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第8話 ヤバンとの情報交換

 ベチャ ベチャ


 真っ暗な中、エデンは下水道の水を滴らせながら1人裏道を歩いていた。

 これで大通りを歩いたら、あまりの臭さにタコ殴りになりかねない。


 裏道では身近に下水道がある為か、皆んなはこの臭いには慣れている様だ。

 色々な薬をやって頭が狂った奴は、中々頻繁に下水道へ飛び込む奴が多い。

 その為、大体濡れている奴は…。


「おいおい、あんなガキにまで勧めた奴居んのかよ」

「世も末だな、おい」

「おいガキ、このクスリでもやってみるか?」


 こうだ…。

 あまり濡れている奴には近づこうとはしないし、逆にいいカモだと笑って近づく売人もいる。

 エデンはそんな者達の反応を無視しながら、近くにある闇市の一角にある砂場で、砂を身体に擦り付ける。

 何故か、闇市の途中の空間にいきなりある怪しい砂場でだがーーー。


「すん、すん…これで大分マシになったか」


 エデンは自分の身体を嗅ぎながら呟く。

 身体が砂だらけになったが、匂いと濡れ具合は大分なくなった。


「さて、これからどうするか…」


 大きく背伸びをして、頭を悩ませる。

 今の自分の状況と言うのはあまり良くない。

 ロランに傷をつけた事は冒険者ギルドにあの2人が知らせただろうから、ギルドには行けない。あの小袋を盗んだ者の居場所は分からない上に、あの服装…もう貴族とは関わりたくない。


 だけど年下に弄ばれたのは癪だ…。


(だとすれば…身を隠すのを優先しながらアイツを探すか…)


 エデンはそう決めると、動き出す。


 闇市がやっているのは、基本夜から早朝まで。孤児ならば金が直ぐに欲しい筈。今日には売られている事は確実だろう。


(とりあえずアソコに行ってみれば何とかなるか…)


