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第6話 フロートダンジョンの異常

 この世界の貨幣の説明。


 銭貨1枚=1ギル


 銅貨1枚=5ギル

 大銅貨1枚=10ギル

 

 銀貨1枚=100ギル

 大銀貨1枚=1000ギル

 

 金貨1枚=1万ギル

 大金貨1枚=10万ギル

「はぁ…」


 冒険者ギルドの早朝、受付カウンター。

 スイは大きく溜息を吐いていた。

 冒険者ギルドには毎日幾つもの依頼が訪れる。森で特定の植物の採取、特定の魔物の素材の回収以外にも、街での売り子の手伝い等がある。

 また今日も何人もの冒険者が訪れ、依頼を受注していくと考えれば、今からでも相当に憂鬱だった。


 しかもーー。


「スイちゃん、今夜ご飯なんてどう?」

「彼氏いないんだよな? 俺立候補したいんだけど」

「俺に毎朝ご飯を作って下さい!!」


 などと言った、何度も聞いたような口説き文句。

 冒険者なら早く依頼を受注して、行って欲しいわ…。

 スイは心の中で愚痴をこぼし、溜息を吐くと冒険者をいなして行く。


「そうですね、また今度」

「居ませんけど、私の理想はSランク冒険者の人と結婚すると決めてるのでごめんなさい」

「はい。此処は依頼の受注を受け付ける場所ですから、依頼を受けないのであれば退いてください」


 変わることのない鉄仮面の様な笑顔を見せて、どんどん捌く。

 何故この街の冒険者は、こんなにも不真面目なのか。此処に赴任し2ヶ月、依頼は溜まるばかりである。


 少しでも依頼をやる様に促すとーーー。


「あぁ!? うるせぇな!!」

「仕事しろ、仕事」


 等、態度を急変させて怒鳴り叫んでくる。そんな事をしないで居て、お金は何処から出て来るのだろうとか時々思うが、自分はギルド職員。冒険者に無理矢理依頼をさせる事や、無闇に相手の情報を聞き出す事は禁じられている。

 ーーーまぁ、緊急事態となれば別だが。



 そんな時。



 バンッ


「大変だ!! フロートダンジョンの出現する魔物の種類が変わった!!」


 扉が強く開かれ、1人の大男がギルドへ入ってくる。背中には最近ギルドで問題視されているFランク冒険者のロランさんと、ロランさんが怪我をしているのか、魔法を使って治療を行なっているユーナさん。


「あぁん? あのダンジョンの魔物の種類が変わった? 嘘つけ。あそこはダンジョンが出来てから20年、そして攻略されてから10年、合計して30年、そんな異常事態起こった事ねぇよ」


