9.ささやかな力
お母さんに聞いたことがある。
なんでも昔は、スマホなんてものは普及してなくて。
シャー芯ケースくらいの大きさの液晶と二、三個だけボタンのついた、このポイントカードくらいの薄い板がスマホの代わりというかで。
液晶に表示された電話番号へと、街中に設置されていた公衆電話? とかで連絡を取り合っていたらしい。
そのうちに、誰がやり始めたのか数字をひらがなに見立てて、短いメッセージの送り合いをしたんだとか。
スマホのある私の時代は何でも送れるから、なんかピンときてなかったけど。
今ならなんとなく、なんとか相手に伝えよう伝えたいって気持ちが、わかる気がした。
「知っているのか」
ジガルド様が、驚いたふうに問いかけてきた。
「私が元いた世界の機械、『ポケベル』ですわ」
「****? なんだ、それは」
ポケベル、の部分は向こうの言葉だからか、通じなかったらしい。
一生懸命に発音してくれたけれど、だいぶデタラメだ。
「想いを伝える道具、ですかしら」
「こんな薄っぺらいものでどうやって、伝えるのだ」
「まぁ、向こうにもまじないのような不思議なものがあるのです」
電気が〜とか、その辺りはうまく説明できなくて誤魔化す。
聞いて欲しくない空気を読み取ったのかたまたまか、ジガルド様はそれ以上追求しようとはせず、そのポケベルに手をかざせ、と言ってきた。
素直に手をポケベルの上へと向かわせる。
手のひらがちょうど真上にいった、その時。
ポケベルが振動し、液晶から投影したかのようにこちらの文字が浮かび上がった。
【うっすいけど聖女】
「は?」
うっすいけど、って、なに?!?!
「……やはり、か」
いつの間にか隣へとやってきていたジガルド様が、つぶやいた。
「この世界の、危機は去ったのでしょう?」
言葉は覚えた。
お給金もちょっとずつだけれど、貯金していた。
あともうちょっとで、帰る方法を探しに行こうと思っていたのだけど。
「そうだ、魔王は討たれた。しかし聖女の力を放っておくわけにもいかぬ」
「わたくしは帰りたいのです!」
思わず、ジガルド様の袖裾を掴んでいた。
帰らなくてはならないのに、ここでやるべきことなんて、全部先輩がやって帰ってしまったのに。
力があることできっと、ここにとどめられてしまう。
唇を噛んだ。
「お前……貴方、を……好きに行動させるわけにはいかないのです。王にこのことは伝え、処遇が決まり次第また、連絡をいたしますので」
ジガルド様から気安さが消え、袖裾を掴んでいた手も、やんわりと解かれた。
ショックで。
気づけば先ほど通された部屋へと戻っていて。
そのままベッドへと倒れ込むと、目を瞑ったままいつの間にか眠りについていた。
『お前も少しは弟を見習ったらどうなんだ』
『お前にこんなものは必要ないだろう』
『どうしてお前は俺のようにできないんだ』
『だからお前は駄目なんだ』
ねぇ、一体何が駄目なの。
どうして見習わなきゃならないの、だって弟は。
お母さんはどこ。
お母さんはちゃんと生活できてる?
ねぇ、ねぇ……。
はっと目を開く。
目の端から落ちた水で、こめかみがガビガビしていた。
「帰れない……」
思わず口をついて出た言葉は、私を思うよりひどく、打ちのめした。
ここには誰もいないのに、どうしていなくちゃいけないの。
膝を抱えて目を閉じた。
異世界。
ちょっとくらいは、行ってみたいと思ってた。
見知らぬ土地。
もらえるかも知れない能力。
そんな物語にときめいた。
お話の主人公たちには、そこにいなくちゃいけない理由があった。
冒険や、恋や、夢が。
何もない。
私には。
言葉を覚えるだけで精一杯だったし、毎日の仕事をこなすことでヘトヘトで。
一緒に仕事した人は、そりゃ優しかったし、マルタさんたちともちょっとずつ仲良くなっていたけど。
でも。
多分このことでさようならだ。
元々、どこか違うという壁みたいなものはうっすらと感じていた。
この世界の基本を知らない。
だから、ちょっと不思議に思われてたんだと思う。
関係性があるかないかどういったものかと言われたら、きっと向こうも困るだろう。
もう少しくらい、一緒にお出かけしてみたりだとか色々、してたらもしかしたら違ってたかもしれない。
そんな時間があったかもしれない、のに。
聖女。
「……うっすいけど、って、何」
目的さえわからない。
きっと今頃、王様って人だって困ってる。
……もしかして、私、消されるんじゃない?
……
…………
怖い。
自分の部屋に戻りたい。
あそこには、これまでに働いてもらったお金が置いてある。
戻ろう。
そうだ、戻って、お金を持って、ここを出ていけばいい。
そうして、帰る方法を探して、見つけたら帰れば良いんだ。
部屋の外に、見張りはいるんだろうか。
ベッドから降りて、そろりそろりと扉へと近づく。
ドアノブに手をかけ音が出ないように回し、ゆっくりと動かす。
「どうされましたか?」
「ひゃぃ!」
「?」
「あ、えっと…………喉が、乾きましたの」
見ると、扉の脇になんていうか、軍服の派手なやつ? 騎士?? みたいな格好をした人が、二人、扉を両脇で固めていたようだった。
厳重、すぎない??
「私が伝えてきましょう」
そのうちの一人がそう言うと、どこかへ歩いて行ってしまった。
「申し訳ございません、我々一人でお守りする時は施錠する決まりになっておりますので、お部屋へお戻りください」
「……はい」
私はすごすごと、扉の中へと戻った。
騎士? ゴツい……。
飲み物が来たら、その脇をすり抜けられるかやってみよう。




