秋の夜長
その日の夜、私はベラノヴァ団長を紫水晶宮に呼び出した。また周囲に色々言われると嫌なのでサーシャに事情を話して協力してもらい、サーシャの部屋に集まる。
弟に頼るのは気が引けたけれど、サーシャは張り切ってハーブティーを淹れてくれた。
「フォレスティ家の美しい双子に囲まれるこんな素晴らしい夜が来るとは、夢のようです。それで、私にお話とは?」
何も知らないベラノヴァ団長は呑気に笑い、ソファに腰を下ろした。
「ほんの世間話なんですが……」
私は改めてベラノヴァ団長を客観的に観察する。ルカルディオ陛下に夢中過ぎてあまり意識してなかったが、団長はこうして見ると格好よかった。
褐色の肌に銀髪の容姿は、帝国で少数派なこともあって謎めいた魅力がある。それに顔立ちは華やかで、背がとても高くて逞しい。見栄えがする人だ。
ジータが一目惚れしただけのことはあるかもしれない。高い魔力の証、青い瞳とベラノヴァ侯爵家嫡男というおまけすらある。
ジータ以外の多くの女性をも惹き付けてきたと思われるが、ベラノヴァ団長自身はどんな令嬢も恋愛対象にならなかったらしい。
そうしてよりによってサーシャに惚れた。サーシャは全く相手にしなかったので、代用品のようによく似ている私にまで迫ってきた。私の方が女であって結婚出来るから、都合良かったんだろう。
まあそれも過去の話だ。最近のベラノヴァ団長はまともだし、ジータが泣くほど団長を好きだというなら何とかしてあげたい。
だけど、ジータ。本当にベラノヴァ団長でいいの?
私が言葉に詰まっている間に、団長は両腕を広げて自分の左右が空いているみたいなポーズを取ってふざけた。間違っても、天地が引っくり返っても、私とサーシャでベラノヴァ団長の両脇に寄り添って座ったりはしないのに。
私とサーシャは、低いテーブルを挟んで向かいのソファに座っていた。サーシャは今にも団長に噛みつきそうに威嚇する。
「ええと、団長、私的なことを聞いてよろしいですか?」
「どうぞ」
「最近お付き合いしてる方はいますか?」
横でサーシャがかくっと姿勢を崩す。
「サーラ何言っちゃってるの? バカなの?」
「うるさいわね、大事なことでしょう」
愉快そうにベラノヴァ団長が喉を鳴らす。
「なるほど、楽しいお喋りの場ですかここは?」
「そうです、世間話です」
「はは、いいですね。私はすっかり社交の場から身を引きましたから。お付き合いしてる方はいません。私は自主的に反省の日々を過ごしております。自身を鍛え、騎士団を指導し、サーラ様をお守りすることが私に課せられた使命と存じております」
明るく振る舞っていても、未だに過去の事件を悔やんでいるのかと私は驚いた。ジータは、そんな真摯な姿勢をどこかに感じ取ったのかもしれない。
「実は、ベラノヴァ団長に想いを寄せている、とても恥ずかしがり屋の乙女がいるのです。その件についてどう思われますか?」
「ほう」
ベラノヴァ団長は、ごく軽く相づちを打った。
「それはジータですか?」
「うそ?! ご存知でしたか?」
いきなり言い当てられて、私はのけ反りそうになる。ジータの日常のツンツンした態度で自分への好意を感じ取れるとは、ベラノヴァ団長は剣術も魔法も熟達しているのに、恋愛まで極めているの?