 エデンはある所に目星をつけ、周りを少し警戒しながら向かった。




 そこは廃れた木材を壁にし、ただの布を屋根にした場所。闇市の中ではそれなりに上等な屋台に属する建物。

 店頭に並んでる物は怪しげな物が多く、刺々しい尻尾や不気味な色をした液体、何かの生き物の眼球や骨等、普通の店では買えない様な物が売っている店だった。


 エデンは足を踏み入れる。


「ヤバン婆さん!」

「あぁん? ん? 何だい、エデンかい」


 奥から出て来たのは、腰を深く折った黒いコートを羽織ったしわくちゃな老人。


「何しに来たんだい? そんな酷い匂いさせて?」


 近くにある木箱に座ると、しわくちゃな顔をもっとしわくちゃにして話しかけるヤバンに、エデンは少し申し訳ないと思いながらも問いかける。


「今日此処に変なドレスを着た奴が来なかったか?」

「は? ドレス? 何だい、いきなり」

「あぁ。貴族が着る様な赤いドレスだけど何処かボロボロで…

「悪いけど、そう言う話なら私は話す気はないよ」


 ヤバンはそう言うと溜息を返す。

 これは予想通りの反応だ。商売をしている者からしたら、信用が第一。増してや此処は違法取引が謳歌している場所。取引をした相手の情報を容易く売る事はないだろう。


 その代わり…。


「……とんでもない情報があるんだけど?」

「…ほう?」


 ヤバン婆さんが面白そうに口角を上げる。


「珍しいね? エデンがその言葉を言うなんて? だが、覚悟は出来てるんだろうね?」


 ヤバンは自分の店を経営してるだけでなく、その他にも仕事をしていた。


 その仕事とは…。


「まぁ、それなりの()()でなきゃ言う気はないよ?」


 情報屋。


 それも、その情報レベルの高さ故に多くの貴族、裏方の仕事を請け負う者がヤバン婆さんの下へ来るくらいだ。

 しかし、その代わりに高額な報酬や重要な情報を求める。そして、そのツテを使って裏切った者は許さない事から、正確な情報しかヤバン婆さんの下に来ない。


 そのヤバン婆さんが、言う気はないと言った。と言う事は、ヤバン婆さんはそれなりの情報を持っている。


 自然とエデンの身体に緊張が走り、喉が鳴る。


「あぁ。それで良い」

「言うね……じゃあこっちに来な」


 ヤバンは暖簾の様な布を潜り、店の奥へと進む。初めての奥に行く事に対して少し緊張するが、エデンもヤバンの後を追って店の奥へと入る。


 直ぐはヤバンの恐らく住居と思われる場所。外と変わらない、ハリボテの様な住居。


 その更に奥にヤバンは進む。

 そして行き止まりで突然止まったと思ったら、ヤバンはその真下の床を外した。それをエデンは後ろから覗き込む。


(なるほど…地下か…)


 闇市の商人、貴族や裏の仕事を請け負う者達の情報屋。この2つを兼任していながらも、こんな建物に住んでいる方が可笑しいのだ。こんな物があっても何ら不思議ではない。

 エデンはヤバンの後を追い、階段を降りる。


 数分後着いた先は、外とは打って変わって周りが石造りの部屋。部屋の真ん中にはこの部屋には似合わない赤い大きなソファが2つ、その間に高級感のある黒の丸いテーブルが置いてあった。それ以外の家具は皆無で、此処にずっと居たら気が狂いそうな部屋だった。

 そんな場所でヤバンは奥のソファへと座ると、テーブルの上に置いてあるキセルを手に取り、火をつける。


 そして。


 フゥゥゥゥゥ


 ヤバンが、大きく煙を吐き出す。


「この部屋に煙が充満する前にその情報……言ってもらおうか?」


 ヤバンの目が怪しく光る。

 その光は果たして期待の眼差しか、それともこの後《《どう楽しもうか》》考えているのか分からない。

 しかし、前者の気がしたエデンはそれに萎縮せずに言った。


「実は俺、フロートダンジョンを攻略したかもしれないんだ」

「…は?」


 その一言に、ヤバン婆さんから間の抜けた様な声が漏れる。

 空間では、闇市特有の不気味な程の静寂が漂う。


「ハッハッハッ! 良い冗談だね? 結構面白かったよ! しかもそれを私に教えて何の得になるって言うんだい!?」


 ヤバンは大きく笑う。

 今まで見た事がない程笑っている。それもそうだろう。フロートダンジョンは既に攻略されているダンジョン。実力を試し、日銭を稼ぐだけのダンジョンであって、攻略しても、此処ではEランクの昇格が決まるぐらい。

 Gランク冒険者が攻略したとなれば少しは凄い事だろうがーーー話はここからだ。


 エデンは少し間を置いて言う。


「…言っとくけど、俺が攻略したのは本当の最奥だからな」

「……何?」


 ヤバン婆さんの眉間に、いつも以上の皺が寄る。


「本来ならダンジョンの最奥、20階層ではプラントドラゴンって言う魔物が出る筈だろ? そしてそれを倒して5枚の大金貨を手に入れる…。それを俺は1階層から、一気にダンジョンの最奥まで転移したんだ」