 そしてこのギルドでも古株の熟練冒険者がそれを返し、他の皆んなは気にも留めていない様だった。

 ギルドの資料でも、そんな事が起きた事はない。

 ダンジョンには多くの謎があるから、1冒険者の言う事を全部信用は出来ないけど…聞く価値はある。

 スイは急いでギルドの入り口へと向かう。


「今の話! 聞かせてもらってもいいですか?」

「え、えぇ。で、でもその前に…」

「はい。ギルド専属の治療員にロランさんを治療して貰いましょう」


 ロランさんを治療員に頼み、2人をカウンターの奥の部屋へと案内する。

 そして中央にあるソファへと座らせる。


「それで、先程のお話を伺っても宜しいですか?」

「あぁ…それがーーー」


 2人が、ダンジョンで起きた事、魔物の種類、状況等を説明する。


「…なるほど」


 スイは頷く。

 人型の獣、鋭い牙に爪…恐らくEランクの魔物ワーウルフ。フロートダンジョンは元々植物系の魔物しか出ないし、魔物が出たとしてもFランクの魔物しか出ない筈。


 異常だ。


「それで、その魔物から全力で逃げてきたと…」

「「は、はい」」


 2人が吃りながら頷く。

 少し怪しいですが…言ってる事は概ね合っていそうな気がしたスイは、それをスルーして報告書にまとめる。


「…分かりました。ご報告ありがとうございます。これはギルドで改めて調査させていただきます」


 お辞儀をして、話を終わらせようとすると。


「おい、ちょっと待て」

「ロランさん? お怪我は…」


 部屋の扉を開けて、胸を押さえながら入って来たのは痛そうにしているロランさん。

 ロランさんが豪快にユーナさんの隣へと座ると…。


「そんな事よりも、だ」

「はい?」


 ロランさんがニヤリと笑う。


「情報料はねぇのかよ? こちとら命懸けで帰還して、何の犠牲もなく情報を持って来たんだぜ? それなりの見返りがあるだろ?」


 前のめりになり、迫る。


 だけど…。


「……はい。こちらになります」

「…は?」


 間に置かれた机の上に出したのは、3つの銅色の貨幣。


「おい…銅貨3枚って…たったの15ギルか?」

「はい」

「おい!! ふざけんじゃねぇぞ!! 情報料がこれだけな訳ねぇだろ!! こっちは命落とす所だったんだぞ!!」

「そ、そうだ! 割に合わない!! 俺がどんなに頑張ったんだと思ってるんだ!? しかも…」

「そ、そうよ!! もっと貰っても良い筈でしょ!?」


 3人から不満の声が上がる。

 しかし、仕方がなかった。


「…この冒険者ギルドでは、何か新しい情報が入ったとしても1人1銅貨、5ギルが決まりです」


 此処のギルドは異常だ。

 他のギルドでは、情報によれば最低でも大金貨何十枚もあり得る。

 普通、この情報なら1人金貨3枚は硬いだろう。しかし、このギルドの決まりでは何の情報でも銅貨1枚。あり得ない。


「はぁ!? ふざけてんじゃ

「すみませーん!」


 ロランが叫ぼうとした瞬間、受付カウンターから声が聞こえた。

 それを聞いた3人は突然動きを止めた。




 *


 ダンジョンの異常、ロラン達に囮にさせられた事の報告の為、冒険者ギルドに来ると、いつも通り周りが酒盛りをしている。受付カウンターには誰も座っていない。

 スイさんはサボる事はない。つまり今はギルド職員が裏でサボっている時。珍しくはない。

 エデンは大きく口を開く。


「すみませーん!」

 