「いや……サーラ様の身近な女性の名前を順にあげていこうと思っただけですが、一人目で当たってしまいましたね、そうですか。てっきり嫌われているものかと思っていました」
「あ、そうですか」
気まずい沈黙が流れた。ベラノヴァ団長は自身の銀色の髪にちょっと触れる。
「ジータが私を。とても意外ですね」
「ええ、放っておいたらいつまでもそのままかと思って」
「でしょうね。私は全く意識していませんでした。勝手ながら、サーラ様に生意気な口を聞くジータを密かに説教したこともあるくらいです」
「初耳なんですが」
そういえばジータは、初期の頃はめちゃくちゃ勝ち気だったのにいつの間にか態度が和らいでいた。
「あくまで、サーラ様を第一にした説教です。私はいくらジータに嫌われようが構わないと思って接していたのですが、そんなジータが私を好きだと?疑って申し訳ないですが、本当ですか?」
落ち着きなくベラノヴァ団長は表情を変える。これは脈ありかもしれない。
「本当ですよ。今日なんて急に泣き出すから何事かと思ったら私に嫉妬してたみたいです」
「それは、サーラ様にご迷惑をおかけしました」
「いえ。ベラノヴァ団長の魅力を謝られても困ります」
ベラノヴァ団長は、私よりもっと困ったように笑った。自身の分厚い胸板に手を当てて首を傾げている。
「どうしました?」
「ジータは私の素の性格の悪いところを知っていますから、そんな女性に好意を寄せられて嬉しいようです。恥ずかしながら、初めての感情です」
「なるほど」
私から見ると、芽生えた恋心に戸惑っているというよりは健康不安を抱えている男性にしか見えないが、良い反応ではある。
やがて団長が意を決したように眉を寄せ、きりっと目力を込めて私を見る。
「サーラ様」
「はい」
「ジータに結婚を申し込もうと思います。許可を頂けますか?」
「気が早くないですか?」
「私も焦りたい年頃です」
焦っているとは知らなかったが、確かにベラノヴァ団長は33歳だ。運動を欠かさないので肌艶は良いが、妹君に文句を言われているのは目の当たりにしている。でもそんなに急に結婚を決めていいものなのか――
「私が許可するのではなく、ジータ本人とジータのお家の方が了承するお話なのでは?」
そのように私は責任逃れをした。ベラノヴァ団長が若干表情を渋くする。
「サーラ様。皇后となられる今後のために申しておきますが、臣下にこのような話を持ちかければ、誰も断れませんよ」
「……っ、私は無理に縁談を進めようとはしてません!」
ただ、ジータがベラノヴァ団長を望むなら、何とかしてあげたいと思っただけだ。でも、浮名を流しながらも結婚に至らないベラノヴァ団長に対して、失礼だったかもしれない。
自分を恥じる私を許すかのように、団長は優しい笑みを浮かべた。
「もちろん、私は存じております。むしろとても光栄に思っております。サーラ様が私を人として信用して、大切な侍女を任せようとしてくれているのですから」
「……」
さっき密かに不安に思ったけれど、私は口を引き締めて誤魔化した。
「サーラ様、私に新しい人生を与えて下さって本当にありがとうございます」
「だから気が早いですって」
団長が目を潤ませて重たい感謝の念をぶつけてくるので私はむしろ心配になった。ジータと必ず結婚できるとは限らない。しかしベラノヴァ団長は余裕そうに首を振る。
「どうぞ応援して下さい。それだけで十分です」
「……そう言われるとそうですね」
確かに、こうなったら私が後押しするべきだし、私がひとこと口利きしたらこの縁談はまとまる話だった。自分の立場にぞっとしたりもする。
「サーラ様のお側にいられたからこその縁です。私は、こう見えてベラノヴァ家の嫡男として、近衛騎士団団長として常に気を遣い、自身を演じて参りました。けれどサーラ様に関わるときだけは、既にみっともないところを知られているせいでしょうか。ありのままでいられたのです。そしてそんな私に好意を寄せてくれたジータが好ましい。私は、彼女の望む存在になりたいと思います」
ベラノヴァ団長は、柔らかな微笑みを浮かべた。
「ジータを大切にしてあげて下さいね。何かあったらすぐわかりますよ」
「はい。もちろんです」
私はベラノヴァ団長の決意表明を受け取った。ベラノヴァ団長のジータへの気持ちは、まだ愛じゃないかもしれない。でも美しい煌めきがある。
早速ジータの部屋に行って話がしたいというベラノヴァ団長だったので、部屋には私とサーシャだけになった。
「あれで良かったのかなあ?」
サーシャが冷めたハーブティーを飲みながら呟いた。




