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立太子

分かりにくいかもしれないので。改めて説明させてもらいます。


アントニオは、ルカルディオの異父弟です。父はランベルト元公爵(ファウスト先帝の弟)。ニヴェスリア元妃が、ファウスト先帝亡き後に生みました。が、この国では皇族は聖なる存在なので、再婚や婚外子など認められないことでした。よってアントニオは長く浮いた存在でした。


しかし後継者問題の解決の方策として養子縁組はありだったので、ルカとサーラの養子になり皇子となり得ました。

 さっそく翌日に、アントニオはルカの執務室に呼び出された。ルカは最奥の重厚な執務机の奥に座り、その前に立たされたアントニオは限りなく緊張感を漂わせていた。


 実は、アントニオがこの部屋への入室を許可されたのは初めてだ。将来は自分が使うことになるとも知れず、落ち着きなく瞬きを繰り返していた。


 私はルカの横にクッションの効いた立派な安楽椅子を置いてもらい、お腹を冷やさないようにとブランケットまでしっかりかけられて座っている。まだ妊娠のことをアントニオに伝えていないが、勘のいい彼には察せられそうではある。


「アントニオ、お前にそろそろ引導を渡すときが来た」


 ルカが妙な言い方をするので、アントニオは翡翠の瞳を見開き、真っ白な白眼の部分までも披露した。


「……私は田舎に追放ですか」

「追放だと? なぜそう思う」

「私は後継者争いの火種となる存在ですから」

「わかっているなら大人しく命令を受けろ。私の権限によりお前を皇位継承権第一位と認め、皇太子とする。立太子の式は来月だ。心得ておけ」

「……え?」


 アントニオは顔を青ざめさせたまま、口を半開きにした。


 ルカとアントニオの会話はいつもすれ違い気味だが、今のはなかなか酷かった。どうも、ルカはアントニオに深い愛情を持っているが故に、厳しくしなければと思っているらしい。それはルカ自身の幼帝時代の苦労があってのことだから私は何も言えない。


「気楽な皇子生活は終わりだ。皇太子となれば、周囲の期待の眼差しはより一層厳しくなる。人並みでは愚者とみなされ、人より遥かに秀でてやっと普通となるのだ。私もお前も、聖顕の瞳があることによって地位は磐石だ。だが、飾りであってはならぬ。物事を公平に見極め、万策を持ってことに当たれ。わかったら口を閉めろ」


 慌ててアントニオは口に手を当て、手動で閉めた。けれどすぐに私に視線を向け、迷ったようにもごもごとする。


「サーラは本当にそれでいいのですか? いずれ、気が変わることもあるかと思います。決定するのはそれからでも遅くないのでは?」


 昨日のルカとほとんど同じことを言うので、やっぱり同じ母親の兄弟だなと私はおかしくなって少し笑った。


「大丈夫だから、心配しないで。私と陛下でよく話し合ったから」

「……はい」


 私は椅子の肘掛けに両手を置き、できるだけ威厳を出そうとする。アントニオは純真な瞳で私を見つめた。


「アントニオは私を母親と思えないかもしれないけど、私はかわいい息子だと思ってる。あのね、私も陛下も、実は幼い頃の夢が叶わなかったの。だから、アントニオは夢を叶えてくれたらと思ってる。アントニオは、今も皇帝になりたいんでしょう?」


 皇帝になりたいならなってもいいよなんて、とんだ甘やかしかもしれない。人に聞かれたら誤解を招きそうな話だけど、アントニオは毎日厳しい勉強を続けて努力しているし、また皇帝の座に絶対必要な『聖顕の瞳』という呪いを弾く能力があるので、その資格は十分にある。


 アントニオは、眉の辺りに力を入れた。


「はい。私は皇帝になることこそが最高の誉れだと……彼らに教えられて育ち、盲目的に目標としていました。彼らが亡くなった今も、もしその座に就く幸運があればと望んでいます。彼らの罪を償い、汚名をそそぐ唯一の手段だからです」


 彼ら、とアントニオは両親を呼ぶ。先帝陛下を謀殺し、反乱を起こしたニヴェスリア元妃とランベルト元公爵の名は、そう気軽に口にできるものではなかった。


「アントニオ、いつまでも後ろ向きな考えをするものではない。お前には何の罪もないからここにいるんだ」


 ルカが、やや苦々しくそう言った。私も同意だ。それに、ディランドラ教の教えにより子どもは未熟なのが当然で、教え導く存在であるという考えが根付いている。だからアントニオに何らかの責任を負わせようと声高に叫ぶ恥知らずはいない。陰ではいるかもしれないが。


 なお皇太子の指名には元老院の許可がいるが、基本的には立案即可決らしい。元老院は、皇帝を何らかの罪により弾劾をして引きずり下ろすことは出来るが、皇太子については特に権利を持たない。


「アントニオは、新しい時代を作れば良い。そのための整地は私がしておこう」


 よく通る声で、決然とルカは告げた。


「あ、ありがとうございます」


 アントニオは顔を紅潮させ、喉も詰まったように声を掠れさせた。ふっとルカが笑いかけ、優しい眼差しを向ける。


「しかし、まだ皇太子だからな。皇帝の座はまだまだ遠い。それまでによく学び、自身を鍛えておけ」

「はい」

「お前には期待している」

「はい!」


 きらきらと瞳を輝かせるアントニオには、私も胸の奥が熱くなった。ひっそりと、まだまだこんな風に子どもでいて欲しいと思ってしまう。



 アントニオが退室すると、外で控えていた侍従のミロが喜びはしゃぐ声が聞こえた。仕える皇子が皇太子になるというのだから、それは嬉しいだろう。ミロとアントニオは研鑽し合える良い仲になっていた。



「……アントニオは、良い兄になってくれそうだな」


 ルカが私のお腹を見て小さく呟く。気が早すぎるけど、私も想像した。妹か弟を抱っこしているアントニオ。とても美しい絵だ。


「そうですね」

「男の子か女の子かわからないが、間違いなくかわいいからな。サーラに似ているといいんだが」

「陛下に似ている方がいいですよ」


 超絶美形であるルカに似てる方が絶対にかわいい。それに、私に似た男の子だとサーシャになってしまう。だけど髪と瞳の色の組み合わせについて、ついつい話が盛り上がった。


「ゴホン」


 今まで気配を消して控えていたバレッタ卿がわざとらしい咳払いをした。


「そろそろ、仕事をして頂いてもよろしいですかな?」

「ああ、わかった。サーラはそこで寝ていてくれると助かる」

「働きますって……」


 ルカはとにかく私を甘やかそうとする。私は立ち上がり、自分の席へと戻った。出産に備えて政務の分担をまたやり直さなければならない。一部はルカに、一部は有能な侍女に任せるべく、少しぼんやりする頭をめぐらせた。



 ◆



 ルカを筆頭にみんなが支えてくれたおかげで、私は順調に妊婦生活を送った。一番心配するようなことはなく、眠いとかだるいとか、特定の匂いを受け付けないなどはあったものの期限のあることだから耐えられた。


 そして、アントニオはみんなに祝福されて皇太子になった。


 翌年の春、私は激しい痛みと共に出産のときを迎えた。

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