Snow-Line
西暦2055年、スカイ・カーが開発されてから5年の月日が流れようとしていた。一方で政府は累進課税を廃止したため、日本各地では格差社会が広がっていた。上流階級の家庭では最新のスカイ・カーが買えたが、下層階級の家庭では安い今まで通りの地面を走る普通の車しか買えなかった。
運送会社も例外ではなかった。西暦2054年12月、政府による事業仕分けにより除雪の予算が凍結になった。理由はスカイ・カーの普及による道路使用の減少と全家庭へのスカイ・カーを普及させるためだった。
「おはよう」
深野砂雪は母へ挨拶する。
「おはよう、さ、朝食いっぱい食べてね」
「はーい」
砂雪は朝食を食べ始める。すると、父と母が会話を始めた。
「それで、あなた、今日はどうするの?」
「反対活動もしなくてはいけないだろうが、しかし、このままでは仕事が出来なくて取引先にも悪い。それにスカイ・カーを導入した大手運送業者に仕事を持っていかれてしまうからな」
砂雪はそれを聞いて、悲しそうな顔をした。
「今日も田中さんにトラクターで除雪してもらわなければ」
父はそう呟いた。
「砂雪! おはよう!」
「おはよう」
親友の本条冬美が話しかけて来た。
「あれ? 今日は学校来ないの? 雪除けしてるけど」
「うん、まあね。もう反対活動する資金がないの。それに雪除けをしてくれる農家の方に毎回、全部頼るわけにはいかないから。たまには自分で除雪しなくちゃね」
砂雪は苦笑した。
「……」
砂雪は何か視線を感じた。しかし、気のせいかなと振り向かない。その視線の主は奥山則雪だ。彼は黙って、砂雪の方を見ていたのだった。
「あ!」
「どうしたの?」
砂雪は何か気付いた冬美に問う。
「見て! セントマリネス高校の生徒よ!」
冬美は指さす。
「それが何?」
砂雪はきょとんとする。
「制服、かわいいなぁと思って」
冬美は笑顔で答える。
「好きだねぇ」
砂雪は遠い目で言う。
「憧れるのは自由じゃん。それじゃね」
冬美は手を振る。
「いってらっしゃい」
――かわいい制服……かぁ。
砂雪は少し悲しそうな顔をした。
放課後
「よいしょっと!」
砂雪は一人で除雪していた。すると、セントマリネス高校の男子三人組が彼女へ話しかけて来た。
「おい、お前。もしかして、県立西高校?」
「え? はい、そうですけど」
砂雪はそう答える。
「へぇ。だったら、金出せよ」
――もしかして、この人たち。
「早くしろよ」
「持ってません!」
砂雪はきっぱりと断る。
「何立派に断ってんだよ!」
そのうちの男子一人が砂雪を突き飛ばす。
「いたっ!」
砂雪は後方の柵に背中を打ち付けた。
「さっさと金出せって言ってるだろうが!」
すると、則雪が砂雪の前に立ちはだかった。
「!」
「お前!」
その三人組は驚いた。そして。
「おい。こいつ、特進のA組の奴だ!」
「ちっ。邪魔しやがって!」
セントマリネス高校の男子たちは立ち去っていった。
「あっ、ありがとうございます」
「!」
砂雪は彼へお礼を言った。すると、則雪は砂雪の手を握る。そして、そのまま歩きだす。
「えっ!? えっ!?」
砂雪は戸惑う。
「女性の一人歩きは危険だ」
彼はそう一言、言っただけだった。
――そっか。
砂雪は顔を赤くした。
――この人、セントマリネスの人か。私、名前も知らないなんて。
――どうしよう。お礼何がいいかな。
「家、ここだろ?」
則雪は立ち止まる。
「あ……、はい」
「それじゃ。これからは、気をつけろよ」
則雪はそう言う。
「あ、あの!」
「?」
砂雪の声に彼は振り返る。
「ありがとう!」
「あぁ。じゃあな」
則雪は去っていった。
「行っちゃった」
砂雪は彼の後ろ姿を見ていた。
次の日
「おはよう!」
「あれ? 機嫌いいじゃん?」
冬美は嬉しそうに挨拶をする砂雪にそう聞く。
「秘密」
砂雪は黙秘を行使する。
「え!」
冬美は少し、ショックを受ける。
「いいじゃん、別に」
「はいはい」
嬉しそうな砂雪に冬美も笑顔になった。
高等学校の教室
――早く放課後にならないかなぁ。
――いつもの除雪場所で、また会えるかな?
