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密談

 ミロをアントニオの侍従にしちゃおうという私の提案に、ルカルディオ陛下とベラノヴァ団長は軽く頷いた。


「え? 反対意見はないんですか?!」

「ないが」

「サーラ様と陛下の仰せに従うまでです」


 私の方が慌てて質問をするが、ふたりはむしろ冷静だった。自分で言ったことだけど、そんな簡単に人様の子供であるミロを拐うみたいしていい訳ない。


 陛下には、ミロとアントニオがケンカしたとも伝えているから曰くつきの相手だと知っている。


「あの、いきなり宮殿に上げちゃうのはやっぱり問題ありますよね? まずはアントニオのお友達からでもいいのですが……」

「いや、サーラの望みであるのなら、早急に手を打とう。ミロは、ココシーニ伯爵家の三男で爵位はどうせ継げぬから、皇子の第一の侍従となれば悪くない話だ。ココシーニはベラノヴァ家の傍系で、ベルトルドの甥でもあるが、良いな?」


 陛下は淡々と、ミロの身分を詳細に語る。さすが陛下、帝国の全貴族の家系図が頭に入っている。ベラノヴァ団長が微笑んだ。


「もちろんです陛下。私の甥が、名誉あるアントニオ皇子殿下の侍従に選ばれまして誠に喜悦の限りです。また、妹夫婦も同じ心持ちでありましょう」

「本当にいいんですか? 団長の前で言うのも何ですが、ベラノヴァ家門を重用しすぎとか、そういう問題はないんですか?!」


 ベルトルド・ベラノヴァ団長は近衛騎士団の団長だし、元老院で一番有力なのはベラノヴァ侯爵だという。しかも色々あって公爵家は二つ廃されたばかりだ。私は貴族の勢力争いはよく知らないが、こんなに片寄っていいのか疑問だった。


「問題ない。サーラは優しいな、私を気遣ってくれてるんだな」


 よしよしと陛下は私の前髪の辺り撫でた。髪型を崩さないよう配慮してくれてるが、明らかに子供扱いだ。


「本当にサーラ様ほどお優しい女性はいないでしょう。そして聡明でいらっしゃる。アントニオ殿下の教育と、ミロの今後を憂いて寛大な措置を取って下さったのですね?」


 私が遠回しの文句を考えている間に、ベラノヴァ団長の褒め殺し攻撃が放たれるので仕方なく向き直る。


「ええ、まあ。ミロは以前のアントニオと少し似てるように見受けられました。共に過ごせば、お互いに刺激しあえて良い方向に向かえるのではないかと」


 ミロは絶対に悩みや問題を抱えている。だけど今回の事件で、更に悪化しそうに思えた。アントニオは自分からミロに助言したようだし、できたらアントニオがミロを救って欲しい。


「ああ、初対面のミロにまで慈悲の手を差しのべて下さるサーラ様は、まさに国母となられるにふさわしい方です。私はまた尊敬の念を深く致しました」

「こ、国母はちょっと……」


 まだ結婚もしていない身でそれは荷が重い呼称だった。正直、私はそんなに母性本能はない。育児書とか、養護院のシスターとかの意見を参考にしているだけ。


「サーラが国母か。良い響きだが、少し気が早いぞベルトルド。結婚するのは来春だ」


 呆れている私の代わりに、陛下が頬を染めてベラノヴァ団長を窘めた。


「はっ、気が逸ってしまいました」


 陛下とベラノヴァ団長は高らかな笑い声をあげて何だか盛り上がっている。


「では、いいのですね? ミロをアントニオの侍従として」


 気を取り直し、軽く咳払いをした。アントニオだけは反対するだろうが、あとで何とか説き伏せよう。


「無論だ。これからもサーラの望みがあれば何でも言ってくれ。何でも叶えよう」


 陛下はきれいな笑顔で力強くそう言った。あまりに確信を持ってるようなので、つい聞いてみたくなる。


「もしかして、私がどんなワガママを言っても叶えてくれるんですか?」

「当たり前だ。なぜならサーラがいなければ私の世界に朝日は昇らないのだから」

「まあ……」


 比喩的でよくわからないけど、陛下にぎゅっと抱き締められて、嬉しさとほんの少しの恐ろしさを感じた。本気だこれ。政治のことに軽々しく口出しして、全肯定されたら大変なことになりそう。


