死と創造
わたしは、病院でガラス越しに眠る妻を見ていた。もう5ヶ月も眠り続けている。昏睡状態だ。わたしは一冊の本を書いた。それは「死と夢」というタイトルで、とても苦労して書いたのだった。書き上げた日に、妻のフィオーナは、パンとワインとちょっとした料理を用意して、ふたりでささやかなお祝いをした。
食事が済み、すばらくして「わたしが、一番最初によむのよ」と彼女が言った。「きっとつまらないさ」わたしはそう言ったが、妻はソファに座るとゆっくりと読み始めたのだった。わたしは、かなり疲れていて、先にベッドにはいった。
ひどく不思議な夢を見た。わたしは見知らぬ町にいて、「ここはいいね、ここに住みたい。この土地は住みやすいが、死者しか住めないんだ。」という独り言を繰り返す夢だった。
翌朝、目覚めると、妻はソファに座ったままだった。膝の上には、本が乗っていた。わたしは、考えるよりも早く、妻がおかしいことに気がついた。あわてて肩をつかんで、名前を呼んだ。妻は全く返事をしなかった。病院に運ばれ、数日して医者が「深い昏睡状態です。目覚めるかどうかわかりません。でも、希望はありますよ。」と言った。それから「奥様について何か心当たりはありませんか?高熱が出ていたとか、頭をぶつけたとか、なにか変わったことなどは?」とわたしに尋ねた。わたしには、心当たりは一つしかなかった。「死と夢」だ。それ以外に何もなかったが、話してもなんの意味もないのでただ黙って首を横に振った。医師は「そうですか。」と一言残して静かに去っていった。
妻には兄が一人いた。わたしは、兄のベルナーに電話した。「そうか、生きてはいるんだね?」彼は言った。ベルナーが怒ることはないだろうとわかっていた。彼はとても物静かで、詩人だ。
彼は病院にやってきて妹の姿を見つめていた。せめて手を握りたいな、彼はそうつぶやいて。
「すまない。」私が言うと、かれは「君のせいじゃないさ。ぼくにはわかるよ。」と言った。
わたしは、彼と近くのカフェに入った。そして、本のことを話したのだ。
「僕の書いた本が原因だと思うんだよ。」わたしは言葉を絞り出すように言った。
「そんなことはないと言いたいが・・・」ベルナーはそこで口を閉ざして、窓の外に目を向けた。それから、ゆっくりとこう言った。「その本をぜひ読ませてくれ。」と。
「それはできないよ。君まで彼女のようになったらと思うと、とてもじゃないが賛成できない。」わたしがそう言っても、「君のためだよ。僕がよんでなんともなければそれでいいじゃないか?」彼はすこし笑ったようだった。
わたしは笑うことができずに、「できないよ、すまない。」と答えた。