていたので、慌てて主張すると、どこかほっとしたように「良かった」と呟いてくれる。そして丁寧に、春の柔らかな芝生の上に私を置いてくれた。
「ロッティと踊るのを楽しみにしているからね。良かった、得意で」
「わ、私と踊る……」
「ひとまず来月に、国王陛下が主催する大きな舞踏会があるから。それに参加しようか。ええっと、それまでにルートルード語とシュトラ語と、植物画と刺繍と」
ひえっ、ひええええ……。激しく震えると、殿下に買って頂いたドレスの白いフリルが揺れ動いた。これは爽やかな青地に、白い花々がプリントされていてすごく可愛い。ふと、顎に手を当てて、考えごとをしていた殿下がこちらを向いた。深く、青い瞳に見下ろされただけで、このふわふわな胸はきゅんと高鳴ってしまう。
「ロッティ。……あまり無茶をさせたくはないんだが」
「いいえ! 殿下……あっ、えーっと、アルフレッド様」
ここは人の姿に戻らなくては! お腹にぐっと力を入れると、ぼふんと何かが弾けた。視界が開けて、驚いた顔の殿下が飛び込んでくる。先程までの可愛らしいドレスも、青くて光沢感のある、上品なドレスに変わっていた。
「アルフレッド様のお役に立てるよう、立派な淑女になりたいです! 私」
「立派な淑女に……嬉しいけど、そこは好きだから傍にいたいと、そう言って欲しかったなぁ」
ひっそりと困ったように微笑んで、私の頬に触れてきた。息を呑み込んで見上げてみると、また青い瞳を細める。ほんの少しだけ後退ると、するりと腰に手を回して、ぐっと抱き寄せてきた。
「アルフレッド様……!?」
「あれかな? またウサギの姿に戻ってしまうかな?」
「わ、分かりません……」
吐息がかかるような距離で微笑んで、私の顎をくっと持ち上げた。息が止まる。もう殿下の青い瞳しか見えない。
「じゃあ、試してみようか。私のふわふわな愛しい人」
「ふぉ、ふぉ、ふぉっ……」
「っふ、あれだね? 君はお爺さんが笑ってるみたいな感じで、いつも照れるね?」
「ふぉっ……」
殿下が優しく笑って近付いてきて、くちびるにキスをしてきた。た、耐えなきゃ。耐えなきゃ。ほんのわずかに震えていると、少し離れて「ロッティ」と甘く囁きかけてくる。チチチと、どこかで小鳥がさえずった。
「……嫌かな? こうして触れられるのは」
「いっ、いいえ……!! きんちょう、緊張してしまうだけです……」
アルフレッド様は自己肯定感が低くて、本当は自信が無い方だから。いつもいつも、困った顔をして聞いてくる。でも、大丈夫。頑張れ! 私。頑張れ……!!
「あ、あの、外ですし、誰が見ているかよく分からなくて、余計に緊張してしまって」
「それじゃあ、部屋に戻ろうか?」
「えっ」
すいと指先を持ち上げて、キスを落とした。びっくりして見てみると、青い瞳を細めて、悪戯っぽく笑う。いつ、いつもはよわよわなのに……?
「あ、あの……」
「行こうか。あと三十分も無いし。このあとは苦手な教会訪問なんだ……」
「あ、ああ……お疲れ様です。確か、国内最高齢の司祭様とお話しするんですよね?」
「苦手だ……いつも以上に気が抜けない」
「そ、そうなんですね……」
アルフレッド様が仰る、あれが苦手、これが苦手といったことがよく分からない。見極めが難しい。でも、病院への慰労訪問や炊き出しといった、気を張るようなご公務は苦手みたい?
(あれかなぁ? 王族らしさを一番求められるお仕事だから?)
常に柔和な微笑みを浮かべ、時には涙ながらに語る人々の話を聞いて重々しく頷き、握手を交わして、王族としての言葉を渡す。ああ、想像しただけで気が滅入りそう。私の手を優しく引きながらも、決してこちらを見ようとはしない、アルフレッド様の背中を見つめる。
「あの……私に出来ることは何かありますか? もふもふしますか?」
「ああ、ごめん……ありがとう。それじゃあ」
「はい!」
変身した方がいいかな? わくわくしながら待っていると、ふっと無邪気に微笑んだ。
「私のことを好きでいてくれるだけでいいよ、ロッティ。可愛いなぁ、本当にもう」
「……私、そう、そうされるのが一番、心臓に悪いかもしれません……!!」
「えっ!? どうしてウサギの姿になったんだ!? 今ので!」
「わか、分かりません。アルフレッド様のその、無邪気な微笑みにやられました……うぐっ」
ぷしゅんと、空気が抜けたみたいにウサギの姿になってしまった私を、慌てて抱き上げてくださった。腕の中で落ち着いていると、「ご、ごめんよ……?」と言いつつも、不思議そうに首を傾げる。ああ、本当に、そんな風に優しいところが大好きで。
「あの……ごめんなさい。いちゃいちゃ、頑張って慣れますね……?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
(即答だった……)
でも、ひとまず次からはお勉強です。
(考えただけで気が滅入っちゃう。でも、頑張らなくては……)




