5. 洗濯という役目
「どうだい、少しは慣れたかい?」
「はい、洗濯、大変。面白い」
こちらへときて三ヶ月。
仕事を色々教えてくれるマルタさんに声をかけられた。
聞き取りこそ大分できるようになったものの、まだまだ流暢には話すことができなくて、片言で返す。
「洗濯の仕事が面白いのかい? 変わった子だねぇ」
からからと人の良い声をあげて、マルタさんは笑う。
私の背中を、ふっくらとしつつも職人らしいごつごつした手で叩く、おまけ付きだ。
「ま、それで仕事が早いんなら、あたしたちは助かってるけどサ!」
「違いないわね」
「そうねぇ、ふふふ」
相槌を打ったのは、短めの赤髪にがっしりとしたその足で洗濯物を踏んでいた、少しだけつり目のカロ。
おっとりと笑い声を出したのが、長い金色の髪にほっそりとした手で、器用に素早く野菜を洗っているマルゥ。
マルタさんは自身の茶色い巻き毛が風に煽られるのを時折抑えつつ、他の人が洗い終わった洗濯物を、一つ一つ洗濯干しの縄にかけていっている。
私はといえば、まだペーペーなので場内の中でも、とりわけ衛兵の練習着を洗っていた。
実は洗濯にも序列がある。
新人は、痛んでも多少はお目こぼしのある服から始めて、徐々にランクアップするらしい。
家でも一部の高い、けれどクリーニングするほどでもない服は手洗いで洗っていたし。
その辺りはとても納得だった。
やっぱり、何事も熟練というものはあるもんね。
ゲームにも、そこそこできるって人もいれば、テストプレイするプロとか大会で優勝する人とかがいて。
できることが違うのと大体一緒かな、って思う。
そんなことを考えながら、早いところ話せるようになりたくて一生懸命同僚と会話をしつつ、私は一日の仕事を終えた。
私の仕事は他の人より上がりが早い。
夕方には勉強の時間が設定されているからだ。
「じゃあご苦労様、勉強頑張りなさいな」
「はい、すみません、ありがとう」
ここだけ綺麗に発音できる、「すみません」と「ありがとう」をマルタさんたちに今日も言い、仕事場を後にした。
そして足早に、ジガルド様が指定した場内の応接間へと向かう。
勉強はどうやら王族の方達に教えている家庭教師が、特別にやってくれている。
使用人の部屋へ身分の高い者を向かわせるわけにはいかない、ということで応接間集合だ。
それを言ったらそもそも使用人に王族の家庭教師が教える状況、おかしくない?
しかも城の中だし。
って思ったけど。
理由は手配してくれたジガルド様が説明してくれた。
「そのアホ顔は分かりやすいな。一応お前は聖女と同じ出身ということは周知の事実だ。身元はとりあえず聖女から保証をいただいたが、身分が宙に浮いている。そんなお前のためだけに教師を用意するわけにもいかん。苦肉の策だ」
「……さようデスカ」
当時のやりとりを思い出すだに腹が立つ。
「やな奴!」
私だって好き好んで来たわけじゃない!
ただ習慣で、手助けしてしまっただけだし……不要だったんなら、私はくっついて来なきゃよかった……。
っと。
いけない、暗い考えになるのはよくない、気付けば止まってしまっていた足をまた動かし目的地を目指す。
まぁそういうわけで。
だいぶヘンテコだけど、言葉を聞け、話せなければ何かあった時に野垂れ死ぬしかないだろうから、教えてもらえる環境には、いっそ申し訳なくなってしまって。
平身低頭、すみませんと何度も言った。
そういえば、その時のジガルド様もなんか変な顔してたなぁ。
どうでもいいけど。
勉強するようになって知ったのは。
やっぱりここは知らない場所ってことだ。
世界がどういう成り立ちだったり形だったりするかは、知らない。
ただいまいる場所、というか国?は、オルフェリアーナ。
他にも国はあるみたいだけれど、まだ覚えていない。
王族がいて、政治は王様と、議会という身分の高い人の集まりとで、決めているらしい。
聖女というのは、昔話で女神が決めた国の救済システムらしく、割と頻繁に使われてるっぽい。
リスニングがてら周りの話をきいてると、その聖女様、つまりは先輩についてはポツリポツリ、動向が話題になっていた。
なんでも、魔王とやらが現れて世界を支配しようとしていて、第一の拠点をこの国のはずれに作ったそうだ。
それに対抗するために、今代の聖女は呼ばれたということだった。
今は使う魔法の練習と、同行者選定が行われているらしい。
こちらの世界の人にとっては死活問題だろうけど。
先輩にとっては傍迷惑な話だろうな。
勝手に巻き込まれた私だって、迷惑千万だっ……そうでもないかも。
結構満喫してしまっている。
「聞いてますかカレンさん。考え事よりも目の前の勉強ですよ」
考え事をしていると、注意をされた。
習ううちに聞くことは大分できるようになったとはいえ、話す方は片言だ。
すみません、と謝って目の前の教科書へと意識を向けた。
早く話せるようになりたいな。
そうして、なんとか元の世界へ戻る方法を探したい。
あの人は気の毒そうにしていたけど、何も世界の全てを知っているわけじゃないでしょ。
うん。
探せば、どこかにはあるかもしれない。
これが私が読んでいた異世界転移ものの作品と似通った何かだとしたら、もしかしたら。
何よりも。
ここに、私の役目はないんだから。