2話 出逢いは突然に
「どういうことだね?私はたしかにこの自転車を、この店の入り口に停めたはずだ」
そう、きっとこの人が言っていることも正しい。
だとすると……。
「少し待っていて下さい」
僕は店の入り口を逸れて、隣に並ぶもう1つの入り口に向かう。
多分どちらかは出口なんだろうけど、それをややこしくしているのはきっと、両方の入り口に立っているこの柱だ。
外見に差異はない。
意識せずにこの店を出ると、どちらだか分からなくなってしまうことだろう。
あの人も同じように入り口と出口を間違えていたとすると……。
「あった」
そこには青年が乗っていた自転車と瓜二つの、というか同じ車種の自転車が置いてあった。
他にも多くの自転車が停められている。
これは余計分からなくなるな。
僕はその自転車をおじさんへと渡した。
おじさんは驚きつつも、ああそうだったと、納得した様子を見せて青年に謝罪していた。
「いや、本当に申し訳ない。言い訳するつもりではないが、先ほどパチンコで40万円負けたばかりで気がたっていたんだ」
40万!?
「妻になんて言われるか、考えるだけで恐ろしいよ」
たしかに、それは気が気じゃないだろうな。
40万なんて大金、僕の小遣いが……ええと、あーすごい。とんでもないや。
「俺はそんなに興味ないけど、そういうのは早めに言っちまった方が楽だぞおっさん」
と、そんなことを言う青年。
おいおい、ちょっと辛辣すぎじゃないか?もう少し言葉ってものがあるだろ。
おじさんも好きで負けたんじゃないはずだし、悪意があったわけでもない。
まあでも、それなりのリスクを負ってのこの惨状ってことだから、仕方ないといえば仕方ないのか。
「本当にその通りだよ。これからはパチンコを自重して、妻に何か買ってやるとするよ」
「おう!上手くいくといいな!」
「君も、すまなかったね」
「いえいえ、たまたま気づけただけですよ」
おじさんは最後に深深とお辞儀をして、その場を後にした。
僕たちも。
「ふぅー、とんだ目にあったぜ」
「……」
「やっぱ話し合いってのは人類史上最大の発見であり発明だよな」
「……」
「互いが互いの考えを理解して手を取り合えば、戦争なんて無くなるのも、俺たちになら出来ると思わねぇか?」
「……あのさ」
「どうした兄弟」
「帰ります」
「や、ちょ、待って待って、落ち着けって!せっかく来たんだし!な?とりあえず座れって、はいコーラ」
僕たちはおじさんを見送ったあと、それぞれ挨拶を交わして解散……とはならなかった。
では現在、何をしているのかと言うと、青年に連れられて近くのファミレスへと訪れていた。
そこで僕は世界平和についてだとか、人類の成した偉業だとか、そんな中身がありそうで、その実カラッカラな話を聞かされていた。
「これは礼だよ礼。最近じゃあんな輩ばっか増えて困ったもんだよな」
閑話休題とばかりに、青年はようやく本筋を話し出した。
「輩って、そんな言い方はないだろ。おじさんだって悪気があった訳じゃないだろうし、それにあれは立地が悪いよ」
「そんなことは分かってる。俺が言ってるのは周りの傍観者の話だ」
む、随分と核心に迫ったことを言うじゃないか。
確かにそれは僕も感じていたことだった。
目の前で人と人が言い争っていて、その言い争いは落ち着きどころを見失い加速するばかり。
そんな状況で彼らは、我関せずとその場を素通り、興味ありげに覗き込む人もいれば、もっとやれと囃し立てる人もいて、その誰もが安全な場所から眺めている。
それを分かっていながら、感じただけで考えないようにしていたのは、心のどこかで仕方の無いことだと思っていたから。
どうせ言ったところで何かが変わるわけでもない。
どうせだめだ。
どうせ無駄だ……と。
それを、この青年は問題視したのだ。
当たり前のことを当たり前のように。
「そういうくだらない道理や常識をへし折って、この世界を変える!それが俺の夢なんだ!」
世界を、変える。
簡単なことじゃない。
というか無理だ。出来るはずがない。
でも、それは僕の話だ。
この人になら、出来てしまうのかもしれない。
少なくとも、僕にできないことを、この人はやろうとしている。
応援する、しないは置いといても、僕がこの人の歩を邪魔するべきじゃない。
「分かった。気持ちは十分伝わったよ。ありがとう」
僕はそう締めくくり、その場を去ろうとして。
「お前、北高?」
「?そうだよ」
「ふーん、転校生とか?」
「そうだよ」
「え、まじ?あ、だよね。はは」
なんだよその反応。
制服着てるんだからこの辺の住民だったら分かるだろ。
でも転校生って分かったのはすげえな。
「なんで転校生って分かったの? 」
「俺も北高生」
「そーなんだ」
「俺は学校でお前を見たことがない」
「そりゃ中にはいるだろうよ。それにまだ5月だよ。僕が新入生って可能性もある」
「だから見たことがないんだって」
ん?どゆこと?
「もしかして全員の顔を覚えてるの?」
「まあな」
まじかよ。
「それで?どこのクラスになったんだ?」
「1年2組」
「俺1年5組」
「1年!?」
「おう」
てことはこの人、入学して1ヶ月で学校にいる生徒全ての顔を覚えたのか!?
とんでもねぇ!
「いや、今日転校生が来るって噂は聞いてたんだけどよ、今日に限って休んじまったからな」
世界を変えるって本気で言ってるのかもしれない。
「あ」
「ん?」
「君も1年年ってことは、もしかして、部活決まってなかったりする?」
「俺の部活?あー、いや、うん。そうしよう」
なんか自己完結したぞ。
「僕まだ部活決まってなくて、先生に聞いたけど、生徒の部活参加は半強制らしいじゃん。それで困っててさ」
「そーだな。部活は参加しなきゃいけねぇ。悪いが、俺はもう部活に参加している。そして活動もしている。」
そうだよな。
なんか行動力ありそうだもん。
そりゃ入ってるよな。
「明日俺の部活動を見学させてやる。放課後教室で待ってろよ 」
「うん。助かるよ」
そうして僕は彼と別れて、帰宅を再開した。
日は完全に落ちてちらほら街灯に明かりがつき始めていた。
飲み干したコーラの味が口の中に残っていた。
「ただいま」
「おかえり。どうだ?分かったか?」
分かった?
「えっと、何が?」
「電池」
「あ」
完全に忘れてた。
「ごめん、ちょっと色々あって、忘れてた」
「おいおい、電話したのほんの3時間前だぞ?」
「本当にごめん」
「まぁいいや、仕事で使うやつだし明日買うよ」
「電池全種なんて、何に使うの?」
「ちょっとした実験だよ。そんな急用でもない」
なら良かった。
とても口には出せないけど、ちょっと安心。
「それより、学校はどうだった?」
「まぁ、初日にしては無難だったと思うけど」
「そうか」
その日の父さんとの会話は、それが最後だった。
言ったろ?そんな会話が多い方じゃないって。
僕は僅かに残る高揚感と共に、眠りについた。
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