第4話 人の絵
エデンは首を傾ける。
しかし、ろーど? のその後に続く言葉が聞こえない。
「何も無いなら貰っておくか…俺が持ってた果物ナイフは失くしたし」
少し柄は出るが、仕方がない。
武器がないよりマシだと、エデンは腰に付けてある路地裏で拾ったナイフホルダーもどきに、果物ナイフをしまう。
(後何かあったっけ…)
そしてふと、声の主の言っていたある部分を思い出す。
「……故郷から1番近いこのダンジョンには…人の捌き方を残した」
エデンは思わず復唱した。
この一言から、ある事が分かる。
1つ目、この人の故郷が此処から近い事。
2つ目、人の捌き方と言う意味の分からない物を此処に残していると言う事。
3つ目、このダンジョンには、と言う何処か他のダンジョンにも何かを残している様な言い方をしている事。
(てか、今の俺何か冴えてるかも!)
十分な食事をした為だろうか、エデンの思考はクリアになっていた。
(この果物ナイフが人の捌き方? なら、そうハッキリ言う筈だ。この果物ナイフと袋以外にもまだ何かある!)
エデンは爛々と辺りを探し始める。
するとまた他のテーブルの上に本を発見する。
「…よし!」
気合を入れて本に触る。
すると。
[最奥に来られた勇気ある捌き者よ。人の体の捌き方を此処に記す。これは剣術であり、剣術ではあらず]
「…人の体? 剣術?」
記すって事はこの本に何か書いてあると予想したが、どうせ何も読めないだろうと少し呆れながら本を開く。
「………何だ? 人の絵?」
文字は皆無。
本には精緻に人物の動きが描かれていた。
「戦っている…?」
両ページには、人が向かい合った様な物が描かれていた。それに加えて、2人は拳を構えて、まるで臨戦体制。そう見えてしょうがない。
だが、これが何だと言うのか。
エデンは本をもう少し捲る。
すると、今度は剣を持つ人間が描かれていた。最後までページを捲って行く途中で、最低でも1人剣を持っており、持っていない者と向かい合っている物もあった。
結局は…。
「今は何とも言えないな…」
それもそうだろう。精緻と言っても顔の凹凸もないのっぺらぼうの絵を見て、何を思うと言うのか。
声の発する本は持って行って調べてみよう。そう思ったエデンは、小屋の中、外の畑の所に、他にも本がないか隈無く探す。
しかし、声の出る本は最初に触れた本と今持っている本のみだった。
「んー…これだけか。まぁ、これだけあれば良い収穫だよな」
手に入れたのはこげ茶の小袋と、本3冊。
「そろそろ出ても良いか…って、あれ? そう言えばどうやって此処から出るんだ?」
エデンの言葉が少し途切れ、此処から出ない方法が見つかってない事に気づく。元々此処にきたのはそう言う事を調べる為だったのに、色々な事があって忘れていた。
「でも…此処にそう言うのは見つからなかったし…」
頭を悩めるが、最優先は此処から出る事ではない。
(1人で強く生きて行く事)
顔から来る痛みが、あの時の事を思い出させる。あの時の悔しさ、屈辱感がエデンを奮い立たせる。
(と言っても、此処で強くなれるのかと言われたら別だよな…)
肩を落とす。
だが、此処に居ても畑の食料もあるし、寝床もある。1人で生きて行く事は出来る。
「……一先ずは寝てから考えるか」
本を持ったは良いが、戻り方が分からないエデンは、小袋は腰に付け、本を近くの机に置いて小屋の中にあるベッドに横たわった。
エデンが就寝し、数時間後。
[ーーー完了しました]
「スキル【記憶】が付与されました」
[今まで見た物や体験した事、これから見る物や体験する事、全てを鮮明に思い出す事が出来る様になります]