――あ、雪また降って来た……。
キーンコーンカーンコーン。高校のチャイムが鳴った。
「冬美、先に帰るね?」
砂雪はそう言うと、立ち上がる。
「え? そうなの?」
冬美はきょとんとする。
「うん。また除雪だよ?」
「がんばって!」
「ありがとう」
砂雪は手を振ると、走り出した。
校門前
――よし、今日はどれぐらい除雪しようかなぁ。
「おい」
「ん?」
後方からの声に砂雪は振り返る。
「あ! 昨日の勇者さん!」
砂雪は表情を明るくする。
「……勇者って、何?」
「助けてくれたから!」
砂雪は微笑む。
「あぁ、どういたしまして……」
則雪は顔を赤くした。
「あのぉ……」
「?」
「一緒に帰ろ?」
砂雪はそう言う。
「あ、あぁ、いいよ」
則雪は承諾してくれた。
「ねぇねぇ、知ってる?」
「?」
砂雪から話しかける。
「朝に張った水田の厚い氷に雪玉を投げるとね、鉄琴のような音がするんだよ」
「知ってる」
「ホント!?」
「俺の家、兼業農家だから。水田には興味あった」
「そっかぁ」
砂雪は笑顔になった。
「今日も家まで送ってくれてありがとう」
「あぁ」
砂雪の言葉に、則雪はそっけない。
「特進のAクラスなんですよね? 勉学頑張って下さい」
砂雪は頭を下げた。そして、ニコリと微笑むと家の中へ入って行った。
「それじゃあね。バイバイ!」
バタン。ドアが閉まった。
「俺は……そんなに偉く何かないんだ」
則雪はそう呟いた。
「キャー!」
銀行員たちが悲鳴を上げた。
銀行強盗だった。フルフェイスのヘルメットで、顔は見えない。そして、金を入れろと言わんばかりにバッグを女性に突き渡す。
女性銀行員は恐れながら、現金を入れた。ずっと、銃を突きつけられていたのだ。
砂雪は夕日の中、一人で除雪をしていた。
「ふぅ。今日は夕日がきれいだなぁ」
「……」
砂雪は顔を赤くする。
――あの人の名前、知りたいなぁ。
――何であの時、聞かなかったんだろ。
「おい」
「?」
砂雪はその声に振り返る。
「これ」
則雪はカバンを砂雪に差し出した。
「え!?」
「お前にやる」
「で、でも……」
則雪は砂雪にカバンを握らせた。
「チャリティーで集めた」
「えっ!? 何を!?」
「お金だ。困ってるんだろ?」
「え」
「じゃあな」
則雪は走り去ろうとする。すると、砂雪は彼を呼び止める。
「ちょっと、待って!」
――今、聞かなきゃ!
「あなたの名前は!?」
砂雪は思い切って、名前を聞く。
「奥山則雪」
そして、彼は走り去った。
「奥山則雪君。って、言うのか……」
「ただいま」
砂雪は自宅に帰って来た。すると、母が出迎える。
「お帰り。あら? そのカバンどうしたの?」
母はそれに気が付いた。
「何か、男の子から貰った」
「あら、そうなの?」
砂雪はカバンを開けた。すると、中には大量の札束があった。
「こんなに!?」
「どうしたの!? 大金じゃない!?」
二人は驚いていた。すると、テレビからニュースの声が流れて来た。
《たった今、最新のニュースが入って来ました。今日、午後1時頃、銀行に強盗が入りました》
「あら、強盗? こわいわねぇ」
母は気付いていない。だから、能天気にそんなことを言っている。しかし、砂雪は違う。気付いてしまったのだ。彼が犯人だと。
――まさか!?
砂雪はカバンを持って、走り出す。
「砂雪! ちょっとどこへ行くの!」
砂雪は母の問いかけにも答えずに走っていった。
砂雪は最寄りの警察署へ駆け込んでいった。
「おぉっと、どうした!?」
刑事が話しかけて来た。
「あの! 今日の、今日の銀行強盗事件についてなんですけど! 私、もしかしたら犯人かもしれない男の子から、このカバン貰ったんです!」
砂雪は息を切らしながら、話した。
「はい。そのことについては、容疑者から、聞いております。奪った札束をカバンに入れて、除雪を強いられている運送業のご令嬢に渡したと」
刑事は優しく、説明してくれた。
「それじゃ、この大金は……この事件の、ですか?」
「はい。そうなりますので、あなたにも事情聴取をお願いしたいのですが。いいですか?」
「はい。わかりました」
取り調べ室
「彼女が美しく見えたんだ」
則雪はそう話す。
「それってあの子にホレてたってこと?」
「バカ! それじゃ、直接すぎんだろ!」
「で、そうだったのか?」
刑事たちはそう話す。
「分かりません。ただ、ひたむきに生きている彼女が美しく見えたんです」
則雪は俯いていた。
「……」
刑事たちは黙って聞いていた。
「彼女のような人たちが弾圧されているのが嫌だったんです。だから、犯行に及びました」
砂雪は他の刑事たちとマジックミラーからその様子を見ていた。
「彼を導かなくてはいけませんね」
砂雪の隣の刑事がそう呟いた。
「彼の中の正義を本当の正義にするために」
「……」
砂雪は黙っていた。
砂雪は警察署から出て来る。そして、舞い散る雪を見上げていた。
――どうか、あの人の為に今夜は消えないで。
それからスカイ・カーが100%普及したのは50年後の話だ。