 本当にダンジョンの最奥なのかは確証はないが、昔組んだパーティーから聞いた最奥の話とは確実に違った。


「……ほぅ?」

「そこは20階層じゃなかった」

「……詳しく聞かせな」

「これを言ったらさっきのドレスの奴の事教えてくれるんだよな?」


 エデンは冷静に問い掛ける。

 これで何の事だなんて言われたら、最悪だからな。確約が欲しい。


「情報によっては割り増しで何かくれてやるよ…」

「……いや、此処で約束してくれ」

「…はぁ、分かったよ。約束する」


 数秒考えた結果、ヤバン婆さんはそう言い、機嫌悪そうに大きく煙を吐く。

 エデンはヤバンと上手く取引し、ある程度の事は省いてヤバンへダンジョンであった事を説明した。


 1階層で突然床が光って、変な声が聞こえた事。

 転移した先では小さな小屋があった事。

 本を手に取るとそこの主であろう声が聞こえて来た事。

 そこで寝て、起きた時にはダンジョンの外へ居た事。

 そしてダンジョンに入ると人型の獣が居た事をヤバンへと説明する。


「……それで最奥から持ってきた物は無いのかい?」

「それが持ってこようと思ったんだけど、起きた時にはダンジョンの外だったからな…」

「なるほど。それは確実ではないが…興味深い情報だね」


 持っていないとは言ってないがーーー。

 因みに果物ナイフの事、小袋の事は話していない。その他にも話された事はあったが、省いた。もし話したら、ヤバン婆さんの事だ。どうにかして自分の物にしかねない。話さない事が正解だろう。


「信じる、信じないかは婆さんに任せるよ」

「……まぁどちらにせよ、アンタには教えなきゃならないからね」

「あのドレスの奴は何処に居るんだ?」


 そう聞くと、ヤバンは大きく溜息を吐いた。


「……あの子は今、"沈黙の鐘"のアジトの地下にいるね」


 ヤバンは少し俯くと、すぐに顔を上げてそう言った。


「…よりによってあそこか」


 沈黙の鐘とは、『ディンバラ』で1、2位を争う裏組織の1つ。暗殺、窃盗、護衛と、戦闘に関する何でも屋。実力は冒険者並みにあると言う所だ。


「まぁね、あの子にも色々あるんだよ」


 ヤバンは何か分かっているかの様に話す。

 何が事情があるのか分からないが、今は俺の小袋を早く返して欲しい。しかし、沈黙の鐘のアジトなると、少し話は変わって来る。


(流石にあそこに1人で乗り込むのは…でも、とりあえずは…)


 エデンは少し笑って言う。


「まぁ、それは分かったけど…それだけか?」

「? アンタの聞きたい事は居場所だけだろ?」

「その事じゃない。割り増しで俺に何かくれるんだろ?」

「ちっ、忘れてなかったかい」


 ヤバンは面白くなさそうに、舌打ちをすると「そこで待ってな」と言い、上へと行った。


 そして数分後。


「ほら」

「…何だこれ?」


 ヤバンから渡された物は小さなガラスの瓶に入った青い液体。


「ポーションさ」

「これが?」


 ポーション。

 それは冒険者の中でも一握りの上位の冒険者しか買えない代物。それを飲むと、数十秒で自分の傷を癒やすと言われており、値段にして最低でも大金貨10枚はかたいと言われている。

 今のエデンにとってこれは、1番必要な物と言わざるを得なかった。


(ご飯を食べたと言っても傷が治る訳でもないしな…)


 ダンジョンの最奥で食事を終わらせとはいえ、ロランやスライムにやられた傷が癒えた訳ではない。増してや腹が減った状態で攻撃を受けた身体は、エデンの身体にとてつもないダメージを与えていた。


「しかも最高級の物だよ」

「ふーん」


 エデンは興味なさげに空返事をする。

 その後傷を治す為にと、一息にポーションを飲み込む。


 ドクン


「うっ…」


 その瞬間、少しの倦怠感と動悸。

 自分の身体の中の全てが掻き混ぜられる様なそんな感覚に、エデンはうめき声を上げる。


 そして数秒後。


「…凄い」

「最高級の物は過去に出来たのも治すからね」


 身体の隅から隅までの傷跡がなくなっていた。


「その他にも色々効果はある筈だよ。あぁ、後これもーーー」

「これは?」

「持っとけば損はないよ」


 それに続けてヤバンは、手に収まるぐらいの小さな木箱を渡す。

 いつもならこんな事まで言わないし、ヤバンが損はないと言うのだ。何か効果があるのだろうと考えたエデンは、前まで使っていた腰に付けている袋に入れる。


「そうか。それじゃ」


 エデンはそう言ってソファから立ち上がり、地下から地上への階段に向かった。




「アンタみたいなバカが本当に居るなんてね…」


 エデンを店の外で見送ったヤバンは、優しそうに少し口角を上げ、1人呟いた。

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