6. 聖女、ほんとうの帰還
下働きの日々は続く。
勉強も大分進んで、今は話すことも、前よりはできるようになってきた。
周りの人とのコミュニケーションが取れるって、わんだほー!
流石に、コミュ障といえど意思疎通ができないのにはうへぇってなったんだよね。
マジで。
本当の寂しいってこういうことなのかなって。
まぁ、言葉が話せるのと、意味を理解してもらえるのとは違う話だけど、さ。
そうそう。
やっぱりこっちの便利なものといったら馬車とかくらいで、粉は石で引いて作る、とか聞いておぅ文明よ、てなった。
パンは食べられるみたいだけど。
平民?はアワ?ってのが主食だって。
王城の下働きは、食事完備だから、豆とか芋が主食。
お米のことを聞いてみたら、「オコメ、って何?」ってマルタさんから返ってきた。
まさかの、米抜き!!
日本人としては、お米がなくちゃ生きていけない……。
というのは言い過ぎの冗談だけど。
結構がっかりした。
オンザライスは癒しだったのにって。
肉汁とタレの染みた白米……帰れるまではおあずけだ。
しょうがないけど。
あれから結構経って、先輩は旅立っていった。
討伐の旅は、結構かかるだろうって噂だったけど。
どれくらいの人数で、どんな相手と戦うのか。
私にはピンとくるほどの情報は、こなかった。
無事だろうか。
話もろくにしたことのない、ほぼ他人というか全くもって他人の先輩ではあるけれど。
同郷としては、帰れないのと、戦わされてる境遇に同情すらしていて。
せめて、無事に帰ってきて欲しいって祈った。
「そういや、聖女様が近々凱旋するそうだよ。知ってるかい?」
洗濯の仕事をしている最中、マルタさんがみんなに話しかけた。
「あっ、その話昨日街で噂になってましたよー!」
威勢良く、ちょっと節の目立つ手で洗濯物を洗っていたカロが話し始めた。
魔王とその一派をサクサクと倒した聖女一行が、明日にも凱旋帰国するんじゃないかってことだった。
出発してから、大体六ヶ月くらい経っただろうか?
「凄いよね、隣の一国分くらいの大群をひと捻りだったみたい」
「まぁ、そうなの?」
コロコロとした声で、マルゥが尋ねた。
「うん、ほぼ聖女の力だったとかいう噂」
「勇者とイイ仲っていうから、帰ってきたら婚礼の儀かねぇ」
ほくほくした声のマルタさんに、カロが続く。
「婚礼の儀だといいですね! 城下もお祭り騒ぎになるから、屋台も出て美味しいものたくさん!」
アハハハハ、と笑いながらしばらく婚礼談義に花が咲いた。
役目を果たしたんだな、と朧げながら思った。
「あっ、まぁたあんたはホイホイ引き受けてっ!」
と不意に声がかかって洗濯物の束の一部が、マルタさんに持っていかれる。
「あっ、わたくしの洗濯物です!」
私はバレたきまりの悪さにびくっとしつつも、やってもらうわけにはいかなくて。
慌てて取り返そうとして、失敗した。
「わたくしの! じゃないんだよ、熱心なのは良い事だけど熱中し過ぎるのはいただけないよカレン。自分の手元とまわりの手元を比べてごらん」
まるでこっちの世界のお母さんのような彼女に言われて、見比べる。
私の手元にある洗濯物は、まわりの二倍くらいの量があった。
だけど何回言われても、どうしても沢山手元にないと不安になってしまう。
せめて少しの役立ちを。
おかしいことは、自分でも薄々わかっていた。
「……すみま、せん」
「謝ってほしいわけじゃないんだよカレン。あたし達は大事な仕事を任されてる、みんなで、だ。やらな過ぎも、勿論だめさ」
マルタさんは、自身とカロに手元の洗濯物を振り分けながら続ける。
「けどね、やり過ぎも長い目で見ればだめだ。わかるかい? 私達の仕事の目的を、履き違えては駄目だよ」
優しいマルタさんの瞳が私を見入る。
「は……い。わかり、ましたわ。ありがとうございます」
よくわからなかったけど、大事だってことだけはわかったから返事をした。
マルタさんは苦笑しながら、もう何も言わなかった。
私も、もう取り戻そうとはせず作業を再開させた。
お祝いの雰囲気は、城内でも高まっていた。
数日後。
一昨日から始まったお祝いの準備が佳境になっていた。
あちらこちらで、やれあれが足りない、それはどこそこにやれと上に下にの大騒ぎだ。
そう。
いよいよと聖女とその一行が勝利を手に帰国してくる、という知らせが入ったらしい。
それが三日前。
すぐさまおふれが出され、国中が飲めや歌えやお祭り準備だと賑やかになった。
お城でも、迎え入れる為にあれこれと段取りが組まれ準備が進められた。
到着次第パーティーと、何やら発表があるらしく。
私のいる洗濯部門はいつも通りだったけれど。
縫製部門は目の下にクマ、廊下をゾンビのように歩く、とまぁその大変さがピークだったらしい。
専門職は大変だ。
一行は今日のお昼には到着するらしい、と早馬が知らせてきたそうで。
おしゃべりな厨房担当の子が触れ回っていた。
高揚した雰囲気の中仕事をこなし、午前に洗った服やらを干し終わって。
やっとひと息ついた頃。
遥か遠くの方から、どっとわく歓声が聞こえてきた気がした。
そういえばお昼が過ぎたな、とぼんやりと思いながら休憩を終え、自分の仕事を再開する。
同僚たちは変化した空気にどこか上の空みたいだ、どこかから、鼻歌がきこえている。
夜店ってそんなに楽しいのかな、と日本の盆踊りや秋祭りを想像して、少ししんみりしてしまった。
もう、向こうではふた季節過ぎちゃったんだな……あれから。
そんな気持ちを振り払うように仕事をしていたら、今日一日中厨房に入りっぱなし予定の厨房部門の子が、バタバタと走ってくるのが見えた。
何事か叫んでいる。
「……へん大変! 大変よ!! 聖女様、護衛の人ひとり連れて帰ってしまわれたって!!」
…………え?
かえ……った??
どういうこと?
おしゃべりなその子は本領発揮とばかりに、ペチャクチャと話している。
「そうなのよ。でね、勇者様とイイ仲っていうのは実は勇者様本人が触れ回っていただけらしいの」
「きゃー! 三角関係?」
どうやら帰還と同時に勇者がプロポーズ。
だけど先輩は、既に護衛と相思相愛だったんだそうだ。それでも無理矢理勇者の婚約者としてお披露目されそうになり、既成事実を作られてしまう前にと日本へ帰ってしまったとか。
半年で急展開だな?!
イチャラブてえてえは見たかったデス先輩!
あ、てえてえってのは尊いとかなんかそういう感じね!
なによりなんなの三角関係!
リア充ばくはつしろ!
ドゴォーン
視界の端で、城の塔の先端が爆発した。
のが見えた。