 少し大きめな声で叫ぶ。

 スイさんの時は、来ても丁寧に接してくれるが、他のギルド職員となると別で、雑に扱われる為憂鬱な気持ちになる。


「はーい!」


 聞いた事がある声にエデンは片眉を上げる。

 カウンター奥から出て来たのは、少し髪がボサボサなスイさんだった。


「スイさん? サボりですか?」

「第一声がそれ?」


 と、呆れた声で返事をするスイさん。

 だって珍しかったんだからしょうがない。


「…それよりもエデン君…なんかいつもより顔色良いね」


 額がくっつくぐらい顔を近づけるスイさんは、ジロジロと見て来る。

 スイさんが近づいた所為か、良い匂いが鼻腔をくすぐる。


「…近いよ」

「あぁ! ごめんなさい! そうだ! エデン君は何の用で此処に来たの?」

「実はダンジョンで

「おい!!」


 そこで受付カウンターの奥から1人の男がエデンの言葉を遮り、出て来る。


「ロラン!!」


 そこから出て来たのは包帯を巻いたロラン。その背後にはユーナと大盾の大男が居た。

 ロランは覚束ない足取りで近づき、エデンと肩を組む。


「お荷物〜!! ちょっとお前来いよ〜!!」

「あぁ? 行く訳…って! おい!!くそっ! 離せっ!!」


 肩がとても強く握られ、解こうとするが逃げられない。

 ロランを殴ろうと拳を握るが、大男にその腕を掴まれる。


「すみません。情報はこれだけなんで、失礼します」


 大男がスイさんに軽く頭を下げる。ユーナも同様だ。

 3人に囲まれたエデンは抵抗虚しく、ギルドの外へと連れて行かれる。

 周りもいつも通りニヤニヤ見ているだけ。


「エデン君…」


 それを背後から見るスイも、強く握り拳を作るが、何も行動に起こす事はなかった。




 ドサッ


 冒険者ギルドから10分ぐらい離れた、奥まった路地裏。

 エデンはロランに突き飛ばされた。


「何すんだよ!?」

「なぁ、お荷物。お前もしかしてダンジョンの事言わねぇよな?」


 ロランが今までに見た事がない様な笑顔をエデンに見せる。


(うっ…なるほどな…)


 少し気持ち悪がりながらも、エデンは少し納得する。

 ダンジョンで起こった事をギルドに話せば、どう考えても冒険者ギルドでロラン達にとって不利益な噂が出る。冒険者と言えど、囮にするのがバレれば印象は大分悪くなる筈だ。

 ロラン達にとって、この事を言われたくないのだ。


「……言わねぇよ」


 そう言った。


 しかし。


「…そうか」


 ブンッ


 顔面スレスレを鋭い刃が通過する。その一撃に背中がぞくりと冷たい物が走り、エデンは急いで果物ナイフを抜く。


「っ!!? おいっ!!」


 下卑た笑みで剣を抜きながら此方を見るロラン。それにロランの背後で道を塞ぐ様に立つ、ユーナと大盾の大男。


「はぁ…残念だよ俺は…」

「…何がだよ」

「何が? 何がってか…」


 ロランが俯く。

 そして勢いよく顔を上げる。

 その顔は満面の笑みだ。


「お前をもう殴れねぇ事だよっ!!!」


 それを言うと同時に、頭上からロランの剣が振り下ろされる。

 エデンは1度身体を強ばらせ固まる。


 しかし。


(…また、だ)


 ぱらっ…


 頭の中であの本が開かれる。



 逃げる場合は一歩足を後ずらせる。上体を逸らすだけでは躱した後、逃亡の際に支障をきたす。

 反撃する場合は左右どちらかに、自分の身体を回転させる様に避け、相手の隙を突く。なるべく剣先は下げない。いつ何時、予想外の攻撃が来るか分からないから…。



(ははっ…逃げる…訳ねぇだろっ!!)



 エデンはロランの剣に沿う様、右に身体を回転させる様にして、ロランの懐に入る。


 そして。


 ドスッ


「かはっ…」

「っ…」


 エデンは苦悶な表情を浮かべながら、ロランの腹に果物ナイフを突き刺す。果物ナイフはいつも使っている物よりも滑らかに身体を突けた気がした。

 すると上から水が出る様な音が鳴り、背中に温かい物が流れる。


「て、てめぇ…!」


 忌々しく、呪い殺しでもしそうな声でロランの声が聞こえる。離そうと強く身体を押されるが、此処で離れたらダメだと死ぬ気で喰らいつく。


 ふっ


 そして急にロランの力が抜かれる。

 果物ナイフをロランの腹から抜いて、背後にいる2人に向かい立つ。


「やるならやるぞ…」


 強く生きるんだ。

 エデンは腰を低く、油断を見せずに血塗れの果物ナイフを構える。


「ちっ、俺は下りるぞ!」

「ちょ、ちょっと!!?」


 2人は逃げて行った。

 今日パーティーに加入した男は兎も角、ロランの恋人であったユーナは、倒れたロランに何も目も暮れずに逃げて行った。


(薄情な奴だ…)


 エデンは早く此処から離れようと動く。


「……くそっ、肩が」


 ロランの攻撃を避ける際に受けた、右肩の切り傷を抑えながら…。


 エデンは冒険者ギルドとは反対方向に、手から血を流しながら走った。

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