[【捌き剣術】7級へとなりました]
その後、地面から転移時の様に見せた強い光が辺りをを照らした。
それは突然だった。
ドガッ
「ぐふっ!!」
顔に大きな衝撃が訪れ、エデンは目を覚ます。
顔を抑えながら起き上がると、そこには3人の人影。
「おいおい!? お荷物〜! こんな所で何やってやがんだ〜?」
ロランがニヤニヤと踏ん反り返りながら、此方を見下ろしていた。
後ろにはそれを面白そうに見ているユーナと、大盾を持った頭から爪先までフルメイルの大男。
「な、何でお前がこんな所に居るんだ!!」
咄嗟にエデンは叫んだ。
「はぁ? そりゃあダンジョン攻略に来たからに決まってんだろ? お前の代わりのメンバーを加えて此処を攻略するんだよ!」
後ろにいる大男が静かに礼をする。
ロランに言われ、冷静に辺りを見渡してみると、そこは小屋の中ではなくダンジョンの外。ダスド山の壁を背にしていた。
一瞬寝る前の事は夢だったのかと疑うが、腰にあるホルダーもどきに触れる。そしてそこに少し柄が長い果物ナイフが仕舞われており、あの時の事は夢ではないと表していた。
「それよりも俺の質問に答えろよ」
ロランはニヤニヤと答えを急かす。
今の様子からダンジョンに入って失敗したと思ってるんだろう。服にも昨日吐血した血がこびり付いている。盛大に此処でバカにして、ストレス発散に使う、容易に予想がついた。
何故ベッドで寝て、此処に居るのかは分からないが、コイツらに昨日あった事を正直に話すつもりは無い。
無言で立ち上がり、ロラン達の横を通り過ぎる。
「おい!」
ロランが視界の端で、自分の肩に手を伸ばしてきている。
(ヤバいっ!)
エデンは身体を強ばらせる。
す…
しかしその瞬間、昨日見た本の絵が頭をよぎる。そしてロランの手は虚しく空を切った。
「は?」
「え?」
ロランの苛立った声と、自分の口から自然に出た疑問の声が上がる。
(今、身体が勝手に…それに、そもそも肩に手を伸ばしてる何でって分かったんだ?)
エデンは、自分の身体を訝しげに見つめる。
「お前…今何しやがった!!」
「ぶっ!!?」
そんな時、ロランの拳がエデンの顔面を捉える。鼻から血が吹き出し、ロランが笑みをこぼす。
(何をコイツの前で油断してんだ、俺は!!)
「うらぁっ!!」
ロランに向かって拳を突き出すが、難なく避けられてカウンターを食らう。
そのロランから繰り出された攻撃は、エデンの膝を地面に着かせた。
「は、はっ!! やっぱさっきのは偶然かよ!!」
「ロラーン! そろそろ行きましょ〜!」
ユーナはロランに声を掛ける。
ロランは、エデンの跪いている姿を見て、少し機嫌良さそうに足を弾ませながら離れて行った。
「……さっきの何だ?」
エデンは呆然とする。
一瞬、一瞬だが、ロランの動きが分かった気がしたのだ。それ同時に頭にも、本に描かれた人の絵が思い浮かんだ。
「あんな鮮明に…」
動きが分かったのは偶々かもしれない。
だけど、何故あんな本のページが鮮明に思い浮かんだのか、不思議でしょうがなかったエデンは、改めて辺りを見渡し、本を調べようとした。
しかし。
「あれ? 本は…?」
周りを見渡しても、何も無い。
確かに寝る前、机の上に置いた。此処に来る上で、自分が触れている物しか持ってこれてなかったとしたら、それはそれでいい。
(だが、もし、ロランが持って行っていたとしたら?)
悪い予感が想像つく。
ロランがその本を見て読んでいたとしたら、もしかしたらダンジョンの最奥に行ったと気づかれるかもしれない。折角手に入れたのを物を盗まれるのは癪に触る。
エデンは眉を顰めながら立ち上がり、ロラン達の後を追った。