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皇太后の策略

「陛下のせいだなんて、そんなこと絶対にありません。非があるのは呪いを仕掛けた人物です」


 自責の念に駆られていそうなルカルディオ陛下を励ましたくて、私は大きめな声で主張する。たった11歳で皇帝なんて座についた方だ。責任感は人の何倍もありそうだけど、そんなに何でも抱え込まなくてもいい。

 私の発言に、陛下は口元だけ笑みの形を作った。やんわりとした否定が読み取れる。


「誰かから聞いたかもしれないが、私と皇太后の間には、ひどい確執がある。皇太后は、私を亡きものにしようとしているんだ。だから、周囲だって何があるかわからん」


 吐き捨てるように、陛下は言った。私はバレッタ卿から少しだけ聞きかじっていたけれど、そこまでひどい話とは知らなかった。陛下はまた気分が悪くなってしまっているようだが無理もない。


「そして私が亡きあと、先帝の弟ランベルトが皇帝になり、その次はランベルトと皇太后の間に生まれた王子を皇帝にしようとしているんだ」


 私は野蛮な計画に息を呑んだ。

 皇太后陛下が、先帝亡き後に信じられない相手との間に王子をお生みになったとは聞いていたが、あまり表沙汰にはされない王子である。


 他人の私でも引いてしまうような話だ。陛下が女性嫌いになるのも仕方ないかもしれない。


「私は聖顕の瞳があるから、直接は呪いを仕掛けられない。だから周囲の人間に向かうのだろう。サーシャに迷惑をかけて本当にすまない」


 ルカルディオ陛下の組んだ手に力が入り、手の甲には青い血管が浮いてきた。


「陛下、私なら大丈夫ですから、どうか……」

「サーシャ?」


 陛下が、驚きの声をあげる。

 私は無意識に、陛下の手に触れていた。


「も、申し訳ありません!」


 自分でも驚いて、手を引っ込めた。考えるより先に手が出がちな、私の悪い癖だ。だってあんなに力を入れていたら、手を痛めてしまいそうだったし。でも陛下に対してあまりにも軽々しい行いだった。


「お慰めする方法がわからず、軽率な行動を取ってしまいました」

「いや、いい。気にするな。今は勤務時間外だ」


 陛下は今度は、顔全体で笑う。作り笑いじゃないみたいだけど、ほんのり赤みを帯びていた。相当驚いたのかもしれない。良く考えたら、男同士ではふつう手を握ったりしないのだろう。女同士なら、軽くはあるけど。


「……気持ちだけ受け取っておこう。だが、サーシャは何だか弱々しくてな、心配なのだ。本当に体調に問題はないのか?昼間も、肩が華奢すぎて心配になった」


 私の体を検分するように、陛下は鮮やかな緑色の瞳を細めた。そんなに見られると魔法が見破られそうで胸が苦しくなる。


「たちの悪い風邪をこじらせて痩せただけです。もう問題ありませんから」

「サーラ嬢もか?」

「ええ、うつしてしまったようで。ですが、いずれ治るでしょう」

「そうか……冷める前に飲んでくれ」


 陛下がカップを手に取るので、私も合わせる。私と陛下は、しばらく無言で青いミルクを楽しんだ。でも、陛下が横にいるこのときが過ぎてしまうのが勿体なくて、本当に少しずつしか飲めない。


「どうしたら、サーシャを守れるのだろうな」


 ぽつりとルカルディオ陛下が、自分に問うように呟いた。


「恐れ入りますが、逆です。私が陛下をお守りします。私は近衛騎士ですから」

「そんな体で?」


 目でカップを置くように示されたので、私はその通りにした。突然肩を掴まれる。


「えっ?」

「この肩はどうなってるんだ? 魔法か? 見た目と違いすぎないか?」


 決して強くはない力で、私はソファに押し倒された。抵抗するべきなのかわからない。というか混乱して何も力が入らない。ルカルディオ陛下の涼しげな顔が私を見下ろしている。この状態だとランプの光があまり陛下に当たらないけれど、元の造作が素晴らしいから、影の入り方すら名画のようだった。


「陛下……あの……」

「悪い魔法ではないようだが、あまり頼るのは良くない」

「申し訳ありません」


 魔法で見た目を誤魔化しているとこまで看破された。背中に汗を感じるが、いくら陛下でも、いい歳して性別の違う双子で入れ替わってるとまでは考えないようだ。


「こんな風に暴漢に襲われたらどうするんだ?」


 長い睫毛の影を動かして、陛下が真剣に聞いてきている。それは、対処法はお父様に習っている。基本的にはこんな状態にならないようにするのが最優先だけど、私の肩しか押さえていない陛下には、いくらでも手や足が出せる。拳で鳩尾を殴れるし、膝で胴体を挟んで半回転しながらソファから落ちれば、形勢逆転だ。


「やり方はありますが、陛下には出来ませんよ」

「だが、お前はかわいいから、その、今まで同僚に何かされなかったか?」

「はっ?」


 気がつけば陛下の耳が、こちらが照れてしまうくらいに赤い。


「サーシャは何かおかしい。制服の呪いだけでなく、魔法で見た目を誤魔化しているだけでなく、何か引っかかる。なぜだ?」

「わ、わかりません」


 私の心臓が暴れだしているのは、全部見破られそうだからなのか、夜着越しの陛下の手が熱いせいなのかわからなかった。


 だけど――どうして陛下の手がこんなに熱いのか、情熱的な眼差しなのか、考えたくない答えを心に浮かべてしまった。


 ルカルディオ陛下は、サーシャの姿がお好みなの?男の方が好き?


 今になって、ジルの意味ありげな微笑みと、『二人でごゆっくり』なんて捨て台詞を思い出す。


 (サーラ)を気にしてくれていたはずなのに、もうどうでもいいの? ドレスを着て泣いていたのがサーシャだったから? 確かにサーシャの方が、性格的にはおとなしいし守ってあげたい雰囲気があるけど。


 お腹の底から、モヤモヤとした黒い感情が沸き上がって、私は陛下の両方の肘の内側に、手刀を打ち込んだ。


「っ?!」


 陛下がびっくりして、微かな声を漏らす。関節の順当な方向に曲げてるだけなので痛くはないと思うが、私の肩にかかっていた手がほとんど外れた。その隙にソファの背もたれ側の陛下の腕、それから足を、私の体とソファを利用して固める。背筋を反らして陛下のバランスを崩させ、その隙にくるっと身を起こしながら、私と陛下の上下を入れ替えた。形勢逆転だ。


「……筋肉が少なくても、やりようはありますから」


 狭いソファで、我ながらよくやったと思う。ローテーブルのカップも無事なまま、私は陛下を見下ろした。


「くっ……ははは! 私にこんなことをするとは! サーシャはすごいな!」

「はっ!? 申し訳ありません!!」


 慌てて私は降りて、陛下の身を起こす。だけど陛下は笑いが止まらなくなったらしく、しばらくお腹を抱えていた。

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