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ドレス

 まあいいかと私はベラノヴァ団長と共に、応接室に入る。待ちかねていた様子の仕立て師と針子、宝飾師らが私を見て明らかに戸惑った。私が近衛騎士の制服を着ていて、髪も短いからだろう。


 女には見えると思うが、彼らは明らかに私の後ろにドレス姿の女性が続かないかと探している。しかし続くのは逞しいベラノヴァ団長のみで、彼は無情に扉を閉めた。


「初めまして、サーラ・フォレスティです」


 私は笑って、騎士の礼をした。ドレスではないので膝を折ったりはしない。彼らは、これがルカルディオ皇帝陛下の婚約者かと口をぱくぱくさせた。予測していた反応だ。


「こ、これはこれは、大変麗しいお姿でいらっしゃいますね。陛下の心を射止めたのも納得でございます。私は仕立て師のトスカーニです」


 30代後半とおぼしきトスカーニは、くるくるとした髪を肩まで伸ばした男性だった。背後に美人な針子を3人連れている。針子は生きたマネキン的な役割もこなすのでそれぞれ意匠が異なる、派手なドレスを着ていた。


「宝飾師のカンパーニです。サーラ様はお髪が短いようですが、黒く艶やかでいらっしゃいます。きっとどんなティアラも似合うでしょう」


 片眼鏡を着けたカンパーニは、50代くらいで真っ白な髪と口髭が印象的だった。


「ええ、自分の髪で作ったカツラがありますからご心配なく」

「そうですね。ただ、日取りは大体1年後と聞いております。それまでは伸ばして頂くようお願い申し上げます」


 カンパーニは私の頭頂部を凝視して、色々とイメージを膨らませているようだった。あまり動じない、職人らしい人だと私は思った。


「サーラ様、それではわたくしたちで、お身体を計測させて頂いてよろしいでしょうか?」


 3人の美人針子たちが部屋の隅に置かれたつづら折りの衝立(ついたて)を広げて私を招く。さっきから目についていたけど、この部屋で計測するとか本気か、と思う。


「ここで計るのですか?部屋を移動したいのですけど」

「サーラ様を密室状態にしてはいけないとの陛下の仰せでしたから……でも、その服でしたら上着を脱ぐだけで大丈夫ですわ」


 渋々と私はそちらに向かった。用意されている衝立は頭すら隠れる高さだから部屋に男性がいても問題はなかった。


 近づけば近付くほど美人な針子は、慣れた手つきで素早く私の上着のボタンを外した。下は白い長袖のシャツを着ているが、すぐに別の針子の手が伸びてきて巻き尺を胸にきつめに巻かれた。今日は胸を潰してないけど、そもそもそんなに膨らんでない。


「……」


 彼女は気を使ってくれてるのか、数字は口に出さなかった。もう一人の針子が巻き尺の目盛りを読み取って用箋挟みに固定された用紙に書き付けていく。この人たちの方が私よりずっときれいだし、スタイルもいい。どうして私が陛下と婚約できたのかなんて思われてないかな、と暗い気持ちになる。


「サーラ様。細かくは仮縫いで調整致しますが、ウエディングドレスを着るのは1年後です……それまで大きくサイズが変わらないようにお願い申し上げます」

「はい」


 針子のひとりが含みを持たせて笑うので、私はつられて少し笑った。噂では、ウエディングドレスの発注時にはこれをみんな言われるらしい。要は妊娠してお腹を大きくするなという注意だ。美人針子は赤い唇を控えめに笑ませて、私の耳に囁いた。


「どこのご令嬢とは申せませんが、慌ててサイズを直したことは一度や二度ではありません。ですのでもしも、そのような兆候が見られましたら早めにわたくしたちにお知らせ下さい」

「わかりました」


 陛下と私の間でそれはないと思うけど、返事だけは確実にしておく。


 何となくわかってきた。彼女たちにとっては、私の見た目が陛下に相応しいかどうかは問題ではない。ただただ、完璧なドレスを私に着せ、皇后のウエディングドレス作りに関わったものという名誉を得ることが重要なんだろう。私がドレスの引き立て役なのだ。


