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ニヴェスリア皇太后と、隠されていた子供

 ニヴェスリア皇太后陛下と向き合ったルカルディオ陛下は少しも退かず、揺るがずに堂々と立っていた。予想と違う反応にニヴェスリア皇太后陛下は明らかに動揺する。ルカルディオ陛下は笑みを浮かべた。


「何を驚くことがある? 今日は祝福の日であり、私がここにいるのは当然だ。我が母上は日付がわからぬ程耄碌(もうろく)したか?」

「なんですって……あ、あなたまさか……」


 ニヴェスリア皇太后陛下は、大した反論もできずに口を半開きにする。ルカルディオ陛下の女性恐怖症が治ったことは公表していない。周囲の人々も驚いて目配せしあっている。


 その中で、皇太后陛下の血走った目が私に向いてドキッとした。私を上から下まで眺め、忌々しげに口を歪める。


「そういうこと。ルカルディオはそこの騎士の双子の姉にすっかり毒されて、妙な自信をおつけになったのでしょう。フォレスティ邸に近衛騎士を配置している件は私も聞き及んでいますよ。弟を使って近付こうだなんて汚らわしい女の考えに嵌まって、それで久しぶりの母にひどい言葉遣いをするようになってしまったのね」

「今更母のような顔をするな。私は皇帝だ」


 名前を呼ばれ、ルカルディオ陛下は拒絶した。


「ええ、皇帝陛下にご忠告申しあげます。女は皆穢れています、いつでもあなたを裏切るのですよ」

「壁に向かって勝手に言っているがいい」


 ルカルディオ陛下の冷たい返しに、私は心の中で拍手した。多分、皇太后陛下はこうやって言い聞かせて陛下を女性嫌いに仕立てあげたのだろう。


「お腹を痛めて産んであげた恩を忘れてよくもそんなことを……皇帝である前に人でしょう」

「私は十分に恩に報いている。母上は離宮で悠々と暮らしているではないか。この帝国で母上より贅沢な穀潰しはいない」


 皇太后陛下は不愉快そうに赤すぎる唇を曲げた。


「宰相と結託して私からあらゆる権利を剥奪して離宮に押し込んでおいて、よくも言えたものね。やはりあの恥知らずの男の血だわ」

「口を慎めないのか? 次にそのような言い方をしたら容赦しない」


 この帝国で最も高貴な二人の親子喧嘩に、誰も口を挟めずに見守っていた。ルカルディオ陛下は、うんざりとしたように首を振る。


「これ以上話しても時間の無駄だな。そこを退いてもらおう」

「ええ。私も皇帝陛下に用向きはございませんから」


 じゃあ何でここにいるの、と私は心の中で呟いた。


「ああでも、折角ですから紹介しておきましょう。アントニオ、いらっしゃい」


 皇太后陛下が猫なで声で名前を呼ぶ。すぐに人垣から、背丈が小さな少年が出てきて私は目を疑う。ルカルディオ陛下に酷似していた。小さい陛下という感じだ。


 私は初めて見たが、多分、この少年が皇太后陛下と先帝陛下の弟君、ランベルト公との間に生まれた子だろう。血縁的に近いからか、煌めく金髪も翡翠色の瞳の色合いもよく似ていた。ただし顔色は青白くて、目付きに力がない。


「ご多忙を極めていらっしゃる皇帝陛下は、12歳になるまで弟に会いもしてくれませんものね。こちらがアントニオですわ」

「……そうか」

「ひとつ、皇帝陛下に良いお知らせを致しましょう。アントニオは『聖顕の瞳』の能力を持っています。ですから皇帝陛下におかれましては、後継者のご心配なきよう申し上げますわ」


 皇太后陛下は寄ってきたアントニオの肩を抱き、誇らしげにそう言った。


 ルカルディオ陛下が息を呑む。私も同様だった。『聖顕の瞳』の能力を有しているのは先帝亡き後、陛下ひとりだった。ランベルト公は能力がなかったからだ。しかし彼も直系の皇族だから、その子供に能力が現れる可能性はあるのだった。


 何より、これだけ多くの人が集まった場でアントニオが『聖顕の瞳』を持っていると発表するのは大きな意味がある。これが狙いだったのだろうか。


「さあ大司教、早くアントニオを案内して。呪いがかかった者が何人かは集められているでしょう。この子に解呪させるわ」

「恐れながら、皇太后陛下」


 大司教が頭を下げる。


「呪いとは、本来子供に見せたり、触れさせるものではございません。私のような修行を積んだものでも、また、形が見えなくとも、解呪の際には心身を削り取られるものです。聖顕の瞳を持つ幼い子供にそのようなことはさせられません。解呪は私どもで行いますので、どうかお帰り下さい」


 大司教の台詞に私は尊敬の念を新たにした。それと同時に、ルカルディオ陛下の子供時代を思って胸を痛めた。見たくも触れたくもないのに、若き皇帝の周りには溢れていただろう。


「ごちゃごちゃ煩いわね、アントニオには準備が必要なの。いずれ狙われる立場になるのだから、早くから慣れた方がいいのよ」

「なんと言うことを。ルカルディオ皇帝陛下はご健在なのですよ」


 言い争う皇太后陛下と大司教の間で、アントニオは無表情のまま床を見つめている。はっきり言って、かわいそうだった。ルカルディオ陛下も声を失くしてぼんやりアントニオを見ている。


「呪いは子供に見せるものじゃないって言われてるじゃないですか。皇太后陛下!!」


 気づけば私は発言していた。皇太后陛下の血走った目がまた私に向けられる。


「何もわからぬ騎士風情が、生意気なこと。黙りなさい」

「わからないのは皇太后陛下でしょう。どうして大司教のおっしゃっている意味を理解できないのですか? どこかに問題をお持ちですか?」

「わ、私を愚弄する気か! お前たち、この騎士を捕らえよ!」


 皇太后陛下がお付きの騎士たちに命令を下す。しかし彼らの動きは緩慢で、迷ったように私に数歩踏み出すのみだった。私が近衛騎士の制服を着ているからだ、と思い当たる。しかしルカルディオ陛下がさっと私の前に立ち塞がった。


「私のものに手を出すな」


 ルカルディオ陛下が声を張り上げ、私はちょっと驚いてしまう。恥ずかしいし、私は陛下に守られる立場じゃない。私が陛下を守らなきゃいけないのに。


「……私の近衛騎士に手を出すことは、皇帝である私に逆らうことと同じだ。反逆者として処罰を受けたいか」


 言い直してくれたので、私は正しい意味を理解した。ルカルディオ陛下と、皇太后陛下の命令に板挟みになっている騎士たちに対し私は申し訳なくなる。拮抗状態となってしまった。


「もう結構です。帰りましょう」


 数秒なのに長く感じた沈黙ののち、皇太后陛下がようやく撤退命令を下す。誰もが内心でほっとしたと思う。


「皇帝陛下のご威光は存分にこの身に受けました。大変立派であらせられる権威がいつまでも続くよう心からお祈りいたしますわ。ご機嫌よう」


 よくわからない捨て台詞のようなものを吐いて、皇太后陛下一行はぞろぞろと出ていく。


 私たちも少し間を空けて帰りの馬車に乗り込んだ。

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