「邪魔をして申し訳ありません、陛下、サーラ様。ミロについてひとつ、申し上げておきたいことがございます」


 抱き合う私と陛下に、ベラノヴァ団長が低い声をかける。


「何だ?」

「ミロについてというか、ベラノヴァ家の秘密でしょうか。慈悲深いサーラ様と陛下の恩義に報いる為、私の独断で申し上げます」


 やけに勿体ぶったベラノヴァ団長に、私と陛下は姿勢を正して次を待った。


「ベラノヴァ家は古くから、独自の魔法研究を行っております。その魔法で以て当主を助け、ベラノヴァ家の地位を確立して参りました。他者を蹴落とす魔法を持つのも能力のうちというのがベラノヴァ家の信条です。よって、呪いに近い魔法も研究しております。この点はサーラ様もご存知でしょう」

「え?そのほんの末端だけですが……」


 ベラノヴァ団長に視線を向けられ、私は乾いた笑いを浮かべた。ベラノヴァ邸の地下は確かにめちゃくちゃ怪しかった。


「ミロがベラノヴァ家の知識を基礎に若くして発現させた魔法は、自動で動く人形です」

「なるほど」


 すうっと部屋の温度が下がった気がした。冷淡な笑みを浮かべる陛下は、皇帝の顔になっていた。


「子供のおもちゃではない代物なんだな?」

「はい、陛下。自動人形は、兵器にも暗殺にも使える可能性はありますが、陛下に逆らう気は微塵もございません。呪いを知る者こそ呪いを恐れます。私たちは呪いを弾く陛下のお膝元で、他者を蹴落とし、甘い汁を吸う家来でありたいのです」


 ベラノヴァ団長は、前から思ってたけど卑怯さを隠さない人だ。正々堂々と卑怯――なんて矛盾した性質を持っている。味方だとありがたいけど、敵には回したくない。


「私は傀儡にはならぬが、自動人形の件は、いずれ正式な報告を待つ」

「かしこまりました。では、秘密を漏洩させたミロは今頃きつく怒られているでしょう。私は急ぎ妹夫婦の家に行って参ります」


 機敏な動作で扉に向かったベラノヴァ団長だが、ドアノブに手をかけたところで振り返った。


「差し出がましいようですが、もうひとつ。アントニオ殿下の聖顕の瞳の能力は、亡き御母堂によって、陛下以上に鍛えられているようです」

「そうなのか?」

「アントニオ殿下に看破されないよう、ミロはここ数日は呪いは扱っていなかったそうです。であるのに、まるで過去の映像を見るかのようにアントニオ殿下は証言なさいました」

「可哀想にな」


 端正な眉を寄せ、陛下が呟いた。


「私はそちらには詳しくありませんが、いずれにせよミロを迎え入れ、アントニオ殿下と共に過ごすお考えは素晴らしいことと存じます。サーラ様のご慧眼には屈服の限りです」


 一礼ののち、ベラノヴァ団長は退室した。陛下が扉の方を見つめたまま、まいったなと呟く。


「何にお困りですか?」

「ベルトルドは、儀礼は尽くすがあまり心を開かない男だと思っていた。しかしサーラには本当に心酔しているし、更に深くなった。忠義心だけならいいんだが」

「それだけですよ! というか、ベラノヴァ団長は私にもいつも、小難しい言い回しで煙に巻くみたいな態度ですから!」


 ベラノヴァ団長との間には、陛下に言えない秘密がいくつかあるので私は焦った。取り繕うこともできず、じっと覗き込まれる。


「サーラは疑っていない。ただ懸想する男に嫉妬してるだけだ。我ながら心が狭いな」


 苦笑した陛下は、おもむろに椅子から立ち上がった。


「アントニオとふたりで話をしてくる」

「聖顕の瞳の能力についてですか?」

「ああ、互いに話して面白い話題ではないが、避けてばかりもいられない」


 思ったよりも難しい話になったが、私は別の近衛騎士に送られてようやく紫水晶宮に帰った。

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