 そう考えると気が大きくなって、私は上着を再び着せてもらって応接セットへ戻った。なぜかベラノヴァ団長がデザイン画をいくつも広げて検討している。


「サーラ様には袖が膨らんだものはかわいすぎますね。肌に沿ったレースで肩から袖を覆う優雅なデザインがよろしいでしょう」

「私がそんなに若くないからですか?」

「いえ、高貴な身分になられるのですから、権威を示すべきと申しているのです」


 ベラノヴァ団長は端正な顔をにこりともさせずにそう言った。


「そうですか。そのデザイン画を私にも見せてくれます? 着るのは私ですから」

「はい。ご覧下さい。これなど、引き裾……トレーンがとても長い。見頃には本物の真珠を縫い付けるとありますし、重さもかなりのものになるでしょう。もっとお身体を鍛えても良いかもしれませんね」


 いちいちうるさいが、私はデザイン画を奪って絶句した。本当に長い。人間4人分くらいの長さだ。


「失礼ですが、正気でこれを作る予定ですか?」

「皇后陛下になられる方のドレスです、今までにないものを作りたいと考えました」


 鼻息も荒くトスカーニは語る。ルカルディオ陛下はいつの間に注文を出してたのか、デザイン画はいくつもあった。


「ルカルディオ皇帝陛下はその治世の手腕と眉目秀麗さでもって大変に国民人気の高いお方です。女性嫌いの噂がありましたが、ついに結婚されるのですよ、あなたと。世間の注目は頂点に達するでしょう。後世に語り継がれるドレスにしなくては」


 トスカーニも、私ではなく服飾業界で称賛されるであろう輝かしい将来を見ているようだった。身分ある立場ってこういうものなんだな、と私は実感してきた。私はドレスを着せる、空の器で構わないのだ。


「全てお任せします。プロの目から見て、私に似合うものを作って下さい」

「必ずや信頼にお応えいたします」


 宝飾師のカンパーニは、いつの間にか私の顔をスケッチしていた。その頭上にティアラを描き込んでは首をひねっている。


「サーラ様、こちらを向いて微笑んで頂けますか。皇后陛下、といった感じで」

「はい」


 言われた通りに、なるべく上品に私は微笑んだ。


「大変お美しいですよ。サーラ様はもっと自信を持って下さい」

「ありがとうございます」


 言われて悪い気はしないが、こういった職業の人の褒め言葉は鵜呑みにしてもしょうがない。私がじっとしてスケッチを描いてもらってる間に、ベラノヴァ団長が勝手にトスカーニに普段用のドレスまで注文していた。優雅で、大人っぽいドレスが必要だと力説している。


「そんなにドレスは必要ないとのでは?私は近衛騎士の制服で過ごすつもりですよ」

「いいえ。すぐに秋のパーティーシーズンです。そのときに次期皇后たるサーラ様がドレスではなく騎士服など着ていればディランドラ帝国は戦争を起こす気か、財政が厳しいのかなどと思われてしまいます」

「それもそうですね……」


 今は初夏だが、夏の間はあまりパーティーは行わない。盛装は男女共に重ね着をするし、それで大人数で集まってダンスなど魔法で冷却しても暑苦しくていけない。夏が過ぎ、バルコニーを開け放して気持ちいい風が吹く頃に皆おしゃれを楽しむ。そんなときに私が騎士服では水を差してしまうだろう。


「サーラ様は、誰よりも豪華なドレスを着なければいけません。ほかの方が気後れしないように」

「わかりました」


 気が重いというか、そのドレスも絶対重いだろうがそれが役目らしい。ベラノヴァ団長は服飾に詳しいというよりか、偉い人の役目に詳しかった。陛下に付き従って長いだけある。


 ただ、やっぱり私はドレスの引き立て役なんだなと自嘲めいた考えに陥る。ルカルディオ陛下の婚約者で、次期皇后で、豪華なドレスを着た存在。


 でも陛下は、私がどんな姿でもいいと言ってくれた。それだけでいいやと思う。どんな服を着せられようと私の心を認めてくれてる人がいる。



 そのあとも色々と婚姻についての打ち合わせが続き、あっという間に夜になった。


 夕食は昨日の約束通り、執務室に軽食が用意された。私とルカルディオ陛下と、ジルの3人だけになってやっと人心地がつく。

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